ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

文字の大きさ
31 / 88
本編

30.千依のこれまで2

しおりを挟む

音楽が繋げてくれた大事な友情。
それでも、学校にいて音楽に接する機会というのはそんなにない。
そして人付き合いの下手くそな私はピアノ伴奏なんていう人前で何かを披露することがとても苦手だった。
上がり症で、頭が真っ白になって、何もできなくなってしまう。
だからピアノが弾けても、私が学校で弾く機会なんて本当にたまにだけ。
きっと2人にとってはそれが歯がゆかったのだろう。

「もったいない。せっかく上手なのに、いまやらなくていつやるのよ」
「そうだよ。弾きたくても弾けない人がどれだけいると思ってんのさ」

よく私はそう励まされていた。
それでも、どうしても難しいことだったと説明すれば分かってもらえただろうか。

私は音楽以外まるで何もできない。
人の言葉を理解するのに誰よりも時間がかかる。
体を俊敏に動かすことができない。
運動も勉強も人付き合いも、鈍くさい。

少しなら「天然」なんて言われてネタにしてくれるかもしれない。
けれど私の不器用っぷりは、度を越えていた。
皆が当たり前に出来るようなことが、人一倍かかる人間だったと思う。
それは、時に色んな人をイライラさせてしまう。
自分でも分かっていた。
けれど、どうしたって上手くいかない。
千歳くんの真似をしてみても、同じ様にならない。
距離は、少しずつ開いた。

「だから違うって。ここはこうで……あー、もう。本当チエちゃんはにぶいな」
「ピアノであんなに早く指動くんだから、これくらい楽勝でしょ?」

川口さんと村谷さんはよく付き合ってくれた方だ。
何だかんだ文句を言いながら面倒を見てくれていたのだから。
私もせっかく出来た友達を失いたくなかった。
必死に2人に追いつけるようにと頑張り続ける。
何度も何度もノートを見返し、予習復習も繰り返して勉強を続ける。
手のマメが潰れるまで鉄棒や縄跳びの練習にも力をいれた。
それでも、結果が上手く出てくれない。

「ちょっと! なんで前教えたとこまたできなくなってんの!? ちゃんとべんきょうしてる? ピアノばっかりしてんじゃないの?」
「チエちゃん、さすがに勉強した方がいいよ。まずいってこれ」
「……っ」
「なんで泣きそうな顔してんの。泣きたいのはこっちだって」

いつまでたったも上手くいかない私に2人は少しずつ怒るようになっていった。
今思えばそれも仕方なかったのかもしれない。
私達はまだ当時お互い小学生だ。
上手くいかない現実を呑み込んで生きていくなんて難しいこと、できるわけもなかったんだと今なら思える。
けれど当時の私はもう限界だった。
大好きな音楽を投げ出して、苦手な勉強や運動をひたすらやり続けても結果に結びつかない。
だんだん息苦しくなっていったのだ。
真っ直ぐだからこそ棘にもなる2人の言葉が、怖い。
少し張った声を聞くだけでビクリと体がはねる。
完璧主義者で、自分にも他人にも厳しい2人。
対して自分にも他人にも甘い私。
それでも置いていかれるのが怖くて必死だったと思う。

「ちー。ちょっと、休もうよ」

千歳くんはこの頃そんなことをしょっちゅう言っていた。
顔色が青くなるほど無理していた私を心配していたと今なら分かる。
けれど私にはそれを察してあげられるほどの余裕がなかった。
どうすれば開きかけた距離が戻るのか、分からなくて。
それまでろくに人と関わっていなかったから、開き直りとか加減とか分からなくて。
意地もあったし、千歳くんに対する劣等感を跳ね返したいのももちろんあった。

