81 / 88
番外編
真夏の事情2
しおりを挟む「はい、もしもし?」
『もしもし、真夏ちゃん? 駄目だよ、見知らぬ番号からの電話なんて気軽に取っちゃ』
「え、え……!? ちょ、ま、まさか千歳さんですか!」
『うん、そう。あのさ、真夏ちゃんの番号俺のスマホに登録しちゃったから事後報告しとこうと思って』
「え、いや、なぜ」
『ほら、ちーに何かあった時相談できる先とか必要かと思って』
「はあ、まあそれは確かに」
『ということだから、これからもよろしく』
そんな電話がかかって来たのは大学2年に上がって少しした頃。
今思えば、この時点で気付くべきだったのかもしれない。
千依のことで千歳さんから何かを相談されたことなんてなかったし、萌の方にはそんな連絡がいった様子もなかったのだから。
何の疑いも抱かなかったのは、千歳さんが千依の大事な兄であり千歳さん自身も千依を大層溺愛する人だったから。
少し千依を好きすぎるけれど、でも家族やその大事な人を傷付けるような人ではないと分かっている。
だからあっさりと千歳さんの言葉を信用して気にもとめていなかった。
千歳さんの言われるままに頷き、妙なやり取りが始まったのはその後だ。
いつの間にやらラインでフレンドになり、何かにつけて千歳さんからトークが来るようになった。
そりゃ、私は元々チトセの大ファンだし嫌なことなんてない。
けど超多忙なはずの千歳さんがやたらと私に構ってくるのは何なのかと疑問に思ってしまうこともまた事実だ。
ああ、そういえば当時は千歳さんも1人暮らしを始めて半年ぐらいの頃で、ホームシックにでもかかって寂しくなってしまったのだろうかなんて思ったことを覚えている。
千依へのシスコンを少し和らげるためなんて言っていた気がするけれど、正直さして和らいだ感はない。
まあ千依も千歳さんもお互いが大事で一緒にいれば楽しそうに音楽を語り合う仲の良い兄妹だから、全然そのままで良いと思っていてやっぱりそれもさして気にはとめていなかった。
千依の代わりになるかは分からないけど、たまに千歳さんを襲う寂しさを少しでも和らげられれば良いかなくらいに思っていたのだ。
けれど、それから1年近く経った今になっても千歳さんからのトークは来続けている。
いや、その数は前以上かもしれない。
2,3日おきぐらいだった千歳さんからの連絡が、最近ではほとんど毎日。
そのほとんどが返事をしなくても良いような内容で送ってくれるから、煩わしさも全然ないけど。
でもそんな状態がこうも続けば、今起こってることは何事なのかと思っても仕方ないと思うのだ。
「……ちなみに、そのトークの内容は?」
「本当、普通の内容だよ。誕生日だとおめでとうって来たり、テレビの出演情報くれたり、あと大学の話とか聞いてきたり。あとただおはようとかお休みとかの時もあるかな」
「……カップルか」
「ん?」
「何でもない」
細かく説明すればするだけ、何故か萌のため息が重なる。
その理由が私には分からない。
もしかして萌には分かるのだろうか、なぜこんな事態に陥っているのか。
期待を込めて見つめたら、スッと視線をそらされた。
「千依、千歳さんに伝えといて。真夏相手に策巡らせても無駄だって。壊滅的に鈍いから」
「う、うん」
「あと自覚も遅いから多少強引に攻めた方が上手く行くとも言っておいて。流石に不憫だわ」
「え、えーっと……はい」
なにやらすごい失礼な話をされている気がする。
「酷い!」と抗議してみれば逆に「酷いのはあんたでしょ」と怒られた。
少し理不尽さを感じる私。
萌からこぼれるのは何故だかため息ばかり。
首を傾げればやっぱり萌は呆れたように肘をついて顔をのせる。
「真夏、ここまできたらもう正直に聞くけど。あんた千歳さんのことどう思ってるの?」
そうしてされた直球の質問に私はピキッと固まった。
あれ、と自分でも思う。
少し前までなら遠慮なく「完璧なアーティスト!」と答えられていたはずなのに。
いや、今でも完璧なアーティストだと思っているんだけど、どうにも最近そう即答できない。
「ど、どうって、千依のお兄さんで、奏のチトセで」
「うん。で? 千歳さん自身はどう思うの」
「す、素晴らしいアーティストだと、思うな」
ちょっと腹黒だけど。
そして素直じゃなくて意地悪くて子供っぽいところもあるけれど。
千歳さんとのトークを交わすうちにそんなことをも知って来たからだろうか。
昔のように純粋にカッコ良くて良い歌を歌って完璧なアーティストとは即答できなくなってきた。
嫌いじゃない。
勿論嫌いなんかじゃないんだけど、妙に気恥かしさを覚えてしまうんだ。
純粋にチトセを素晴らしいアーティストだと胸を張ることに。
「……これは、千歳さんに頑張ってもらうしかないかな」
「う、うん。私はすごく応援してるから、ハラハラドキドキ」
「まあ最近本当に綺麗になったもんね。焦る気持ちもよく分かる、本当無自覚って怖い」
「も、萌ちゃん言ってることが千歳くんとそのまんま一緒」
本当に2人が何を言ってるのか分からない。
まるで異次元の話をしているようだとも思う。
けど、その言葉の意味を私はその1カ月後に身を持って知ることになった。
「……で、何で俺まで呼出受けてんの。別に今日オフだから良いんだけどさ」
「央は私達のストッパー。正直最近焦れすぎてやきもきしてるから」
「は?」
「ご、ごめんね宮下くん。千歳くんのためにここまで呼んじゃって」
「まあ、良いけどさ。その代わり歌の指導頼むぞ中島。今度ライブあるんだよ、アイドル系の役の」
「うん、任せて! 喜んでお手伝いします」
「……なんかすごい大ごとになってるんだけど。君達そういう熱血系じゃないでしょ、どういうこと」
「千歳くん? でも、力貸してって言ったの千歳くん」
「ちー? 俺が協力お願いしたのはちーであって、そこの2人にまで頼んでないんだけど?」
「……おお、チトセさん顔真っ赤」
「へえ、千歳さんも照れたりするのね」
「ちょっと、そこ2人うるさいよ」
私が中島家にやってくる前、そんな会話がされてたことなんて知らない。
私は純粋に皆で中島家に集まると聞いていただけだ。
声優界でずいぶん名が売れたらしい宮下に現在絶好調の千依、変な噂が立ったら嫌だからセキュリティのばっちりな千依の家が良いだろうと聞かされていただけ。
まさか仕組まれていただなんて、勿論知るはずもない。
千依がオフということは当然奏の活動だってオフだ。
そして千依大好きな千歳さんが中島家に帰って来ていたって別に何の違和感もなかった。
けれど久しぶりにその姿を認めた瞬間、なぜだかせわしない気持ちになる。
何だかむずがゆいような、ジッとしていられないような、そんな気持ち。
無意識のうちに千歳さんからは少し距離を置いて萌と千依に挟まれながら、最初は何てことない近況を皆で話していた。
そうして何故だか1人ずつ部屋からいなくなっていくことに気付いたのはいつのことだったか。
初めは宮下が仕事関係の電話だと言ってスマホ片手に外に出た。
次に萌がトイレに行った。
そして何故だかとても怪しい手つきでお菓子の交換に行くと千依が席を立ったのがついさっきのこと。
あまりの千依の危なっかしさに心配になり、そういえばいつもそういう時にフォローするはずの萌が未だに全然戻って来る気配がないことに違和感を覚える。
第一常日頃から千依の一番のサポーターであるはずの千歳さんがこういう場面で動かないこと自体おかしい。
あれ?
ようやく何もかも違和感だらけの現状に気付く私。
そうして静まり返った2人きりの部屋に、今度はどうしようもなく緊張した。
意識してしまうとどうにも言葉が上手く出てきてくれない。
千歳さんに会うのはどれくらいぶりだろうか、半年以上経っている気がする。
いつだってテレビでチトセの姿を見ていたはずなのに、すごく久しぶりに生でその顔を見るとあまりに整っていてキラキラしていて落ち着かない。千歳さんの顔を見れないのだ。
ああ、顔が熱い。手汗もヤバい。心臓だって煩い。
多少どころか、明らか今の私は挙動不審だ。
けれどどうすれば良いのかまるで分からなくて、半年前の普通に千歳さんと接していられた自分を思い出そうと必死になる。
千歳さんがため息をついたのは、そんな時だった。
「あのさ、真夏ちゃん。俺、いい加減そろそろ距離詰めたいと思ってるんだけどさ。それは、多少俺のこと意識してくれてる証と取っても良いわけ?」
「へ。な、なんの」
「……萌ちゃんやちーの言うことが正しかったか。あまり強引に行くのは好きじゃないんだけど」
相変わらず千歳さんの言葉は何だかフワフワする頭を素通りして上手く入って来ない。
無性に恥ずかしくて仕方なくて、顔が上手に見れない。
俯き小さくなって、ひたすら混乱しつづける私の脳みそ。
再びため息をついた千歳さんの次の言葉で、いよいよ私は思考を停止させた。
「ねえ、真夏ちゃん。俺と恋人になってくれないかな」
「……は?」
そうして、状況は今回のお話の冒頭に戻る。
千歳さんにまさかの告白をされ、壁ドンをされるという理解不能の事態。
ジッと見つめられて、私の頭は飽和寸前だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
【完結】元恋人と、今日から同僚です
紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。
仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。
「今日から、この部署に配属になった」
そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。
かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。
仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。
恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。
仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。
元恋人と同僚になった二人。
仕事から始まる新しい恋の物語。
ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)[完]
麻沙綺
恋愛
ごく普通の家庭で育っている女の子のはずが、実は……。
お兄ちゃんの親友に溺愛されるが、それを煩わしいとさえ感じてる主人公。いつしかそれが当たり前に……。
視線がコロコロ変わります。
なろうでもあげていますが、改稿しつつあげていきますので、なろうとは多少異なる部分もあると思いますが、宜しくお願い致します。
幸せのありか
神室さち
恋愛
兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。
決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。
哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。
担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。
とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。
視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。
キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。
ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。
本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。
別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。
直接的な表現はないので全年齢で公開します。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる