魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第一章:プリンセス、冒険者になる

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「今日は本当に済まなかった」
「もうわかりましたから……」

 もう何度目になるかわからないジェイクさんの謝罪。想定外の魔物に危うく登録希望者に死者が出るところだった。
 これはギルドとしても大変不本意で、本来ありえない事態だったらしい。
 実は私たちが行く前に魔物の確認の為、若手冒険者を二人向かわせていたそうだ。そのうちの一人は既にこの世にいない。もう一人は辛うじて生きてはいるが、かなりの重傷を負っていた。つまり、二人の冒険者はクロスパイソンの餌食になってしまっていたわけだ。
 それでも私からすれば異常がないことを伝えるようにしておけば防げた事態だと思う。それならば接触がない時点で何かがあったことがわかる。どうして問題があった時のみ接触する事にしたのかは凄く疑問だ。次からはそうするように進言しておいた。
 それでも結果的に想定外の魔物による被害は一名で済んだことになる。色々、色々とありはしたけれどそれで済んだのは上等だったのかもしれない。
 ただし、クロスパイソン程の大物が何処からやってきたのかは今後調査が行われるそうだ。街から程と遠くない砦跡地にあのような魔物が出没するのは当然好ましい事態ではないので頑張ってほしい。
 新米のしかも旅の冒険者である私にはあまり関係のない事だけれど、これ以上の被害が出ない事を願ってはいる。


 そのような事後報告等々を済ませて今私たちがいるのはギルドのすぐ側、今朝朝食を食べた例の宿屋である。
 ちょうど夕食時という事もあり結構な賑わいを見せている。
 ちなみに私たちの「たち」はもちろんアンの事ではない。人属で賑わうお店の中で大ぴらにする事は出来ない。
 では誰かというと眼鏡と筋肉と無言の美女の三人である。
 そんな私たちは相応にプライバシーが保たれた半個室で向かい合っている。今日の色々とこれからの事を見据えたお礼とお詫びとお願いの為の会食。
 若干面倒ではあったのだけれど、そこはそれ。美味しいものに罪はない。ご馳走してくれるというのだからありがたくご馳走になることにした。もちろん例の件を引き受けるかどうかは全くの別でいいという話だからではあるけれども。
 さて、こうして食事もほぼ終わった事だし、いよいよ本題の依頼の件になりそうね。

 その為の半個室でもあるわけだし。流石に今の段階で宿の部屋などの密室で話をするというのはちょっと不安が残る。
 いざとなればどうとでも出来るけれど、それは同時に相手の生死を問わない事になってしまう。私の魔法は手加減が難しいのよ。

「ではそろそろ本題に入ろうか?」
「そうですね。今日は疲れましたし、早く切り上げて休みたいですしね」
「そ、そうだなすまない。色々と、その無理をさせてしまったな……」
「もう、別にそういうつもりで言ったんじゃありません、いちいち蒸し返さないでください!」
「いや、そう言ってもだな……若い娘にあのような救命を頼むというのはだな……」
「ストップストップ! それ以上は言わないでください!! 恥ずかしいです」

 ギルド職員で本登録試験(?)の担当者である二人も知っているから今更隠す必要はない。でもこの話が出る度に二人ーー三人から向けられる様々な感情がこもった視線……というのはどうも居心地が良くない。
 率直に言えば同情的な視線が鬱陶しい。
 どうせ気を使うのなら、私とラヴェルが致している間に二人のお友達に毒のことをレクチャーしないで欲しかった。
 帰り道の気まずさったらなかったわ。三人は誰一人女性経験がなかったみたいで、ラヴェルだけが大人の階段を登ってしまった事になるらしい。命の危機はあったものの役得だ何だと……これだから年頃の若い男という奴は……。
 それと、ジェイクさんは経験のない私に無理やりさせたと思っているみたいで、そちらへの気遣いも鬱陶しかった。だからと言って私は散々やりまくっているので平気ですーーなんて言うわけにもいかないし……。
 ん!? ちょっと待って。別に平気なわけじゃないわよ? その、私だって一応年頃の女の子なんだからね?
 ……でもね、桃色になってからの私はそういう事に対する忌避感が全くないみたい。俺の感情や若干の嫌悪感? アレを股に咥えこむのか……みたいなのはあるんだけれど、じゃぁしない。とはならない、思わない? 思えない?
 いいえ、それどころかちょっとした刺激でして欲しくなってしまう。そんな体になってしまった。
 そして気持ちよくなると凄く幸せな気持ちになる。もっともっとと際限なく求めてしまう。どうも依存レベルが上がっているような気がする。依存と聞いて思い浮かべる禁断症状のようなものはないけれど。

