4 / 37
4 鉱物テラリウム④
しおりを挟む
ルゥの置いていった片眼鏡を見つめ、ほおに手を当てる。蒸気のせいか、やけに熱い。
「大河君。もうひとつお願いがあるのですが」
ルーレットの穏やかな声に、大河はあわてて部屋を出た。
「そのできたばかりのテラリウムを、小さなルゥといっしょに届けて欲しいのです。残念なことに、わしはこの場を動くことが許されていないので」
いいですよ、と大河は早口で言った。ルーレットは、すばやくルゥに目線を移す。
「届け先は……どうだね」
「うん」
テラリウムに耳を当てていたルゥが、ひとつうなずく。コートの襟を立てると、勢いよく蒸気が噴き上がった。
振り返りもせずに先に歩き出したルゥの背を、大河はあわてて追う。
伽藍堂を出ると、ルゥはまず霧に包まれた路地を早足に駆け抜けた。
どこに行くのかと大河がたずねるたび、ルゥはテラリウムに耳を当て、それから指で方向を示した。
高架を越え、坂をいくつか上ってから、広い川沿いを歩く。
やがて、さびたフェンスと植樹された外壁が見えてくると、大河はまゆ根を寄せた。
「待ってくれ。そこ、T大のキャンパスだよな? おれ、そこには行けないんだ」
小さな肩越しに、不思議そうなルゥと目が合う。
「でもここが届け先だって言ってるの。だから、行かなきゃ」
「言ってるって、だれがだよ」
「カエルだよ。大河の選んだコケカエルが」
小瓶に耳を当てたルゥは、大河の足が完全に止まってしまったのを一瞥すると、ひとり歩き出す。
まばゆい明りの元、構内にはまだ大勢の人が居残っているようだ。ルゥの行き先を確認しながら、大河はさりげなく辺りをうかがった。
「は? カエル? なんでオレが、カエルの瓶なんか受け取らなきゃならねえのよ」
その耳障りな大声で、我に返る。見ると、つま先立ちのルゥが窓の向こう側にいる男にテラリウムを差し出しているところだった。
相手は、茶色の短髪をきれいに整えた男だ。
――あいつ、は。
「大河君。もうひとつお願いがあるのですが」
ルーレットの穏やかな声に、大河はあわてて部屋を出た。
「そのできたばかりのテラリウムを、小さなルゥといっしょに届けて欲しいのです。残念なことに、わしはこの場を動くことが許されていないので」
いいですよ、と大河は早口で言った。ルーレットは、すばやくルゥに目線を移す。
「届け先は……どうだね」
「うん」
テラリウムに耳を当てていたルゥが、ひとつうなずく。コートの襟を立てると、勢いよく蒸気が噴き上がった。
振り返りもせずに先に歩き出したルゥの背を、大河はあわてて追う。
伽藍堂を出ると、ルゥはまず霧に包まれた路地を早足に駆け抜けた。
どこに行くのかと大河がたずねるたび、ルゥはテラリウムに耳を当て、それから指で方向を示した。
高架を越え、坂をいくつか上ってから、広い川沿いを歩く。
やがて、さびたフェンスと植樹された外壁が見えてくると、大河はまゆ根を寄せた。
「待ってくれ。そこ、T大のキャンパスだよな? おれ、そこには行けないんだ」
小さな肩越しに、不思議そうなルゥと目が合う。
「でもここが届け先だって言ってるの。だから、行かなきゃ」
「言ってるって、だれがだよ」
「カエルだよ。大河の選んだコケカエルが」
小瓶に耳を当てたルゥは、大河の足が完全に止まってしまったのを一瞥すると、ひとり歩き出す。
まばゆい明りの元、構内にはまだ大勢の人が居残っているようだ。ルゥの行き先を確認しながら、大河はさりげなく辺りをうかがった。
「は? カエル? なんでオレが、カエルの瓶なんか受け取らなきゃならねえのよ」
その耳障りな大声で、我に返る。見ると、つま先立ちのルゥが窓の向こう側にいる男にテラリウムを差し出しているところだった。
相手は、茶色の短髪をきれいに整えた男だ。
――あいつ、は。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる