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三十三、事前調査
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アイルーミヤは寒気が入ってくるのもかまわず窓を開け放って冬景色を眺めていた。
ローセウス将軍の厚意で城の一室に滞在させてもらっている。フラウムの事があったので、監視も含んでいるのかなと思うが、それは考え過ぎだろう。
ただし、信仰は広めないという条件だった。アイルーミヤ自身も気を遣って、城勤めの者以外とはあまり話さない。光との約定で闇の信者を急増させられないのに、自然の力の信仰に食われてはたまらないと言うのは理解できた。
それでも、ここは快適だった。ローセウス将軍はいつまででもいてくれと言ってくれる。アイルーミヤはその言葉に甘えながら、大森林地帯の情報を集めていた。東の果てのほとんど未知の森。探検もほとんどされておらず、記録など無いに等しかった。
以前彼女が支配していた領地の東方。連なる山を三つ四つ超えた辺りから始まる森は、その向こう側まで抜けた記録が全く無く、どこまで拡がっているのか不明だった。闇の王封印後に光の勢力が送った探検隊は途中で引き返し、その後続きは送られないまま中止されていた。
わずかな記録によると、木材などの資源供給元としてはその距離を除けば有望と見られた。土地は豊かで開墾すればかなりの収穫が見込めるだろう。巨人や獣人の数は他と変わらない程度で、交渉は可能だった。
しかし、探検隊は突然半数を失い、隊長の判断で引き返している。いや、逃げ帰ったのだろう。なぜか詳しい記録は残されておらず、その点で誰かが尋問や懲戒を受けた記録も無かった。まるで、何かの事実を葬り去ろうとしたようだった。
その地帯にアイルーミヤは惹かれている。今も遠くから引き寄せられるようだ。何かは分からないけれど、自然の力によって自分を見つめ直すようになってから感じている私と同じ種類の存在だ。
正確な位置はつかめない。大森林地帯か、その向こうのもっと遠くなのかさえ不明だ。そちらの方角だろうと見当がつく程度だった。正確に絞り込もうとすると、探知魔法に未熟な初心者のようにぼやける。
とにかく、大森林地帯についてはヒコバエを頼ろうと思うが、現在の立場で巨人と頻繁に会うのはあまり良くは取られないだろう。ローセウス将軍に話す機会が欲しい。
『にゃー』
窓の方から声がした。入りたがっている。
「無理するな。運んでやるから」
クツシタは妊娠していた。乳首が膨らんできている。なのに、普通の時と同じく高い所から跳び下りたり跳び乗ったり、狭い所をくぐり抜けたりするので冷や冷やさせられていた。
「旦那さんは誰だ。紹介しろ」
『にゃあ』
「お前の事だから、旦那はいっぱいいるんだろ。いいぞ、この辺の雄は全部お前のもので」
『みゃあ』
クツシタは水を飲み、餌を食べると熾火になった暖炉の前に寝そべった。アイルーミヤは窓を閉めた。
夕食は久しぶりに帰ってきたローセウス将軍と摂る事ができた。今では私室以外でも砕けた話し方を求められる。その方が仕事から離れられて落ち着くのだそうだ。
「クツシタは?」
「寝てる。まだ変わらずに跳ね回ってる」
「心配だな。おとなしくさせた方が良くないか」
「かといって、閉じ込めておけそうにないし」
「それはそうだ」
ローセウス将軍は微笑んだ。閉じ込めておけないのは誰かさんも同じだ。
食後の茶と菓子が出てきた。将軍の帰還に合わせて贅沢な品だった。
「ローセウス、相談がある。いや、相談と言うより、許可が欲しい」
「許可? 何の」
「探検の準備のため、ヒコバエに聞きたい事がある」
「大森林地帯か」
「そう。探検隊の記録は役に立たなかった」
返事の前に、ローセウス将軍は椅子に深く腰掛け直した。
「難しいな。この情勢では、難しい」
「それは分かるが、彼らは中立だ。何なら立会を付けてもいい。謎の手掛かりが得られるかも知れないし、東へ進出する時の資料になるかも知れないじゃないか」
「かも知れない、ばかりだな。よし、認めよう。ただし、こちらの人員や物資は割けないが、情報は渡してほしい。それが条件だ」
「分かった。それでいい」