 あ、あと昼間のアレでレベルが五つほどアップしていた。

 ………………。

 ちょっとラヴェルには無茶をさせ過ぎたかもしれない。今回のことで女性恐怖症とかにならなきゃいいけど。
 あ、でも初体験が私みたいな美少女でよかったわよね!?
 ……流石にあの雰囲気の中でそんな冗談を言う勇気は私にもなかったなぁ……。


 さて本題に戻りましょうか。
 そろそろ本気で部屋で体を休めたいしね。

「ーーまず私の返答ですが、条件次第で引き受けてもいいと思っています」
「……条件とは?」
「それ程大袈裟な事ではありません。私の事をあれこれ詮索しない事。それから冒険者登録から依頼遂行に際して知ったことを全て秘密にする事。その点に同意していただければ結構です。あとは……。そうですね報酬はそれ程望みません。如何でしょうか?」
「君に関する事を秘密にする……か。問題ない。その程度でよければ条件を飲もう。報酬については依頼達成報酬の半分でどうだ?」
「半分? 依頼はこの四人で受けるんですよね? それなら人数割りで構いません。それと最初に道中の経費を引いて残りを人数割りにしてください。変な貸し借りは無しにしたいので」
「助力を願い出ている立場からすると破格ともいえるほどの好条件だと思うが?」
「そうですか? 私はただの新米冒険者ですよ? 皆さんのようなベテランと同じ報酬というだけで十分な高待遇だと思いますけど? それでも気になるようでしたら……そうですね、また美味しい物をご馳走してください」
「なるほど、確かに登録したばかりの新人冒険者ーーという事になっているな」
「あら、詮索はなしですよ?」
「わかっている。食事の件、そんな事でいいのなら喜んでご馳走しよう」
「ぜひ。ではこれで決まりということで」
「ああ。引き受けてくれて感謝する」

 男二人は感謝を口にするけれど、ミレーヌさんだったかしら? 結局彼女は一言も話さなかったわね……。こんなのでパーティー成立しているのかしら……?

「それでは詳しい事を教えてもらえますか?」
「勿論だ。ただし、他言無用で頼む。本件はA級依頼かつギルドの指名依頼になっている。つまり俺たちが指名を受けた特別な依頼だ。だが、約一月前に失敗した。その時に……」
「魔法使いが……?」
「そうだ」
「……私でその穴を埋められますか?」
「チームワークは難しいかもしれないが……魔法使いとしての技量は同等か……むしろお前の方が上ではないかと睨んでいる」
「それは……また随分と高い評価をしてくださったものですね。こんな新人に……」

 わお。やっぱり色々感づかれてそうね。確信まではないのか、私の事情を考慮してくれているのか……。

「最低でも5レベルだったか……」
「そうだ。おそらくそれ以上だが……」
「詮索は無しですよ。ですがご心配なく。必要な魔法は隠さずに使う事をお約束します。ですが、言ったと思いますが私が得意なのは回復、補助系統の魔法です。攻撃系統はあまり得意ではありません」

 だって手加減が効かないもの。大抵一撃必殺になってしまうから。

「あまり……ね」

 そんな意味深に呟かないでくれる? ただ単にスキルレベルがおかしいだけなんだから。変な過去とかドラマチックな事情はないからね? やめてよ、勝手に盛り上げたりしないでよ?

