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十四、悪い子で、可愛い子
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気がつくと大きな木の根本に寝かされていた。森の中だが、ここなら分かる。朝日が斜めに差し込んでいる。
アイルーミヤが頭を振って起き上がると、遠くで音がした。誰かがずっと見守っていたらしい。それは遠ざかっていった。
森を抜け、さらわれた寺に出ると騒ぎになった。三日経っていた。
彼女は魔法技術者によって、遅発性の罠が仕掛けられていないか確かめられ、大丈夫だと分かると聴取が始まった。いや、尋問と言ったほうがいいか。
寺院内のがらんとした部屋で、捜索隊の隊長が机の向かい側に座っている。部屋の外には魔法技術者と兵が控えているのが分かった。
「これからいくつか質問をします。記録のために分かりきった事も含まれますが、正確に、早く答えて下さい」
アイルーミヤは頷いて水を飲んだ。
「あなたの名前と役職は?」
「アイルーミヤ、調査官」
「何があったか、時系列に沿って説明して下さい」
彼女は順に話した。婚約についてはためらったが、相手もある程度知っている様子なので、何も隠さず全て話した。隊長は時々話を確認したり、同じ事を言葉を変えて尋ねたりした。
しかし、この隊長は尋問の経験はあまり無いらしい。尋問なのにこっちの話につられて情報を洩らすし、無表情を保つ事すら出来ていない。そうは言っても無理はない。闇の王の婚約話など、驚く以外反応しようがないだろう。
また、そうした会話の端々からは、彼女と同じようにさらわれ、帰された者たちは、ほぼ同様の経験をしていると分かった。秘密を守る意味はなくなった。
「ご協力ありがとうございます。聴取は以上です。追って指示があるまでここに留まって下さい」
「分かったが、私が乗っていた馬はどうなったか知らないか。ハヤブサ号と言うのだが」
「調べてみましょう」
隊長は記録用紙を持って出ていった。この部屋がそのまま彼女の部屋になった。
翌朝、ローセウス将軍からの出頭命令が届いた。ついでにハヤブサ号が戻ってきていた。街道を歩いていたと言う。荷物は無くなっていた。
右腕は肉が盛り上がってきている。五日もすれば元に戻るだろう。
「大変だったな。腕が元に戻るまでは休暇と思ってゆっくり休め。栄養がいるだろうから特別食を手配しよう」
城に帰るとローセウス将軍自ら迎えてくれ、すぐに私室に通された。将軍は感情を隠さず、安心したと言った。
「ありがとう。それとクツシタの面倒を見てくれて助かった」
気のせいか、膝の上のクツシタは重くなったように感じた。好き放題食べさせてもらっていたのだろう。
「報告、読ませてもらった」
将軍はすぐに本題に入った。
「巨人、獣人、妖精。森と山奥の住人。彼らがそれほどまでに強大な存在であるとはな。それに、中立と言っているが信用できない」
「はい、彼らの考え方は光の女王寄りです」
アイルーミヤは解放されてから考えていた事を言った。彼らの、今のまま平和でいたい、という思想は、どちらかと言えば光側だ。本当に中立を守るのか、大いに疑問だった。
「もしかすると、光の女王の余裕は、いざとなったら彼らを味方に出来るという自信からも来ているのだろう」
「現状は大いに不利。我々は調子よく進撃を続けていたつもりが、潜在的に強大な敵にぐるりを包囲されていた訳だ」
アイルーミヤが自嘲して言うと、将軍は頷いた。
「ルフスとフラウムも同意見だ。さすがの彼らも攻撃をためらっている」
「陛下は?」
「何も。ずっと黙ったままだ。解放された者の調書も読んだはずなのに」
「噂が拡がっている。早くなんとかしないと」
「どうする? アイルーミヤ。関係者には口を閉ざしているよう命令はしたが、守られるとは思っていない。実際問題、命令違反があったとしても処罰する気になれないしな」
「陛下は無責任すぎる」
