ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

60.変化はめまぐるしく

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『オーディション優勝者は元フォレストのリュウ!』

公開オーディションから1週間。
テレビも新聞も芸能ニュースはその話題でもちきりだ。
オーディション参加組の中からデビューが決まったのはぼたん含め4組、彼らが一同に会した記者会見が行われたのは昨日だった。
テレビに映るのはタツやシュンさん、そして弥生ちゃんの姿も。

『ちょっと! 歳上で先輩のくせしてさん付けとか敬語とかやめてよね! 馬鹿にしてんの!?』

会見に行く直前、気合を入れて応援したらそんなことを言われたのを覚えている。
顔を真っ赤に染めてそう言う弥生ちゃんがあまりに可愛くて抱きしめたら、叫ばれた。
気は強いけれど、素直で可愛い。
すっかり私は弥生ちゃんが大好きになってしまって、たった1週間ではあるけれど色々と話もさせてもらえている。


「あー……話題性が奪われるー」

一方でげんなりした表情を見せるのは千歳くんだ。
どうやら一番危機感を持っているのは千歳くんのようだ。

「お前が弱気でどうするんだ、千歳。ほら、見てみなさい千依のこの前向きに輝いた顔を」
「父さん、それ単にリュ……タツを見てときめいてるだけ。前向きとはちょっと違う」
「ときめ……、ち、千依まさか」
「あらやだお父さん、今さら気付いたの? どう見えても恋する乙女じゃない」
「お、お母さん気付いていたのか? そ、そうか……」

そんな会話が聞こえた気がするけれど、テレビ越しのタツに夢中で私の頭には入っていなかった。
タツは、あの居酒屋から離れてセキュリティの強いマンションに引っ越したらしい。

たった1週間なのにどんどんと生活が変わっていく。
進んでいる、皆。
新しい風には強い勢いがあって、人々の目もどんどんと移っていく。

タツが表舞台に帰ってきて、この先私達は正真正銘の同業者だ。
ここからが本当の勝負。
今は不安よりも楽しみの方が強い。
自分の力がどこまで通用するのか、私は試してみたい。
憧れの人と同じ舞台で、タツに負けずにどこまで私達は輝けるだろう。

『皆さん、お久しぶりです。5年かかりましたが、最強の相棒を連れて帰ってきました』

テレビの向こう側で、人懐っこい笑顔を見せながらハキハキと言葉を発するタツ。
シュンさんも相変わらず寡黙ながらリラックスした様子で質問に応えていた。

国民的アイドルの元メンバーと、昔クラシックのピアノ界で話題になった天才少年。
オーディション優勝者がそんな話題性抜群な人物だったと気付いた後のメディアは凄まじかった。
芸能ニュースとしては当然のように第一面で、テレビではタツの過去のアイドル時代の映像やシュンさんの経歴を特集している局も多い。
ここに至るまで5年もかかったというのに、全国区の知名度になるのは一瞬だ。
やはりと言うか、元々芸能人としての適性を持ち魅力たっぷりなタツは画面越しでも華やかさが変わらない。


「ちー、あいつと会ってないの?」

前にも聞いた千歳くんの言葉に私はやっぱり前と同じく苦笑して頷く。
視線は再びテレビの向こう側。

「今は無理そうかなあ」

タツがこの舞台に帰ってくるというのはこういうことだ。
彼はまた私からも少し遠い存在になって、気軽に会えるような人じゃなくなった。
それでも不思議と心は落ちついている。
あの輝いた笑みを近くで見たいと思う自分は確かにあるけれど。
あのタコだらけの大きな手に触りたい、穏やかな声で名前を呼んでもらいたい。
欲は際限なくて、やっぱり考えればたまらなく会いたいと思うけれど。

でも、どこかで繋がっている。
きっとまた笑って会えると信じられる。
テレビ越しだろうと、その顔を見ればフワフワと幸せな気持ちになれるのだから恋って不思議だ。


「芸音祭で会えるよ、絶対。気合、入れなきゃ」

自分でも拙いと思うようなこの初恋が、今の私にはどうやら糧になってくれているみたい。
寂しいと思うけれど、同時に楽しみでもある。
次会う時には、どんな音を聴かせてくれるのだろう。
次会う時には、自分はどれだけ成長した姿を見せられるだろう。
やっぱり音楽馬鹿な私は、その期待の方が大きいみたいだ。

「あー……、本当勿体ない。あいつにちーは勿体ない」
「えっ、そ、そんなことないよ!? そもそもすっごい片想いだから、そんなこと思う方がおこがましいというか」
「……うん、やっぱり鈍いよね。まあちょうど良いか、あいつには少し苦労してもらわないと」
「え? それってどういう」
「んーん、何でもない」

千歳くんがぐしゃぐしゃと私の頭を撫でる。
苦い顔のままテレビを向くと、大きく息を吐きだした。

「父さん、そういうわけだからリミットはあと7カ月弱だよ。覚悟した方がいい」
「……はあ、ついにこの時がくるのか。早すぎないか? 千歳はもう少し先であることを願うよ、寂しいから」
「ああ、うん。ごめん……、無理、かも」
「…………え」

