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本編
6.変わらぬ音
しおりを挟む「とりあえず、立ってくれないか」
「は、はい?」
「土の上、その服で正座は痛い」
私とタツさんとのやり取りを一通り見守った後、シュンさんがそんなことを言う。
口数少なく淡々としている印象のシュンさん。
けれど、ちゃんと私を思いやってくれているのが話すたびに分かる。
制服姿の、素足の私が砂利の上で正座している姿にすぐ気付きすぐ傍の椅子を勧めてくれた。
きっとこの人は、とても優しい人なのだと思う。
「あ、ありがとうございます!!」
やっぱり裏返る声、けれどシュンさんは笑うことなく小さく頷き返してくれた。
横でやっぱりタツさんが「良い反応だなあ」なんて笑っているけれど、タツさんはタツさんで和やかな空気を生んでくれている。
普通通りに出来ない私を、それぞれ方法は違うけれど2人は受け入れてくれたんだろう。
この人達は絶対、すごく、すごく良い人達だ。
「タツ、やるぞ」
「はいはい。あー、ちょっと緊張するな流石に」
「リハビリだと思え。失敗したら笑ってやる」
「ちょ、怖いこと言うなって。お前が笑うとか天地ひっくり返るだろ」
「……」
親し気に冗談を交わしながら2人は楽器に触れる。
緊張すると言いながらタツさんはいたってリラックスした様子でギターを構え、シュンさんはやっぱり終始姿勢正しくキーボードに向き合っていた。
初めて会った私ですら分かるほど性格の違う2人。
けれどそうやって少しの会話の後に顔を見合わせれば、2人揃って同時に頷く。
トントンとタツさんがギターを叩いてリズムを取り始めれば、その場の空気が変わった。
ああ、この人達はちゃんとお互いを理解し合って音楽をしているのだと、そう伝わる。
キーボードを弾きながら歌を歌うシュンさん。
少し後ろでギターを弾くタツさん。
改めて見ると、珍しい構図だなと思う。
普通は逆のパターンの方が多いから。
けれど、そんな珍しさなんて感じさせない程に2人が紡ぐ音はピタリとはまっていた。
「綺麗……」
近くで直接聴くと尚更思う。
シュンさんの奏でる音は、とにかく澄んで透明だ。
歌もキーボードも、驚くほどクリアで混じり気のない音。
そしてタツさんが弾くギターの音は、とにかく真っすぐで純粋だった。
2人の紡ぐ音の質はそれぞれ違う。
それぞれの性格が違うように、音の出し方もリズムもかなり方向としては別々だ。
けれど不思議と違和感がない。
これは2人にしか出せない2人なりの音なのだとそう思った。
……すごい。
そんなたった一言しか浮かばないくらい私はその音に圧倒された。
こんなに心が揺れるのはいつぶりだろうか。
音に惹きつけられるというのはそうそうたくさんあることじゃない。
目が、離せない。
そして曲はサビに差し掛かる。
グッと自分の手に力を込めながらひたすら2人を見上げる私の耳に、今度は歌の重なりが響いた。
シュンさんの透明な声に重なるように乗ってきた、タツさんのコーラス。
その瞬間の私の気持ちを、どう表現すればいいだろうか。
「え……」
思わず声が小さく漏れていたと思う。
目を見開き固まって、しばらく耳に彼以外の音が入ってこなかった。
ただただ衝撃的で信じられない思いでその音を聴く。
タツさんの歌声は、その楽器と同じく真っすぐで純粋だ。
その心を表すかのように躍動している。
そしてその歌声は、私にとってとても馴染みのあるものだった。
思わず、バッとタツさんの方を見る。
タツさんはこちらを一切見ることもなく、目の前の演奏に集中していた。
今は夜にさしかかる夕方で、彼は帽子を目深に被っていて、その表情をみることは出来ない。
けれどそれはもう確信だ。
どうして遠くから響いた小さな音に強烈に惹きつけられたのか。
私はこの時に理解する。
だって真っすぐだった。
あの時と変わらず、音に心を乗せて歌っている。
だから無意識のうちに惹きつけられた。
せっかく私のために素晴らしい歌を聴かせてくれているというのに、とても失礼なのかもしれない。
いやかもしれないじゃなくて、絶対失礼だ。
けれど、私の頭いっぱいに浮かんだのは曲の感想よりも、
「ああ、まだ音楽を続けているんだ」
なんて、そんな感動だった。
その声は紛れもなく、あの日テレビの向こう側で聴いた『リュウ』の声。
温かくキラキラと輝いていたあの真っ直ぐな音そのもの。
あのライブの声よりも、いつも聴くCDの声よりも、今の彼の声は太く逞しい。
歌を歌い続け鍛えてきた人の声をしている。
軽快に弾く指先、ギターの腕だってここまであるとは知らなかった。
あの後、フォレストを脱退すると共に事務所も辞めたリュウ。
彼の歌を聴くことはおろか、その姿をテレビ越しに見ることすらなくなった。
あれからもう5年。
それでも、まだ歌手としてのリュウはここにいる。
音楽を辞めることなく歌い続けている。
温かく強く真っすぐな思いを持ち続けて。
この気持ちを何と言ったら良いんだろう?
「泣いちゃったよ、シュン。お前の歌がよっぽど心に響いたんじゃない? 才能だなあ」
「……絶対違うと思う」
気付けば涙があふれて止まらなかった。
シュンさんはきっと私の本心に気付いているんだと思う。
それでもこんな失礼な真似をしてしまう私を責めはしなかった。
「ごめん、なさい。ありがとうございました」
「ははは、謝らないで。こちらこそ聴いてくれてありがとう」
「歌、素晴らしかったです。本当に、本当にすごい」
せめてこの思いだけでも伝えなければと必死に声をあげる私。
震えて言葉にするまで時間がかかってしまっても、2人はちゃんと聞いてくれた。
勇気を振り絞り2人を見上げて「本当、素晴らしかった!」と壊れたレコードのように繰り返す私に2人から小さく笑みがこぼれた様に思う。
「……ありがとね、お嬢さん」
「どうも」
会話を上手に出来ない私相手でも、否定することなく言葉を返してくれる2人。
ちゃんと言いたい言葉だって今私の口からしっかり出てきてくれている。
だからごくりと息を飲み込んで私は立ち上がった。
「嬉しかった、です。今も変わらず、音楽を続けてくれてて」
「……え?」
「変わらず、真っ直ぐで、温かくて、優しい音です。貴方を憧れにして、良かった」
「っ、キミ、は」
「ありがとう、ございました……!」
思いが破裂しそうになって、けれどそれはどうしても絶対に言いたかったこと。
どきどきと心臓がうるさくて平静を保てない。
どうすれば良いのか分からなくて、こんな自分の気持ちを押し付けるようなことばかり言って反応が怖い。
気付けばやっぱり自分勝手に私の身体は動き出す。
あんなに良くしてくれたのに、言い逃げだなんてとことん情けない。
体中に溢れる気持ちがここまで制御できないのは、本当に久しぶりだ。
嬉しさと悔しさと情けなさと、色んな感情が混ざり合ってどうしようもない。
……負けたくない。
そんな思いが強く駆け巡ったことに私自身とても驚いた。
今も変わらず力強い音を紡げる彼に恥ずかしくない曲を、作りたい。
そう思ったのだ。
心の奥底から溢れてきた気持ちを形をするべく、私は力いっぱい家に向かって走った。
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