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四 乱数勇者誕生(体力五、知性十、運八、魅力七)
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翌朝、目を覚ますか覚まさないかのうちにイチバンとニバンがあわてて部屋に入ってきた。
「おはようございます。すぐに『預言の池』までおこしください」
「早く。たぶんダイスケ様じゃないと読めない」
急かされながらトイレだけ済まさせてもらい、寝ぼけ眼のまま神殿の地下まで引っ張っていかれた。
朝日が差し込む洞窟で、その光に負けないくらい水が青く光り、神託の時のように立ち上がってスクリーンになっていた。
そこには白く光る字で漢字が映っていた。
『体力五、知性十、運八、魅力七』
「なんだ、これ」
「朝のお祈りをしようとしたらいきなりこうなったんです。たぶんダイスケ様に関係していると思います。なんとあるのですか」
ダイスケは書いてある通りを説明した。
「なんのことでしょう。わかりますか」
「さっぱりわからん」
「でも、ダイスケ様にしか読めない字で出てるんだよね。じゃあダイスケ様に知らせたいんだ」
ニバンはもう驚いていない。すぐに状況の分析をする。
「イチバン、手伝いに言ってきて。あたしたちの朝食は作らなくていいって。サイ様にお伺いを立てましょう」
イチバンは階段を駆け上っていった。
水スクリーンで漢字はまだ揺らいでいた。
『預言の池』の前に供物がならべられた。水につけた米、ベーコン(どうやら食用の肉と言うのは加工していてもいいらしい)、生卵、そのほか根菜をスープでひたした鍋(穀物と肉以外のものをならべてもいいのか)。
朝食のメニューがだいたいわかったところで、イチバンとニバンがまた指を切った。これは見ていたくないが、ふたりはとくに構えることもなく、いきなりごく自然に切るのであらかじめ目をそらせておけなかった。
「そんな痛そうな顔をしないでください。ダイスケ様」
イチバンが同情に照れているのか、頬を染めている。ニバンもそうだが、今朝あんなことがあったのでふたりともきちんと身づくろいしていない。
それなのに、供物の準備で袖をまくった腕などつやつやして若々しく見えた。歳をきくのは失礼かと思うのでまだきかないが、もしかすると年下なのかもしれない。
漢字を映した水スクリーンは供物の準備を始めたころに自然に崩れて消えてしまったが、筆記用具を借りてメモしておいた。これもこの世界にありがちな中途半端なコピーだった。紙は学校でつかっていたノートのような紙質でぴったりA4サイズ。それを板にうすい革を貼りつけたこちらの世界版クリップボードにとめてあるので筆記には問題ない。なのに、書く道具は黒く柔らかい鉱物でできた細い棒を布でまいただけだった。細身のクレヨンみたいだ。この世界に特許があったら一大産業を興してやろうかと考える。
ふたりが祈りを唱え、水が青く光りだす。それから水スクリーンが立ち上がり、こんどはサイ子の顔が映った。
イチバンとニバンはうやうやしく礼をする。サイ子はえらそうに挨拶を返した。それからこちらを見る。
「こいつに関する質問ならきくまでもない。ずっと見ていたからな。解説してやる。メモの用意はいいか」
「いいぞ」
「よし、今朝見せたのはダイスケ、おまえのステータスだ。はい、説明終わり」
「待て」
「あたしも忙しいんだよ。朝はこっちもいろいろすることあんの」
「ふざけるな。朝っぱらからメッセージを送ったのはそっちだ。ちゃんとけりつけていけ」
イチバンとニバンがおろおろしている。女神とこんな口調での会話はあり得ないのだろう。しかし、いまはそちらに気をつかってはいられない。
「ダイスケ、おまえゲームするだろ。ロールプレイングゲームとか」
「ああ、コンピュータもテーブルトークもする」
「今朝映したのはそれだ。おまえ自身のステータスだ。あたしが直々にサイコロ振ってやったんだぞ」
「おい、勝手なことをするな。そんなの認めないぞ」
「勝手じゃないよ。あんたの体を作ったのはあたし。それを忘れないで」
頭の中で十まで数えた。こんななめたまねは許しがたい。だが、まずはくわしいことをきいてみよう。