「まあ、食料くらいは持っていってもいいぞ」
「助かる」
ローセウス将軍は茶をすすり、アイルーミヤを見つめる。珍しい動物を観察するような目つきだった。
「いつ行く?」
「早速。夜明けには城を出る」
いつもの森の外れまで旅をする。ヒコバエを呼び出すと、すぐに現れる。待っていたとしか思えないが、分かるのだろうか。
『何となく、な。今日はこの辺りにいたほうがいいんじゃないかと思うと大体当たるんだ』
ヒコバエは日常の出来事のように話すが、アイルーミヤにとっては未来予知は驚きだった。
『そんな大げさなものじゃ。さっきも言ったが、いいんじゃないか、程度だよ。何が起こるかなんて全く分からない』
森の奥は常緑樹と枯れ木がまじり、木漏れ日があっても冷えた雰囲気だった。アイルーミヤはマントと荷物の袋を敷いて座った。尻から冷えるのは苦手だ。
『目は閉じたままなのか』
ヒコバエも側に座り、自分の額を叩きながら聞いてきた
『闇の力の目だから。もう消えてしまった』
『いや、消えてはいない。閉じられただけだ。自然の力の目として開けるはずだ』
アイルーミヤは試してみたがだめだった。首を振る。
『今じゃないか。いずれ使えるようになる。ところで、用は何だ?』
『大森林地帯について知りたい』
そこだろうと推測される、はっきりと特定できない領域に、私と同じ存在を感じ、惹かれていると説明する。
『行った事はない』
そう言うヒコバエをじっと見上げる。いや、何か知っているはずでしょう。口には出さないが、そういう目だった。
『先祖から伝わる話はある』
『聞かせてほしい』
『長いぞ』
『心配ない。今の私の主は私だ』
ヒコバエは、ほう、という顔をした。どことなく微笑んだように見える。
『アイルーミヤさんは、自分の回りの自然、動物や植物をよく観察した事はあるか』
『封印されてた時に、頭の中に仮想世界を作っていた。農場や畑、森、たくさん遊んだ』
『まあ、それでもいいだろう。で、自然の生き物について何か気づかなかったか。特に形だ』
『いや。でも、形について言うなら、よくもあれだけ独特の形ばかりしているな、くらいかな』
『そうだ。どの生き物も独特の形をしている。同時に共通点もある。足で歩き、羽や翼で飛び、葉は緑で、茎や幹はほぼ真っ直ぐ上に伸びる。もし仮に初めての動物に会ったとしても、どこに向かって話しかければいいか見当はつくだろう?』
これは何の話だ? 大森林地帯とどう関係するのだろう。
『私の先祖の内に、それはなぜかと考えた者がいた。この世の全ての生き物が独特の形をしていながら、基本的には共通の要素を持っているのには理由があるのか、とな』
『茶碗は茶碗だが、色々な模様や大きさの茶碗があるようなものでしょう。役割が同じなら大まかな形は似てくる』
『そうだな。それもひとつの考え方だ。茶碗を作った何かがいる、と言う考え方だ』
ヒコバエの口調は、その考え方にあまり賛成していないようだった。
『そうじゃないのですか』
『いや、あり得る考え方だ。否定はしない。しかし、この世の生き物の種類の多さと拡がり方を見ると、そのような強大な力を持った存在が検知できないのは不自然だ。消えてしまったにせよ、痕跡すら残っていない』
『そうすると、ご先祖はどう考えました?』
『茶碗自体が様々な茶碗になった、と考えた』
アイルーミヤはヒコバエから目をそらし、枯れ枝の隙間から覗く空を見た。青く冷たい空。鋭い冬の空だった。
『生き物自体が変わっていく力を持っている。いや、検知できない以上、それは力ではなく、生き物自体が持つ要素であると結論づけた。私もそう思う』
『魔法ではないのですか』
『違う。魔法とは無関係の要素だ。生き物なら全てが持っている』
『でも、私は変わっていく生き物を見た事がない。今いる生き物は五百年前と同じです』
『確かにそうだ。先祖の時代から姿が変わった生き物を見た試しがない。昔の記録はそのまま今でも通用する。それがこの理屈の欠点だ』
『致命的な欠点です』
『だが、考えれば考えるほど、そこに目をつぶれば理屈は通る』
『致命的なのに目をつぶってはいけないでしょう。それに、聞きにきた立場でこう言うのは無礼ですが、その理屈は大森林地帯とどう関わるのですか』
