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第二章
10/ 餞別のお菓子はどこのもの
しおりを挟むスブリーデの袋は、エンシスの巾着袋と同じ仕組みで内部が拡張する。
しかし拡張された容量を超えて、物が詰め込まれているので袋自体がパンパンに膨れ上がっている。
重さを圧縮する付与魔法の限界も超えているので、普通に重い。
(だが、これも魔法。なら、その仕組みを理解し、同調すれば……!)
「魔力を適切に流せば……付与魔法の、効果を増大させることが…………できる……」
「お見事、正解だよ。気付いてからは早かったね。というか、分かったところで、そんなすぐは出来ないと思うけどね~」
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ! 出たぞ……出てきたぞ!!」
「丸一日はかかったけどね~」
エンシスは両手をついて這いつくばっている。顔も上げられない。反論する気力もない。
スブリーデはしゃがんで、エンシスの銀髪をワシャワシャと雑に撫でた。
「お、おおお……い!」
「頑張ったね~偉いぞ~!」
「や! やめ……ろ!」
疲労し切った腕を息もからがら振り回すが、スブリーデの手は軽やかに逃げ回る。
「ふふふ……はい、これ。ご褒美のココラタだよ」
「はぁ、はぁ……もともと、俺のだ」
反発しつつも、それをむんずと受け取って、流れるように口の中へ放り込んだ。
「だいぶお腹減ってたね? 辛いことがあっても、ご飯は食べないとダメだよ。いざって時、ちゃんと力が出ない」
エンシスはハッとする。言われてみれば、あの日からろくに食事をとっていなかった。ギリギリのタイミングで水を飲んでいたくらいだ。
そんな状態でワスタの最深部に居た。歪曲した空間から受ける影響も疲労に拍車をかけ、とても万全とは言えなかったろう。
しかし『魔女を見付ける』という、藁にもすがるような目的に突き動かされていたエンシスは、自分の状態に気付けなかった。
「でも、それが逆に奏功したというか……魔力が枯渇しかけていたからこそ、繊細な流れを感じやすかったんじゃないかな?」
「え……?」
「いや、スヴィの想定では……聞いていたキミの話からしたら、この穴を出てくるのに3日は掛かると踏んでいた」
どんだけガサツな奴と噂が広まっているんだ――と反駁したかったが、そんなことより今はココラタ。
甘さと回復魔法の成分が全身に染み渡る。
スウッと肺が軽くなり、呼吸が落ち着いていく。
「それはそうと、エンシス。このココラタ、誰から貰った?」
「え? ……同じ龍伐士で……俺を弟のように面倒みてくれていた人からだ。どうしてだ」
スブリーデはそれを聞いて、顎に手を当てて考えるような仕草をした。
「……おい、スブリーデ?」
「ああ、うん。エンシスはイニティア王国出身でしょう? ということは、これをくれた人もイニティア王国の人ってことだよね?」
「そりゃそうさ」
「ふむふむ。しかしね……このココラタはイニティア王国では手に入らないんだ」
エンシスは地べたに胡座を組んで座り、それがどうしたのか? と首を捻る。
「輸入でも無理なのか?」
「んー……そうだね。正しくは、〝今はもう手に入らない〟って感じなんだけど」
「……え?」
「さっきから何個かココラタ貰ったけど、どれも全部違う国のものだった。美味しかったよ。それは間違いない」
「そこはどうでも良いだろ、今は」
「美味しかったし、また食べたい。が、もう無理だろうね。もっと堪能しておくべきだったかも知れないな」
「何が言いたいんだ」
エンシスは、スブリーデの煮え切らない物言いに苛立ちを露わにする。
一体、何が言いたいのか? オウラから貰った餞別が、どうしたというのか。
しかしスブリーデは、エンシスの顔を静かに見詰め返し、口を開いた。
一対の薄紅色の花弁が、名残惜しむように離れていく。
伝えたくない真実を孕んだジレンマに艷めいて、スブリーデの唇は別れた。
「だからね、エンシス。今まで食べたココラタ……今、キミが食べたのも含め、その全てが……ここ最近ドラゴンに襲われて壊滅してしまった国のものなんだよ」
「……っ!?」
「さっきのビスケットは、ワスタに呑み込まれて消滅してしまった国のもの……だね」
思わず息を呑むエンシス。