「それで仲間を欠くほどの相手とは?」
「ーー討伐対象はキマイラだ。知ってるか?」

 キマイラ……ここでその名前が出るとは思いもしなかったわね。中盤のボス級モンスターの一体。シナリオ上は無関係だけど、とあるアイテムの素材を得る為には討伐必須のモンスター。
 出現場所の水晶の洞窟で採取出来る生命の水晶とキマイラの血から命の腕輪を作成できる。もちろん他にも一般の素材、金の腕輪とかそういう物も必要よ。単に入手困難なレアかつ根幹となる素材がその二つ。
 ゲームを攻略する上では特別必要でもなく、あくまでもクリア後のエクストラダンジョン攻略に必須というアイテムだったのだけど、今の私には結構重要なアイテムの一つだと思う。可能なら取得したいと思っていたものの一つだ。
 なぜなら生命力を倍増させてくれるから。何故かレベルが上がってもステータスが変動しない私にはステアップ系のアイテムはとても貴重なのよ。特に生命力は初期値のままじゃホントに心細い。いくらダメージ減少があるとはいえ怖いものは怖い。少しでも安心が欲しいと思うのは仕方がないことよね!?
 ただ一つ問題がある。それは生命の水晶……。洞窟で果てた命から生まれると言われている水晶を彼らの前で欲していいものかどうか……。彼らが知らなければそれでいいし、知っていて許容してくれるならそれでもいい。でもそのどちらでもなければ……。少なくても今回の採取は諦めた方が良さそうね……。ソロで行けるかどうかの見極めもしておきましょうか……。
 まったくツイていないわね、都合よく二つの素材が一箇所に揃っているというのに。

「……キマイラですか。失礼を承知でお伺いします。皆さんのレベルはいかほどでしょうか?」

 安全なレベル帯は50以上。40あれば攻略は可能。スキルレベルや装備など条件付きだけど。でもそれ以下の場合は正直厳しい。前回失敗しているということは……レベル不足の可能性が高い。

「俺が38、ラーサスが40、ミレーヌは35だ」
「………………」

 なかなか厳しいレベルね……。普通では攻略不可能だわ。でも私がいれば十分可能。
 『七曜の加護』でステを二倍にしてプロテクションを最低倍がけすればダメージはほぼクリアできる。抜けた分も回復となんなら持続回復を併用すれば問題ない。キマイラの毒や状態異常も全て無効化、又は即時治療できる。
 攻撃面も同様。属性剣を付与するか、単純に攻撃力アップをかければいい。
 正直言って私が加われば不安要素は皆無と言っていい。そしてイレギュラーな事態が起きたなら、私が攻撃魔法を使えばいいだろう。
 それでも解決できなかったとしたらそれは恐らく運がなかったというしかない。
 私の魔法に耐えられる相手なんてこの世界には数えるほどしかいないと思うのよね……。

「わかりました。それで出発はいつですか?」
「準備が整い次第最速で出る。いつなら行ける?」

 ここから水晶の洞窟まではどのくらいかかるのかしら? ゲームだと拠点移動はワールドマップで選択するだけだったから、移動時間とかわからない。

「……どのくらいかかりますか?」
「何がだ?」
「目的地まで」
「ああ、それか。そうだな大体四日くらいだな」

 歩きで四日。それくらいなら、明日一日あれば必要な物を買い揃えられると思う。

「一日準備時間をください。なので明後日の朝でどうでしょうか?」
「わかった。それで構わん。ラーサスは馬車の手配を頼む。ミレーヌは旅に必要な部材を仕入れてくれ」

 あ、馬車なんだ。歩きだと思った。そうすると結構遠いわね。
 大体の位置関係は分かっているけれど、距離感はダメだわ。ゲームではそういったことは表現されていなかったから仕方がないのだけれど、これは今後改善していこう。

「キラリ、食料など最低限のものはパーティーで共有する。報酬から経費として引く……それでいいんだな?」
「ええ、もちろんです」
「他に何かあるか?」
「……ありません」
「そうか、では満足したならお開きにしよう」
「はい。ごちそうさまでした。あ、私ここに部屋を取りましたから、何かあればここへ。そちらは……ギルドへ行けば会えますか?」
「ああ、それで大丈夫だ。俺とミレーヌは非常勤だが、ラーサスは正規の職員だ。休みの日以外は働いている。こいつを訪ねてくれ」
「わかりました。それでは私はこれで……」
「ああそれじゃ。……引き受けてくれて感謝する」
「それはもういいですよ。次は達成した時にお願いしますね」

