不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

文字の大きさ
22 / 37

22 ビスマスの卵①

しおりを挟む
 信じられないわ、と『さまよい人』の女が笑った。耳元まで引き上げられた口角を見やり、大河は思わず後ずさる。
 先ほどの寂し気な印象とは、まるで違って見えた。
「この私があの店の品を手に入れる日がくるなんてね!」
 それから奪うように青のドレスをかき抱き、ぎりり、と大河をにらんだ。
「返さないからね! あの男がなんと言おうと、これはあたしのものだ!」
 美しいモルフォ蝶の青い翅が、女の腕の中でばらばらに崩れていく。
 古い判子屋の店先に、女とは別の顔が現れた。続いて男の姿も。そのうつろな顔に、ぞくりと背筋が凍った。
「なんでこんなにたくさん……人が……?」
 判子屋を一歩出れば、そこはアーケード街が広がる平和な日常があるはずだ。だが今は、この狭間の空間には不気味な群衆が押し寄せ、我先にと判子屋に入り込もうとしている。
「あたしのだよ! やめておくれ、あたしのだ!」
 ワンピースの女は鋭い爪でドレスを引き裂き、口の中に詰め込み始めた。
「やめろ! おまえ、それはルゥが大切に縫ったドレスだぞ!」
 大河がかろうじてドレスの裾を掴まえると、女は狂ったように叫び出した。
「あたしはあの男の力を奪うんだ。もうこんなところでさまようのは、ごめんなんだよ」
 突き飛ばされた大河は、壁に激突する。たくさんの判子が雨のように床に降り注ぎ、じゃらりじゃらりと大きな音をたてた。
「なんだ、この音は。あいつか! あの男の結界か」
 ワンピースの女は呻き悶え、苦しそうにのど元を押さえて大河をにらむ。
「返さぬぞ。ようやくあの男の力の一部を手に入れたのだからな」
 それまで店にひしめいていた得体の知れない集団が、女のあとを追うように消えていく。
 大河もすかさず店を飛び出し、家路につく穏やかな人波に紛れて息をついた。
「どうしよう。大変なことになった」
 周辺を見やり、急ぎ足のサラリーマンやスマホ片手の学生たちの顔をうかがった。
「大丈夫、大丈夫。ここは、現実の世界。でも……マズいな」
 凍えるような寒さが大河を包む。雪になるかも知れないと思ったとき、大河はあることに気が付いた。
「……モルフォ蝶のドレスを届けたのに、光の玉が現れなかった……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...