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第四章 錆色に染まる道

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 今朝王室とローテンブレード家から届いた隠居と家督相続の許可状はそれぞれ伝統にのっとってきらびやかに刺繍された大判の巻布だった。遠目には絵画のように見えるほど細かい。これでブレード家はひとまず安泰となった。家督が譲られるのは正式には年が明けて春になってからだが、この許可をもってオウルークは隠居として家を離脱する。
 それに伴い呼び名が変わる。オウルーク・イクゥス‐ブレード。イクゥスは自発的かつ公的に認められた隠居を表す。元とでも言う意味になるだろう。

 しわだらけの手。印章も紋章指輪も子に譲った。その時に抱きしめた感触がまだ残っている。もう会うことはない家族。この事務所も今日これから退出する。役職は譲れないが、この部屋はブレード家の所有だ。ここを足場に良い公職についてほしい。
 がらんとした室内を見まわす。当面の生活用品は庵にあるが、荷馬車数台で運べる程度の量だった。本をどうしようか。一番迷ったが、結局置いていくことにした。内容は頭に入っているし、わたしが読んで役に立ったのなら子にもそうあってほしい。

「お迎えが参りました」
 執事はいつもと変わらぬ様子で告げた。あんなことがあったのにまだブレード家に仕えてくれる。
「わたしと変わらず世話を頼む……、」
 遠慮する執事に押しつけるように重い包みを渡した。
「……これは感謝の気持ちと思ってほしい」
 深々と礼をする執事を背に馬車に乗りこんだ。

 後ろに流れていく街道を見ているうちに眠ってしまった。赤い夢を見た。
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