アイルーミヤの冒険

alphapolis_20210224

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三十六、違う星

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 夜中、目が覚めた。と同時に短剣を手にする。残り火は完全に消えているが、月と星で手元は分かる。
 重い気配が陥没の方からしていた。木々に遮られていてよく分からないが、大きな何かが動いている。ただ、その割に音はほとんど無い。気配だけだった。
 額の目を開き、さらに集中する。ヒコバエに似た印象だった。巨人だろうか。しかし、陥没側だ。
 迷ったが、やり過ごすより確認したい気持ちが上回った。衣服を整え、短剣はマントの下に隠してそちらへ向かう。

 木々を抜けると、真っ白な巨人がいた。大巨人だった。陥没に立ち、胸から上が出ている。そいつは辺りを見回していたが、崖の縁のアイルーミヤを見つけた。

『三つ目? 鬼婆か。闇を感じないな』
『お前は?』

 巨人のような臭いが全く無かった。他にも生きている感じが無い。霊だろうか。これほどの身体を維持できるとはどんな霊だろう。

『ここの管理をしている。名前はもう忘れた。ここを探る力を感じたから確かめに来たが、お前か。闇でもなし光でもなし。だが、私の記憶では、三つ目の魔法使いなら闇のあいつしかいないはずだがな』
『私がその『あいつ』だ。色々あってな。アイルーミヤと言う』
『ああ、そんな名前と聞いている。用心しろと言われた。残虐で乱暴な将軍らしいな』
『直接会ってみてどう思う? そう見えるか』
『いや。それにお前は自然の力を使うようだな』
『どっちが先に説明する? お互い長い話になりそうだ』

 アイルーミヤが先に説明する事になった。特に何も隠さなかった。隠したり騙したりする理由がない。説明しながら、アイルーミヤはそういう自分の立場に気づいて嬉しくなった。これは、自分の主が自分であるいい点だった。
 話自体は途中で何度も質問が挟まり、一通り終わった頃には朝になった。アイルーミヤは荷物を取りに生き、簡単な朝を摂った。

『食べる。私が前に食べたのはいつだろうな』
 白い巨人は食べるアイルーミヤを見下ろし、懐かしむように言った。

 それから白い巨人『管理人』の番になった。

 管理人は巨人の魔法技術者の霊の集合体だった。実験後、陥没地帯の管理をしていると言う。
『実験は続いているのか』
『いや、実験は終わり、結果が出た。今はそれに基づいて保存計画を実行中だ』
『もっと詳しく』
『いいのか。お前の言った、光の勢力の探検隊は覚えているが、同じように説明したら仲間割れして殺し合ったぞ』
『大丈夫。私は独りだ』
 管理人はヒコバエでさえ握れそうな大きな手で頭を掻いた。思い出しているらしい。
『魔法はな、魔法はいずれ無くなる。それが分かった』

 魔法の力を無くす実験は成功し、ここは陥没した。そして、魔法の力によって覆われていないこの世の正しい年齢が分かった。

『アイルーミヤさん。お前は年をどうやって数えている?』
『星。天頂星が一周したら一年』
『ああ、それなら簡単だ。その数え方ならこの世は二十から三十億年経っている。推定で、幅が広くてすまない』
『そうなのか』
 アイルーミヤは驚きのあまり、そういう返し方しか出来なかった。
『なら、生き物が魔法の力なしに今の形になる時間は十分にあったと言う事か』
『そうだ。魔法の力はこの世の始まりからあったのではない。まだよく分かっていないが、魔法を使える生き物の変化の具合を調べた結果、ごく最近、一億から五千万年前の間に爆発的に生じた力だった。天から降ってきたと思われるが、まだ確かめられていない』
 管理人の白い半透明の身体に日光が透けた。
『魔法の力は、この世を維持するための必須の力では無かったし、どの力も有限でいつか無くなる』
『自然の力もか。再生産しないのか』
『しない。わずかずつだが、魔法として使うたびに欠損が生じている。それもこの広大な領域の魔法の力を無くし、再生産の量を注意深く測定して初めて分かった』
『どのくらいで無くなる?』
『今のような使用状況なら五から十万年』
『どうなる?』
『ここみたいになるな。魔法が支えている土地は予想もつかない変形をするだろうし、生き物の内、魔法の力に生命維持を託している種類はいなくなる』
『それを隠していたのか。他に知っている者は?』
『隠しはしない。宣伝もしないがね。お前の話からすると、我らの部族や、光の勢力は事実を葬り去ったようだな。多分、探検隊は公表するかどうかで仲間割れしたんだろう。彼らにしてみれば殺し合う程の事実だったんだな』
 管理人はアイルーミヤを見下ろす。
『お前はどうする?』
『話だけではな。証明はできるか』
『ああ、口の言葉でなく、魔法言語が使えるなら証明は楽だ。我らの調査した事実を流し込んでやるから心を開け。結論は自分で出せ』

 大量の事実が絵として送り込まれた。調査した情報から結論が導き出され、それに基づく新しい調査が行われ、また結論が導き出された。当時の技術者たちは死んでも調査を続けられるように、死亡後は自らを霊としてこの世にとどまり、さらには集合体化した。
 長い長い調査報告と結論が、管理人の言葉を裏付けた。嘘や意図的に歪められた情報は無い。
 アイルーミヤの結論も、管理人と同じだった。
 日は中天から傾き始めていた。

『今は何をしているんだ。その情報は無かったが』
『それは別の計画になるからな』
『良ければ、教えてほしい』

 管理人は話を続けた。巨人たちは結果を踏まえて相談し、新しい計画を始めた。保存計画だった。

『何を保存するんだ?』
『知性そのもの』
『どうやって?』

 陥没した実験領域に注意深く選定した生き物を導入した。魔法を全く必要としない生き物。幼い内にさらった人間を住まわせ、様々な動植物を導入した。
 また、この領域で再生した自然の力は一旦中心部に集められ、管理目的にのみ使用される。

『多分、アイルーミヤさんの感じている力はその集中した力だろう。濃く固まっている力だから、転向したばかりで、お前のように力に敏感な器官を持っているとぼんやりと惹きつけられるのだろうな』

 集められた力は、技術者の集合霊の維持、陥没地帯の地形の安定化、そして、来たるべき日のために領域内の生き物を保存し続けるために使われていた。

『この領域内の人間は、ここだけが世界だと思っている。集めた力を使い、天体などを観測してもそれを証明するような結果しか出ないように調整した。彼らは世界は平らな円盤だと思い、端に行けば落下すると信じている。他にも外に興味を抱かせないようにする仕組みがある』
『騙し続けているのか』
『言葉は悪いが、その通りだ。魔法はいずれ無くなる。その時、全ての偽装は消滅し、崖は崩れて外に出られるようになる。ここの彼らはあらゆる種類の魔法の力を一切使用せず生き、文明を維持する実力がある。魔法は無くなっても知性は滅びず、新しい世界が速やかに再建される』
『そうまでしないといけないのか』
『かと言って、全て滅ぶがままにしていいのか? 生き物は長い時間かけて変わっていき、我々のような知的な存在を生み出した。自分について考えられるほどの存在だ。しかし、魔法の力は便利で強力すぎた。現れてすぐにほとんど全ての生き物が力を利用するようになった。我々やお前のように生存に必須とする者も現れた』
 管理人は陥没の奥の方に手を振った。
『人間もそうだ。しかし、彼らは魔法にあまり適合しなかった。ゆえに今では数ばかりの弱い種だ。しかし、それが強みになった。彼らは魔法の力を必要としない。あれば便利だが、無くても破滅しない。彼らこそ、魔法無き世界の支配者なのだ。しかし、その準備は今からしておかねばならない。魔法に頼らず、いや、魔法など知りもしない人間を保存する。そうすれば魔法がない世界でも何の混乱もなく世界を再生するだろう』
 アイルーミヤは管理人と同じ方を見た。陥没した領域に濃く緑が茂り、霞がかかっている。あの下に、魔法と切り離された人間が暮らしている。どんな生活なのだろう。
『あそこ以外にいる人間はどうだ。生き残れないか』
『可能性はある。人間なら魔法が無くなっても死んでしまうような事はない。だが、魔法の存在を知っており、その便利さに慣れた人間が、魔法消滅後の激変した世界で生き残れる可能性は低いし、それに賭ける訳には行かない。これは保険なのだよ』
『お前たちに何の得がある? この計画からは何が得られるのだ』
『何もない。私もお前も消えるのだから、何か得たってしょうがない。しかし、ただ一つ。自己満足だな』
『自己満足?』
わたくしを残す事ができるという満足感だ。わたくしについて考える能力を持った知的存在が滅びる可能性を、出来る限り小さいものにしているという充実感だ』

 日はとうに沈み、月が高い。アイルーミヤはすっかり忘れていた食事の準備をする。火をおこす時、魔法を使わず、短剣の背で燧石をこすり、火花を火口にうつし、枯れ葉から小枝、小枝から太めの枝へと火を大きくしていった。なぜそんな事をしたのか分からないが、そうしたかった。あるいは、急激に流し込まれた重大な情報を処理するため、考えずに手を動かせる仕事をし続けたかったのかも知れない。
 管理人はそうしている様子を見つめ、湯が沸くと、仕事があるからと霞の向こうへ消えていった。

 満天の星だ。アイルーミヤは、陥没の中の人間は、違う星を見ているのだろうかと考えていた。

 食後、湯を飲みながら報告書を仕上げた。ほとんど徹夜だった。事実をそのまま書き、この探検の個人的後援者であるローセウス将軍宛に送った。そうする事によって闇の王も知ることになるが、それはかまわないと思った。陛下、それと女王陛下は魔法の未来を既に分かっておられるんじゃないだろうか。
 朝日を浴びながらまどろんでいると、返事が届いた。調査を即刻中断して帰ってこい、と言っていた。

『帰るのか』
 荷物をまとめていると、管理人が見下ろして聞いてきた。
『そうする。気は済んだ』
『全部報告したのか』
『した。隠す理由は無い』
『計画を理解してくれるか』
『私は理解した。闇や光の勢力、それとヒコバエたちについては分からない』
 ため息をつくような仕草をする。光が頭に透けた。
『ずっと自分たちだけで管理を続けるのか。援助は必要か』
『いらない。あまり様々な勢力が関わると計画が歪む』
『それはそうだ。始めた者が終わりを見届けるのがいい』
 荷物を担ぐ。
『また来るのか』
『分からない』
『じゃあ、しばらくさよなら』
『元気で、と言うのも変だな。さよなら』

 西へ歩き出す。力の感じ方はもうすっかり弱くなっており、集中しないと感じなくなった。
 しばらく歩き、陥没はもう見えなくなったかなと思って振り返ると、木々の間から白い巨人がまだこっちを見ていた。
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