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第四部 夢見心地に分岐する
五
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「忙しいのですが」
「こちらが優先します。一時間です。上に話はつけてあります」
主任のオフィスは飾りらしい飾りもなくあっさりとしていて壁はモニターだらけだった。ぶくぶくと泡を立てる培養槽が映っている。
「分かりました。ただ、監視しながらで」
標準的な事務机をはさんだ。机上をデータが流れていたが、ぼくが座ってすぐ消された。
その黒い表面にサカモトの画像を投影した。一番きれいに復元できた頭部だった。
特に反応はない。
「ご存じですか」
「知りません」
範囲を広げて胸像にした。胸ポケットの上の部門と名前が見えるようになった。
「特殊効果部ですよ」
「服はチーバランドスタッフですね。しかし分かりません」
「名前を読んでください」
「ヒロト・サカモト」
「ほかには?」
「パイロテクニシャン、とあります」
「いかがですか。お知り合いでは?」
「かも知れないですね。同僚だったかも。でも何も申し上げる事はありません。もうよろしいですか」
ぼくは机上で手を三角に合わせた。
「始まったばかりです。では、これも」
二人が一緒にいる画像を複数枚投影した。肩を組み、親しげに笑い合っている。
「大変家庭的な雰囲気の職場だったんですね。このような親密な身体的接触は一般的にはあまり許容されないのに」
この場合、『家庭的』というのがキーワードになり、『親密』が逃げ道をふさぐ。尋問ではないけれど、テクニックは同じだった。
これはテクニカルな会話だ。
「プライバシーに属する事柄です。申しあげられません」
「では思い出されたのですね。それはよかった」
そしてデリケートでもある。
「ご自分のプライバシーを守りつつ、この男について話すのは可能ですか」
「例えば?」
「好きな食べ物は?」
「ハンバーグ、鶏唐揚げ、バターチキンカレー。子供っぽいんです」
「ぼくも好きです。余暇は何をしていましたか」
「草野球とパズル。懸賞によく応募していました」
ひとつひとつは細かな情報でも継ぎ合わせれば人物の輪郭が浮かんでくる。朝はすぐ目覚めるかだらだらか。話しはじめるときの口癖はあるか。歯磨きの時に洗面所をきれいに使うか。ぼくはぼやけた映像がくっきりしていくのを感じていた。
「あなたがここへ渡って来る要因となった行動を、サカモトは知っていましたか」
「答えたくありません」
さて、と、三角を崩しておむすびを握る形にした。
「あなたの関係者が本土に残っている、という状況は好ましくありません。日本の市民として義務を果たさなければなりません」
「市民?」
「おっと、口が滑りました。ぼくは物でした。エナジーアイランド自警団の自治を維持するためです」
「犬」
「巡回しているとよくそう言われます。でも、物より犬の方がましですから」
サカモトの胸像がゆれた。この机の処理能力はよくないようだ。
「知りませんでした。その頃には別れてました」
「では、あなたは知っていましたか」
「何を?」
映像の口が動いた。『アマテラス……融合炉……用地……不当な……』
「信心してたんですね。でも別れてからだと思います」
「別れた理由は何ですか」
「おまえ何なんだ! この糞が!」
「ぼくは犬の糞です。認めます。でも聞かなくちゃなりません。分かるでしょ、今話した方が楽ですよ」
「子供を欲しがったから。ヒロトは家族を作りたがったから」
「あなたはそうではなかった?」
「こんな世の中に子供を送り出したくない。人工知能とおまえみたいな人造人間の世界は生き抜く場所じゃないから」
おまえら、じゃないんだ。
「じゃ、ここに来たのは逃げるためだけではなかった?」
「何もかも言わせるな」下を向いた。
ぼくはうなずいた。情け、というとまたファーリーに叱られるが、この人はずっと苦しんでいるし、痛みを分かちあうパートナーはいない。
「これで終わります。ご協力ありがとうございました。あ、いや、あと一つ……」
顔を上げた。
「アップルパイ、好きですよ」
じっとぼくを見る。それからちょっと優しい目になった。
