魔法の国のプリンセス

中山さつき

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幕間6

EP12:今ではないいつか、ここではない何処か

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 ただ真っ白な空間。連想するのはよくある転生モノのそれ。転生者が神に遭遇する場所。百ある話の大半がそのような描写をするが今のこの空間を見ればそれはあながち間違った事ではないのかと考えさせられる。
 事実は異なりその逆なのだが、今その事を論じる必要はない。

 この白い空間には人ーーと称して良いかどうかという議論をしないのであれば一人の男がいる。彼は星を見上げるように寝そべって何もない空ーーこれも全周が白い空間において意味をなすとは思えないが、彼の概念では寝そべって見上げるのは空であるという事から空だと認識されている。

 彼の役目はこの空間から世界を観察すること。同時に世界の理が正しく機能しているか監視することでもある。しかしながら個別の案件に手を出す事も差し伸べる事もできない。観察し監視しそして干渉する事も出来るが彼の手は大きすぎて細やかな調節が出来ない。故に例えば暴漢に襲われている少女を助けようと手を差し伸べればその大地ごと摘まみ取ってしまいかねない。それ程までにスケールが違う。
 適切な表現で語るとするのならば……これこそが神と人との規格の差だという他にない。

 ただし彼は神ではないが。

 無論『人』でもないのだが……。

「あ~そうなるかぁ~アイタタタタ……。参ったねコレは……」

 その様な人智を超えた存在とは到底思えないある種三枚目感のある調子で彼は額を押さえた。
 真っ白な空間に戻る前の空には彼が額を押さえる原因となる光景がセキュリティルームのように様々な視点からの映像として天井一面に映し出されていた。
 地上めがけて墜ちてくる巨大な隕石を迎撃する黒き竜と桃色の髪の少女の姿が映画さながらの様子で。

 側から見ていた限りは自分で召喚した隕石を自分で撃ち砕いただけに過ぎないのだが、そこまでの成り行きを追いかけると早々マッチポンプだとか自業自得だとは言えない様にも思える。
 もっと他の手段があったのではないかと思えなくもないが、当事者となった時にそのような判断ができるかどうか。今まで共にいた人間が目の前で無残な死を迎えた事を冷静に受け止めて対処できるかどうかを考えると恐らくそれは難しいのだろう。

「ーーだからってこうなるか?」

 此処には返事をしてくれる相手はいないのだが、それでも彼は言葉にする。
 長い時の中でもはや癖のように染み付いてしまった行為であり特段返事を期待しての行動ではないのだが今日に限っては起こりえない返事が返ってきた。

「ーーなったものは仕方がない。あの子の魂がそうさせるのかしら?」
「おう、久しぶりだな」
「驚かないのね、つまらないわ」

 突如真っ白な空間に現れた彼女は肩までのブロンドを揺らしながら彼の側に膝をつくとそっと愛おしそうに頭を抱き上げて自らの膝へと移した。

「お? 今日はどうした?」

 黒髪をすく彼女に身を任せつつ驚いたような声を上げる。

「こうしたい気分なのよ。好きにさせなさい」
「へいへい。ご自由にどうぞ」
「ええ、そうするわ」

 見つめ合い互いに笑みを浮かべる。
 まるで恋人同士が愛を育むような甘い空間。
 彼と彼女はしばしその心地よさに身を委ねる。

「……どうすればいいのかしら?」

 五分か十分かもしくはもっとずっと短い時間かそれとも逆か。いずれにしろその時間が彼女にとってとても重要だった事に変わりはない。
 甘い癒しを十分に甘受したのか現れた時よりは幾分か晴れやかな表情に変わっていた。

「どうすればいいんだろうな……。そもそもが俺たちのエゴだ。あいつが望んでいたのかどうかは今となっては誰にもわからない。俺たちが誓ったのは彼らの行く末を見守る事。幸せになれるように、俺たちのようにならないようにそっと導く事」
「そうね。あの子とこの星の神さま達とのお約束。とても大切な私たちの誓い。でも……それでも。私はあの子がいない世界は嫌だし、みんなも一緒だったでしょ? だから一縷の望みに縋った。私とあなたならその未来を手繰り寄せる事ができる……と」
「そうだな。実際コレまでで一番手応えを感じている。間違いなくあいつの魂はあの子に宿っている。だからあと一歩。ほんの少し手を伸ばせば届きそうな……。そんな所まで来た」

