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本編
28.思い出の曲
しおりを挟む最後まで残った手足の痺れは、30分近くしてやっと収まる。
体は怠くてたまらない。
気力も今日は、もう湧かないだろう。
タツとシュンさんが出してくれる温かな空気の中で、ようやく私はそうやって冷静になれた。
……少しはマシになったと思うのに、まだ駄目だった。
思考が正常に戻ればやっぱり頭に浮かぶのは先ほどの光景。
川口さんと村谷さんに言われたことが頭の中にこびりつく。
言われるまでもなくどうにかしなければならない自分の欠点に、どうしたってこんな時は向き合わなければならなくなる。
タツ相手に啖呵を切っておいて、結果はこの調子。
私が成長したのは音楽に関してだけだ。
その他のことは何も成長できていない。
ああ、何て情けない。
そうしてすぐ落ちこんでしまったのがタツには分かったのだろう。
「……チエ? どうした」
気付いてすぐに優しく聞いてくれた。
……ああ、ほらやっぱり駄目だ。
ひとりで持ち帰らないといけない自分の課題を、ちゃんと自分の中に仕舞えない。
何でもないと首を横に振ろうとして、けれどついつい言われた言葉を思い出して涙が滲んでしまう。
「私、駄目で。何も、できない」
普段なら絶対に口にしたくない弱音なのに、なぜだか素直に吐きだしてしまっていた。
口に出したところでただの我儘な言い訳にしかならない。
そう思ってるのにボロボロと溢れて止まらない。
「わたし努力、足りなくて。足ばっかり引っ張る。どこまでも駄目で」
支離滅裂な言葉。
それでも2人は黙ったまま耳を傾けてくれる。
……甘えちゃいけない。
こんなだから何もかも怒られるんだ。
そう思うのに、言っちゃいけないのに。
なのにどうしてこの人は私の口を開かせるんだろう。
そばにいると大丈夫な気がして。
助けて欲しいと縋ってしまいたくなって。
タツには、どこかそういう安心感がある。
もう言葉にならなくて、ただただ涙だけが流れ落ちる。
何を言ってほしいわけじゃなく、何かをしてほしいわけでもなく。
なのに否定されるのは怖い。
そんな我儘な自分。
「チエ。大丈夫、チエが駄目じゃないことは俺が保証するよ」
タツはどこまでも優しかった。
事情も何も知らないだろうに、何かを聞くわけでもなく全て飲みこんでそう笑ってしまえる人。
きっと多くの世界を見て、色んな事を逃げずに経験して、手に入れたものなんだろう。
とても尊くて、温かい。
その手で私の頭をワシャワシャと撫でる。
「ほら、例えば俺のファンとか言って俺を喜ばせてくれたり」
「だって、だってそれは本当」
「うん。そういうとことか、こんな古いCD大事に持ち歩いてくれてたりとか」
そう言ってタツが触れるのは、リュウの曲入りのCDプレーヤー。
「俺自身が信じ切れなかった音楽をチエは信じてくれた。こんなに大事にしてくれた。知ってる? 俺がどれだけ救われたか」
「だって……!」
「俺だって独りじゃぐるぐる空回りばかりだ。そんなん人間なんだから当たり前。良いんだよ、それで」
優しく笑うタツ。
「チエは駄目なんかじゃないんだ。駄目なことは、ないんだよ」
力強い声だった。
迷いなくこんな弱り切った私を見てきっぱり言ってくれるタツ。
シュンさんも黙ったまま、けれどタツの言葉を否定しない。
……優しい人はどこまでも優しくて、温かい。
「救われたのは、私です」
「ん?」
「だって、タツのおかげで、私はここにいるから」
「あーもう、本当この子は変わり者だな」
「……嬉しいくせに」
「黙れ、シュン」
何故だか頭を抱えるタツを相手に、もう不安な気持ちは残らなかった。
いつも人と向き合う時は、嫌われないだろうか失望されないだろうかと極度に緊張してしまう私。
けれどタツは人と同じペースでいれない私に呆れない。
シュンさんも、同じ歩調でいてくれる。
そう体が理解したんだろう。
弱り切ったまま、頼りないものではあるけれど、素直に笑顔で返せる自分がいた。
「……タツ」
「どうしたシュン」
「これ、歌え」
「は?」
そうして何を思ったのか、シュンさんが私の持つタツのCDを掲げる。
私とタツは2人揃ってポカンとシュンさんを見つめた。
グイグイとギターをタツに押し付けるシュンさん。
唐突な提案にタツも困惑しているようだ。
いつになく強引な様子のシュンさんに、「何だよ突然」と聞き返しても首を横に振るだけのシュンさんはハッとからかうよう息を吐き出した。
「まさか忘れたか?」
挑発するような言葉。ムッとした顔をしたタツが「んなわけあるか」と即答する。
ひったくるようにギターを受け取って、タツが構える。
その瞬間、満足そうに目を緩めたシュンさんを見てハッとした。
……私の、ため。
理解して頭を下げる。
シュンさんは苦笑した。
「今のチエには一番の薬、だろう」
私もつられて笑ってしまう。
本当に何から何までシュンさんにはお見通しのようだ。
少しだけ似た経歴に、私よりも自立しているシュンさん。
年上のお兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうか。
千歳くんには悪いと思いながらもそんなことを考える。
そうこうしている間にも、タツは慣れた様子でチューニングを済ませギターを抱え込んだ。
「ったく、お前は俺に対してだけ人使いが荒いな」
「相方だからな」
「関係あるか」
そんなやり取りをした後、静かに音は鳴り始めた。
タツ1人の弾き語りは、生では初めて聴く。
フォレストとして最後に歌ったこの曲。
怪我による脱退という不運な結末を辿ったアイドルとしてのリュウ。
それなのに、その曲から溢れてくるのは希望だ。
真っ直ぐで前向きで温かい歌。
今も歌は色褪せない。
あの頃より歌声もギターも目覚ましい成長を見せているけれど、根っこはずっと変わらない。
頑張れって。
大丈夫だよって。
そう励ましながら、立ちあがろうともがく歌。
ああ、そうだ。
あの時だってそうだった。
曲と一緒にタツに救われた時のことを、私は思い出していた。
それは、思い出すのも辛い過去のこと。
川口さんと村谷さんとの苦い思い出だ。
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