ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

64.約束の場所

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音が大好きだった。
昔から、音楽しかないくらいに。
それ以外私は本当にぽんこつで、当たり前のことすらできないことも多かったけれど。

音楽だけでは生きていけないこの世界。
自分の好きだけでは日常はちゃんと回ってくれない。
それでもいつだってぽんこつな私を音楽は支えてくれる。

始まりはタツだった。
多くのスポットライトを浴びて、その中で悔し涙を隠しもせず笑って歌いきった彼。
私に音楽の素晴らしさを気付かせてくれた大事な人。
悩んで折れかけたりもしたけれど、それでもその音に救われここまで来れたのだ。
今度は私が、音楽でたくさんのことを伝えていきたい。
タツが私をここまで連れて来てくれたように。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
「お、おはよう、ございます! よろしくお願いします!」

千歳くんの横で私は声を張って歩く。
緊張で手は相変わらずすごい汗だし、声は裏返りそうになる。
でも、大丈夫。
もう体中が震えることも、重力が重く感じることもない。
目まいもないし、ちゃんと自分の足で立てていると思う。

「えー、改めまして。本日より大塚さんと2人態勢でマネージャー務めることになりました相川藍です。というわけで、よろしく2人共」
「え、あ、アイアイさんが、マネージャーさん?」
「いつメイクからマネージャーに……」
「あ、お前ら揃って疑わしげな顔すんな! 元々俺は事務所の総合職だっつの、マネージャーも業務のひとつだぞ」
「勿論メイクも継続だ。一応お前らウチの稼ぎ頭だからな、2人揃って表立つなら専属がもう一人必要だと思って藍に頼んだんだよ」
「そ、そうなんだ……よろしくお願いします!」
「おう、よろしくなちー! 俺がしっかりサポートしてやるから」
「大塚さん、俺大抵のことは自分でできるから大塚さんちーについてやってて」
「おい、千歳! お前ちょっとは俺を信頼しろ!」

本格的に2人組ユニットとして動くと決まり、事務所の動きも変わった。
アイアイさんのように、私達と深く関わり合うスタッフさんも少しずつ増えている。
千歳くんと2人から始まった奏は、もはや2人だけのものじゃなくない。
多くの人に支えられ、守られ、ここにある。


「戸惑ってばかりじゃ、いけないね。私も、守っていかなきゃ」

そう口にすれば、横で千歳くんが笑った。
肩をポンポンと叩いて「一緒にね」と言う。
変わることと変わらないこと。
これからもどんどん増えたり減ったりしていくんだろう。
それを大事にできる自分に、なろう。
自分なりに、ゆっくりでも。


『チエに相応しい人間になって、正々堂々会いに行くから。約束の場所に』

ふと思い浮かんだのはタツの言葉だ。
私の方こそと、そう思う。

今日は、その約束の日。
タツに相応しい自分になれたのか、それはまだ分からない。
けれど今ならば私は胸を張って会えると思う。
正々堂々と、そして笑顔で、私はタツに負けない最高の音を紡げる。
そう信じることができたのが私の成長の証。


「失礼します、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「タツ、シュンさん」
「久しぶり、チエ。やっと、だな」
「……1年待たせた」
「……はい!」


楽屋に姿を現した2人。
出会ってから1年と数カ月。
約束の場所で、こうして笑い合いながら集まることができたことが嬉しい。


「……俺もいるんだけど、忘れてない?」
「ああ、チトセ。よろしくな」
「うわ、本当嫌だ。タツとよろしくしたくない。今日は楽しみだったけど、この日が永遠に来なければ良いと本気で思ってた」
「えっと、千歳くん?」
「あはは、悪いな千歳。お前がシスコンなのは分かってるけど俺もこれ以上は無理。もう我慢の限界」
「……えっと、タツも何を」
「チエ、気にしなくて良い。あとタツに気を付けろ」
「そうだよちー。タツに気を付けて」
「ちょ、チトセはともかくシュンまで何言ってんだよ!」
「え、えっと?」

千歳くんとタツ、シュンさんは何度かの共演を経て、お互いため口をきくくらいに仲良くなっていた。
特にシュンさんと千歳くんの仲は、私とタツが驚くほどだ。
出会う前までは全く想像できなかったこんな関係性。
繋がっていくんだ、人の絆というのはこんな風に。
人に対して怖いと思う気持ちはまだあるけれど、それでもこうやって新しい形を繋いでいけるのならば、それはきっととても尊いことだ。

「まあ、それはともかくとして、今日はよろしくな2人共」
「よろしく」

最後には晴れやかな笑み。
差し出された手に、私達は顔を見合わせ笑った。

「こちらこそ。ま、注目は俺達がもらうから」
「よろしくお願いします、私も頑張ります!」

がっちりと結んだ手と手。
果たされた約束に、お互い繋がった未来。
それを力に、私はステージに向かう。
光に満ちた大きな舞台。

「行こう、ちー」
「うん」

頷き合って、一度パシンとハイタッチして前を向く。
もう取り乱すことは無い。
一歩一歩しっかり踏みしめる。

位置は変わらず千歳くんのやや後ろ。
変わらない場所で、変わらず全力の音を届ける。
この夢の舞台で。
ここまで作り上げてきた音を誇りにして。
どうか、この音が少しでも多くの人に届きますように。

奏としての、新たな始まりだった。


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