不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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35 がらんどう⑦-1

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 ふいに気配を感じた大河は、満面の笑みを浮かべて振り返った。大河が迎えに来たのをあとから知ったルゥが、あわてて追いかけてきたのだと思ったからだ。
「遅かったじゃないか、ルゥ」
 ところが、店先に立ち尽くしていたのは、別の影だった。
「……さまよい人」
「その名はもう、やめておくれ。あの男の品を手に入れた私はもう、ここに根が張った、特別な人間なのだからな」
 おまえのおかげさ、と女の高笑いが続く。
「あの男って、主さんのことか」
 すぐに立ち上がれるように、ひざに力を入れて準備する。
「ぬ・し! そうだよ、この、現実との狭間の世界を我が物顔で支配する男のことさ」
 女の視線が大河の手元に移り、きらめく鉱石のテラリウムに止まった。
「なんだい、それは。それも私にくれるのかい?」
 枯れ枝みたいな細腕が、大河に伸びる。
「だめだ、これはルゥといっしょに届けることになっているんだ」
「私の元へ、だろう?」
 違う、と大河が強く否定すると、女の口元が大仰に震えた。
「なんでだい、この間はくれたじゃないか。ねえ、おくれよ。私に、あの男の品を」
 ぬるり、と湿ったものが大河に触れる。
「おくれよ、おくれ」
「だめだ、おまえに渡したら、また伽藍堂がおかしくなってしまう」
 女が大河にすり寄るたび、ぞわりと背筋に震えが走った。
「欲しい、欲しいんだ。あの男の力を。……私はもうさまようのは、ごめんなんだよ」
 コケカエル。ルゥと完成させた、大切なテラリウム。
 やめろよ、と振り払おうと身をよじる大河に構わず、女が体ごとのしかかってくる。女の手が、小瓶に結ばれたレースのリボンをはぎ取った。
 モルフォ蝶のドレスの時と同じく、女は耳元まで裂けた口にリボンを詰め込んだ。
 途端に、大河の視界がぐにゃりとゆがむ。辺りを見渡すと、畳が波打ち、桐箪笥が宙を舞った。
「やめろよ、やめれくれ!」
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