「それぞれの意味は?」
「数字はそれぞれ大きいほうが能力が高いことをあらわす。二から十二まで。サイコロ二個振って決める」
(『決めた』じゃないんだな。これについては後できこう)
「いまどきサイコロ二個かよ」
「システムは複雑にすればいいってもんじゃないの。だから七が人なみの能力だと思え」
「よし、続けろ」
「体力はおまえの肉体的な能力だな。筋力や、持久力、敏捷性全部をあらわす。今日は五。低いな。弱虫め」
「うるさい。大ざっぱなシステムだ」
「知性は精神的な能力だ。頭の回転の良さ、教養、精神の強さになる」
「これだけ二桁か」
「運。これの説明いるか」
ばかにしたように言う。
「いる。説明きかずに物を買うやつはいない。わかりきってると思っていてもちゃんとききたい」
「さすが知性十だな。運は吉凶のめぐりあわせで吉になりやすさをあらわす。八はまあまあって感じか」
「魅力は?」
「人を引き付ける力、説得する力。そのほか交渉事にかかわる力だ。今日は人なみ」
「さっきゲームに例えたけど、成長とかレベルアップはないのか」
「ない。経験値とか面倒くさい。おまえよくあんなややこしい遊びをやってたな」
そうか、おれの記憶を読んでこんないたずらを考えたのか。
「それと『サイコロ二個振って決める』って言ったな。なんで『決めた』じゃないんだ」
「毎朝振り直すから」
頭に血が上ったが、まだがまんできた。きくべきことをきかなければならない。よくこらえられたと思うが、知性十の精神的強さのおかげだろうか。
「おれの言いたいことわかるな。ちゃんとわかるように説明してください」
ください、を発音した時、イチバンとニバンがびくびく震えているのが目の隅に見えた。真っ青な顔をしている。すまないと思うが、サイ子を目の前にすると冷静さがどこかへ飛んでしまう。
「おまえが睡眠をとったら振り直す。おっと、きかれる前に言うけど、睡眠ってのは六時間以上の連続した眠りを指す。この世界も二十四時間で一日だから四分の一日以上寝ればいい」
「毎日ころころ変わるステータスでなにができる」
「心配いらない。ステータスは冒険とか非日常的な活動をする前提で設定してるから、最低の二でも日常生活に差し支えはしない。これは保証する。風呂も一人で入れるぞ」
「そりゃありがたい。あと、ダメージとか受けたら数値は減るのか」
「減らない。ヒットポイントとかはない。これはあくまでお前の基本の能力をあらわすだけだから、状況とかかわりなく数値自体は変化しない。だから体力がいくら高くても足にけがしたら速く動けなくなったり、踏ん張りがききにくくなったりするし、首とばされたら即死だよ。当然だね」
(なにかわいらしく言ってんだ。小首かしげやがって)
「そうすると、けがしたらふつうに時間かけて直さなくちゃならないのか」
「そこは大サービス。サイコロ振ってあたしがあんたの能力を決める代わりに、睡眠を取ったら生きてる限りはあらゆるけがや病気を直してやる。起きたら元通り。死んだらあきらめろ」
「なんでこんなばかげたことをする?」
「だって実験だもん。条件いじるのは当然。あんただって学校で実験したでしょ。温度を変えて見たり、薬品の濃度を濃くしていったり、空気を抜いて行ったり。あたしはあんたの能力を乱数でいじって観察する。変わりつづけるおまえが、世界の中でどう行動するか、どんな判断をするか見てみたい。おわかり? 乱、数、勇、者、様」
「このくず悪魔め」
ひぃっと息を吸い込むような声がきこえてくる。ふたりは耐えきれなくなったらしい。抱き合ってすすり泣いている。
「悪魔と神のちがいがよくわからないけど、おまえの使いかただと悪口だな。信心深い女官の前だから特別に許してやるけど、おまえ、たいがいにしろよ。ほかに質問は?」
メモを取ったクリップボードをざっと見直す。
「もう用はない。消えろ」
「忘れるな。どんなにえらそうにしたところで、おまえはあたしの掌の上だからな」
(お釈迦さまかよ。どうせおれの記憶の西遊記を読んだんだろうが)
サイ子は消え、水スクリーンも崩れた。いい匂いがする。ご飯が炊け、ベーコンはほどよく焼けたようだ。野菜スープの香りが食欲をそそる。イチバンとニバンは涙を拭きながらご飯をおひつに移し、手伝いを呼んでおかずを運んでいる。