「フィリングを変えてみるつもりです。新作楽しみにしててください」
「こちらが優先します。一時間です。上に話はつけてあります」
主任のオフィスは飾りらしい飾りもなくあっさりとしていて壁はモニターだらけだった。ぶくぶくと泡を立てる培養槽が映っている。
「分かりました。ただ、監視しながらで」
標準的な事務机をはさんだ。机上をデータが流れていたが、ぼくが座ってすぐ消された。
その黒い表面にサカモトの画像を投影した。一番きれいに復元できた頭部だった。
特に反応はない。
「ご存じですか」
「知りません」
範囲を広げて胸像にした。胸ポケットの上の部門と名前が見えるようになった。
「特殊効果部ですよ」
「服はチーバランドスタッフですね。しかし分かりません」
「名前を読んでください」
「ヒロト・サカモト」
「ほかには?」
「パイロテクニシャン、とあります」
「いかがですか。お知り合いでは?」
「かも知れないですね。同僚だったかも。でも何も申し上げる事はありません。もうよろしいですか」
ぼくは机上で手を三角に合わせた。
「始まったばかりです。では、これも」
二人が一緒にいる画像を複数枚投影した。肩を組み、親しげに笑い合っている。
「大変家庭的な雰囲気の職場だったんですね。このような親密な身体的接触は一般的にはあまり許容されないのに」
この場合、『家庭的』というのがキーワードになり、『親密』が逃げ道をふさぐ。尋問ではないけれど、テクニックは同じだった。
これはテクニカルな会話だ。
「プライバシーに属する事柄です。申しあげられません」
「では思い出されたのですね。それはよかった」
そしてデリケートでもある。
「ご自分のプライバシーを守りつつ、この男について話すのは可能ですか」
「例えば?」
「好きな食べ物は?」
「ハンバーグ、鶏唐揚げ、バターチキンカレー。子供っぽいんです」
「ぼくも好きです。余暇は何をしていましたか」
「草野球とパズル。懸賞によく応募していました」
ひとつひとつは細かな情報でも継ぎ合わせれば人物の輪郭が浮かんでくる。朝はすぐ目覚めるかだらだらか。話しはじめるときの口癖はあるか。歯磨きの時に洗面所をきれいに使うか。ぼくはぼやけた映像がくっきりしていくのを感じていた。
「あなたがここへ渡って来る要因となった行動を、サカモトは知っていましたか」
「答えたくありません」
さて、と、三角を崩しておむすびを握る形にした。
「あなたの関係者が本土に残っている、という状況は好ましくありません。日本の市民として義務を果たさなければなりません」
「市民?」
「おっと、口が滑りました。ぼくは物でした。エナジーアイランド自警団の自治を維持するためです」
「犬」
「巡回しているとよくそう言われます。でも、物より犬の方がましですから」
サカモトの胸像がゆれた。この机の処理能力はよくないようだ。
「知りませんでした。その頃には別れてました」
「では、あなたは知っていましたか」
「何を?」
映像の口が動いた。『アマテラス……融合炉……用地……不当な……』
「信心してたんですね。でも別れてからだと思います」
「別れた理由は何ですか」
「おまえ何なんだ! この糞が!」
「ぼくは犬の糞です。認めます。でも聞かなくちゃなりません。分かるでしょ、今話した方が楽ですよ」
「子供を欲しがったから。ヒロトは家族を作りたがったから」
「あなたはそうではなかった?」
「こんな世の中に子供を送り出したくない。人工知能とおまえみたいな人造人間の世界は生き抜く場所じゃないから」
おまえら、じゃないんだ。
「じゃ、ここに来たのは逃げるためだけではなかった?」
「何もかも言わせるな」下を向いた。
ぼくはうなずいた。情け、というとまたファーリーに叱られるが、この人はずっと苦しんでいるし、痛みを分かちあうパートナーはいない。
「これで終わります。ご協力ありがとうございました。あ、いや、あと一つ……」
顔を上げた。
「アップルパイ、好きですよ」
じっとぼくを見る。それからちょっと優しい目になった。
「フィリングを変えてみるつもりです。新作楽しみにしててください」
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