ヒコバエは枯れ草臭い息を吐いた。
『致命的な欠点、を欠点でなくするにはどう考えればいいか。先祖は、生き物の形が変わるには想像以上の長い時間がかかると言う仮説を立て、世界は見えているよりもっとずっと古いと考えた。魔法の力のおかげできれいに整えられているけれど、実際はずっと年月のたった骨董品だとな』
『証明したのですか』
『実験をした。大森林地帯で』
ヒコバエの先祖たちは、魔法が完全に消滅した領域を作り、世界の本当の年齢を確認する計画を立てた。魔法防御を改造、強化し、領域内へのあらゆる魔法の力の流入を阻止し、かつ、再生産されない区域を作って観察する。ただし、信頼できる結果を得るためにはある程度広大でなければならない。
しかし、そこは魔法が生存に必須、または補助にしている大多数の生き物にとって害を及ぼす危険性が高い。よって、大森林地帯の奥地、社会から隔絶した場所が選ばれた。
『結果はどうでした?』
『ここから先は我ら部族の恥の歴史になるが、あえて話そう。アイルーミヤさんが自らの主になれた祝いだ』
ヒコバエは頭上の冬の空のようにすっきりとした笑みを浮かべた。話せる事を喜んでいるようにも感じられた。
魔法の力が完全に失われた瞬間、土地は陥没し、沈み始めた。地下から水と毒性を持つ気体が数日にわたって噴き出した。
それらが収まった時、魔法の力が除去された広大な円形領域は遥か下に沈みきっていた。
『後で分かったことだが、大森林地帯は水をよく通す隙間の多い岩盤を魔法の力が支えている構造だった。中心にいた技術者たちは全滅し、改造型魔法防御は消えた。そこは長い時間がかかったが回復した。今でも土地は深く沈み込んだままだがね』
空を見上げ、また目を下ろす。
『実験は大失敗。観察どころじゃない。責任者の一人だった私の先祖は大罪人になった』
『他の土地で再実験しなかったのですか。事前調査をしっかりすれば、実験計画そのものはそれほど悪いとは思えない』
『並の失敗では無かったからね。当時はさっさと蓋をして、二度と思い出したくない類の間違いだったんだ』
『だとすると、私の惹かれている力は何でしょう』
『さあ。ただ、大森林地帯で魔法に関わる変わった事と言えば、知っているのはこれだけだな』
『ヒコバエ、あなたは惹かれないのですか』
『何も感じない。しかし、アイルーミヤさんが感じている力を否定する訳じゃない。私達は生まれた頃からずっと自然の力に浸ってきたから、その力に慣れきって感じないだけかも知れない。急に自然の力を得たからこそ感じられるのだろう』
『だとすると、フラウムも感じていたのかな。今さらだけど』
『そうだな』
それから、何かの手掛かりになるかと思い、アイルーミヤは自分が調べた探検隊の話をした。ヒコバエは興味深そうに聞いた。
『闇の王の封印後なら、とっくに実験の悪影響は収まっている。しかし、光の勢力にしては拙いやり方だな。アイルーミヤさんが言う通り、事実を急いで葬り去ったみたいだ。私の先祖と同じだな』
だが、それ以上思い当たる事は無さそうだった。ヒコバエはすまなそうに頭を振った。
『ありがとう。どうやら直接行って調査するしか無いようですね。その近辺で場所を変えて方向を絞り込みましょう』
アイルーミヤは実験領域の大体の場所や大きさなどを教わったが、昔の記録で最近は確かめてないから、と注意された。
『それと、調べるなら早いほうがいい。我々のように慣れてしまうと力を感じられなくなるだろう』
アイルーミヤは礼を言い、別れを告げた。ヒコバエは森の外れまで見送ってくれた。
「雲をつかむような話だな」
報告後、ローセウス将軍の第一声はこうだった。無理もない。
「行って見てくるしかありません」
「だが、これでは、な。支援はできないぞ」
「結構です。許可だけ下さい。あと、当面の装備と食料を与えて頂ければ」
「それは心配するな。その位、私の個人財産から出してやる。だが、これから探検は無茶だろう。春になってからにしろ」
「ええ、それはやむを得ません。私もその積もりです。さすがに未知の場所で大雪に巻き込まれたくはない」
ヒコバエの注意が思い出されたが、慎重さも必要だった。気候が良くなるまで待つしかない。
クツシタの乳房は張り、腹は大きくなってきた。もう素早くは動けない。
