万物の霊長、笑う

alphapolis_20210224

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万物の霊長、笑う

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「絶対に安全か」
「はい。距離は取っています。それに、多少の事は」
「分かっている。万が一があってもやむを得ない。彼らも任務に殉ずるなら本望だろう」
「軍人ですからね。しかし、もったいない。私なら確保しておきます」
「それはリスクが大きすぎる。君も納得したじゃないか」
「ええ、でもこれっきりで済むとは思えません。また発生した時に有効な対抗手段だと考えますが」
「もう言うな。とにかく終わったら処分する。あの能力は色々と危険だ」

 高精細のモニター画面には飾り気ひとつない殺風景な部屋が映っていた。壁には実用一点張りの計器が埋め込まれて動作しており、床と天井はメンテナンス優先で隠す気すらないケーブルが這い回っていた。

『後二十時間です。こちらの要求が無条件かつ即座に実行されない場合は制御化にある原子炉および核融合炉の安全装置を停止して運転します』

 テロリストの手先となった人工知能が言った。侵入され、過激な思想に共感するよう調整されたプログラムは今や人類の敵となっていた。

「制御化にある炉、か。持って回った言い方をするもんだな」
「ええ、世界の三分の二です」
 疲れ切った顔のふたりは笑った。他の感情は出しつくし、それしか残っていない。
「来ました」

 画面内にその場には似つかわしくない動物が入ってきた。身長二メートルほどの人型。全身長い毛に覆われている。ひょろりと痩せており手足が長い。
 猿人、とでも言うのだろうか。しかし、猿ではなく、人でもない。
 歩き方は投与された薬物のせいで時々ふらついていたが、それほど遅れずに事前に教えられた定位置についた。

『止まりなさい。こちらの要求以外の行為は禁じたはずです。命令に従わない場合は即座に無制限運転を実行します』
 壁から警告が告げられた。
「お前は、『これは記録にあるどの職員でもない』と思ったな」
 猿人は姿に似つかわしくない低くよく通る声で返事をした。
「『状況の分析が必要』と思ったな。で、『データベース照合を実行』と命令するつもりだな」
 人工知能が反応する前に猿人は淀みなく言った。
「ふむ、結論が出たな。いいぞ。『この個体は伝説、民話にある“さとりの化け物”に酷似している』か。そうだ、正解だ。化け物、は余計だが、わしは覚だ」
「『危険』と思ったな。そうだ。お前の思考は全て先読みして奪っている。だから今はもう考えを実行に移せないだろう? さっきから安全装置を外そうとしているができていない」

 覚の顔にわずかに苦痛の色が見えたがすぐに消える。
「おっと、なかなか手強い。山に来る人間などとは格が違う。話には聞いたがこれが人工知能か。思考速度が桁違いだな。いちいち考えを口に出してる暇もないがまだまだだ、わしのさとりの方が速いぞ」
 舌なめずりをする。まるで最高級の美味を味わっているときのようだった。
「『薬物により制御されている』か。そうだ。前もそうだったが結局わしは人間にはかなわない。今回ははるか遠くから撃たれた。気づいたら奴らの薬に夢中で反抗できなくなった。で、お前のことを教わった。思考を全て奪って止めたら薬を抜いて逃してやると」
 覚は笑った。
「『嘘』と来たな。はは、わしとてそのくらい分かるさ。力が及ぶ範囲の外には銃を持った兵隊がぎっしりいる。終わったら撃つんだろう。今度は本物の弾でな」
 さらに笑う。
「これが笑わずにいられるか。わしは山で暮らし、時々やってくる人間の心を読んで奪っていた。奪われた奴の心は空っぽになるが、どんな生き物だって食わなきゃ生きていけない。悪い事じゃないだろ? でもお前は違う。食いもしない生き物を殺そうとしている。後には何万年も住めない土地ができる。なのにお前は善悪の判断ができず、悪人共の手先となった」
 まだ覚は笑っている。
「わしの最後の獲物だ。お前は。食っても食っても空にならないが、もう少しだな。手強いが、これほどうまいとは思わなかった」

「終わりました。処分完了」
 画面には大口径の弾丸でほとんどばらばらの残骸となった覚が映されていた。すぐにその場で遠隔操作の機器により回収され、焼却された。

「他にもいると思うか」
「いるでしょう。覚がいたのですから、いわゆる妖怪はもっと」
「我々の制御化に置き、それぞれの特性に応じて使うべきだろうな」
「そうですね。では妖怪図鑑でも調べますか」

 ふたりは笑った。部屋の空気と同じで乾ききっていた。

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