 筋肉さん意外と頭も回る人だったのね。眼鏡の人もそうだけど、冒険者ってあんな感じだったかしら? ゲームだとチンピラみたいなのがお前みたいな小娘がどーだこーだと絡んできてイベントバトル。負けると安宿に連れ込まれて……って言うシナリオとかあったのよね。
 そういうのはゲームならいいけど、現実ではごめんだわ。ジェイクさんくらいの逞しい体に抱かれるならいいかもしれないけど。
 あ~いけないいけない。また思考がそちらに流されているわね。
 お風呂に入って早めに休もう。この宿確か大浴場があるのよね。ちょっと楽しみだわ。
 それじゃ部屋に戻りましょうか。


「……アン、聞こえる?」
「大丈夫ですよ、キラリ様。一通り話も聞いていましたから」
「そう。それは良かったわ」

 盗み聞きされることはないと思うけれど、一応小声でやり取りをする。
 ベッドが一つのシンプルなシングルルーム。布団は思ったよりもふかふかで気持ちがいい。このまま眠りたくなるくらい。

「昼間はごめんね。突然だったからあなたへの配慮が何もできなかったわ」

 私と感覚を共有するお世話妖精のアン。彼女は私が快感に身を委ねている間、同じ快感を味わうことになる。

「お気になさらないでください。あの状況で彼を見捨てる訳にもいきませんし、仕方がありませんよ」
「ありがとう。少しホッとしたわ。もう私にはついて行けませんとか言われたらどうしようかと思っていたのよ? 次第に歯止めが効かなくなってきているようなの。一度感じ始めてしまうと……止められないの」

 多分スキルの影響ね。快楽依存レベル10とか冗談みたいよね。おまけに快楽耐性マイナス10とかはっきり言ってやり過ぎよ。抵抗できるわけがないわ。

「心配しないでください。何があっても私はキラリ様と一緒ですよ」
「嘘でも嬉しいわ。ありがとうアン」
「キラリ様、嘘じゃありません。ずっと一緒です。逆にキラリ様に嫌われてもお側に居続けますよ私は」
「言ったわね? 私があなたを嫌うことなんてあり得ないわ。もう最後の最後まで側に居てもらうから覚悟しなさいよ!」
「はいキラリ様」

 うふふ。なんだろう、すごく嬉しい。アンが側にいることが当たり前すぎて居なくなるなんて想像もできないわ。これからもよろしくね、アン。


「それで、水晶の洞窟のことなのだけど、彼らのレベルでは正直攻略は厳しいの。だから常に『七曜の加護ステラブースト』でステータスを倍化して、『装備強化プロテクション』と『魔法耐性マナレジスト』を倍がけするつもりよ。私を含めて四人全員に」
「それで勝算はどの程度ですか?」
「そうね……」

 イレギュラーは考えに入れないとして、八割……いえ九割は勝てる計算よね。キマイラの攻撃で問題なのは毒のブレス。回復系の魔法の難点は接触しなければならないこと。だからチームが分断されると各個撃破される可能性がある。ゲームではボスは一体だけだったけれど、現実ではどうだかわからない。ありがちなのはつがいでいるとかかしらね。
 それでもいざとなれば確実に勝つことはできる。最後の手段だし、基本的に使うつもりはないけれど私にはスキルレベル100の魔法がある。

「九割くらいかしらね。私が出しゃばらない前提でよ?」
「そうですか、それなら安心できるレベルですね。ですが姫さま、一つだけ約束をしてくれませんか?」
「なぁに改まって……?」
「いざという時には躊躇わずに姫さまの持つお力を行使してください。姫さまがその能力を最大限に発揮した場合、少なくとも姫さまに万一はあり得ません。ですから……お願いします。お約束いただけませんか?」
「心配性ねアンは……。私だって無駄に命をかけるような事はしないわ。それに、いざとなる前に出来る限り手を尽くすつもりよ? だから心配しないで、変に出し惜しみしたりはしないわ」
「はい、約束ですよ」

 ええ約束。私もねアン、あなたの身に危険が及ぶようなら躊躇うことなんて一切しないわ。例え他の誰かを犠牲にすることになったとしてもね。


ーーーーー
2021.02.13改稿
誤字脱字のチェックと加筆。
加筆していたら少々ボリュームが……。

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