ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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番外編

千依と竜也3

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「え、えっと、その、タツ。シュンさんのことって一体…」
「んー、弥生と付き合ってるの相談してたから、その件じゃない?」
「あ、そうなん……え!? や、や、弥生ちゃんって、やよ、弥生ちゃんって……!」
「おおう、分かりやすく混乱してんな。今千依が想像した弥生で正解だよ」

休憩室に入って早々に知った事実に私はさっそく固まっていた。
シュンさんと仲が良い千歳くんは知っていたらしく、パートナーのタツももちろん知っていたらしく、どうやら知らなかったのは私だけらしい。
弥生ちゃん。
私達の事務所の後輩で、ぼたんと同じく例のAオーディションから芸能界入りしたシンガーソングライター。ぼたんの影に隠れがちではあったけれど着実に売り上げを伸ばしてきている彼女は、一昨年ようやく芸音祭に出場した。
今もコンスタントにライブを行っているし、私たちともたまにご飯を食べに行ったりする子だ。
それだけ親しい人達の恋愛事情に私は全く気付けなかった。
どうやら真夏ちゃんの時には少し反応した恋愛センサーも今回は働かなかったらしい。

「かえってちょうど良いタイミングだったのかもな。俺達の相談に見せかけて本当はシュン達の相談なんだよ、今日。ほら、俺達の方は付き合ってるのも長いし方針も決まってたからさ」
「そ、そうなんだ……」
「シュンからも時間かけるとは聞いてるけど、公にする時が来たら出来たら千依も協力してやってよ。弥生も同じ事務所の先輩が相談乗ってくれたら心強いだろうし」
「う、うん! 精一杯応援する」
「ありがと」

爽やかに笑うタツに私もつられるよう笑い返した。
優しくて温かくて、そしてグイっと私をいつも引っ張ってくれるタツ。
いつか私もタツを引っ張れるようになんて思っているけれど、相変わらずタツの方が何枚も上手だ。
気付けばこうやって支えられている。

「うう、まだまだ、だなあ」
「ん?」
「自立への道は、遠いです……」

暗い気持ちからではなくて、苦笑いと一緒に出てきてくれるのはタツのこの明るさのお陰なんだろう。
駄目な自分に気落ちするんじゃなくて、頑張らないと! と前向きに思える。

「そう? 結構しっかりしてると思うけどな、千依は」
「え、ええ? タツは、時々私をものすごく高く評価してくれすぎだよ」
「はは、何だそれ。全然そんなことないけど」

タツはやっぱり変わらない。
挙動不審でも話に付いていけなくても、それでも私の内面を見てくれようとする。
本当に、私には勿体ないくらい魅力的な男性。
見合える自分にもっともっとならなきゃ。
一緒に過ごすたびにそんなことを思う。

1人静かに拳を握っていると、すぐ傍でくすくすとタツが笑い声をあげた。
何事かと見上げれば、その顔がぐいっと私のすぐ目の前までやってくる。
あ、やばい。
そう思った時にはすでに遅かった。
手を掴まれたと思えば、あっという間にその腕の中だ。

……うん、恋愛の方も、もっともっと勉強しなきゃ。
いつだって私はタツに翻弄されっぱなしで、上手く反応できない。
頭は真っ白に弾けとんで、身体は石のように分かりやすく固まる。
何年経ってもいまだに彼と触れ合っているこの距離感は、ドキドキしてしまって心臓に悪い。

「お、偉いえらい。抱きしめても逃げなくなったな」
「……ドキドキするのは、治らないよ」
「それは治られたら困るから良いの。一生そのままで良いよ」
「う……私は、ホッとする気持ちが大きくなって欲しいのに。ドキドキばかり強くて悔しい」
「……うん、本当可愛いな千依は。まったくこんな悪い大人に捕まっちゃって」
「悪い、大人? だれ?」
「俺。幸せ者だよ」

ギュッと音が鳴りそうなくらい強く抱きしめられて、その後はタツの膝の上。
タツは私を膝に乗せるのが好きみたいで、よく私を横抱きの状態にして抱きしめていた。
時に強く、時にゆるく。
そろそろと私の方からもタツの背中に手を回してみるけれど、やっぱり照れくさくて本当に少しだけしか力を込められない。
本当は私もギュッと抱きついてタツの感触を強く感じたいのに。
そんな変態みたいな考えを知られたらきっとタツに引かれてしまうから、言えないけれど。

「しかし千歳は一体どこまでシスコンなんだろうな。だいたいあいつ真っ先に結婚しといて、何で俺達の関係についてはあんなに目光らせるんだか」
「で、でもね? 千歳くんいつも私達のこと考えてくれてるよ? それに千歳くん最近本当に幸せそうで私は嬉しいの、真夏ちゃんには何回感謝しても足りないくらい」
「……千依も千依で千歳大好きだしなあ。はあ、俺ももう少し執念深くなきゃ良いんだろうけど」
「執、念……?」
「千依にぞっこんってことですよ」
「ぞ、ぞっこ……っ!?」

