1 / 37
1 鉱物テラリウム①
しおりを挟む
すっかり冷えきった手で確認したスマホは、午後五時を示していた。
大河が急に立ち止まったせいで、オレンジ色に染まったアーケード街を行き交う人の波が、わずかに割れる。
忘れてた、と深いため息を取り落とし、大河は制服の内ポケットにスマホをしまった。ここ何日か、指定された時間に家に連絡を入れることができていない。
「また叔母さんにドヤされるなー」
小さく首を振ると、古い判子屋から背の低い女がにょきりと顔を出したのが見えた。
本格的な冬を目前に控えた、肌寒いこの季節。コートを羽織っている人間なんてほかにも大勢いるというのに、彼女の着込んだものは、そのどれとも違って見えた。
「コートが……燃えてる?」
チョコレート色の襟もとからは、時おり白い煙のようなモヤが立ち上っている。
「いやいやいや。ばかか、おれは」
よくよく見ようと目を凝らすが、大河の無遠慮な視線に気づいた女は、足早に路地へと姿を消した。モヤが、ふわりとそのあとを漂う。
考えるよりも先に、足が動いた。
電飾に彩られた看板を軸に勢い込んで角を曲がると、何かに視界を遮られる。
「なんだ、これ。霧?」
速度を緩めてもなお前進すると、やがて広い場所に出た。
敷き詰められた玉砂利は、まるで大河を導くかのように、古びた洋館まで続いている。ほかに建物は見当たらない。
呼吸を整え前に進むと、じゃりり、と足元が鳴った。
「石が……」
大地が振動し、空気が震えた。
その高い位置にひとつきりある窓から、勢い良く煙がはき出される。それはまるで、眠りから覚めた洋館が、深呼吸したかのような光景だった。
背を押す空気の流れをはっきりと感じ取り、大河の胸は高鳴っていく。
吸い込まれるようにして、玄関アーチをくぐった。
「こんにちは。あの、おれ、大河っていいます。あのー、だれかいませんか?」
玄関ホールは吹き抜け。左右から階段が対になって二階の回廊まで続いているが、そのどちらも天井がやけに高い。
大河が急に立ち止まったせいで、オレンジ色に染まったアーケード街を行き交う人の波が、わずかに割れる。
忘れてた、と深いため息を取り落とし、大河は制服の内ポケットにスマホをしまった。ここ何日か、指定された時間に家に連絡を入れることができていない。
「また叔母さんにドヤされるなー」
小さく首を振ると、古い判子屋から背の低い女がにょきりと顔を出したのが見えた。
本格的な冬を目前に控えた、肌寒いこの季節。コートを羽織っている人間なんてほかにも大勢いるというのに、彼女の着込んだものは、そのどれとも違って見えた。
「コートが……燃えてる?」
チョコレート色の襟もとからは、時おり白い煙のようなモヤが立ち上っている。
「いやいやいや。ばかか、おれは」
よくよく見ようと目を凝らすが、大河の無遠慮な視線に気づいた女は、足早に路地へと姿を消した。モヤが、ふわりとそのあとを漂う。
考えるよりも先に、足が動いた。
電飾に彩られた看板を軸に勢い込んで角を曲がると、何かに視界を遮られる。
「なんだ、これ。霧?」
速度を緩めてもなお前進すると、やがて広い場所に出た。
敷き詰められた玉砂利は、まるで大河を導くかのように、古びた洋館まで続いている。ほかに建物は見当たらない。
呼吸を整え前に進むと、じゃりり、と足元が鳴った。
「石が……」
大地が振動し、空気が震えた。
その高い位置にひとつきりある窓から、勢い良く煙がはき出される。それはまるで、眠りから覚めた洋館が、深呼吸したかのような光景だった。
背を押す空気の流れをはっきりと感じ取り、大河の胸は高鳴っていく。
吸い込まれるようにして、玄関アーチをくぐった。
「こんにちは。あの、おれ、大河っていいます。あのー、だれかいませんか?」
玄関ホールは吹き抜け。左右から階段が対になって二階の回廊まで続いているが、そのどちらも天井がやけに高い。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる