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しおりを挟む残念ながら、ダブルデートは当分お預けになりそうだ。橘教授は論文の執筆で、駿さんも期末テストの作成やら何やらで忙しいとのこと。私と駿さんは、これからは平日はもちろん、土、日も会えるかどうか…。少しでも会える時間を作るから、と駿さんは言っていたが、あまり無理をしてほしくないし、休める時はゆっくり体を休めてほしい。よし、近いうちに、保存が利いてチンすればすぐに食べられるようなおかずを何品か作って持っていこう。事前に持っていく時間を連絡して、渡すだけでもいい。
「結城さん」
勤務を終えて大学の門を出ようとしたら声を掛けられた。
声の主は、最近ほぼ毎日図書館で見かける男子学生だった。
「あの、今ちょっといいですか?」
「何でしょうか?」
すると、いきなり手を引かれて構内の隅の方に連れて行かれた。
「ちょ、ちょっと、何するんですか、放してください!」
私が抵抗すると学生は手を放した。
「突然すみません、こんなことをして。実は、話がありまして…」
彼の神妙な顔つきに、危害を加えられる心配はなさそうだと思ったので、私は頷いた。
「経営学科3年の内田正樹と言います。…俺、結城さんのことが好きなんです」
「えっ…?」
「今年、別の大学からここに編入したんですけど、初めて図書館に行った時に結城さんに一目惚れして…。最初は友達からでも構わないので、俺と付き合ってくれませんか?」
私はポカーンとしてしまった。まさか学生から告白されるなんて…。でも、彼の気持ちに応えることはできない。
「ありがとうございます。でも、私にはお付き合いしている人がいるので、あなたの気持ちには応えることができません。ごめんなさい」
私が頭を下げると、彼の口調が一変した。
「……ねぇ、それ本当? 断るための口実じゃなくて? 付き合ってる人って誰? この大学の人? 教えてよ、教えてくれたら諦めるから」
内田という学生がじりじりとさらに近づき、私の肩を掴んだ。いや、やめて、怖い!
「相手が誰かをあなたに教える義務はありません、失礼します!」
彼を振り切って走って駅に向かった。
「待って!」
呼び止める声を無視して全速力で走った。駅に着くとちょうど電車が来たので飛び乗った。はぁはぁ…息が苦しい…。でも振り切れてひとまず安心した。
内田正樹…。そういえば、今年の夏あたりから時々ふと視線を感じたり、男子学生と目が合ったりすることがあった。気のせいだと思って受け流してきたが、あれは彼だったのか…? ここ最近は閉館間際まで図書館にいることが多く、何度か質問も受けていたので、熱心な学生さんだなと感心していたのだが…。どうしよう…また待ち伏せでもされたら…。駿さんに報告した方がいいのかな…でも、忙しいのに余計な心配をさせたくないし…。
翌日、昨日のことを涼子さんに話した。
「そんなことがあったの!? よく逃げ切ったわね、よかった、美沙絵ちゃんが無事で…。経営学科3年の内田正樹…あの閉館近くまでいる子よね? よく美沙絵ちゃんに質問してたし、私も覚えてる。とりあえず館長や他のみんなにも一言彼のことを伝えておいた方がいいわ。ストーカーでもされたら大変だから。もし今日も来たらすぐに知らせて。私も目を光らせておくから。あと、帰りは必ず誰かと一緒に帰ること。今日は私と一緒に帰りましょう」
「ありがとうございます。分かりました。お手数をお掛けいたしますが、よろしくお願いします」
館長に内田のことを伝えると、現時点の状況だけでは彼を出禁にすることはできないので申し訳ないができる限り彼と接触しないように、と言われた。それから今日出勤している職員さんたちには涼子さんが既に伝えてくれたらしく、何かあったらすぐ知らせてとみんなから言われ、ご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします、と頭を下げた。
今日、内田は閉館まで姿を見せることはなかった。また帰りに待ち伏せされているかもと思ったが、涼子さんと一緒だったせいか大丈夫だった。
次の日もその次の日も彼を目にすることはなかった。でも、何となく遠くからいつも見られている気がして落ち着いて仕事ができず、普段なら絶対にしない小さなミスを連発したり、返却された本を戻すときに棚を間違えてしまったりと、ここ数日は散々だ。
駿さんには何も言っていない。夜、いつも駿さんから電話が来るのだが、いつものように明るく振る舞った。
それから10日ほど経った。内田はあの日以来全く姿を見せなかった。本当に諦めてくれたのかな…それならいいんだけど。
週末の金曜。今日も無事に一日の仕事が終わり、他の職員さんたちと一緒に帰り、何事もなく電車に乗れてホッとした。
正直、気が緩んでいたのかもしれない。
明日は早起きして駿さんのためにおかずを作らないと。何がいいかな、やっぱり和食かな…。そんなことを考えているうちに最寄り駅に着いた。
改札を出てスーパーに寄ろうとした時だった。後ろから肩をトントンと軽く叩かれた。
「結城さん」
「…っ!」
振り返った瞬間、ギョッとした。えっ、どうして、彼がここに…!? つけられていた…? ああ、私としたことが…全く気が付かなかったなんて…!
内田がニヤッと笑った。
「絶対に警戒されると思ったから図書館には行かなかったんだ。ねぇ、ずっと見てたけど、結城さんの彼氏って大学の人じゃなさそうだね。他の司書か准教か教授と付き合ってるのかなって思ってたんだけど構内でそれらしい人と歩いているのを見たことなかったし、違ったか」
ずっと見てたって…ああ、やっぱり…いつもどこかから視線を感じていたのは勘違いじゃなかった…。気持ち悪い…怖い…。どうしたらいい…? でも言わなければ。
「私はハッキリ断りましたよね、あなたの気持ちには応えられないと」
「本当に彼氏がいるのか知りたいだけなんだ。教えてほしい」
「どうして教えなければならないのですか? プライベートなことなんですよ」
「結城さんの彼氏がどんな人か知りたいんだ。俺よりもレベルが上だと思ったら諦めるよ」
この人は自分の方が上だと思っているのだろうか。確かにイケメンの部類に入るのかもしれないが、駿さんより上なんて絶対にありえない…。
「ねぇ、俺は結城さんより年下だけど、結城さんに喜んでもらえるように色々と頑張るからさ、俺と付き合ってよ」
そう言うなり、内田が私を抱きしめた。
「ちょっと、やめて、離してください!」
私は内田から離れようと必死に両腕を彼の胸に突っ張らせた。そしてやっとの思いで彼の腕から抜けると、毅然とした態度ではっきりと告げた。
「何度も言いますが、あなたとお付き合いするつもりは全くありません。これだけ言ってもまだしつこくつきまとうのであれば警察に行きます」
警察という言葉に、内田は一瞬怯んだ。
その時、私の背後に人の気配がして、内田が「あれっ?」という顔をした。
「…正樹か? こんな所で何してるんだ?」
振り返ると、そこにいたのは駿さんだった!
「駿さん!」
思わず駿さんの腕に縋リついた。
「え、美沙絵!?」
駿さんが空いている方の手で私の髪を撫でた。
「駿さん…よかった…怖かった…」
私が涙声で呟くと、駿さんが驚いた。
「えっ! どうしたんだ!?」
すると、内田が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「あの…もしかして…結城さんの彼氏って駿兄なの…?」
駿兄…? 私は思わず顔を上げた。
「えっ、あの、お二人って…?」
「ああ、こいつは俺の母方のいとこだ」
それから、私と内田の様子から何となく状況を察した駿さんの声色が変わった。
「…正樹、一体どういうことか詳しく説明してもらおうか」
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