……ああ、悔しいな。
私はいつも本当にタツに翻弄されっぱなしで、タツはいつだって余裕で、面白くないと思ってしまう。
にやりと笑って私に直球の言葉をぶつけてからかうタツに、私だって仕返ししたいのに。
告白されたあの時くらいしか、タツは動揺してくれない。
対して私は毎回毎回確実に動揺してしまう。何だか不公平だ。
でも、そんなタツも大好きだから仕方ない。
これが惚れた弱みというものなんだろう。
他の人には見せない少し無邪気で意地悪なタツを見ると、悔しいけどそれ以上に嬉しい。
だから今日もタツに完全敗北する。

「なあ、千依」

呼ばれて見上げれば、タツの目が細くゆるくなった。
ドキドキは止まらなくて、やっぱり体はガチガチだ。

「結婚、しよっか」

そうして告げられたその言葉に、やっぱり私は驚いたまま言葉を返せなかった。
確かにタツはもう30代で、周りには結婚した人が大勢いて、そういう話題になってもおかしくない年齢だ。
付き合い始めてもう7年も経つし、私だって20代後半。
同い年の兄はすでに結婚し、その相手はひとつ年下の親友。
全然、おかしな話じゃない。

けれど、どうにもピンとこなくてどう返せば良いのか悩んでしまう。
きっと、まだ私達はその時期じゃないと勝手に思ってしまうんだ。
どうにも私は一気にたくさんの変化を受け入れられる人間ではなくて、相変わらず仕事と恋愛の両立が下手くそだと思う。タツが上手に立ち回ってくれるから何とかなっているだけで。
奏の10周年、タツとの交際が明るみになる、その2つが頭を占めていてその先まで想像ができなかった。

結婚、したくないわけじゃない。
するならタツとしか考えられないし、ずっとそばにいたいと思う。
けれど、どうしよう。今のこんな余裕のない私に出来るだろうか?
覚悟も何もかも足りていないんじゃないだろうか?
付き合って7年も経っていて何を言うんだと思われてしまうかな?
ぐるぐる自分勝手な言葉が頭を巡って、結果私は固まる。
タツは気にした様子も見せず、むしろ吹き出すよう笑って私の頭を撫でた。

「別に今すぐって意味じゃないよ。まだ千依が結婚ってことをまだ考えられないならタイミングは先だ。それで良いと思うんだよ、俺は」
「あ、た、タツ。あのね、私嫌じゃなくて」
「うん、知ってる。大丈夫、千依の気持ちはちゃんと届いてるから。ただ、俺も歳かな……未来に繋がる約束が欲しくてさ」
「約束?」
「そう。千依とこの先も、未来も、当たり前のように一緒にいられる何か証みたいなものが欲しい。……重いか?」
「重くなんてないよ……! う、嬉しいよ、そう思ってくれるの」
「……ん」

タツの言葉は穏やかだ。私に負担をかけないようにと気を配ってくれている。
けれどその目の熱量がどれほどのものかくらい、私にだって分かった。
強く私と一緒の未来を願ってくれている。
ああ、本当夢みたいだな。
今でもやっぱりタツとこうして過ごせる今を奇跡のように思う。
あまりに今が幸せで、まだ私は自分の今をきちんと受け止められていないのかも。
嬉しい気持ちが溢れすぎるなんて、本当に勿体ない。

「あのね、タツ。私、タツ以外は嫌だよ。私のことを、好きだって言って女の子扱いしてくれる人、どこを探したっていない」
「んー……、千依が今フリーだったら逆ハーレム築けると思うんだけど」
「そ、そんなことない! それに、私はタツだけ! こんなに好きだって思って、傍にいたいって思って、ずっとずっと一緒が良いと思う男性なんて、この先絶対に現れない。タツが、す、好き」
「……うん、たまにしか聞けない分、威力半端ないな。心臓、壊れそ」
「へ?」
「いや、こっちの話。それで?」
「我儘かな? けれど、お願い、もう少し時間を下さい。100%の気持ちでタツのお嫁さんになりたいの。それまでもう少しだけ、待ってて欲しい」

自分で言っていて、すごく恥ずかしかった。
けれど、ちゃんと言わなければいけないことだと思う。
タツへの想いが足りないわけじゃないということ。
ただ私自身の気持ちの整理と色んな覚悟の問題なんだ。
急かされてとか、周りがそうだから、とかじゃなく、家族になりたいからで結婚したい。
タツと家族になる道を、ちゃんと自分の意志で選んで進みたい。
その我儘にタツを付き合わせてしまうのは申し訳ないけれど。
それでもそんな面倒な私の性格も含めて、タツには正直な私でありたかった。
だってタツはこの素の私を好きだと言ってくれた人。
私がタツにあげられるものなんて数える程しかないけれど、せめてこの想いには誠実でありたいから。
タツは私の目を見て、そうして満足気に笑ってくれる。

「うん、その言葉が聞けただけで十分。ありがとな、千依」

私の大好きなタツの笑顔。
温かで真っすぐで、今日も私を包み込んでくれる。
願うならば、この先もずっと変わらずいられるように。
タツとの関係や想いが、もっともっと深くなったその先でも。
しっかりとタツの手を握り締めて微笑み返す。
大事にしようと、そう改めて強く思った。


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