将軍は、そうつぶやいたアイルーミヤに同意した。
「そうだな。で、どうする?」
「とりあえず、西への進出計画を含め、全ての進出は一時停止しかない」
「すでに中止になったよ」
「なら、次は陛下の意思を確認しないと。畏れ多いけれど、もうそんな所まで来ている」
アイルーミヤは右腕の盛り上がりを掻いた。成長中は痒い。
「あまり掻かない方がいい。その通りだが、アイルーミヤよ、私はもっと先を考えている」
ローセウス将軍は何かを決意するように言う。
「陛下と光の女王の結婚を取り持った方が良いんじゃないか、とな」
アイルーミヤは一瞬ぽかんとし、笑い、真顔に戻った。
「この世はどうなる?」
「大騒ぎさ」
「我々はともかくとして、闇の信者たちへの責任がある。彼らには今後の道筋を示さないとな」
「ああ、その通りだ。アイルーミヤ」
ノックの音がした。ルフス将軍が会議を開きたいとの事だった。ローセウス将軍は分かったと返事をし、アイルーミヤにも来いと手振りをした。
「すまんが、話の成り行きによっては休暇は無しになりそうだ。覚悟しておいてくれ」
『にゃあ』
「クツシタちゃんはおとなしくしておいで。後でおやつあげるから」
執務室に三つ水晶玉が揃い、きらめいている。二将軍はそれぞれアイルーミヤに見舞いを言った後、ルフス将軍が話し始めた。
「今後どうするかについて話し合いたい。陛下の婚約は事実上公表された。また、数において未知の強大な勢力に包囲されている。中立と称しているが、思想的には光寄りだから、潜在的な敵だ。それも皆知っている。さらわれて帰ってきた者が多すぎる」
アイルーミヤをちらりと見る。それに釣られるように彼女を見てから、フラウム将軍が発言した。
「これで、実力による勢力拡大は無くなったと考えていいでしょう。ただし、光の女王がこの全てを計画したとは考えにくい。報告どおり、彼らは第三勢力でしょう」
「だからといって何が変わるのか。フラウム将軍。同じ事だろう」
ルフス将軍が苛立ったように言った。
「そうかも知れません。しかし、まだあきらめるのは早い。わずかでも事態をひっくり返せそうなら、彼らと交渉して味方に引き込むよう努力しましょう」
「それも良いかも知れませんが、先にすべき事があるのではありませんか」
ローセウス将軍が机を指で叩いて言った。
「言いたい事は分かるが……」
珍しく、ルフス将軍の歯切れが悪い。
「今、ご機嫌を損ねる訳には……」
同様に、フラウム将軍も困った顔をしていた。心変わりをしたらしい。前に陛下を釣り出そうとしたとは思えない様子だった。
「しかし、今しかありません。我らが今後どう動くべきか。それは陛下のお心を伺わなければならないでしょう。この会議で、我らだけで決められる事ではない」 彼女は厳しい声で続ける。
「陛下。聞いておられるのでしたらこの会議に参加して下さい。今こそお心をお示し下さい」
三人は驚いた。思い切りが良すぎる。ルフス将軍とフラウム将軍は手振りで冷静になるよう押しとどめているが、ローセウス将軍は従う気はなさそうだった。
「これまでの情報をまとめると、この事態に至った責任は陛下にあります。ぜひご説明を頂きたい」
『ローセウス。いささか無礼ではないか』
低い声が響き、皆の体が強張った。しかし、ローセウス将軍は黙らなかった。肉体の口がきけなくても、魔法言語で話した。
『無礼の段はお詫び致します。また、ご参加ありがとうございます。では、ご説明頂けるのですね』
ローセウス将軍はどうしてこんなに強気でいられるのだろう。アイルーミヤは不思議に思ったが、すぐに理解した。
激怒している。冷静さは失っていないが、将軍を動かしているのは強い怒りだ。
『何を説明するのだ。余にはそのような義務はない』
『婚約について、事実でしょうか。また、事実であった場合、どうされるのですか』
『説明しないと言っただろう』
『では、ここへは何のために来られたのですか』
『任務の進捗を督促するためだ。信者数の増加速度が鈍っているようだな』
