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第二章:プリンセス、岐路に立つ
(21)
しおりを挟む山頂付近。
小さな祠に複雑な紋様の描かれた石碑。
なるほど……こんな風になってたんだね。
「お姉ちゃん……ごめんね」
「えっ!?」
私の手をしっかりと握ったままシーラくんが石碑に触れると眩い光に包まれた。
そして光が収まるとそこはもう空の上、天空城だった。
雲海とその切れ間から見える海や山。
「ほえぇぇぇぇぇぇ!!」
凄い!! めちゃくちゃ凄いよ!?
「ねぇアン! 天空城だよ!?」
柵から身を乗り出すと遥か眼下に大地が見える。
「恐ろしいくらいの高さですね……」
アンの体が震えているのがわかる。だからどうして自分で空を飛べるあなたがそんなに怖いのよ!!
「お姉ちゃん……いえ、キラリさん……」
「ん……誰?」
振り返ると目の前には中学生くらいの少年。真っ白な髪と金色の瞳がまるでシーラくんみたい。とても綺麗な少年。こういうのを美少年っていうのねきっと。
色合いが同じだから、シーラくんが成長したらこんな感じかな……って思う。ところで彼は誰でしょう? そして何故私は彼と手を繋いでるのかしら?
あら? シーラくんはどこへ……??
「ん……??」
「ごめんなさい、キラリさん……あの、騙すつもりではなかったのですが……」
仲良く少年と手をつないでいる私。あれ? さっきまで可愛いシーラくんと繋いでいたはずなのになんで……??
「あれ?」
「本当にごめんなさい、僕がシーラです」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
待って、落ち着いて、えっと……どういうこと!?
シーラくんがこのカッコいい少年なの?
確かに成長したらこうなりそう……とか思ったけれど……。
風に揺れる純白の髪。強い意志を感じさせつつも優しい光を帯びた金の瞳。スラリと引き締まった体。ネクタイをワザと雑に締めたような一見するとラフとも受け取れる着崩した感じのシャツ。袖捲りしているところがまたセクシー度をアップさせている。
……あ、シーラくんに着せていた服……どうなったのかしら?
背は私と同じか少し低いくらいだけど、さっきまでの幼いシーラくんとは違ってちゃんと男の人だってわかる。細くしなやかな、それこそネコ科の猛獣ーー虎を彷彿とさせるけれども、私をまっすぐに見つめる金の瞳はとても優しい色をしていて、見つめられるとドキドキしてしまう。
「シーラくん?」
「はい」
「シーラくん?」
「はいキラリさん」
えっとこれは一体どういうことなの?
「混乱するのも当然ですね。一族の慣習とは言え無関係のキラリさんを巻き込んでしまい申し訳ありません。まずは少し落ち着いてください。それから色々と説明をいたします」
「はい……」
心に染み込むような声。なんだかすごく安らぎを感じる。それはキラリ姫の心がガルム様と出会った時のような感覚。あの時はまだキラリ姫の感情や記憶が私ではない誰かとしてあった。それが今ではそれらの記憶を持つ私になってしまった。
そして今度は私が私としてあの時のような感覚を味わっている。つまり私は彼のことが好きって事? そういうことなのかしら? 幼いシーラくんを見ていた時には感じなかった気持ち。成長した彼に一目惚れしてしまったのかしら?
……ちょっとよくわからない。物語にあるようなドキドキも誰かが言うようなピンともきていない。ただ彼の声に安らぎを感じ、彼の仕草に愛しさが込み上げてくる。愛……でもどこか違う気がする。これはそう、言うなれば姉が弟を想う気持ちじゃないかと思うのだけれど、どうだろうか?
