アイルーミヤの冒険

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六、光と闇の歴史

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 調査は落としたばかりの大寺院から始める事にした。近いし、この地方の信仰の中心でもあるので資料が多いだろうと思ったからだった。

 寺院を含む周辺地域は第二軍が管理している。やはり少々戸惑っているアテル司令官と副官に挨拶し、ハヤブサ号を頼み、宿舎を用意してもらった。
「すみませんが、数日、いや、調査の状況によってはしばらく滞在すると思います。よろしくお願いします。また、先に連絡したとおり、光の女王についての情報提供にご協力お願いします」
「分かりました。存分にどうぞ」
 司令官は副官に指示し、兵舎に個室を作ってくれる事になった。

「寺院の調査はどのくらい進んでいますか。隠し部屋などは発見されましたか」
 副官が出ていった後、勧められた椅子に座ると、アイルーミヤ調査官は尋ねた。
「いいや、建物の外見と中の部屋の測定結果は辻褄が合っており、部屋を隠しておく空間はまったくない。また、押収した書物や文書は経典や寺院の管理文書だった」
「投降した僧から何か証言は得られましたか」
「それもいいえだ。僧はまだ見習いで何も知らない。推測だが、光の女王に関する重要事項は口伝だったのだろうな」
「地下施設はいかがです?」
「食料倉庫と例の隠し井戸が半地下だが、それ以外にはない。また、それぞれ数名で壁と床の反響調査を行ったが不審な点はなかった」
「魔法による調査は行われましたか」
「いや、人手不足で」
 攻撃や防御魔法以上の高等な技術を持つ者は人間以外の種族との交渉を行っている。当然の事だった。異種族と言葉や意思を通じさせるのは低級の魔法使いに出来るものではない。
「私が行ってもよろしいですか」
「もちろん」

 そこで副官が帰ってきて、部屋の用意ができた旨を報告した。

「調査官、まずは部屋へ」
「はい、ありがとうございます」

 部屋はあわてて個室にした様子が伺われた。城の執務室に比べると遥かに小さな長方形の部屋にベッドが一つと机が一つ。しかし、壁の固定具の跡を見るに、長辺に沿って三段ベッドが二つ置かれていたようだ。
 六人部屋に一人とは贅沢だな、と思いながら、ハヤブサ号から取ってきたクツシタの箱と荷物を置き、マントと革鎧を脱いだ。

『にゃあ』
「しばらくここが家だ。勝手に遊んでなさい。餌は何かもらってやるが、狩をしててもいいぞ」

 クツシタは箱から顔を覗かせ、周りの空気を嗅いでいる。その顔を見ている内に、ふと思いついた。
「野良猫に間違われるといけないな。よし、首輪を作ってやろう」

 彼女はクツシタに合わせて革の切れ端を帯状に切り、指先に炎の魔法で熱を集中させてクツシタ/アイルーミヤと言う字と、闇の王の印を焼き込んだ。それをクツシタの首に巻いて留める。

「そんなに嫌がるな。必要なものだよ」
『にゃーあ』
「慣れてくれ」
『にゃうぅ』

 調査は食料倉庫から始めた。広いので先に済ませておこうと考えたのだった。
 ここは今でもそのまま食料倉庫として使っており、歩哨が立っていた。挨拶をし、要件を話すと、すでに話は通っており、すんなりと入れた。

 明かりは天井から差し込んでくる日光のみ。薄暗い倉庫には棚が整然と並んでおり、様々な食料の袋や籠が整理されて置かれていた。
 アイルーミヤ調査官は囁くように魔法探知の呪文を唱える。額の魔法の目が開き、肉体の目によらない光景が広がると、そのまま倉庫内を見回しながら歩き始めた。
 魔法のかかった物があれば、その程度に応じて様々な色や強さで光る。もし魔法で隠した扉などがあればこれで分かるはずだった。

 しかし、一通り廻っても何も見つからなかった。念の為、あと二回丁寧に見てみたが同様だった。ここには何もない。

 食料倉庫の外に出ると、もう日が暮れていた。このまま隠し井戸の部屋を調べてもいいが、警備の負担になってはいけない。明日にしようと思い、今日の調査報告をアテル司令官にし、兵舎の食堂でパンとスープの夕食を済ませる。
 ついでに給食担当に頼み、スープを取った骨の中から肉がまだこびりついているのを何本かもらった。その兵は不思議そうな面白そうな表情をした。猫連れの元将軍の調査官など滅多に出会うものではない。

 クツシタは器用に骨から肉をこそげ取った。舌で舐めるだけで面白いように肉が剥がれる。それから軟骨の部分を噛み、食べ飽きたら骨をおもちゃに遊びだした。首輪にはもうすっかり慣れたようだった。

 翌朝、支度を済ませると早速隠し井戸へ向かった。倉庫と同様に歩哨に声をかけて室内に入る。
 そこは大まかに円形の小さな空間で、壁は削ったままの岩だった。床には、水汲み作業がしやすいように、平らな石が多数埋め込まれている。井戸は円形に縁石が積み上げられ、釣瓶が設置されていた。

 額の目を開き、壁や床の石の一枚一枚を念入りに調べたが何もない。ただの岩壁と石だった。縁石も釣瓶も何の反応もない。

 しかし、井戸の中を覗き込んだ時、縁から大人一人半ほど下の壁がぼんやり光っているのを見つけた。
 歩哨を通じてアテル司令官に報告すると、副官を伴ってやってきた。

「ここだったのか」
「はい。井戸の中です。綱を丈夫なものに取り替えて下さい。私が行ってみましょう」
「危険はないか。罠は?」
「私の見た所では無いでしょう。念の為、攻撃魔法が使える者を井戸の周りに配置して下さい。何か出てきたらお願いします」
「分かったが、魔法防御をかけておいて、その部分を崩してしまった方がよくはないか」
「向こう側に何があるのか分かりません。資料を破壊してしまう可能性があります」

 アテル司令官はもう何も言わずに頷くと副官に命令し、強力な攻撃魔法を使える者を井戸の周りに三名配置した。同時に寺院周辺の部隊には警戒態勢を取らせた。

 その間に革鎧を着けてきたアイルーミヤ調査官は腰の周りに綱を巻き、湿った井戸に降りていった。上からいくつもの明かりで照らされているので暗くはない。
 ぶら下がったまま額の目を開け、更に解錠の呪文を唱えて光る壁に手を伸ばす。上の方から感嘆の声が聞こえてきた。魔法の扉の錠を開け、そこに入っていく彼女の姿は、彼らからは石を突き抜けていくように見えているのだろう。

 魔法扉の向こうは狭い穴になっていた。壁は手掘りで道具の跡がそのままだ。四つん這いになって進むと、すぐに行き止まりになった。
 そこの壁にくぼみがあり、光の女王の印を彫刻した小さな箱が置いてあった。額の目で箱と周りを注意深く調べたが魔法はかかっていない。
 彼女は箱を取ると、後ずさりして井戸から出た。

 執務室で、皆が見守る中、箱を開けると比較的保存状態の良い手書きの本が入っていた。表紙には約五百年前の年号と日付、それと著者らしき名前があった。僧なのだろう。
 アテル司令官は書記を呼び、写しを取るよう命じた。

「写しは私も見せて頂いてよろしいですか」
「将軍の許可が下り次第だが、私としてはそうしてほしい。我々に気づかない何かがあったら報告を」
「はい、それでは失礼します」

 それから数日、書写を待つ間、念の為に寺院の他の場所を改めて調査したが成果はなかった。
 クツシタはその間に兵舎の人気者になり、遊び相手がたくさんできた。餌も食べたい時に食べたいだけもらっているようだ。