『現状はご理解頂けていると思っておりましたが』
『ルフス、帝国への進出計画が一時停止になっているが、どういう事だ』
闇の王はローセウス将軍を無視し、ルフス将軍に話しかけた。
『現状の分析結果より、すべての軍事計画は一時停止しました。再開は陛下のご説明次第です』
彼は腹をくくった。ローセウス将軍の側に立つ。
『フラウム、山と森の住人との交渉はどうなっている。部隊を全て引き上げさせたようだが』
『陛下。報告にあります通り、交渉は続いていると言えます。我らが態度を決める番と言うだけです』
フラウム将軍も思い切った。事態をはっきりさせたい。
『アイルーミヤ。将軍職ではないが、余の直属であるゆえ、会話を許す。この将軍たちに何か言いたい事はあるか』
『いいえ。それより、なぜ私に調査を命じられたのですか。封印について調べれば、いずれ婚約の事実にたどり着くのは分かっておられたのでは?』
アイルーミヤは別の角度から質問をぶつけた。なぜか、陛下への畏れが減っていた。それよりも知りたいという気持ちが勝った。
『お前たちは我が下僕でありながら、余を信じようとせず疑うのか』
『疑問を抱く事は変化に通じます。陛下の下僕だからこそ、ただ信じる事はできません』
アイルーミヤの言葉に、将軍たちが同意のつぶやきを漏らした。彼女はさらに言葉を重ねた。
『失礼ながら推測致します。陛下は封印の調査を通じて、光の女王の気持ちを探ろうとなされたのではないですか』
『何?』
『発見した文書によると、結婚をお申し込みになったのは陛下からですね。何か別の意図がある行動ではと考えておりましたが、そうではなかったのではないですか』
『はっきりと申せ』
『つまり、陛下は純粋に結婚したいと思われて申し込んだ。光の女王はそれを受けたとはいえ、当時の闇の勢力の残虐行為を気にかけ、封印という形で五百年の猶予期間を置いた。そして、今それが明けはしたものの、陛下は女王の気持ちが昔のままか心配になった。それで、ちょうど都合よく調査を提案した私を動かせば、女王の気持ちが分かるのではとお考えになったのでは?』
『何を言うか。余を推し量ろうなど無礼にも程がある』
陛下は動揺している。それは体の強張りが緩んだせいで分かった。将軍たちの肩が震えている。怒り? 驚き? いや、笑いだとアイルーミヤは悟った。彼女も吹き出すのをこらえていた。
『仮にそうであるなら、直接お確かめになれば良いと思いますが。そう出来ない事情がおありになったのでしょうか』
アイルーミヤが追撃すると、さらに強張りは緩み、ルフス将軍は下を向いてしまった。肩が小刻みに震えている。我慢できなくなったらしい。
『余は疲れた。まだ完全にこの世に現れておらず、信仰の力も足りぬ。このように話をするだけで苦労するのだ。余は休む。後はよしなに』
強張りが完全に取れ、体が自由に動くようになった。水晶玉の中の二将軍と、執務室の二人は声を上げて笑った。
ルフス将軍が大きな声で言う。
「これにて会議を終わる。皆、時間をありがとう。特にローセウス将軍とアイルーミヤ調査官はよくやってくれた。陛下の本音が分かった。こう言っては失礼だが、可愛らしい方だ」
『にゃあ』
「クツシタか。前に見たときより大きくなった。猫の成長は早いな。アイルーミヤ、我が城に来る時はクツシタも連れてきてくれ。餌には不自由しないようにするから」
「はい。そのようにします。皆可愛がってくれます」
水晶玉は暗くなり、周囲を写すだけになった。アイルーミヤはローセウス将軍と目を合わせ、また微笑んだ。将軍が言う。
「結婚を取り持つ話、冗談ごとではなくなったな」
「ええ、しかし、陛下があのように……」
アイルーミヤは返事をしながら笑いがこみ上げてきて、後半は口に出せなかった。
「……奥手だったとはな」
ローセウス将軍が続きを言った。
「どうやって結婚を申し込んだんでしょう」
「そこまでは言ってやるな。アイルーミヤ。陛下のお気持ちは分かった。我らは行動しよう」
『にゃあ』
