54 / 54
番外編
4. 『古時計』マスター編
しおりを挟む土曜日の午後1時頃、カランコロン…と鳴るドアベルと共に、店の常連さんが元気よく入ってきた。
「こんにちは~!」
「いらっしゃい、美沙絵ちゃん」
その可愛らしい明るい笑顔にこの場が一気に華やぐ。
結城、じゃない、結婚したから今は海堂美沙絵ちゃんは、この店の常連客で特に気心の知れたお客さんの1人だ。
彼女が初めて店に来たのは2年近く前で、たまたま偶然ここを見つけたそうで、ありがたいことに気に入ってもらえて、多い時で週2、3回仕事帰りや休日によく来てくれてご愛顧いただいている。いつも1人でフラッと入ってきてカウンター席で俺やホールスタッフの子と他愛ないおしゃべりをしたり、静かに本を読んで過ごしている。今時の若い女性だが、彼女が本を読んでいる姿はこの店のレトロな雰囲気に馴染んでいてとても絵になる。結婚してからはさすがに来てくれる回数は減ってしまったが、それでも大事な常連さんには変わりない。
カフェオレを注文し、一息ついた美沙絵ちゃんがにっこり笑って俺に話しかけた。
「マスター、先日はお祝いを頂きましてありがとうございました。あのテーブルウエアのセット、とっても素敵でどんな料理にも合うからすごく使いやすくて重宝してるの。駿さんもお気に入りで、さすがマスターはセンスいいねって感心してた」
「いやぁ、センスあるかどうかは自分では分からないけど、気に入ってくれたならよかった。喜んでもらえて嬉しいよ」
美沙絵ちゃんと駿君が12月24日に結婚したと、この前2人そろって店に来て報告してくれた後、細やかながら結婚祝いを贈ったのだ。社交辞令やお世辞なんかではなく、本心から喜んでくれているのが分かる表情だ。
「あ、それでね、これ、ほんのお気持ちなんだけど…」
と言って、紙袋から高級そうな立派な箱を出して俺に差し出した。
「え、お返しはいらないってあれほど言っておいたのに…。わざわざこんな…」
「でもね、やっぱり貰いっぱなしはよくないし、駿さんも何かお返しした方がいいって言うから。あ、それね、カステラなんだけど、すっごく美味しいの! 生地が滑らかでしっとりしていて濃厚で…でもしつこくない上品な甘さで、私の両親の大好物なの。もちろん、私も大好き! ぜひ、マスターに食べてもらいたくて」
「へぇ…このカステラは知らないな。じゃあ、せっかくだから頂きます。お気遣いいただきましてありがとうございます」
俺が恭しく両手で箱を受け取って頭を下げると、美沙絵ちゃんが笑った。
「もう~マスターってば、大げさなんだから~」
「ところで、駿君は元気? 相変わらず忙しいの?」
「はい、元気ですよ。マスターの言う通り、毎日忙しくしています。本当は今日一緒にお店に行きたかったんですけど、残念ながらやることがたくさんあって今も家でお仕事中。マスターによろしくって。直接結婚祝いのお礼を言えなくて残念がっていました」
「そうか…。学校の先生って大変だよな、授業以外にも色々やることあるからな」
「そうなんです。それに、今って教師も人手不足で成り手がどんどん減っているからますます現役教師の負担が増えてしまっていて…。自分が生徒の頃は先生の仕事について深く考えたことなかったけど、あの当時も最初は駿さん色々苦労しただろうなって…。しかも新卒で6年生の担任だったし」
「でも、駿君が担任になったおかげで美沙絵ちゃんは彼と出会えたんだから、そこは神様に感謝しないとね。お礼は美沙絵ちゃんから十分頂いたので気にしないで、落ち着いたらぜひ店に来てって伝えといてくれる?」
「はい! 分かりました」
カフェオレをゆっくり味わいながら飲んでいる美沙絵ちゃんを見ながら、初めて彼女が駿君を連れて店に来た時のことを思い出していた。
あの時、いつも1人で来る美沙絵ちゃんが珍しく男性と、しかも長身のものすごいイケメンと一緒に中に入ってきたので少しびっくりしてしまった。それにいつも以上にオシャレで綺麗な格好をしていて…。君は緊張していたようで気づいていなかったと思うけど、駿君を目にした他の女性客たちは目を輝かせて小さく歓声を上げていたんだよ。だから俺は君たちが落ち着いて過ごせるように一番奥の席に案内したんだ。チラッとテーブルを見ると、メニューを見ながら話し合っている。とても楽しそうに見えたが、2人とも少し硬いというか、まだ恋人同士という感じではないなと思った。でもほんのり頬を赤く染めて駿君を見つめる美沙絵ちゃんは間違いなく彼を想っているのが分かる。あまりジロジロ見てはいけないと思って自分の仕事に集中するものの、気になって仕方がなかった。何というか、子どもを見守る親のような心境だった。料理を食べている間は和やかそうな雰囲気だったが、突然、駿君が身を乗り出して美沙絵ちゃんに何か言って彼女が驚いた表情をしていたことをよく覚えている。
食後のデザートが終わり、美沙絵ちゃんが席を外すと、駿君が立ち上がりレジに向かって来たので、たまたま手が空いていた俺が対応した。実はその時に少しだけ駿君と話をしたのだ。彼が「ここはとても雰囲気があっていいお店ですね」と言ったので「ありがとうございます。彼女がウチの常連さんでして、ご愛顧いただいています。またぜひお2人でいらしてください」と言うと、駿君が「…そうですね、また一緒に来られればいいのですが。それは彼女次第です」と少し不安げな表情をしたのだ。その時に思った、彼も美沙絵ちゃんが好きなのだがまだ彼女の気持ちを確かめてないんだ、彼女が自分をどう思っているか不安に思っているのだ、と。そして俺は心の中で彼に声援を送った。「自信を持って大丈夫! 美沙絵ちゃんはあなたのこと好きですよ、頑張って!」
美沙絵ちゃんがレジでスタッフとやり取りしている時、俺はカウンターにいたのだが声が聞こえたので見ると、すでに支払いが済んでいることを知って驚いていた。どうやら自分が全部支払おうと思っていたみたいだ。血相を変えて出て行こうとするので俺は「ありがとうございました」と言ってから美沙絵ちゃんにも同じように心の中で「大丈夫だから頑張れ!」と応援した。
そして、結婚したとの報告の際にあの日にお互いの気持ちが通じ合ったことを聞いて俺は心の底から嬉しく思った。その時に2人のなりそめを知って正直驚いたが(もちろん顔には出さなかったが)、別に大人になった今なら全く問題ないし、そんな運命的な偶然なんてそうそうないことだ。本当に幸運な出会いだと思う。それに2人は誰が見てもお似合いで幸せそうで、うらやましい限りだ。
うらやましい、か…。もうそんな感情を持てるようになったのか…。
まだ遠い過去とは呼べないかつての日々が甦り、鼻の奥がツンッとなった。
「…マスター、マスター? どうかしました?」
俺を呼ぶ美沙絵ちゃんの声で、我に返る。いけない、もう少しで…。
「いや、何でもないよ」
急いで笑顔を作って対応する。美沙絵ちゃんはちょっと不審げな顔をしていたが。
幸せな君に水を差すような話はしないし、今は話したくない。
いつの日か、もしかしたら一生こないかもしれないが、俺にも再び幸せが訪れたら、単なる思い出としてあの日々を振り返れるようになったら、話してみてもいいかもしれない。
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
神楽坂gimmick
涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。
侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり……
若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
最後まで読ませて頂きました!素敵な純愛でした!
私も小学生の頃に憧れていた先生がいたので、思い出しながらキュンキュンしてました。
残念ながらその先生は私の担任だった期間中に結婚してしまったので、美沙絵ちゃんがとっても羨ましいです(笑)
最後まで読んで頂きましてありがとうございます!
キュンキュンして頂けてよかったです。
実は私も学生時代に好きだった先生がいまして…。
なのでこの作品には私の色々な妄想がこれでもかと詰め込まれております(笑)
いつも感想ありがとうございます。
ゆっくりですが読ませて頂いてます。
怖い大学生が出てきたなーと思ったらまさかの繋がりがあって驚いてます。
しかもお名前が私にとって親しみのある「マサキ」くんで勝手ににやにやしてます。(笑)
こちらこそ感想をありがとうございます。
ゆっくりでいいですよ~長いので💦
実は、私もそちらで初めて「マサキ」くんをお見掛けした時にデジャヴを覚え、親近感を持っておりました(笑)
あっという間に読了しました。
お互いを思いやる純愛に、終始キュンキュンしてしまいました(> <)
文章も丁寧できれいで、ふたりの幸せな描写には涙してしまったくらいです!
素敵すぎる純愛物語をありがとうございます!
幸せをごちそうさまでしたよ(*^^*)
むらさ樹様
読んでいただきましてありがとうございます!
初めて書いた作品で、未熟な点がたくさんあってお恥ずかしい限りなのですが、涙していただけたなんてこちらこそ感激です!
もっと喜んでいただけるような作品を出せるよう,頑張ります!