 写しが仕上がると、通信紙で三将軍に送られた後、アイルーミヤも閲覧出来る事になった。百ページほどだった。部屋に戻るとすぐ読み始める。クツシタは出かけており、集中を切られる事はなかった。

 それは対立と戦争、そして封印に至る記録だった。内容のほとんどは既知で、驚かされるような点はなかったが、光の女王側の視点はある意味新鮮だった。

 安定を絶対的な善とする光の女王と、変化こそ宇宙の必然とする闇の王は対立していたが、この世に後から出現した闇の王は当初、実力において劣っていた
 しかし、長い年月がたち、信者を集めた闇の王は、光の女王に対して文明の戦いを仕掛けた。「この世は凍っている。余はそれを溶かし、煮えたぎる湯にする」と宣言して。
 開戦当初は闇の王が優勢を保っていた。王のもたらす変化は人々に受け入れられた。新しい技術は生産性を高めた。王の支配下では飢える者は減少し、子供の死亡率も下がった。人口が増えていった。
 しかし、文明の戦いが長期化すると、人々は安定を求めだした。もう変化は十分じゃないか。変わるものについていくのは疲れた。そう言った。

 光と闇が均衡する時代が始まったが、長くは続かなかった。本の記載はここから、アイルーミヤの捉え方と異なる、光の女王側の歴史になっている。

 闇の王は軍を組織し、実力による支配を目指したと書かれていた。先に手を出したのは王であると言う。ここは全く正反対の見解だった。
 その後の記載は、著者が僧であるとは思えないほど感情的になっていった。
 個々の戦闘では正々堂々と戦う光の信者に対し、闇の軍は奸計をめぐらし、息をするように裏切ったとある。そのような卑怯な手段でなければ勝てなかったのだろうと言う註釈が、後の代の僧によってつけられていた。

 その註釈には四将軍の蔑称も記録されており、アイルーミヤを笑わせた。彼女は『三つ目の鬼婆』とか、得意とする攻撃魔法にちなんで『炎の醜女』と呼ばれていたらしい。

 それから、アイルーミヤもはっきり覚えている最後の戦闘があり、光の女王は勝利を宣言する。『この世は変わることなく永遠に続いていくのです』
 闇の王と四将軍は封印され、この世に安定と平穏がもたらされた。

 ここで著者の記載は終わり、以降は後代の僧たちの補遺や註釈になっていた。
 アイルーミヤと同じ疑問を持った僧もいたが、闇を滅ぼさなかったのは慈悲であろうとか、安定を象徴する光の女王は、闇の王であっても、すでに存在するものを滅するという変化を嫌ったのだという解釈がされていた。
 また、封印が解けたらという恐れに対しては、我らが信仰を保ち続ける限り、光の女王は強力であり、再封印は可能と推測されていた。
 封印は解けるのか、と不安に駆られた僧もいたが、信仰ある限り問題ないだろうと結論していた。

 そう、信仰ある限り。とアイルーミヤは考えた。人間や、他の知性ある生き物は勝手なものだ。変化し続けるのは疲れると嫌がり、安定が当たり前になると退屈するのだろう。
 それは支配地域の様子を見れば分かった。彼らのほとんどは信仰を変えるのにさほど抵抗しなかった。古くなった服を着替えるように光を脱ぎ捨てて闇を着た。

 ある僧が長めの補遺をつけ、自分の見解を書いていた。
 まとめると、我らの信仰心を力の源にしているのが光の女王なのであれば、我らが光の女王に従う意味は何か、光の女王や闇の王はこの世に必要なのか、と言っていた。

 いい観点だな。とアイルーミヤは頷いた。その僧も、後代の僧も、この疑問に対する答えは書いていなかった。補遺のそばには誰かが、疑わず信じよ、とだけ書いていたが、説得力はなかった。

 気がつくと、すっかり日が落ちていた。字が読みにくくなってきたので灯りをともした。

 クツシタは夜中に帰ってきた。
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