いや、待て。なんでこれだけの料理が同時にこんな短時間でできあがるんだ。きのうはおかしく思わなかったが、よく考えたら変だぞ。あいつと話した時間ていどでご飯がちゃんと炊けてるはずはない。
これもあいつの力か。ただべらべら減らず口をたたくだけじゃないんだ。ダイスケはクリップボードに布巻き鉛筆をはさみ、とりあえず懐に入れた。もっといい携帯方法を考えよう。
それにしても、と朝食の席でダイスケは思う。ちょっとやりすぎたかな。涙のあとが頬にのこるふたりを見て、どうなぐさめたらいいのか見当もつかない。知性十でも役に立たない。どちらかと言えば魅力を使う場面だが今日は人なみ。でも、泣かせた原因はおれにあるし、できるだけ元気づけよう。
ダイスケは茶碗を置いて、お茶を飲みながらわざとらしいほどに口調をおだやかにして言う。
「ふたりとも、ぼくとサイ子のやり取り、びっくりしたのかもしれないな」
「ええ、サイ様にあんなものの言い方をなさるなんて。それにサイ様まで……」
イチバンの顔はまだ青い。ご飯はしっかり食べていたが、それとこれはべつらしい。ニバンもそうだった。おひつは空になったが、ふたりとも表情は暗かった。
「なんだか、あの顔と声はぼくの冷静さをどこかへ吹き飛ばすらしい。ここへきた経緯は説明したとおりだけど、それに加えてステータスをあいつが決めるって言われた。毎朝サイコロを振って」
「話のなかのこまかい単語はわからなかったけど、大まかにはわかった。ダイスケ様は毎日能力が変わる。今日は頭がいい。明日はサイ様のサイコロしだい」
ニバンが状況の整理を始めている。いい傾向だ。
「実験とかおっしゃっていましたわね。ダイスケ様はそれでいいのですか」
イチバンが黒い目でこちらをまっすぐ見つめている。この人の目は心に刺さるようだ。
「よくないけど、どうしようもない。自尊心はずたずただよ。サイ子の邪魔をするためなら自殺って手もあるけど、いざとなってみると怖いし、命が惜しい。あいつにはばかにされた気分だけど、くやしくても生きていたい」
ふたりがほほ笑んだ。
「それはよい決意です。『生きていたい』というのはいい。わたくしも賛成です」
「そうだね。まずはそこから始めようよ。ダイスケ様」
「おはようございます。すぐに『預言の池』までおこしください」
「早く。たぶんダイスケ様じゃないと読めない」
急かされながらトイレだけ済まさせてもらい、寝ぼけ眼のまま神殿の地下まで引っ張っていかれた。
朝日が差し込む洞窟で、その光に負けないくらい水が青く光り、神託の時のように立ち上がってスクリーンになっていた。
そこには白く光る字で漢字が映っていた。
『体力五、知性十、運八、魅力七』
「なんだ、これ」
「朝のお祈りをしようとしたらいきなりこうなったんです。たぶんダイスケ様に関係していると思います。なんとあるのですか」
ダイスケは書いてある通りを説明した。
「なんのことでしょう。わかりますか」
「さっぱりわからん」
「でも、ダイスケ様にしか読めない字で出てるんだよね。じゃあダイスケ様に知らせたいんだ」
ニバンはもう驚いていない。すぐに状況の分析をする。
「イチバン、手伝いに言ってきて。あたしたちの朝食は作らなくていいって。サイ様にお伺いを立てましょう」
イチバンは階段を駆け上っていった。
水スクリーンで漢字はまだ揺らいでいた。
『預言の池』の前に供物がならべられた。水につけた米、ベーコン(どうやら食用の肉と言うのは加工していてもいいらしい)、生卵、そのほか根菜をスープでひたした鍋(穀物と肉以外のものをならべてもいいのか)。
朝食のメニューがだいたいわかったところで、イチバンとニバンがまた指を切った。これは見ていたくないが、ふたりはとくに構えることもなく、いきなりごく自然に切るのであらかじめ目をそらせておけなかった。
「そんな痛そうな顔をしないでください。ダイスケ様」
イチバンが同情に照れているのか、頬を染めている。ニバンもそうだが、今朝あんなことがあったのでふたりともきちんと身づくろいしていない。
