アイルーミヤの冒険

alphapolis_20210224

文字の大きさ
2 / 40

二、会議中は静かに

しおりを挟む
 クツシタは執務室と寝室を主な居場所にして、城と庭を探検している。生まれた時からここにいるような顔をして、毎日元気よく遊び、虫や鼠にちょっかいをかけ、餌と寝る時に帰ってくる。
 そして、甘えたい時は、書類仕事をしているアイルーミヤ将軍の膝か胸で丸くなっていた。
 胸に乗られると背中や尻尾が首に当たってくすぐったいし、仕事の邪魔なのだが、嫌ではなかった。

 今も尻尾をどけながら、届いた通信紙を弾き、第三軍のノーウル司令官からの返信を聞いている。命令は忠実に実行され、計画から逸脱した行為は取り締まられている、という報告だった。

 よし、と頷きながら、第一・第二連合軍の戦況報告に目を通す。こちらは苦戦しているがやむを得ないし、予想した通りだった。
 第三軍が攻め入った地域はほとんど一般庶民が暮らしており、光の女王の熱狂的な信者は少ない。それゆえに力を示し、飴をなめさせればそれほど困難なく闇の王に鞍替えさせられた。
 しかし、こっちは事情が異なる。この地方における光の女王信仰の中心たる大寺院を含んでおり、信者が多く、中には狂信者と言える者も少なくない。信仰を変える事そのものは全く難しくないが、変えようという気にさせるまでが困難なのだ。抵抗も激しい。第一軍と第二軍を連合させたのもそのためだ。

 第三軍の統治が順調に進めば、兵を割く事も考えたほうがいいだろう。
 また、他の将軍に支援を頼んだほうがいいかも知れない。不名誉ではあるが、闇の王の下僕として、自分の功績など考えていてはいけない。いつまでも戦争を続けてはいられないのだ。戦闘そのものはできるだけ早く決着をつけねばならない。
 その点を今日の会議に諮ってみよう。

 クツシタはいつの間にかどこかへ行っていた。城の探検か、庭の討伐か。好きなようにすればいい。

 昼食の後、遠隔通信用の水晶玉を四つ用意させた。一つは送信用で自分の前に置き、三つは受信用で、それぞれが着席しているかのように会議卓に置いた。これらは、通信紙ではなく、顔を見ながら同時に会話したい時に使う。

「こちらアイルーミヤ。映像と音はどうですか」
「正常」
「来てるよ」
「問題なし」

 四人がそれぞれ通信を確認し、会議が始まった。議事録は水晶玉のそばの紙に自動的に浮き上がってくる。

「今日の議題はお知らせした通り、光の女王の寺院攻撃に関する事です。狂信者の抵抗は思ったより頑強で、我が連合軍は苦戦しています」

 西部方面のルフス将軍は正面で黙ったまま眉をしかめた。
 彼は一番年長で、五百年前の考えをそのまま引きずっており、弱音を吐くことを嫌う。また、戦いの技術に秀でており、封印が解けるとあっという間に自分の担当区域を取り戻してしまった。
 しかし、その後の統治はお世辞にも見事とは言えない。アイルーミヤ将軍のもとには、小規模な反乱が続いているという調査報告が届いている。

「状況は知っているが、光の女王の軍隊など蹴散らしてしまえばいい。どうせ装備は昔のままなのだろう?」
 左から軽い口調でフラウム将軍が言う。南部を担当するが、いつもこの調子だ。
 彼はすっかり変わってしまった。前と違い、すべてを軽く考える。これは欠点のように見えるが、アイルーミヤ将軍はそう捉えてはいなかった。どんなに有利であろうが不利であろうが、状況を常に一歩離れた所から見ている。戦闘、統治いずれの能力も四人の中では目立たないが、違った視点を持つという点に一目置いていた。