想像していなかったココラタの事実。悲痛な世界の実状。そして、スブリーデが初めて見せた物憂げな表情。
思考が追い付かない。
「ただの、偶然……だろ」
(そんなはずはない……。ただの偶然だ……)
「そうだね。そうだろうね。エンシスのお兄さん分となれば、きっと『六龍斬』の1人でしょ。他国へ遠征してもらうことも多いし、行った先々でお礼されることだって少なくないだろうさ」
そうしてお菓子をくれた国が、たまたま最近、滅んだ。そんな偶然。
(偶然? いや、そもそも何と何を紐付けようとしているんだ、俺は。兄さんが……)
強ばったまま固まっているエンシスを、スブリーデが覗き込む。
「どうした? 難しい顔して」
「いや」
「ふふふ。たまたま無類の菓子好きの彼が、色んなお菓子を沢山持っていて、今はもう手に入らない特別な物を寄せ集めて、餞別として渡してくれた……ってことでしょ?」
「……あ、ああ」
「粋な計らいねぇ~……ほらほら、いつまで座り込んでいるのだ。次の修行いくよ~」
「おう」
スブリーデが、ちょっとだけ居心地悪げな笑みを浮かべていたのをエンシスは見逃さなかった。
(何か……何か、引っかかる……)
でもすぐにスブリーデが、踵を返して歩き出していくので、慌てて追い掛けようと立ち上がる。彼女の表情の意味に逡巡している暇はなかった。
「お……っと」
よろめくエンシス。
ココラタを食べて回復しているはずなのに、ただ立ち上がるだけの動きにも精彩が欠けている。
慣れない魔力操作を繰り返したせいか、あるいは急激に魔力が回復した反動か。
「どうしたの~? フラついてる? その袋、もう持てないかしらぁ?」
少し先から、半身に振り返ってスブリーデが問う。
体がひねられて、スブリーデの繊細な肉線と少女らしい柔らかさの両方が際立つ。エンシスは思わず目を見開き、硬直する。
いにしえの魔女は、髪の毛の揺らめきひとつ、呼吸の音ひとつで周囲を魅了したという。エンシスは視界がどんどん狭まっていくのを感じた。
広大なワスタの砂の大地が、見えない。
太陽の燃える空も見えない。そこにあるだけのスブリーデしか見えなくなっていく。
「なにボーッとしてんの? 諦めちゃったのぉ?」
ハッと息を呑むと――心の中がココラタより甘い香気で満たされているのに気付いた。
「諦める?! ……んなわけあるか!」
わだかまりとか、暗雲とか、甘い香りとか……そういうのを全部まとめて吐き出してエンシスは踏ん張り直す。
「俺は絶対、諦めないぞ。絶対にスブリーデの技術を学びとってみせる。……そして、アンタが何を隠しているのかもな」
「ふふふ……その意気よ。まだ始まったばかりだからね~」
いつものいたずらっぽい笑顔でスブリーデは笑う。
くるくると無駄に何回かその場で回ってから、ワスタの大地を歩いていく。
「どこへ行くんだ?」
「さぁ~どこかな~?」
大きな袋を担ぐと、さっきよりずっと簡単に持ち上がった。
◆◆◆◆◆◆
エンシスは、スブリーデの軽快な足取りに遅れまいと、重い袋を担ぎながらワスタの荒野を進んでいく。
ぴょんぴょんと好き勝手に飛び跳ねているように見えてスブリーデは、時たま振り返り、こちらの様子を確認していた。
ちょっとゆっくり歩いてくれたり、立ち止まって待っていてくれたり……一般的に抱く魔女のイメージとは掛け離れている。
――何時間か歩いた頃、スブリーデは巨大なドラゴンの遺骸の前で立ち止まった。
鱗が氷のように薄青く、死してなお辺りに冷気を撒き散らしている。
「はぁ、はぁ……アイスドラゴンか」
弾むエンシスの息は白い。
「やっぱり、知っているんだね」
「イニティア王国と友好的だった島国が、コイツに氷漬けにされかけて、応援部隊として呼ばれたよ。俺と『魔法帝』が」
スブリーデは何かを含むように笑ってから、氷塊のような遺骸を見上げる。
スブリーデと比較すると、その大きさが際立つ。
恐らくは、カテゴリー5以上。
甚大な冷害をもたらしたことは、想像に難くない。
「じゃあ、エンシス。キミにも縁があるみたいだし、ちょうどいい。この子にしよう」
「――え?」
「え、じゃないよ。遺骸を解体する技術を学びたいんでしょう? なら、直接見て学んで、すぐ実践するのが、一番の近道だ」
「近道? じゃあ、他の道はあるのか?」
「……ごめん、無いや」
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