「クツシタちゃんは悪い子だ。おとなしくしてなさいって言ったのに。おやつは抜き」
『みゃー』
「こっちを向いてもだめ。将軍の言う通り、悪い子。でも可愛い子」
「陛下みたいだな」
ローセウス将軍が言い、また二人は笑った。
アイルーミヤが頭を振って起き上がると、遠くで音がした。誰かがずっと見守っていたらしい。それは遠ざかっていった。
森を抜け、さらわれた寺に出ると騒ぎになった。三日経っていた。
彼女は魔法技術者によって、遅発性の罠が仕掛けられていないか確かめられ、大丈夫だと分かると聴取が始まった。いや、尋問と言ったほうがいいか。
寺院内のがらんとした部屋で、捜索隊の隊長が机の向かい側に座っている。部屋の外には魔法技術者と兵が控えているのが分かった。
「これからいくつか質問をします。記録のために分かりきった事も含まれますが、正確に、早く答えて下さい」
アイルーミヤは頷いて水を飲んだ。
「あなたの名前と役職は?」
「アイルーミヤ、調査官」
「何があったか、時系列に沿って説明して下さい」
彼女は順に話した。婚約についてはためらったが、相手もある程度知っている様子なので、何も隠さず全て話した。隊長は時々話を確認したり、同じ事を言葉を変えて尋ねたりした。
しかし、この隊長は尋問の経験はあまり無いらしい。尋問なのにこっちの話につられて情報を洩らすし、無表情を保つ事すら出来ていない。そうは言っても無理はない。闇の王の婚約話など、驚く以外反応しようがないだろう。
また、そうした会話の端々からは、彼女と同じようにさらわれ、帰された者たちは、ほぼ同様の経験をしていると分かった。秘密を守る意味はなくなった。
「ご協力ありがとうございます。聴取は以上です。追って指示があるまでここに留まって下さい」
「分かったが、私が乗っていた馬はどうなったか知らないか。ハヤブサ号と言うのだが」
「調べてみましょう」
隊長は記録用紙を持って出ていった。この部屋がそのまま彼女の部屋になった。
翌朝、ローセウス将軍からの出頭命令が届いた。ついでにハヤブサ号が戻ってきていた。街道を歩いていたと言う。荷物は無くなっていた。
右腕は肉が盛り上がってきている。五日もすれば元に戻るだろう。
「大変だったな。腕が元に戻るまでは休暇と思ってゆっくり休め。栄養がいるだろうから特別食を手配しよう」
城に帰るとローセウス将軍自ら迎えてくれ、すぐに私室に通された。将軍は感情を隠さず、安心したと言った。
「ありがとう。それとクツシタの面倒を見てくれて助かった」
気のせいか、膝の上のクツシタは重くなったように感じた。好き放題食べさせてもらっていたのだろう。
「報告、読ませてもらった」
将軍はすぐに本題に入った。
「巨人、獣人、妖精。森と山奥の住人。彼らがそれほどまでに強大な存在であるとはな。それに、中立と言っているが信用できない」
「はい、彼らの考え方は光の女王寄りです」
アイルーミヤは解放されてから考えていた事を言った。彼らの、今のまま平和でいたい、という思想は、どちらかと言えば光側だ。本当に中立を守るのか、大いに疑問だった。
「もしかすると、光の女王の余裕は、いざとなったら彼らを味方に出来るという自信からも来ているのだろう」
「現状は大いに不利。我々は調子よく進撃を続けていたつもりが、潜在的に強大な敵にぐるりを包囲されていた訳だ」
アイルーミヤが自嘲して言うと、将軍は頷いた。
「ルフスとフラウムも同意見だ。さすがの彼らも攻撃をためらっている」
「陛下は?」
「何も。ずっと黙ったままだ。解放された者の調書も読んだはずなのに」
「噂が拡がっている。早くなんとかしないと」
「どうする? アイルーミヤ。関係者には口を閉ざしているよう命令はしたが、守られるとは思っていない。実際問題、命令違反があったとしても処罰する気になれないしな」
「陛下は無責任すぎる」
将軍は、そうつぶやいたアイルーミヤに同意した。
「そうだな。で、どうする?」
「とりあえず、西への進出計画を含め、全ての進出は一時停止しかない」
