4 / 88
本編
3.朝の風景
しおりを挟む曲をひとつ作り上げる作業は、他の人が思うよりもずっと気力を使う。
それが次に売り出す新曲ともなれば方々皆力が入るというもの。
ああでもない、こうでもない、と、そんな話し合いは時に熱が入りすぎて鋭くなったりもする。
そうして出来上がるからこそ、大事に歌い継がれていくんだ。
今回もかなり濃度の濃い時間を過ごした私達は、骨格が出来上がったあたりで皆揃って近くの何かに突っ伏した。
「うあー、体力が持たねえ……歳か、ちくしょうが」
大塚さんがげっそりとした様子で呟いたことは覚えている。
正直に言えば、それしか覚えていない。
曲の骨格は私が作る。そしてその肉付けを楽器隊の人達と一緒に行って伴奏を作り上げる。
その作業はいつも難攻するのだ。
この仕事を初めて2年、曲作りのいろはも伴奏作りの技術も少しずつ向上はしていると思う。
けれど第一線で音楽と接している人達にはまだまだ到底敵わない。
自分の中にある完成形を上手く伝えること、さらに良い形があるのではないかというプロの指摘、どれをとってもスムーズに進むことなんて稀だった。
それぞれの楽器のプロはいつだって的確でそして難しいことでも難なくこなしてしまう。
まだまだ追い付けない私は何とか少しでも吸収しようと必死だ。
だからあまりに脳みそを使いすぎて大体いつもこうして小さな記憶が飛んでしまうのだ。
「で、きた……」
「ちー、お疲れ様。あとは俺に任せて」
「ちーくん……楽しみ……です」
「あー、限界だなこれは。ゆっくり休みな」
いつの間に千歳くんがやってきていたのか、それすら思い出せない。
いつだったか分からないけれど途中から千歳くんも加わっていた記憶はあるけれど、思い出せない。
ぼんやりとした頭は考えることを停止していて自分でも視点があちこちに飛んでいるのが分かる。
ポンポンと頭を撫でられると、たちまち意識は沈んでいった。
「……朝」
そうして気付けばいつも休日が終わっている。
忘れないようにとチェックしている日めくりカレンダーが示す曜日は月曜日。
学校……と、小さく呟いて階段を降りると心底呆れた顔のお母さんがいた。
「あんたは本っ当、仕事になると無茶して。音楽馬鹿ねえ」
「本当母親に似たな、千依は」
「何か含みがあるわね、お父さん?」
「な、なんでもない。ほら千依、飯食え」
「ありがとー」
共働きのお父さんとお母さん。
家事は完全な分業で、今日はお父さんが朝ごはんを作ってくれる。
千歳くんは「げ、今日父さんか飯当番」なんてちょっとした暴言を呟いてお母さんから睨まれていた。
平和ないつも通りの朝に思わず顔も緩む。
そんな私達家族の元にテレビの声が届いたのは全員が食卓についてご飯を食べ始めた頃のことだ。
『次はフォレストの新曲です!』
千歳くんと私はほとんど同時にピタリと動きを止める。
視線はテレビに一直線だ。
フォレスト。憧れの人がかつて所属していたグループ。
あの時は人気絶頂の若手アイドルグループで、今は国民的という称号がついたグループ。
芸能界の中でも特に旬が短いと言われるアイドル業界で、もう5年以上は一線を維持し続けている。
テレビ越しでも彼等の歌う姿はキラキラと輝いて見えた。
「……悔しいけど、いい曲だよねコレ。ったく、本当強敵だなフォレスト」
「いやあ、あれはまだアンタ達には厳しいわ。魅力も深みも足りない足りない」
「う……」
「彼等を見ると本当に技術だけじゃないって思うね。お前たちも頑張らないと」
私達の会話はきっと一般家庭からはズレているんだと思う。
同業者だからこそ、純粋な目ではなく色んな方面で彼等を見る自分達。
失礼な話だけど、フォレストは歌が飛びぬけてるわけでも踊りが秀逸なわけでもない。
けれどそれでも彼等は人を引きつけて離さない。
画面にいると思わず見入ってしまうような、そんな華やかさが彼らにはある。
リュウが去った後でも、フォレストは変わらず強い光を一心に浴びて輝いていた。
…越えたい。
それが私達共通の目標だ。
リュウという人を知ったのは彼がフォレストを脱退したその後で、彼がいたフォレストを私は過去の映像でしか知ることができない。
とても惜しいことをしたと思う。
足を怪我して踊れなくなっただとか、そんな脱退理由なんかも後になって知ったことだ。
ただただ私はあの時、リュウのその笑顔と歌声に惹きつけられ目を奪われた。
今でも鮮烈に思い出すことができる。
いま彼はどこで何をしているんだろうか。
元気で暮らしているだろうか。
いつもそんなことを思う。
もしかしたら、いつか彼は私の作った曲を聴いてくれるかもしれない。
そうしたら、今の私達の曲は彼にちゃんと届いてくれるだろうか。
そんなことも思う。
「負けたくないなあ」
そしてやっぱりいつも口に出てきてしまうそんな本音に自分で苦笑した。
意外と私も負けず嫌いだ。
「ちーは本当リュウが好きだよね」
「えへへ、うん」
「……ぜってえ負けねえ」
「千歳くんなら大丈夫だよ。私も頑張る!」
「ちーは今のまんまでも十分頑張ってるよ。でも一緒に上目指そうな」
「うん!」
何度も何度も繰り返してきたこんな日常。
それでも目標が見えると、背筋もぴんと伸びる。
気合が入るのだ。
「まあ、その前に千依は学校頑張ろうね」
「う……」
「……お父さん、千依のやる気を削がない」
「……そんなつもりは無いんだが。言葉を間違えてしまったか、また」
その前に向き合わなければいけない現実に、顔が下がっていく。
「……う、ん。がんば、る……」
片言になってしまった私に千歳くんとお母さんが同時に息をつく。
申し訳なさそうに見つめて来るお父さんに首を振りながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
女子高生としての自分にも、何とか気合を入れたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる