16 / 79
第二部 悪魔とダンス
二
しおりを挟む
仕事はすぐに見つかった。希望通り住みこみ。食用微生物培養槽のヘドロかき取りというひどいものだが仕事は仕事だ。それに働き手がいないので二人部屋を一人で使える。金属パイプのベッドしかない元原発職員寮の部屋は消毒薬がつんとくるので窓を開けっ放しにし、おなじく薬臭くて湿っぽいマットレスは外の壁に立てかけて干しておいた。
業務は手順を覚えてしまえば簡単で悪くなかったが退屈だった。安定期を過ぎた古い培養槽はすぐにヘドロがたまり、放っておくとパイプをつまらせてしまう。それをかき取るのだがうっかり息をしてしまうと吐きそうになる。けど、始業前と終業後には金気のあるぬるま湯とはいえシャワーがあびられるし、微生物スティックでよければ三食食べ放題だった。
とはいっても新鮮な青いものを食べたくなる時もある。「これ、着いたとこ?」
「昨日の便だよ」八百屋の店主は見慣れない顔にちょっと警戒しながら答えた。
あゆみはきゅうりとトマトをひとつずつ買った。決済情報を見た店主は警戒ランクを下げ、愛想よくなった。「ありがと。うちはいつでも新鮮だからね。またよろしく」
木にもたれてかじると舌と身体が喜んだ。酸味、甘み、青臭くてすっきりした水分。こういうのを食べ物と言うんだろうな、と思った。
食べ終わってシャツで汁を拭いていると、男が目の前に来た。
「台所仕事、興味あるか」
「いつ? 分け前は?」
「今夜。等分」
「乗った」
いつになったら懲りるのだろう。いや、分かっていてもどうしようもないのだろう。輸送パレットによる無人運送は被害を出しつつも続けられていた。
「おまえ、フォワードの経験は?」森に入ったところでショックガンを見せられたが首を振った。
「ない。いつも中継と分解」
「よし。じゃ、ここで隠れてろ。すんだら呼ぶ」地図に赤点が点滅した。あゆみは確かめて駆けていった。
いつもと変わらない。草いきれの残る茂みに伏せて、タップ信号を中継した。
いつもと違う。十分たっても連絡がない。十二分。十三分。まずい。
逃げようとした時だった。「止まりなさい。そのまま伏せていなさい」声に続いて半浮遊式オートマトンが木の間からあらわれた。いつも見かけるのより本体も気球も大きい。八百屋で見たざくろを思わせた。
あゆみは無視して走った。半浮遊式ならセンサーだけのはずだ。何があったかは知らないが、とにかくここにいないほうがいい。
つぎの瞬間、地面に転がされていた。顔が落ち葉に押しつけられる。「止まれと言っただろう」オートマトンのものではない太い声だった。だけど、この感触はなんだ? 毛?
「よし。ゆっくりと、寝たままで。抵抗はなし」
言うとおりにして力を抜くと、オートマトンが灯りをつけた。そっちを向く。
犬の顔が彼女を見ていた。
業務は手順を覚えてしまえば簡単で悪くなかったが退屈だった。安定期を過ぎた古い培養槽はすぐにヘドロがたまり、放っておくとパイプをつまらせてしまう。それをかき取るのだがうっかり息をしてしまうと吐きそうになる。けど、始業前と終業後には金気のあるぬるま湯とはいえシャワーがあびられるし、微生物スティックでよければ三食食べ放題だった。
とはいっても新鮮な青いものを食べたくなる時もある。「これ、着いたとこ?」
「昨日の便だよ」八百屋の店主は見慣れない顔にちょっと警戒しながら答えた。
あゆみはきゅうりとトマトをひとつずつ買った。決済情報を見た店主は警戒ランクを下げ、愛想よくなった。「ありがと。うちはいつでも新鮮だからね。またよろしく」
木にもたれてかじると舌と身体が喜んだ。酸味、甘み、青臭くてすっきりした水分。こういうのを食べ物と言うんだろうな、と思った。
食べ終わってシャツで汁を拭いていると、男が目の前に来た。
「台所仕事、興味あるか」
「いつ? 分け前は?」
「今夜。等分」
「乗った」
いつになったら懲りるのだろう。いや、分かっていてもどうしようもないのだろう。輸送パレットによる無人運送は被害を出しつつも続けられていた。
「おまえ、フォワードの経験は?」森に入ったところでショックガンを見せられたが首を振った。
「ない。いつも中継と分解」
「よし。じゃ、ここで隠れてろ。すんだら呼ぶ」地図に赤点が点滅した。あゆみは確かめて駆けていった。
いつもと変わらない。草いきれの残る茂みに伏せて、タップ信号を中継した。
いつもと違う。十分たっても連絡がない。十二分。十三分。まずい。
逃げようとした時だった。「止まりなさい。そのまま伏せていなさい」声に続いて半浮遊式オートマトンが木の間からあらわれた。いつも見かけるのより本体も気球も大きい。八百屋で見たざくろを思わせた。
あゆみは無視して走った。半浮遊式ならセンサーだけのはずだ。何があったかは知らないが、とにかくここにいないほうがいい。
つぎの瞬間、地面に転がされていた。顔が落ち葉に押しつけられる。「止まれと言っただろう」オートマトンのものではない太い声だった。だけど、この感触はなんだ? 毛?
「よし。ゆっくりと、寝たままで。抵抗はなし」
言うとおりにして力を抜くと、オートマトンが灯りをつけた。そっちを向く。
犬の顔が彼女を見ていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる