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終章
29/ サイレンは鳴りやまない
しおりを挟む「うあァ……ぐおおッ……!!」
オウラは未知の痛みに呻き声を上げた。
エンシスの刻んだ眩しい斬痕に向かってオウラの魔力がズルズルと吸い込まれていく。
急速な魔力の減少で、空間が歪み、光も捻じ曲がる。
オウラの輪郭がぐにゃりと崩れた。
「アアア……アア、アアアアァァァァ……」
まず砕けたのは【黒帳】――
使用者との魔力的な繋がりでもあるのだろうか。
オウラの〝傷口〟に魔力が吸い込まれていった。
直刀が砕け、傷が治らない呪いのような力も効果がなくなり、回復符の効果が上回りはじめる。
目眩のする激痛が遠のいていく。
「貼り付けておいて、正解でした……」
「ああ、助かった。こんなに効果が続くなんて、マジでこれ、特別製なんだな」
エンシスたちの安堵が深まるのと反比例するように、オウラの呻き声は窄んでいく。
終わりが近い――
エンシスは、よろめきながら歩み寄る。
「エン……シス…………」
「オウラ兄さん」
見下ろすとオウラは、乾涸びて朽ち果てる直前の草花のようだった。
「くっく……やはり、お前は……強いな…………ぐ、ああ」
爪先の方から光塵になりつつある。
『ひたすらに深い泉《アビッシス・フォンス》』で活動するための魔力を失い、それに次いで組成を保つ魔力も喪失する――
多少の違いはあれど、人もドラゴンも魔力の構成は似ているのかもしれない。
「なんでも……どんなことでも……1人でどうにかしてしまうんだな」
「いや、兄さんこそ、俺のことを分かっていないじゃないか……今見ただろ? 俺1人じゃ、兄さんには勝てなかった」
エンシスはアイズをチラリと見た。
その視線は、かつての彼にはなかった仲間への信頼を物語っていた。
「は、はは、ははは……確かに、そうだったな……俺は、お前を……孤高の、孤独な英雄だと……見間違えていたのか」
こんなに強く、頼もしい後人を育てていたなんて。
慕われていたなんて。
てっきり自分と同じだと思っていたのに――
そう言いたげに、歪んで笑うオウラ。
もう腰辺りまで、塵に変わっている。
「やはり、お前は……ぐっ…………しっかり、殺しておくべきだったか」
「あの夜も、さっきの不意打ちも……兄さんなら、殺そうと思えば、いつでも俺を殺せたはずだ。確実に」
オウラが少し笑ったような気がした。
「家族同様のヴォルカを殺されても、何でだろうな……お前のことは、憎みきれなかったんだ」
「兄さん――」
「くくっ……言うなれば、甘さだな」
オウラは、今度はハッキリと笑って、血が滲む口角を吊り上げた。
片やエンシスの視界は滲む。
「エンシス……エンシス…………お前にとって、ドラゴンは悪か? 魔女は悪では、ないのか?」
きっとこれが最後の問答になる。
エンシスもオウラも、そう察する。
それでもエンシスは、やや時間をおいて、一度深く目を閉じた。
そして、ワスタでスブリーデと交わした言葉、彼女から学んだこと、そして自分が辿り着いた答えを、静かに紡ぎ出す。
「分からない。俺は……魔女の歴史も、ドラゴンの歴史も、ちゃんと学んでいない」
「くっ、くっ……ほらな。お前は、何も――」
「そうだ、知らない。でも……だからこそ、目の前で起きたことを、俺は信じる。そして、これから知っていく」
「目の前……」
「オウラ兄さんは、イニティア王国を滅ぼそうとした……だから俺はそれを食い止めた。ドラゴンとか魔女とか、そういう大きな括りじゃなく、俺は〝イニティア王国を守る〟という選択をした。ただ、それだけだ」
「……そ、それが、魔女の知識や技術の上に……成り立った国や、平和だったとしても、か!?」
「俺は、剣を振るう。使い方を間違えれば、罪のない人を容易く殺せる。でも、正しい信念と扱い方を心得ていれば、大切な人を守れる心強い相棒になる……どんな力も、きっと同じだ。魔女の力も、ドラゴンの力も……それを使う者の心次第で、善にも悪にもなる」
「…………お前に、お前たちに……扱い切れるものかっ! 御し切れるものか!! 魔女を……『龍食』を、ハイドランギア…………スブリーデを!!」
エンシスは答えない。
ただ、静かにオウラを見つめる。