出発は、仔猫の乳離れを見届けてからかな。
ローセウス将軍の厚意で城の一室に滞在させてもらっている。フラウムの事があったので、監視も含んでいるのかなと思うが、それは考え過ぎだろう。
ただし、信仰は広めないという条件だった。アイルーミヤ自身も気を遣って、城勤めの者以外とはあまり話さない。光との約定で闇の信者を急増させられないのに、自然の力の信仰に食われてはたまらないと言うのは理解できた。
それでも、ここは快適だった。ローセウス将軍はいつまででもいてくれと言ってくれる。アイルーミヤはその言葉に甘えながら、大森林地帯の情報を集めていた。東の果てのほとんど未知の森。探検もほとんどされておらず、記録など無いに等しかった。
以前彼女が支配していた領地の東方。連なる山を三つ四つ超えた辺りから始まる森は、その向こう側まで抜けた記録が全く無く、どこまで拡がっているのか不明だった。闇の王封印後に光の勢力が送った探検隊は途中で引き返し、その後続きは送られないまま中止されていた。
わずかな記録によると、木材などの資源供給元としてはその距離を除けば有望と見られた。土地は豊かで開墾すればかなりの収穫が見込めるだろう。巨人や獣人の数は他と変わらない程度で、交渉は可能だった。
しかし、探検隊は突然半数を失い、隊長の判断で引き返している。いや、逃げ帰ったのだろう。なぜか詳しい記録は残されておらず、その点で誰かが尋問や懲戒を受けた記録も無かった。まるで、何かの事実を葬り去ろうとしたようだった。
その地帯にアイルーミヤは惹かれている。今も遠くから引き寄せられるようだ。何かは分からないけれど、自然の力によって自分を見つめ直すようになってから感じている私と同じ種類の存在だ。
正確な位置はつかめない。大森林地帯か、その向こうのもっと遠くなのかさえ不明だ。そちらの方角だろうと見当がつく程度だった。正確に絞り込もうとすると、探知魔法に未熟な初心者のようにぼやける。
とにかく、大森林地帯についてはヒコバエを頼ろうと思うが、現在の立場で巨人と頻繁に会うのはあまり良くは取られないだろう。ローセウス将軍に話す機会が欲しい。
『にゃー』
窓の方から声がした。入りたがっている。
「無理するな。運んでやるから」
クツシタは妊娠していた。乳首が膨らんできている。なのに、普通の時と同じく高い所から跳び下りたり跳び乗ったり、狭い所をくぐり抜けたりするので冷や冷やさせられていた。
「旦那さんは誰だ。紹介しろ」
『にゃあ』
「お前の事だから、旦那はいっぱいいるんだろ。いいぞ、この辺の雄は全部お前のもので」
『みゃあ』
クツシタは水を飲み、餌を食べると熾火になった暖炉の前に寝そべった。アイルーミヤは窓を閉めた。
夕食は久しぶりに帰ってきたローセウス将軍と摂る事ができた。今では私室以外でも砕けた話し方を求められる。その方が仕事から離れられて落ち着くのだそうだ。
「クツシタは?」
「寝てる。まだ変わらずに跳ね回ってる」
「心配だな。おとなしくさせた方が良くないか」
「かといって、閉じ込めておけそうにないし」
「それはそうだ」
ローセウス将軍は微笑んだ。閉じ込めておけないのは誰かさんも同じだ。
食後の茶と菓子が出てきた。将軍の帰還に合わせて贅沢な品だった。
「ローセウス、相談がある。いや、相談と言うより、許可が欲しい」
「許可? 何の」
「探検の準備のため、ヒコバエに聞きたい事がある」
「大森林地帯か」
「そう。探検隊の記録は役に立たなかった」
返事の前に、ローセウス将軍は椅子に深く腰掛け直した。
「難しいな。この情勢では、難しい」
「それは分かるが、彼らは中立だ。何なら立会を付けてもいい。謎の手掛かりが得られるかも知れないし、東へ進出する時の資料になるかも知れないじゃないか」
「かも知れない、ばかりだな。よし、認めよう。ただし、こちらの人員や物資は割けないが、情報は渡してほしい。それが条件だ」
「分かった。それでいい」
「まあ、食料くらいは持っていってもいいぞ」
「助かる」
ローセウス将軍は茶をすすり、アイルーミヤを見つめる。珍しい動物を観察するような目つきだった。
「いつ行く?」
「早速。夜明けには城を出る」
