魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第三章:プリンセス、迷宮に囚わる

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 血飛沫をあげて倒れるノインさんにソフィス様が駆け寄った。必死に回復魔法をかけるが……あれはマズイ。傷が深い。そして多すぎる。普通の人じゃ無理だ。

「ソフィス様、代わりますーー『完全回復リザレクション』」
「なっ……やはり貴女は……」

 致命の傷が瞬く間に癒えていく。
 普通にリザレクションをかけてもここまでの効果は発揮しない。私だからこその効果。
 何故なら魔法の効果は魔力に比例する。消費魔力ではなく保有魔力に。だから私の回復魔法なら死んでさえいなければ何とかなる。たとえ瀕死の重症であったとしても。その光景は見ようによっては蘇生と映るかもしれない。
 これで大丈夫。立ち上がり冥王を見つめる。

「キラリーーどういうつもりだ?」

 今私はまるで二人を庇うように立っている。

「勝負有りです。もうよいのではありませんか?」
「……それで?」
「彼女らの助命を望みます」
「ーー!?」

 背後でソフィス様が息を飲むのがわかった。

「何を言っている? 意味がわからねぇな?」
「そうですか? 妻にしようとする相手に贈り物をくださってもいいのではありませんか? ご主人様……いいえ、未来の旦那様?」
「……はぁ!? どういうつもりだ? そいつらを助けてお前に一体なんのメリットがある?」
「それこそ「ハァ?」ですわ。大切な友人を助けるのにメリットがどうとか関係ありませんわ」

 ニッコリ笑顔で。

「ーーこの私、魔王国第三王女キラリ・フロース・ヒストリアを妻に迎えようと言うのですからこれくらいの我儘を許すくらいの度量は見せてくださいませ、旦那様?」
「なっ!? 魔族!?」

 背後で聖女様の驚く声。ただの女ではなく王女という部分を強調したかったのだけれど、聖女様には魔族という要素の方が大きかったみたいね。

「クックック……そうまでして……。そいつらがそれほど大事か?」
「ええ……恩義がありますので……」
「そうか……いいぜ。その茶番に付き合ってやるよ。奥の出口を解錠しておく。そいつらを地上に帰したらお前は向こうの部屋に戻って来い」

 視線は去りゆく冥王の背を追う。
 茶番か……確かにそうね。剣聖と聖女を相手に魔族の王女が助命を願うだなんて……。あわよくば勇者の暗殺をだなんて考えていても結局私に人殺しは……。


「……やはりキラリさんでしたのね……それに魔族ですって? 」

 ゾッとするような冷たい声。これが本当にあの聖女様の口から発せられたものなのかと疑いたくなる。

「ええ……出来れば隠しておきたかった……」
「そうでしょうね……」
「……あの様な痴態を顔見知りのノインさんや聖女様に見られたかと思うと……恥ずかしすぎて死んでしまいそうです……いいえ、いっそ死んでしまいたいです……」

 何となく丈の短いスカートを押さえてしまう。

「はぁ!?」
「なので、どうか……どうか見なかったことに……」

 深々と頭を下げてお願いする。冥王の手で責められて恍惚とした逝き顔を晒した私を忘れてください!
 ……とはさすがに言えないけれど、そういう気持ちを込めてお願いする。

「ーーお願いします!!」
「そ、そんな話はどうでもいいのです!! 私が問いたいのは本当に魔族なのかと言うことです!!」
「……? では忘れて頂けるのですか? ありがとうございます!! さすが聖女様!!」
「わざと茶化しているのですね? 私の怒りを察して……そのような態度に騙されはしません。魔族などこの世に生きる価値もない者たち……あなたが魔族であるのなら……私が今ここで滅します!!」

 とてつもない憎悪を感じる。

「なぜ……それ程まで魔族を憎むのですか?」

 永きに渡って争っているのだから当然かもしれない。でもこの様な憎悪を向けられる謂れはない。どちらかと言えば相手を憎む様な歴史や事実は魔族にこそある。今も一方的に侵略を受けているのは魔族なのだから。遥か昔、平和な共存から一転して街を追われたのは私たちの祖先なのだから……。

「……何故ですって!? 貴女達魔族が一体どれほどの殺戮をしてきたのか忘れたとでも!? 私の……私の家族や村の人たちを……」
「……何の言いがかりですかそれは?」

 私たち魔族は人の国へ侵略などしていない。あくまで勇者を迎撃するだけ。

「まだ年若い貴女が知らないのも無理はないでしょうけれど、世界各地で魔族による殺戮が起きていますーー」
「………………はぁ?」

 この人は一体何を言っているの?
 魔族が殺戮を? 態々人族の国へ赴いて?
 そんな事をするわけがない。

「何の話ですか? 私たちはそんなことはしません。貴女達人族こそが私達の祖先を大陸の果てに追いやり、それでも飽き足らず何度も何度も侵略を繰り返し滅ぼそうとしているのではありませんか。ただ平和な時を過ごす私達を害しているのは寧ろ人族の方です」
「何を戯言を! 大陸に魔物を放ち闇に紛れて暗躍する魔族のくせに……」

 暗躍って……。

「私たちと魔物は関係ありませんが?」

 魔物の被害も魔族のせいなの!?

「誰が……誰がその様な言葉を信じるというのです! 現に魔物を操り街を襲わせているではありませんか!!」
「ですからそんなことはしていませんと……」

 ああ、そうか。そうね、嫌な設定を思い出したわ。王国の暗部がそういう事をして侵略戦争の大義名分にしていた様な気がするわ……。どの色のルートか忘れたけれどそういう描写があった。
 リアルでもやってるのね。同族を殺してまで魔族討伐をやらなければならない理由は何?
 ソフィス様が所属する教会は国の関連機関だけどそういう事には関与していないのかしらね……。

 それにしてもどう説明すれば理解してもらえるかしら……難しわね。
 それでもちゃんと話をしなくちゃ……。
 聖女(仮)と剣聖の二人に本当の事を知ってもらえれば……。魔王と勇者の関係にも変化が生まれるかもしれない。

「ソフィス様、少し落ち着いて話をしましょう」

 私はノインさんを抱き抱えるソフィス様の前に腰を下ろした。
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