「いつか、いつか……魔女が、お前たちにとって脅威になる日が……きっとくる!! ドラゴンが、可愛く思えるくらいの……果てしない絶望になって!!」
「その時は、俺が斬るさ。……もし、進む道を違えたら、な」
ヴォルカを斬った時のように、とは言わない。
だが、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
「な……に……」
「だからな。もう安心して、逝けよ。オウラ兄さん」
エンシスの言葉にオウラの顔が、僅かに綻んだように見えた。
何かに安堵したような、肩の荷が下りたような――そんな微笑み。
その笑みを最後に、オウラの体は光り輝く粒子へと変わり果てた。
『六龍斬』が1人〝破翼〟のアグゼイア=オウラは、遂にアイゼル粒子となって世界へ還っていった。
「またいつか……酒でも飲もうな、兄さん。ココラタじゃなく」
キラキラと風に舞う粒子は、美しかった。
まるで雪のように、可憐で、儚い。
それを見上げるエンシスの頬を一筋の涙が伝った。
それは、かつての兄への訣別と、新たな道への決意の涙だった。
◆◆◆◆◆◆
光の粒子が風に吹かれて消え、見えなくなった頃――
エンシスとアイズは、よろよろとへたり込んだ。
「……さっきの、良い剣だったぞ」
頬を袖口で擦りながらエンシスが言う。
「昔、自分がよくやられていた技ですよ。エンシス様に」
「そうだったか?」
「エンシス様は、意外といなすんですよ。嫌なタイミングで」
「性格悪いからな、俺」
2人はハハハっと笑い合う。
先程までの死闘が嘘のように、穏やかな空気が流れる。
フとした瞬間にエンシスが、空を見上げた。
「おじきたちも傷を回復出来るようになったみたいだな」
「そ、そうだ! 本部長たちの加勢に……」
「いや、必要ない。もうすぐ終わるさ」
「えでも、相手はド――」
「全開のあの3人が組んだら……俺もやりたくないね」
アイズが弾かれるように見上げる。
ルレウムが数え切れない魔法を展開し、アルバとオプトを強化、同時にアンデッドドラゴンの動きを鈍らせている。
多分、防御力を下げる魔法も同時掛けしているだろう。
強化されたアルバとオプトは、影すら捉えられないほどの速さでアンデッドドラゴンを翻弄する。
エンシスを追従していたアンデッドドラゴンが、全く追えていない。
「ほら、あの人たちは相手の感覚や予測を、ズラして外す技術がすげぇんだ。こう言うのもアレだけど……俺より速くなくても、俺より強くなくても〝巧《うま》さ〟でドラゴンは倒せる」
(俺も、もっと……)
「……っ!」
刮目するアイズの視線の先で、アルバの剣が黄金の輝きを放ち、オプトのハルバードが白銀の旋風を纏った。
金銀の閃きに、首を左右から撃ち抜かれ、アンデッドドラゴンは短く呻いて沈黙した。
――そうして、瓦礫の街と化したブルーヌに、静寂が訪れる。
しかし、一瞬だった。
ウーーーーー、ウーーーーーー……
悲鳴のようなサイレンが甲高く響き渡り、森閑な空気を切り裂いた。
オウラとドラゴンという脅威が去り、骸骨兵も消滅し、誰もが凱歌を上げたかった。
終わったのだと安堵に目を瞑りたかった。
だが許されなかった。
けたたましい警報音とともに心拍数は高まり、エンシスもアイズ、他の龍伐士たちも――
全員がまるで示し合わせたかのように、空を見上げた。
「アイズ。予報、出てたか?」
「い、いえ。この先1週間くらいは、ドラゴンの襲来はないだろうって……」
「……っ」
刹那、エンシスは跳躍する。
上空で戦っていたアルバたちのもとへ。
「おじき! 何が起き………………て……」
声を掛けたがアルバたちは、エンシスの方を見なかった。
アルバもオプトもルレウムも目を見開き、遠くの何かを見つめて冷や汗をかいている。
エンシスもつられて、同じ方向を向く。
「あれは…………ドラゴンの……群れ?」
ウーーーーー、ウーーーーーー、ウーーーーーー
まだ遠い空。
しかし蠢く靄のように近付いてくる。
10、20……50…………
どれほどの群れか、現実を直視したくなくてエンシスは数えるのを止めた。
サイレンの慟哭がブルーヌに留まらず、王国中に伝播し始めた。
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