いつもの森の外れまで旅をする。ヒコバエを呼び出すと、すぐに現れる。待っていたとしか思えないが、分かるのだろうか。
『何となく、な。今日はこの辺りにいたほうがいいんじゃないかと思うと大体当たるんだ』
ヒコバエは日常の出来事のように話すが、アイルーミヤにとっては未来予知は驚きだった。
『そんな大げさなものじゃ。さっきも言ったが、いいんじゃないか、程度だよ。何が起こるかなんて全く分からない』
森の奥は常緑樹と枯れ木がまじり、木漏れ日があっても冷えた雰囲気だった。アイルーミヤはマントと荷物の袋を敷いて座った。尻から冷えるのは苦手だ。
『目は閉じたままなのか』
ヒコバエも側に座り、自分の額を叩きながら聞いてきた
『闇の力の目だから。もう消えてしまった』
『いや、消えてはいない。閉じられただけだ。自然の力の目として開けるはずだ』
アイルーミヤは試してみたがだめだった。首を振る。
『今じゃないか。いずれ使えるようになる。ところで、用は何だ?』
『大森林地帯について知りたい』
そこだろうと推測される、はっきりと特定できない領域に、私と同じ存在を感じ、惹かれていると説明する。
『行った事はない』
そう言うヒコバエをじっと見上げる。いや、何か知っているはずでしょう。口には出さないが、そういう目だった。
『先祖から伝わる話はある』
『聞かせてほしい』
『長いぞ』
『心配ない。今の私の主は私だ』
ヒコバエは、ほう、という顔をした。どことなく微笑んだように見える。
『アイルーミヤさんは、自分の回りの自然、動物や植物をよく観察した事はあるか』
『封印されてた時に、頭の中に仮想世界を作っていた。農場や畑、森、たくさん遊んだ』
『まあ、それでもいいだろう。で、自然の生き物について何か気づかなかったか。特に形だ』
『いや。でも、形について言うなら、よくもあれだけ独特の形ばかりしているな、くらいかな』
『そうだ。どの生き物も独特の形をしている。同時に共通点もある。足で歩き、羽や翼で飛び、葉は緑で、茎や幹はほぼ真っ直ぐ上に伸びる。もし仮に初めての動物に会ったとしても、どこに向かって話しかければいいか見当はつくだろう?』
これは何の話だ? 大森林地帯とどう関係するのだろう。
『私の先祖の内に、それはなぜかと考えた者がいた。この世の全ての生き物が独特の形をしていながら、基本的には共通の要素を持っているのには理由があるのか、とな』
『茶碗は茶碗だが、色々な模様や大きさの茶碗があるようなものでしょう。役割が同じなら大まかな形は似てくる』
『そうだな。それもひとつの考え方だ。茶碗を作った何かがいる、と言う考え方だ』
ヒコバエの口調は、その考え方にあまり賛成していないようだった。
『そうじゃないのですか』
『いや、あり得る考え方だ。否定はしない。しかし、この世の生き物の種類の多さと拡がり方を見ると、そのような強大な力を持った存在が検知できないのは不自然だ。消えてしまったにせよ、痕跡すら残っていない』
『そうすると、ご先祖はどう考えました?』
『茶碗自体が様々な茶碗になった、と考えた』
アイルーミヤはヒコバエから目をそらし、枯れ枝の隙間から覗く空を見た。青く冷たい空。鋭い冬の空だった。
『生き物自体が変わっていく力を持っている。いや、検知できない以上、それは力ではなく、生き物自体が持つ要素であると結論づけた。私もそう思う』
『魔法ではないのですか』
『違う。魔法とは無関係の要素だ。生き物なら全てが持っている』
『でも、私は変わっていく生き物を見た事がない。今いる生き物は五百年前と同じです』
『確かにそうだ。先祖の時代から姿が変わった生き物を見た試しがない。昔の記録はそのまま今でも通用する。それがこの理屈の欠点だ』
『致命的な欠点です』
『だが、考えれば考えるほど、そこに目をつぶれば理屈は通る』
『致命的なのに目をつぶってはいけないでしょう。それに、聞きにきた立場でこう言うのは無礼ですが、その理屈は大森林地帯とどう関わるのですか』
ヒコバエは枯れ草臭い息を吐いた。
『致命的な欠点、を欠点でなくするにはどう考えればいいか。先祖は、生き物の形が変わるには想像以上の長い時間がかかると言う仮説を立て、世界は見えているよりもっとずっと古いと考えた。魔法の力のおかげできれいに整えられているけれど、実際はずっと年月のたった骨董品だとな』
