魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第六章:プリンセス、絶望に挑む

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 所変わって北の森上空。街から徒歩で半日ほどの距離。街道と並行して流れる河の向こう側が全て魔物の領域である。
 基本的に森へ入るには三つある橋のどれかを利用する必要がある。私のように空を飛べれば関係ないが普通の冒険者は橋を渡る必要がある。そこから森へ分け入り魔物を狩ったり各種素材を採取する。
 主な採取物は薬草と鉱石。間欠泉の周辺や断層から貴重なものからありふれたものまで色々と採取できる。採掘というほど大層なレベルではないので基本的に小石サイズのものが多い。稀に抱えるほどのものが取れるとなかなかいい値段がつくらしい。
 一攫千金を狙うならまずはここからだろう。ただし命がけになる。魔物の領域である北の森は他よりも二ランクほど魔物のレベルが高い。経験の浅い冒険者ではまず太刀打ちできない。命懸けのお金稼ぎ。それが冒険者稼業なのさーー。
 ……というのが街で先輩冒険者さんたちから教えてもらった情報になる。ついでにちびっ子が行くのはまだ当分先だがなーーなどという言葉がもれなくセットでついてきた。思い出すと少しイラッとしてしまう。一度痛い目に合わせて差し上げようかしら……と思ったことが何度もある。勿論思っただけだ。私エライ。よく我慢した。

 そんな一見するとただの森にしか見えないが実は魔物の巣窟である北の森。はるか遠くまで生い茂る木々が地表を覆い隠して見渡す限り何処までも深い緑が続く樹海。

「……特に異常はなさそうね……」
「もっと奥でしょうか?」

 街から一番近い橋の周辺は特に不審な点は見られない。そもそも空から見て分かるほどの異常があればそれは結構なおおごとになってしまうから当然といえば当然か。

「みんなが何処にいるか確認しましょう。多少は縁のある冒険者さんたちだし何かあったら寝覚めが悪いわ」
「相変わらず姫様はお優しいですね」
「そうでもないわよ? 冒険者である以上自分の命をかけるのは当然だもの。仮に何かあっても自己責任よ。何が何でも助けたいわけではないしそこまでするつもりもないわ」
「はいはい。そうでございますね」
「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「いいえ、アンには特に申し上げる事はございませんよ。大好きな姫様の思うままにお進みくださいませ。ただし、その身に危険が及ぶようでしたら何をしてでもお止めしますから」
「……まぁいいわ。私自身やあなたを危険に晒すつもりはないわ。出来る範囲でちょっとだけよ」
「かしこまりました。まずはマップですね?」
「ええ、お願いね。『探索』ーー」

 北の森の全域を一つのダンジョンだと考えればマップは容易にその全貌を映し出す。

「……魔物だらけでございますね」
「そうね……」

 これはちょっと困ったわね。本当に魔物の巣窟なのね。そこら中に無数の光点が灯っていてとても把握しきれない。

「アン、マップを私たちを中心に……そうね五キロくらいに調整してみてくれる?」
「はい、これでいかがでしょう」

 随分と見やすくなった。そもそもこの森が広すぎるのがいけない。最初のマップの縮尺を考えるのがイヤになるわね。

「姫様、この辺りには冒険者たちはいないようですね。どうしますか、ここから奥へ進むか次の橋を目指すか……」
「そうね、多分だけどここから森に入ってはいると思うのよ。ただどの方向に進んだかよね……。もし私なら……」

 どうするか。空を飛べない事が前提ならクエストの目的を考えると各橋から放射状に調査の手を広げる方が効率的な気がするのよね。今回は五組が協力して臨んでいるわけだし、最初に三つに分かれたかも? それぞれの橋から調査すれば早いわよね。
 だったら適当に奥へ進めば誰かには会えるかしら?

「……姫様ほどの実力があれば大丈夫なのでしょうけれど、一介の冒険者であればある程度相互に助け合える距離感で進みそうですね。やはり空を翔け、極悪な魔法で無抵抗の魔物を狩る姫様は最高でございますね。うふふ、お世話妖精としてアンも鼻が高いですわ」

 なんだろう、褒められたのかしら? 微妙に嬉しくない表現だったような気がする……複雑だわ。
 でも、そうよね。分散すればするほどリスクが上がる。何かがおかしい森でそんなリスクを負いたい人はいない。それこそベテランの域に達するゴールドさんたちがそんな愚策を取るはずがない。
 全員で調査に当たっている可能性が高いわね。そうするとここから森に入って北上しながら徐々に森の奥へ……ってところかしら。

「だいたい見当がついたわね、このまま鳥の幻惑を纏って空から追ってみましょう」

 『幻惑の霧』めちゃ有能。これさえあればやりたい放題だわ。

「ではいつも通りアンはマップを見ておきますね。姫様は安全運転でお願いします」
「あら? いつも安全には最優先で気を使っているわよ?」
「ーーアレで!?」
「ん? 何か言ったかしら? でもそうね、時々気分がすぐれなくなる時があるのよね……どうしてかしら?」
「ど、どうしてでしょうね~あは、あはは~」
「ホントにね~」
「さ、さぁ皆さんの事が心配ですし急ぎましょう姫様」
「あら、私のお世話妖精は随分と優しいのね。出会って間もない冒険者たちがそんなにも心配かしら?」
「もちろんでございます。多少ではありますが姫様に良くしていただきましたからね、怪我でもされては寝覚めが悪いというものでございます」
「あら嬉しい。アンもようやく私の気持ちがわかってくれたみたいね。それじゃ行きましょうか」
「はい姫様!」

 全く調子のいい娘ね。一応私に仕えているお世話係でしょ? 私の扱い雑じゃないかしら?
 ……まぁ、私自身が堅苦しい側仕えは望んでいないからちょうどいいのかも知れないけれどもね。



 森の様子を見ながら北西へしばらく進む。
 王都の周辺地域は一度グルリと見て回っただけだから土地勘というか、普段の様子との違いがわからない。わからないけれど、今の森がおかしい事はわかった。
 マップを見れば一目瞭然なのだけれど、ほんの少し奥に入っただけで魔物を示す光点が倍くらいになったのだ。
 体感……というかマップを見た感じだけどこれはおかしい。いくらなんでもこれはおかしすぎる。もしこんな状態が普通なら魔物を狩るクエストが成り立たない。冒険者が皆私くらいのインチキだったならともかく、普通の冒険者がクエストをこなすには命がいくつあっても足りない。というかこれでは森に入る事はただの自殺行為だ。
 故に明らかに森はおかしい。そしてゴールドさんたちは既に……。

「姫様……これはもう……」

 どうやらアンも同じように考えているみたい。
 私だってこの状況で彼らが無事だとは思えない。

「でも……」

 気安く私の頭をポンポンするゴールドさんや、冒険者のイロハを語ってくれたザックさんたち。偶然外で出会った時に重いだろうってサラッと荷物を持ってくれた素でイケメンなダンテさん達の顔が浮かぶ。
 出会ってからの時間は確かに短いけれど、それがなんだというのか。お互いを想う気持ちは時間に比例しない。知り合いの誰もいないこの街で私がホッと一息つけたり、何も考えずに笑えたのは紛れもなく彼らのおかげだ。
 可能性がゼロでないのなら、ある日突然森の魔物が激減したっていいじゃない!

「姫様何を……?」
「んー……。探し物をするのに邪魔なのが沢山いるからちょっと間引こうかな……なんてね」
「まっーー」
「『刺シ貫ク光レイスティンガー』ーー溢れ出す太陽の恵ver!!サン・ライト・グレイス・オーバーフロゥッ!!
「ーーってぇぇぇっっ!!」

 アンの制止の声なんて聞こえないわ!! 頭上で輝く太陽が奇跡を起こすのよ!! 私はただの鳥。無関係よ!!(笑)
 無数の光線が雨の様に降り注ぐ。春の日差しが降り注ぐ麗らかな昼下がり……みたいな長閑な表現とは一線を画す光景。いやいや、見た目はとっても綺麗よ? ただ単に降り注ぐ光の雨に打たれたら(撃たれたら?)死んじゃうかもしれないってだけの事よ。
 ……うん。ただ事じゃないわねそれは……てへ♪
 という事で今更気にしちゃダメね。初志貫徹。やりきることが大切よ!
 今日のテーマは陽光の女神。お日さまの様な真っ赤な弓を引く美しき少女の神。

 *本人の独断によるイメージです。実際の光景とは多少乖離がございます。

 ーーとか言われそうね!! 私以外の誰がその手のツッコミが出来るというのか……。
 どうにもボケっぱなしではいられない……これも血(記憶?)のなせる業かしらーー。

「ーーあの日は月夜の流れ星。だけど今日は熱い陽射しのシャワー。みーんなきつね色に焼けちゃえっ!!」
「ああぁぁぁぁっっ!! 姫様のバカぁぁぁぁっっ!! それときつね色は揚げ物ですぅぅっ!!」

(あら? そうだったかしら?)(笑)
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