「だいじょーぶ。あと少しやる」

自分に言い聞かせるように告げて教科書にかじりつく日々。
常に何かやっていなきゃ自分がどんどん落ちて行くようで怖かった。

「大丈夫じゃないって。ちー」

けれどその時の千歳くんはいつになく食い下がってきた。
タイミングが悪かったのか、それともお互い溜まりに溜まったものが噴出したのがその時だったのか、分からない。
プチンと、頭の中で何かが切れたのは突然だった。
それだけ余裕がなかったことに気付いたのは、それこそ最近のことだったけれど。

「だいじょうぶだって言ってるでしょ!? 千歳くんには分かんないよ!」
「ちー……?」
「何でもできる千歳くんにはなにも分かんない! 私の気持ちなんてだれにも分かんないよ!!」

それが最初で最後の千歳くんに怒鳴った記憶だ。

「……なにそれ。ちーにだってオレの気持ちなんて理解できないくせに」
「っ!」
「何でもできる? ……ふざけんな。ちーこそ俺の気持ち何も分かってない、分かろうともしてないだろ!!」

血が上っていたあの頃はもちろん、今でも千歳くんのこの言葉の意味は理解しきれていない。
けれど、初めて千歳くんとぶつかったあの日。
自分のしでかしたことを理解するのはすぐ後のことだ。
私を心配して放っておかなかったであろう千歳くんに逆ギレした自分がたまらなく性格悪く思えて自己嫌悪に陥る。
追い打ちをかけるように、運動会の時期がやってきて尚更気持ちはだだ下がりだ。

「なんで千依ちゃんって、あんな遅いの。千歳くんの方はすごい速いのに」
「やる気ないんでしょ。だって双子だよ? それでこんな差出るのおかしいって」
「そういえばこの前のテストも点数悪かったよね、チエちゃん」

クラスの対抗リレー。
クラスで一番足の遅い私は、当然皆の足を引っ張る。
朝誰よりも早く起きて外を走っても全然速くならない。
息が切れても無理させて足がもつれるほど頑張っても、あっという間に横から抜かされる。

「いい加減にしてよ、チエちゃん。本気でやって」
「そうだよ。ピアノであんだけ頑張れるんだから、もっとできるでしょ」

千歳くんと喧嘩中。
友達2人は手厳しい。
自業自得とはいえ、味方が誰もいない気がして絶望した。

結局対抗リレーは、私の順番で大きく抜かされてちょうど真ん中くらいの順位で終わった。
クラス中の白い目を今も覚えている。
いや、被害妄想かもしれない。
今となっては分からないけれど、あの時はそう感じた。
とりわけ完璧主義者な友達2人の言葉は辛かった。

「チエちゃんさ、なんでここぞという時にやる気出せないの。努力して出来ないなら分かるけど、努力してないよね? 逃げたでしょ」
「……普通はあんな遅くならないって。練習すれば抜かれることもなかったのに」

努力は、必死にやったつもりだった。
大好きな音楽をやろうとしても怖くなって手に付かないほどに、取り組んだつもりだ。

けれど努力が結果を引きつれてくる訳じゃない。
皆と私の感性はどこかズレていて。
皆と私の足の向きもなぜか違って。
どうすれば“普通”になれるのか分からない。
どうすれば結果が出てくれるのか分からない。

「もうやだ。いい加減辛かったんだよね。何言っても返ってこないし、届かないじゃん」
「……話も噛み合わないしね。だってチエちゃん何話しても知らなそうな顔すんだもん。何話せばいいか分かんない」

きっと要因は日々の中にゴロゴロ転がっていたんだろう。
それが今回で決定打になっただけだ。

「友達もう止めよう。正直ついてけないわ」

その言葉で、私の中の何かが崩れた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)[完]

麻沙綺
恋愛
ごく普通の家庭で育っている女の子のはずが、実は……。 お兄ちゃんの親友に溺愛されるが、それを煩わしいとさえ感じてる主人公。いつしかそれが当たり前に……。 視線がコロコロ変わります。 なろうでもあげていますが、改稿しつつあげていきますので、なろうとは多少異なる部分もあると思いますが、宜しくお願い致します。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...