『証明したのですか』
『実験をした。大森林地帯で』
ヒコバエの先祖たちは、魔法が完全に消滅した領域を作り、世界の本当の年齢を確認する計画を立てた。魔法防御を改造、強化し、領域内へのあらゆる魔法の力の流入を阻止し、かつ、再生産されない区域を作って観察する。ただし、信頼できる結果を得るためにはある程度広大でなければならない。
しかし、そこは魔法が生存に必須、または補助にしている大多数の生き物にとって害を及ぼす危険性が高い。よって、大森林地帯の奥地、社会から隔絶した場所が選ばれた。
『結果はどうでした?』
『ここから先は我ら部族の恥の歴史になるが、あえて話そう。アイルーミヤさんが自らの主になれた祝いだ』
ヒコバエは頭上の冬の空のようにすっきりとした笑みを浮かべた。話せる事を喜んでいるようにも感じられた。
魔法の力が完全に失われた瞬間、土地は陥没し、沈み始めた。地下から水と毒性を持つ気体が数日にわたって噴き出した。
それらが収まった時、魔法の力が除去された広大な円形領域は遥か下に沈みきっていた。
『後で分かったことだが、大森林地帯は水をよく通す隙間の多い岩盤を魔法の力が支えている構造だった。中心にいた技術者たちは全滅し、改造型魔法防御は消えた。そこは長い時間がかかったが回復した。今でも土地は深く沈み込んだままだがね』
空を見上げ、また目を下ろす。
『実験は大失敗。観察どころじゃない。責任者の一人だった私の先祖は大罪人になった』
『他の土地で再実験しなかったのですか。事前調査をしっかりすれば、実験計画そのものはそれほど悪いとは思えない』
『並の失敗では無かったからね。当時はさっさと蓋をして、二度と思い出したくない類の間違いだったんだ』
『だとすると、私の惹かれている力は何でしょう』
『さあ。ただ、大森林地帯で魔法に関わる変わった事と言えば、知っているのはこれだけだな』
『ヒコバエ、あなたは惹かれないのですか』
『何も感じない。しかし、アイルーミヤさんが感じている力を否定する訳じゃない。私達は生まれた頃からずっと自然の力に浸ってきたから、その力に慣れきって感じないだけかも知れない。急に自然の力を得たからこそ感じられるのだろう』
『だとすると、フラウムも感じていたのかな。今さらだけど』
『そうだな』
それから、何かの手掛かりになるかと思い、アイルーミヤは自分が調べた探検隊の話をした。ヒコバエは興味深そうに聞いた。
『闇の王の封印後なら、とっくに実験の悪影響は収まっている。しかし、光の勢力にしては拙いやり方だな。アイルーミヤさんが言う通り、事実を急いで葬り去ったみたいだ。私の先祖と同じだな』
だが、それ以上思い当たる事は無さそうだった。ヒコバエはすまなそうに頭を振った。
『ありがとう。どうやら直接行って調査するしか無いようですね。その近辺で場所を変えて方向を絞り込みましょう』
アイルーミヤは実験領域の大体の場所や大きさなどを教わったが、昔の記録で最近は確かめてないから、と注意された。
『それと、調べるなら早いほうがいい。我々のように慣れてしまうと力を感じられなくなるだろう』
アイルーミヤは礼を言い、別れを告げた。ヒコバエは森の外れまで見送ってくれた。
「雲をつかむような話だな」
報告後、ローセウス将軍の第一声はこうだった。無理もない。
「行って見てくるしかありません」
「だが、これでは、な。支援はできないぞ」
「結構です。許可だけ下さい。あと、当面の装備と食料を与えて頂ければ」
「それは心配するな。その位、私の個人財産から出してやる。だが、これから探検は無茶だろう。春になってからにしろ」
「ええ、それはやむを得ません。私もその積もりです。さすがに未知の場所で大雪に巻き込まれたくはない」
ヒコバエの注意が思い出されたが、慎重さも必要だった。気候が良くなるまで待つしかない。
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「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
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