何故だか異様に落ち込んでいるお父さん。
どうしてなのか分からず声をかけようとした時、お母さんが私の肩をたたいた。

「気にしなくていいよ、千依。あれは男の会話だから」
「男の、会話……?」
「そう。可愛い娘を持った家庭には必ず越えなければいけない壁があるのよ」
「……壁?」
「うちはアンタ達生まれたの遅かったからね、尚更でしょうよ。お父さんがここまで寂しがりだとはお母さんも思わなかったけど」
「えっと……」

私だけ分かっていない気がする。
首を傾げるしかなくて、必死に考える。
けれどそうこうしている間にもお父さんたちの話の話題は他に移ってしまった。


『それでは次に、皆さんの目標とするアーティストがいれば教えて下さい』

テレビの向こう側からはオーディション組に対する質問が展開されている。
興味を惹かれて眺めれば、タツはにやりと笑った。

『勿論フォレストです。あとは、奏ですかね』
『2グループもいらっしゃるとは。フォレストは分かるとして、奏はどうしてですか?』
『原動力になりましたから。全てにおいて』
『原動力?』
『純粋に思ったんですよ。俺も奏のように歌を通して何かを伝えられるようになりたいと』

……まるでテレビ越しの私達に伝えるよう、タツは笑う。

「あはは、宣戦布告返されちゃったねちー」

応えるように千歳くんが笑った。
「いいよ、受けて立ってやる」とやる気も十分のよう。
途端に誇らしい気持ちになって私は画面を見つめる。
タツの音が私を救ってくれたように、少しは私もタツに自分の音を届けられたのかな?

「やっぱり、私タツに会えなくても幸せだなあ」

普通人は恋すると、会いたくて会いたくてたまらなくなると聞いた。
けれど会えなくたってやっぱり幸せだ。
こうやって幸せをくれる人を好きになれて、本当に良かったと思う。

「やっぱり、俺タツのことぶっ飛ばしてやりたいなあ」
「……千歳。千依の真似しながら物騒なこと言わない。全く誰に似たんだか」
「……お母さん。千歳はお母さんの若い頃そっくりだとお父さんは思うな」

そんな会話を交わしながら、今日も私は一歩一歩。
進んだり退いたり、上がったり下がったりしながら、自分の道を進んでいく。



「は、ハーフミリオン……」
「……まじかよ、デビュー作でいきなり」

タツ達の躍動はすさまじい。
オーディションから少し時が経った後発売されたデビューシングルは、CDの売れないこの時代に何の特典も無しに記録的な大ヒットを記録した。
芸能界でもそれは衝撃的な出来事で、音楽界の話題は今やぼたんで持ち切りだ。
あんなに近くで話していた事が幻なんじゃないかと思うくらい、どんどん階段を駆け上っていく2人。

「はあ、ふざけんな。ちょー悔しい! 私も越えてやる!」

けれど私の周りだって負けていない。
弥生ちゃんもぼたんと同時期発売のデビューシングルで10万枚を売り上げた。
ぼたんの衝撃の陰に隠れがちだけれど、こっちも十分に大ヒットと言える枚数だ。
意気も未だに下がらず、精力的に作曲活動を続けている。

千歳くんはさらに歌唱力を上げ、どんな歌でもしっかりものにできるようになってきた。
私だって負けない。ボイトレを本格的に始めて、喉もしっかり鍛えられてきたと思う。
最近ますます力強くなった千歳くんの声量にもある程度ついていけるくらいには。

「千依ー! 新曲聴いた! ここ、この歌詞がめっちゃ絶妙でさ!」
「……早すぎない、真夏? 一体どこから手に入れたのその新曲。今発売日の朝だけど」

相変わらず私達のことを温かく応援してくれる人もいる。
人との絆が広がって、私の世界観もぐっと広がって、続いている。
人前に立って“奏のちぃ”として千歳くんと共に音を紡ぎたいと、その意志も変わらない。


「約束を、果たさなきゃ」

私の中でそれはもう確定事項。
もう夢では無くて、目標だ。
自分で掴みにいくものだと、そう思える。

大ヒットを叩き毎日のように話題に上るぼたんは、間違いなく芸音祭の切符を手に入れるだろう。
……負けていられない。
私達だって前進している。勢いにのまれない強さを、手に入れてみせる。
正々堂々と、約束の場所に立つために。

ただ音楽を生みだすことばかりが好きだったあの頃と比べ、私は随分と強欲になった。
けれどそれが上を目指すと言うことで、歌で生きていくということなんだと思う。
タツがこうして再びこの世界での居場所を掴んだように、私もこれからは自分の手で自分の道を掴んでいかなければならない。

千歳くんや家族に頼りっきりじゃなく。
真夏ちゃんや萌ちゃんに励まされっきりじゃなく。
大塚さんやアイアイさんに支えられっきりじゃなく。
シュンさんの優しさに甘えっきりじゃなく。
そして、タツに与えられっきりじゃなく。

今度は自分が返せる人間になりたい。
ちゃんと自分の足で立ちたい。
少しだけでも大事な人達に相応しい自分になれるよう。
そう、なりたい。

高校3年生の秋。
気付けばタツと初めて会った頃から1年が過ぎていた。

私のちぃとしての出発点。
タツとの約束の場所。
そのステージまで気付けば3カ月を切っていた。



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