それなのに、供物の準備で袖をまくった腕などつやつやして若々しく見えた。歳をきくのは失礼かと思うのでまだきかないが、もしかすると年下なのかもしれない。
漢字を映した水スクリーンは供物の準備を始めたころに自然に崩れて消えてしまったが、筆記用具を借りてメモしておいた。これもこの世界にありがちな中途半端なコピーだった。紙は学校でつかっていたノートのような紙質でぴったりA4サイズ。それを板にうすい革を貼りつけたこちらの世界版クリップボードにとめてあるので筆記には問題ない。なのに、書く道具は黒く柔らかい鉱物でできた細い棒を布でまいただけだった。細身のクレヨンみたいだ。この世界に特許があったら一大産業を興してやろうかと考える。
ふたりが祈りを唱え、水が青く光りだす。それから水スクリーンが立ち上がり、こんどはサイ子の顔が映った。
イチバンとニバンはうやうやしく礼をする。サイ子はえらそうに挨拶を返した。それからこちらを見る。
「こいつに関する質問ならきくまでもない。ずっと見ていたからな。解説してやる。メモの用意はいいか」
「いいぞ」
「よし、今朝見せたのはダイスケ、おまえのステータスだ。はい、説明終わり」
「待て」
「あたしも忙しいんだよ。朝はこっちもいろいろすることあんの」
「ふざけるな。朝っぱらからメッセージを送ったのはそっちだ。ちゃんとけりつけていけ」
イチバンとニバンがおろおろしている。女神とこんな口調での会話はあり得ないのだろう。しかし、いまはそちらに気をつかってはいられない。
「ダイスケ、おまえゲームするだろ。ロールプレイングゲームとか」
「ああ、コンピュータもテーブルトークもする」
「今朝映したのはそれだ。おまえ自身のステータスだ。あたしが直々にサイコロ振ってやったんだぞ」
「おい、勝手なことをするな。そんなの認めないぞ」
「勝手じゃないよ。あんたの体を作ったのはあたし。それを忘れないで」
頭の中で十まで数えた。こんななめたまねは許しがたい。だが、まずはくわしいことをきいてみよう。
「それぞれの意味は?」
「数字はそれぞれ大きいほうが能力が高いことをあらわす。二から十二まで。サイコロ二個振って決める」
(『決めた』じゃないんだな。これについては後できこう)
「いまどきサイコロ二個かよ」
「システムは複雑にすればいいってもんじゃないの。だから七が人なみの能力だと思え」
「よし、続けろ」
「体力はおまえの肉体的な能力だな。筋力や、持久力、敏捷性全部をあらわす。今日は五。低いな。弱虫め」
「うるさい。大ざっぱなシステムだ」
「知性は精神的な能力だ。頭の回転の良さ、教養、精神の強さになる」
「これだけ二桁か」
「運。これの説明いるか」
ばかにしたように言う。
「いる。説明きかずに物を買うやつはいない。わかりきってると思っていてもちゃんとききたい」
「さすが知性十だな。運は吉凶のめぐりあわせで吉になりやすさをあらわす。八はまあまあって感じか」
「魅力は?」
「人を引き付ける力、説得する力。そのほか交渉事にかかわる力だ。今日は人なみ」
「さっきゲームに例えたけど、成長とかレベルアップはないのか」
「ない。経験値とか面倒くさい。おまえよくあんなややこしい遊びをやってたな」
そうか、おれの記憶を読んでこんないたずらを考えたのか。
「それと『サイコロ二個振って決める』って言ったな。なんで『決めた』じゃないんだ」
「毎朝振り直すから」
頭に血が上ったが、まだがまんできた。きくべきことをきかなければならない。よくこらえられたと思うが、知性十の精神的強さのおかげだろうか。
「おれの言いたいことわかるな。ちゃんとわかるように説明してください」
ください、を発音した時、イチバンとニバンがびくびく震えているのが目の隅に見えた。真っ青な顔をしている。すまないと思うが、サイ子を目の前にすると冷静さがどこかへ飛んでしまう。
「おまえが睡眠をとったら振り直す。おっと、きかれる前に言うけど、睡眠ってのは六時間以上の連続した眠りを指す。この世界も二十四時間で一日だから四分の一日以上寝ればいい」
「毎日ころころ変わるステータスでなにができる」
「心配いらない。ステータスは冒険とか非日常的な活動をする前提で設定してるから、最低の二でも日常生活に差し支えはしない。これは保証する。風呂も一人で入れるぞ」