天空城の片隅、転移の石碑から少しだけ離れたちょっとした木陰。流れる雲と青い空を眺めながら今私たちはとても優雅に昼食を頂いています。
兎にも角にも話を聞かなければ始まらない。けれども色々混乱していて話どころじゃない。
というわけで宿の女将さん謹製の特製弁当を頂いております。私の肩に座ってアンも頂いています。まるで小鳥に餌をあげるみたいーーとは口が裂けても言えませんがそんな感じで時々小さく切った物をあげています。もっとその姿を愛でたい。それは言うまでもないことでしょう。
「さて、そろそろいいです。シーラくん、色々教えてください」
「わかりました。どこから話しましょうか……そうですね、まずは僕がなぜ地上にいたのか、そこから話しましょう。それは……」
それは天空王継承に際して継承者それぞれが力を示し誰が相応しいかを見定める選定の儀。
此度の継承候補者は四名。四獣の部族の候補者が揃った。各継承者の力は拮抗しておりいずれも甲乙付け難く、儀式は決まりに則り従者の力を持って主の力量の差を測ることに。
つまりは腹心ともいえるナンバーツーの技量を持って継承者の甲乙をつけるという事。
しかしいずれも強大すぎる力を持つ継承者たちにはそもそも腹心の部下などはいない。故に一定の制約のもと部下探しの時間が設けられた。
より良い部下を探し出し従わせる事も評価要素の一つといったところだろうか。
なるほど、白帝として天山連峰の大森林に現れたのはそういうことだったのだ。
手近な冒険者に遭遇したシーラくんがまずはその実力を見定めようとしたところ、人間の冒険者の実力は余りにも矮小すぎて話にならなかった。どうするべきか思案に暮れていたその時、物凄い速度で接近するとても大きな力を持った存在に気が付いた。
「……もしかして私?」
「はい。キラリさん、貴女です。とても大きな力を秘めている。そう感じた僕は貴女に意識を集中してその力を見極めようとしました。ところが、実はそこから少し意識が混濁してしまいます。そして気がついたら僕は子供の頃の姿で貴女に抱き着いていたーー」
何が起こったのか僕にもよくわかりません。でも、色々とやらかしてしまった事はなんとなくわかりました。気がついた時の……その周囲の様子と貴女の体を見たので……。
「えっと……」
それって、あれよね、色々と白いモノで汚れた……乱れた衣服の女の子。それを抱き締める自分自身……確かに何をしたのか一目瞭然よね……。
「あれ? もしかして私よりも先に気がついていたの?」
「はい。殆ど同時でしたけどね。なのですみません、僕は貴女に抱きついたまま寝たフリをしていました」
「そっか……あ、でもそのあとずっと小さな子供のフリ? をしていたのはどうして?」
思い返せば時々見せる表情や仕草に小さな子供らしからぬところはあったと思う。私が彼の、シーラくんの事をもっと注意して見ていれば気がついたかもしれないわね。
「それは自分でも少しよくわからないんです。何となく子供のフリをしてしまいました。貴女の事をもっとよく知りたい、そんな欲求が湧き起こっていました」
子供のフリをして貴女を見定めようとしたのかもしれません。僕の腹心の部下にふさわしい人物かどうか、パートナー足り得る人物かどうか。
「なるほど……。それで私は合格ですか?」
「はい。貴女はとても強く……そして綺麗でした」
「……えっと……それはどういう意味でしょう?」
とても真剣な表情で見つめられると……やだ、顔が熱い!
「言葉通りです。身も心も強くて美しい貴女に是非僕のパートナーとして継承の儀に臨んでもらいたいのです。儀式では貴女の力を示す必要がありますが、貴女なら大丈夫です。僕と共に挑んで貰えませんか?」
「パートナーというのは儀式の為の……?」
私にも為さなくてはならない事がある。
「いいえ。勿論、僕が天空王を継承した暁には……その妻として共に歩んで貰いたいのです」
「………………」
この世界の頂点の一角、天空王からのプロポーズ。
シーラくんに対する愛情はある。男女のそれとは違うかもしれないけれど。大人になったシーラくんはきっと凄く素敵なんだろうな……。
こんなにも素敵なシーラくんが好きだと言ってくれる。とても嬉しい。二つ返事でいい返事をしたくなる。
それでも私は……キラリ・フロース・ヒストリアには成さなければならない事がある。例え自分の想いを後回しにしてでも……。
「シーラくん……いえ、シーラ様。わたくしは魔族の王女です。貴方からの申し出はとても嬉しく思います。ですが、わたくしにも成さねばならない事がございます。もしも……都合のいい話とお思いになるかもしれませんが、もしも全てを終えた時、シーラ様のお気持ちにお変わりがなければ……。もう一度今の言葉をお聞かせ頂けませんか?」
見つめる彼の表情はとても穏やかで、そして微笑んでいた。都合のいい私の言葉に安堵すら覚えているように見えたのは……私の願望かもしれないけれど……。
「キラリ姫……貴女の気持ちこそ変わる事がなければ……全てが終わるまで、お待ちします」
「シーラ様……」
繋いだ手の温もり。
「キラリ姫……」
私は彼の腕の中抱きしめられて……優しく口付けられた。
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