 彼は柔らかな膝から頭をあげて彼女の側に座る。
 自然とその肩に彼女の頭が寄り添う。

「それなのにあの子の死の未来が回避できない。まるであの子の好きだったゲームのように話が進みそしてバッドエンドへと向かう。あのゲームのようなハッピーエンドは嫌だけどバッドエンドはもっと嫌」
「それはわかるけど……もう仕方がないんじゃないのか?」
「何ですって!? あの子があんな事になるのを許容するというの?」
「そうは言ってもなぁ……もともとそういうゲームだろう?」
「あくまでそれを参考に、模しただけの別物よ! それなのにどうしてヒロイン達のようにエ○チな目にばかりあうのよ!!」
「あ~アレはまぁ眼福ではあるなーー」

 言いかけて彼の口は凍りつく。
 恋人のように身を寄せる彼女から放たれる全身の毛が逆立つような気配と殺気によって。

「何か言ったかしら?」
「いいえ! 何も!!」

 無意識に背筋を伸ばした彼は悪くない。

「あっ!?」

 肩の位置が変われば自ずとそれを枕にする頭の位置も変わらざるを得ない。
 彼の腕を滑るようにして今度は彼女が膝枕される番となった。

「ちょっとーーもう……」

 慌てて起き上がろうとする彼女だったが彼が軽く頭を撫でればその心地よさに起き上がろうなどという気持ちは霧散してしまう。

「じっとしていろ。今度は俺が癒される番だろ?」
「ズルいわね。どう考えても私の方が癒されているわよ」
「そうでもない。意外といい眺めだぞ?」
「ん?」

 彼女が視線を追えばそれは自分の胸元に至る。ちょうど倒れた時にはだけた様で胸元が僅かばかり露わになっていた。

「エッチ!」

 胸元を手で押さえながら見下ろす彼を睨む彼女。どう見ても痴話喧嘩ーーですらない、仲睦まじい恋人同士の戯れ。仮に誰かが見ていたとしたら間違いなく砂糖を吐き出していたに違いない。
 当人達がその事を何処まで意識していたかは定かではないが。

「この視線を恋人以外に向けて怒られるのなら納得するがそれでいいのか?」
「いい訳ないでしょ!」
「だったら大人しく見られていろ」
「嫌よ恥ずかしい」
「裸を見せた事のある相手に対して言うセリフか?」
「それを言ったら裸を見た事のあるあなたがこれくらいの事を喜ぶ必要はなくなるわよ?」
「なるほど、確かに。アレだなデザートは別腹的なもんだな。見えそうで見えない、見えなさそうで見える。このなんとも言えないもどかしさに興奮するわけだな」
「……少し変態ぽいわ。それとデザートなの?」
「お前に対してだけな? 見るだけだからメインディッシュじゃなければ前菜でもスープでも構わん。だからじっくりと楽しませてくれよ?」
「……やっぱりズルいわ」

 拗ねたように呟いて彼女はそっと胸元から手を離した。押さえていた胸元が再び露わになり彼女の頰に朱がさした。

「その照れた表情もいいな」
「恥ずかしいから言わないで」
「ではじっくり堪能させてもらうとしますか」
「……ど、どうぞ召し上がれ……」

 掠れるような小さな声で彼女は聞こえないように呟いた。が、それはしっかり彼の耳まで届いていた。

「ん……何か言ったか?」
「何にもーー」
「そうか、それじゃ遠慮なくいただきます」

 言いかけた彼女の言葉を遮ってニヤリと笑みを浮かべた。

「っな!? ぁ、あ、あーー」

 聞こえてたわね!?
 彼女の声にならない声が響いたようにすら感じる。それ程までに照れて真っ赤になった彼女の気持ちは溢れ出していた。

 散々可愛がられた彼女は彼の膝の上で今も身悶えしている。直接的な事は何もなかったのだが、二人の間ではそれよりももっと深く強く互いを感じていた事だろう。
 長い時の中生きとし生けるものを見守る二人の僅かな憩いの時。
 これこそがずっと続けばいいのだが現実は残酷であり、忖度をしない。
 休憩はやがて終わるもの。そろそろ時間が来たようだ。

「ご馳走さま、アンネーー」

 彼はウィンクして彼女の髪を撫でる。
 互いの存在に癒される恋人同士の甘いひととき。
 その空間が形作られる時、周りの第三者は得てしてダメージを受けるものなのだが、幸いにして此処にはその第三者が存在しない。
 この真っ白な空間に存在できるのは彼と彼女だけ。
 まるで転生者が最初に訪れる神様との出会いの空間。それと酷似したこの真っ白な空間にはこの世界の理を司る彼とその恋人であり全ての時間に存在する彼女しか立ち入る事ができない。
 故に彼と彼女が、彼と彼女だけが仲間の願いを叶えうる存在であり、彼と彼女が絶望してしまわない限り希望の光は消えることはない。

 このいつでもない今とそこではない此処で彼と彼女は希望に縋り続ける……。次こそはと繰り返し願いながら……。
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