「すでに中止になったよ」
「なら、次は陛下の意思を確認しないと。畏れ多いけれど、もうそんな所まで来ている」
アイルーミヤは右腕の盛り上がりを掻いた。成長中は痒い。
「あまり掻かない方がいい。その通りだが、アイルーミヤよ、私はもっと先を考えている」
ローセウス将軍は何かを決意するように言う。
「陛下と光の女王の結婚を取り持った方が良いんじゃないか、とな」
アイルーミヤは一瞬ぽかんとし、笑い、真顔に戻った。
「この世はどうなる?」
「大騒ぎさ」
「我々はともかくとして、闇の信者たちへの責任がある。彼らには今後の道筋を示さないとな」
「ああ、その通りだ。アイルーミヤ」
ノックの音がした。ルフス将軍が会議を開きたいとの事だった。ローセウス将軍は分かったと返事をし、アイルーミヤにも来いと手振りをした。
「すまんが、話の成り行きによっては休暇は無しになりそうだ。覚悟しておいてくれ」
『にゃあ』
「クツシタちゃんはおとなしくしておいで。後でおやつあげるから」
執務室に三つ水晶玉が揃い、きらめいている。二将軍はそれぞれアイルーミヤに見舞いを言った後、ルフス将軍が話し始めた。
「今後どうするかについて話し合いたい。陛下の婚約は事実上公表された。また、数において未知の強大な勢力に包囲されている。中立と称しているが、思想的には光寄りだから、潜在的な敵だ。それも皆知っている。さらわれて帰ってきた者が多すぎる」
アイルーミヤをちらりと見る。それに釣られるように彼女を見てから、フラウム将軍が発言した。
「これで、実力による勢力拡大は無くなったと考えていいでしょう。ただし、光の女王がこの全てを計画したとは考えにくい。報告どおり、彼らは第三勢力でしょう」
「だからといって何が変わるのか。フラウム将軍。同じ事だろう」
ルフス将軍が苛立ったように言った。
「そうかも知れません。しかし、まだあきらめるのは早い。わずかでも事態をひっくり返せそうなら、彼らと交渉して味方に引き込むよう努力しましょう」
「それも良いかも知れませんが、先にすべき事があるのではありませんか」
ローセウス将軍が机を指で叩いて言った。
「言いたい事は分かるが……」
珍しく、ルフス将軍の歯切れが悪い。
「今、ご機嫌を損ねる訳には……」
同様に、フラウム将軍も困った顔をしていた。心変わりをしたらしい。前に陛下を釣り出そうとしたとは思えない様子だった。
「しかし、今しかありません。我らが今後どう動くべきか。それは陛下のお心を伺わなければならないでしょう。この会議で、我らだけで決められる事ではない」 彼女は厳しい声で続ける。
「陛下。聞いておられるのでしたらこの会議に参加して下さい。今こそお心をお示し下さい」
三人は驚いた。思い切りが良すぎる。ルフス将軍とフラウム将軍は手振りで冷静になるよう押しとどめているが、ローセウス将軍は従う気はなさそうだった。
「これまでの情報をまとめると、この事態に至った責任は陛下にあります。ぜひご説明を頂きたい」
『ローセウス。いささか無礼ではないか』
低い声が響き、皆の体が強張った。しかし、ローセウス将軍は黙らなかった。肉体の口がきけなくても、魔法言語で話した。
『無礼の段はお詫び致します。また、ご参加ありがとうございます。では、ご説明頂けるのですね』
ローセウス将軍はどうしてこんなに強気でいられるのだろう。アイルーミヤは不思議に思ったが、すぐに理解した。
激怒している。冷静さは失っていないが、将軍を動かしているのは強い怒りだ。
『何を説明するのだ。余にはそのような義務はない』
『婚約について、事実でしょうか。また、事実であった場合、どうされるのですか』
『説明しないと言っただろう』
『では、ここへは何のために来られたのですか』
『任務の進捗を督促するためだ。信者数の増加速度が鈍っているようだな』
『現状はご理解頂けていると思っておりましたが』
『ルフス、帝国への進出計画が一時停止になっているが、どういう事だ』