「そりゃありがたい。あと、ダメージとか受けたら数値は減るのか」
「減らない。ヒットポイントとかはない。これはあくまでお前の基本の能力をあらわすだけだから、状況とかかわりなく数値自体は変化しない。だから体力がいくら高くても足にけがしたら速く動けなくなったり、踏ん張りがききにくくなったりするし、首とばされたら即死だよ。当然だね」
(なにかわいらしく言ってんだ。小首かしげやがって)
「そうすると、けがしたらふつうに時間かけて直さなくちゃならないのか」
「そこは大サービス。サイコロ振ってあたしがあんたの能力を決める代わりに、睡眠を取ったら生きてる限りはあらゆるけがや病気を直してやる。起きたら元通り。死んだらあきらめろ」
「なんでこんなばかげたことをする?」
「だって実験だもん。条件いじるのは当然。あんただって学校で実験したでしょ。温度を変えて見たり、薬品の濃度を濃くしていったり、空気を抜いて行ったり。あたしはあんたの能力を乱数でいじって観察する。変わりつづけるおまえが、世界の中でどう行動するか、どんな判断をするか見てみたい。おわかり? 乱、数、勇、者、様」
「このくず悪魔め」
ひぃっと息を吸い込むような声がきこえてくる。ふたりは耐えきれなくなったらしい。抱き合ってすすり泣いている。
「悪魔と神のちがいがよくわからないけど、おまえの使いかただと悪口だな。信心深い女官の前だから特別に許してやるけど、おまえ、たいがいにしろよ。ほかに質問は?」
メモを取ったクリップボードをざっと見直す。
「もう用はない。消えろ」
「忘れるな。どんなにえらそうにしたところで、おまえはあたしの掌の上だからな」
(お釈迦さまかよ。どうせおれの記憶の西遊記を読んだんだろうが)
サイ子は消え、水スクリーンも崩れた。いい匂いがする。ご飯が炊け、ベーコンはほどよく焼けたようだ。野菜スープの香りが食欲をそそる。イチバンとニバンは涙を拭きながらご飯をおひつに移し、手伝いを呼んでおかずを運んでいる。
いや、待て。なんでこれだけの料理が同時にこんな短時間でできあがるんだ。きのうはおかしく思わなかったが、よく考えたら変だぞ。あいつと話した時間ていどでご飯がちゃんと炊けてるはずはない。
これもあいつの力か。ただべらべら減らず口をたたくだけじゃないんだ。ダイスケはクリップボードに布巻き鉛筆をはさみ、とりあえず懐に入れた。もっといい携帯方法を考えよう。
それにしても、と朝食の席でダイスケは思う。ちょっとやりすぎたかな。涙のあとが頬にのこるふたりを見て、どうなぐさめたらいいのか見当もつかない。知性十でも役に立たない。どちらかと言えば魅力を使う場面だが今日は人なみ。でも、泣かせた原因はおれにあるし、できるだけ元気づけよう。
ダイスケは茶碗を置いて、お茶を飲みながらわざとらしいほどに口調をおだやかにして言う。
「ふたりとも、ぼくとサイ子のやり取り、びっくりしたのかもしれないな」
「ええ、サイ様にあんなものの言い方をなさるなんて。それにサイ様まで……」
イチバンの顔はまだ青い。ご飯はしっかり食べていたが、それとこれはべつらしい。ニバンもそうだった。おひつは空になったが、ふたりとも表情は暗かった。
「なんだか、あの顔と声はぼくの冷静さをどこかへ吹き飛ばすらしい。ここへきた経緯は説明したとおりだけど、それに加えてステータスをあいつが決めるって言われた。毎朝サイコロを振って」
「話のなかのこまかい単語はわからなかったけど、大まかにはわかった。ダイスケ様は毎日能力が変わる。今日は頭がいい。明日はサイ様のサイコロしだい」
ニバンが状況の整理を始めている。いい傾向だ。
「実験とかおっしゃっていましたわね。ダイスケ様はそれでいいのですか」
イチバンが黒い目でこちらをまっすぐ見つめている。この人の目は心に刺さるようだ。
「よくないけど、どうしようもない。自尊心はずたずただよ。サイ子の邪魔をするためなら自殺って手もあるけど、いざとなってみると怖いし、命が惜しい。あいつにはばかにされた気分だけど、くやしくても生きていたい」
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