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32 がらんどう④
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帰りのタクシーの中で、寿々花はまったく口を開かなかった。
質問攻めにされるのを覚悟していた大河は、拍子抜けのあまり、「聞かなくていいのか」と逆に尋ねてしまった。
「うん、今はいい。それよりも、本当に家まで送らなくてもいいの、彼女」
なんだか眠たそうに後部座席に沈み込んでいるルゥを一瞥して、寿々花が確認する。
「ああ、いいんだ。アーケード街まで……」
「すみません。やっぱり送ってもらえますか?」
大河のことばを遮って、ルゥが寿々花に向き直る。先ほどまでの様子とは一変して、なんだか真剣な顔だ。
「家に帰るの」
そんなものあるのかよ、と返そうとした大河は、寿々花の強い視線を感じて押し黙った。タクシーの運転手と、バックミラーを通して目が合う。
「家じゃなくて、正確に言うと施設なんだけど」
ルゥは大河には顔を向けず、窓辺に流れる景色ばかり目で追っている。
「なんだよ。ルゥ」
これからのことを、もっと話し合うつもりでいた大河は、複雑な気持ちでルゥがタクシーを降りるのを見守った。
「さようなら、大河」
まるで逃げるように、ルゥは施設に向けて走り出す。
思えば昨夜、判子屋に戻らなかったルゥは、一睡もしていないはずだ。話し合うのは明日にするか、と大河は黙って玄関に明かりが灯るのを見つめた。
「大河はどうする? 家に行ってもいいの?」
帰る、と言おうとして、やはりすぐに光の玉を届けたほうが良いのだろうか、と思い直す。常人ではないとは言え、赤子の姿の主さんをひとりにしているのも、気が引けた。
「いや、おれもここで降りるよ。忘れ物したみたいだから、ちょっと戻って探してくる」
「忘れ物ねぇ。じゃあ、最初の場所まで送るわよ。どうせ、嘘なんでしょうけどねー」
寿々花はタクシーの運転手に行き先を告げ、なぜか上機嫌に笑った。
スマホで確認した時間は、すでに九時を過ぎている。
頭に降り積もる粉雪を払いながら、大河はアーケードの下に入り込む。路地の手前で判子屋をのぞいたあと、玉砂利を踏み締め、ステンドグラスの大扉をくぐった。
質問攻めにされるのを覚悟していた大河は、拍子抜けのあまり、「聞かなくていいのか」と逆に尋ねてしまった。
「うん、今はいい。それよりも、本当に家まで送らなくてもいいの、彼女」
なんだか眠たそうに後部座席に沈み込んでいるルゥを一瞥して、寿々花が確認する。
「ああ、いいんだ。アーケード街まで……」
「すみません。やっぱり送ってもらえますか?」
大河のことばを遮って、ルゥが寿々花に向き直る。先ほどまでの様子とは一変して、なんだか真剣な顔だ。
「家に帰るの」
そんなものあるのかよ、と返そうとした大河は、寿々花の強い視線を感じて押し黙った。タクシーの運転手と、バックミラーを通して目が合う。
「家じゃなくて、正確に言うと施設なんだけど」
ルゥは大河には顔を向けず、窓辺に流れる景色ばかり目で追っている。
「なんだよ。ルゥ」
これからのことを、もっと話し合うつもりでいた大河は、複雑な気持ちでルゥがタクシーを降りるのを見守った。
「さようなら、大河」
まるで逃げるように、ルゥは施設に向けて走り出す。
思えば昨夜、判子屋に戻らなかったルゥは、一睡もしていないはずだ。話し合うのは明日にするか、と大河は黙って玄関に明かりが灯るのを見つめた。
「大河はどうする? 家に行ってもいいの?」
帰る、と言おうとして、やはりすぐに光の玉を届けたほうが良いのだろうか、と思い直す。常人ではないとは言え、赤子の姿の主さんをひとりにしているのも、気が引けた。
「いや、おれもここで降りるよ。忘れ物したみたいだから、ちょっと戻って探してくる」
「忘れ物ねぇ。じゃあ、最初の場所まで送るわよ。どうせ、嘘なんでしょうけどねー」
寿々花はタクシーの運転手に行き先を告げ、なぜか上機嫌に笑った。
スマホで確認した時間は、すでに九時を過ぎている。
頭に降り積もる粉雪を払いながら、大河はアーケードの下に入り込む。路地の手前で判子屋をのぞいたあと、玉砂利を踏み締め、ステンドグラスの大扉をくぐった。
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