闇の王はローセウス将軍を無視し、ルフス将軍に話しかけた。
『現状の分析結果より、すべての軍事計画は一時停止しました。再開は陛下のご説明次第です』
彼は腹をくくった。ローセウス将軍の側に立つ。
『フラウム、山と森の住人との交渉はどうなっている。部隊を全て引き上げさせたようだが』
『陛下。報告にあります通り、交渉は続いていると言えます。我らが態度を決める番と言うだけです』
フラウム将軍も思い切った。事態をはっきりさせたい。
『アイルーミヤ。将軍職ではないが、余の直属であるゆえ、会話を許す。この将軍たちに何か言いたい事はあるか』
『いいえ。それより、なぜ私に調査を命じられたのですか。封印について調べれば、いずれ婚約の事実にたどり着くのは分かっておられたのでは?』
アイルーミヤは別の角度から質問をぶつけた。なぜか、陛下への畏れが減っていた。それよりも知りたいという気持ちが勝った。
『お前たちは我が下僕でありながら、余を信じようとせず疑うのか』
『疑問を抱く事は変化に通じます。陛下の下僕だからこそ、ただ信じる事はできません』
アイルーミヤの言葉に、将軍たちが同意のつぶやきを漏らした。彼女はさらに言葉を重ねた。
『失礼ながら推測致します。陛下は封印の調査を通じて、光の女王の気持ちを探ろうとなされたのではないですか』
『何?』
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『はっきりと申せ』
『つまり、陛下は純粋に結婚したいと思われて申し込んだ。光の女王はそれを受けたとはいえ、当時の闇の勢力の残虐行為を気にかけ、封印という形で五百年の猶予期間を置いた。そして、今それが明けはしたものの、陛下は女王の気持ちが昔のままか心配になった。それで、ちょうど都合よく調査を提案した私を動かせば、女王の気持ちが分かるのではとお考えになったのでは?』
『何を言うか。余を推し量ろうなど無礼にも程がある』
陛下は動揺している。それは体の強張りが緩んだせいで分かった。将軍たちの肩が震えている。怒り? 驚き? いや、笑いだとアイルーミヤは悟った。彼女も吹き出すのをこらえていた。
『仮にそうであるなら、直接お確かめになれば良いと思いますが。そう出来ない事情がおありになったのでしょうか』
アイルーミヤが追撃すると、さらに強張りは緩み、ルフス将軍は下を向いてしまった。肩が小刻みに震えている。我慢できなくなったらしい。
『余は疲れた。まだ完全にこの世に現れておらず、信仰の力も足りぬ。このように話をするだけで苦労するのだ。余は休む。後はよしなに』
強張りが完全に取れ、体が自由に動くようになった。水晶玉の中の二将軍と、執務室の二人は声を上げて笑った。
ルフス将軍が大きな声で言う。
「これにて会議を終わる。皆、時間をありがとう。特にローセウス将軍とアイルーミヤ調査官はよくやってくれた。陛下の本音が分かった。こう言っては失礼だが、可愛らしい方だ」
『にゃあ』
「クツシタか。前に見たときより大きくなった。猫の成長は早いな。アイルーミヤ、我が城に来る時はクツシタも連れてきてくれ。餌には不自由しないようにするから」
「はい。そのようにします。皆可愛がってくれます」
水晶玉は暗くなり、周囲を写すだけになった。アイルーミヤはローセウス将軍と目を合わせ、また微笑んだ。将軍が言う。
「結婚を取り持つ話、冗談ごとではなくなったな」
「ええ、しかし、陛下があのように……」
アイルーミヤは返事をしながら笑いがこみ上げてきて、後半は口に出せなかった。
「……奥手だったとはな」
ローセウス将軍が続きを言った。
「どうやって結婚を申し込んだんでしょう」
「そこまでは言ってやるな。アイルーミヤ。陛下のお気持ちは分かった。我らは行動しよう」
『にゃあ』
「クツシタちゃんは悪い子だ。おとなしくしてなさいって言ったのに。おやつは抜き」
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