「確かにフラウム将軍の言う通りだな。光の女王は『安定』を象徴するとは言え、まさか五百年前と同じ装備、同じ戦術を使っているとは思わなかった。国同士もばらばらでほとんど結束していないし、狂信者だろうが何だろうが、アイルーミヤ将軍なら押し切ってしまえばいいだろうに」
 ローセウス将軍が右手から落ち着いた声でフラウム将軍に同意した。彼女は北部を担当しているが、戦闘よりも交渉で相手を寝返らせるのが得意だ。担当区域のほとんどをそれで手に入れてしまった。
 アイルーミヤ将軍は、自分に最も近い考え方をするのはこのローセウス将軍だと思っている。

「ええ、一気に圧し潰すのは簡単です。しかしその場合、他と違って狂信的であるため、彼らの大半を虐殺し、建物や畑、家畜などの資源にかなりの損害が出ます。何もない焼け野原を占領しても陛下はお喜びにならないでしょう」

「それでも陛下に所属しない土地があるよりはいいだろう? 包囲だかなんだか知らんが、ただ前線でじっとしているのは軍の仕事ではないぞ」
 ルフス将軍が厳しい口調で言う。

「で、アイルーミヤ将軍としてはどうされるおつもりですかな」
 からかい混じりに言うフラウム将軍を、ローセウス将軍が睨んだ。

「包囲によって戦意喪失を狙い、交渉に応じさせるつもりなのは変わりません。今後の計画として、さらに封鎖を確実にするため、第三軍から兵を割く予定ですが、状況によっては皆の力をお借りしたい」

「ほう。よくよくの覚悟ですね」
 さすがのフラウム将軍も驚き、真剣な表情になった。ローセウス将軍も同様に驚きと感心の混じった顔を向けてくる。逆に、ルフス将軍は顔を背けてしまった。

 アイルーミヤ将軍はこの反応を予想していた。将軍ともあろうものが手を借してほしいと言う。常識外れでみっともなく、将軍の資質を疑われかねない発言だった。
 しかし、それはもう議事録に記載されてしまい、取り消しようがない。
 だからこそ、アイルーミヤ将軍の決意は他の三人に良く伝わっただろう。名誉とか恥とか、個人の功績など考えてもいないということだ。

 三人とも、アイルーミヤ将軍の発言をじっと噛み締め、考え込んだ。

『にゃあ』

 三人の顔に戸惑いと疑問が浮かんだ。一人の顔はこわばった。

『みー』

 アイルーミヤ将軍は視界の隅を黒い尻尾が横切るのを見た。何で? 執務室は締め切ったはずなのに。

『ぅにゃ』

「その、後ろの黒いのは猫に見えるが、間違いないかな?」
 ルフス将軍がからかうように言うと他の二人は吹き出した。

 クツシタは積み上げた箱に乗って顔を洗っている。

「あ、いや、これは、あの、鼠、鼠がでるから。それで……、すまない。一時通信を切る」

 彼女は自分の前の水晶玉に覆いをかぶせ、振り返るとクツシタをつまみ上げた。

『みゃみゃみゃ』
 抗議するクツシタを無視して寝室に放り込み、そこらの皿に水と昼の残り物を盛って閉じ込めた。
「おとなしくしてなさい」

 深呼吸。表情を整え、水晶玉の覆いを外して通信を再開する。三人はアイルーミヤ将軍の澄ました顔を見、何かをこらえているような表情になった。

「援軍の件、了解した。要請あり次第送ろう」
 ルフス将軍がまっすぐ彼女を見て言う。

「こちらも了解。早めに落としましょう」
 フラウム将軍は手を三角に合わせて静かに答える。

「私も援軍について了解した。しかし、できればアイルーミヤ将軍のみで片付けるべきだと思う」
 ローセウス将軍は厳しい言葉を微笑にくるんで言った。

「皆、感謝します。必要になり次第要請します。では、会議は以上です。お時間ありがとうございました」

「すまぬ、最後に一ついいかな?」
「どうぞ、ルフス将軍」
「名前は?」

 アイルーミヤ将軍は一瞬間を置いて答えた。

「クツシタ、です」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...