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獣王の一目惚れ
しおりを挟む「はっ。魔王様に勝てる見込みがないからと、別世界から聖女を召喚とは・・・人身御供もいい所だな。我等よりも貴様らの方が、余程悪者ではないか!」
「煩い!この世界を、お前ら魔族の手に落とさぬ為だ!」
金にあかせたであろう装備を身に纏った、金ピカの王子面した勇者がありきたりな口上を述べる。
勇者、剣士、拳士、魔法使い、聖女・・・
魔王討伐パーティーである奴等を足止めするのが、四天王の1人、獣王である我の仕事。
ここに至る前までに、何度か奴等の様子を確認した。
別世界から呼び出したとされる聖女。
伝承に違わず、凄まじいまでの回復や強化魔法の使い手だった。
それであるにも関わらず、あのパーティーの中で彼女の扱いは底辺であった。
その理由は、『見目麗しくない』。
ただそれに尽きるのであろう。
聖女の見た目は、ごく一般の村娘のような容姿だ。純朴で人の良さそうな顔立ち。
しかし、ド派手な顔立ちの討伐パーティーの中では、悪目立ちしていた。
彼女は、立ち寄る街や村で、我々がけしかけた魔獣達に傷付けられた人々を癒してまわる。
それなのに、その容姿から嘲る者どもも多い。
特に女どもなど、『あんな平凡女が、勇者様と一緒だなんて。』と、これ見よがしに告げていく。
次第にパーティー内でも、彼女はサンドバッグのように扱われるようになった。
女魔法使いは、美人の部類。プロポーションも良い。パーティーの男どもは、女魔法使いを持ち上げ、聖女を貶す。
・・・召喚聖女は魔王討伐のあかつきには、勇者と結ばれるのだろうが。
他の誰でもない勇者自身が、それを疎み。
『仕方がないので娶るが、女魔法使いを側室に上げる』などとほざいていた。
悪意をぶつけられ、俯き、ロープのフードを目深に被り、人目を避けるように、それでも癒しを与えていく彼女が不憫だった。
無理矢理に召喚され、居場所を奪われた彼女は、どんなに貶されようが底辺の扱いを受けようが、あのパーティーにいる事でしか、この世界で生き抜けなかったのだろう。
「くたばれっ!!」
討伐パーティーと、我の戦いは、持久戦の末、討伐パーティーに軍配が上がった。
そりゃそうだろう。
どんなに、奴等に致命傷を与えても、即座に聖女が癒してしまう。
聖女自身を狙っても、彼女自身が紡ぐ強固な結界に阻まれてしまう。
そんなゾンビアタックでは、どんなに我の体力があったとしても、削られて終わりだ。
一度だけ、ほんの一瞬だけ、彼女の腕を捕まえた。
は、と視線が交錯する。
怯えた、迷子のような目。
珍しい黒の色彩を纏った、潤んだ瞳を捕まえておきたいと思った。
*
うつ伏せに倒れ込んだ我の頭上に、人の気配を感じる。
『そのままでいて。』
鈴を転がすような声、とはこのことを言うのか?
とても可愛らしい声が微かに耳に届いた。
『・・・質問に答えて欲しい。はい、なら一回、いいえ、なら二回、左手の人差し指を動かして。』
言われたとおりに、彼女の足元の左手人差し指を、トンと一度だけ動かした。
『魔族も、回復魔法で回復するの?』
何故、それを問われたのか分からない。
しかし、回答しなければならない。
我は、一度だけ指を動かす。
魔族は別に闇の眷属でもなければ、聖属性が毒とか言うこともない。
ただ、人とは違う種族なだけ。
回復魔法が毒になるのは、アンデットだけだ。
『そしたら、魔王の傷も、回復魔法で回復できるの?』
答えは、是。
一度だけ、指を動かす。
まさか、まさかとは思うが・・・
『ふぅん・・・分かった。ありがと。』
不意に、しゃがみ込む気配がした。
先程動かした我の指先に、何かが触れる。
『そのまま、動かないで。』
不意に、指先が暖かくなる。
暖かい気配が、身体の奥に流れ込む。
これは、回復魔法・・・
このような、慈愛に溢れる回復魔法を受けるのは初めてだ。
ポカポカと、胸が暖かくなる。
すると、伸びきった腕の下に、す、と何か細い物が差し込まれた。
『・・・内臓の損傷だけ治したから。私達が居なくなったら、そのポーションで傷を治して。』
「おい!グズっ!!何してる!!早く行くぞ!!」
ビクリ、と体を震わせた聖女は、オドオドと立ちあがり、踵を返す。
「なぁにぃ?そんな魔王の手先の骸にまで聖なる祈りでも捧げたの?まぁ、お優しいですこと。」
「無意味なことしてる暇がありゃ、女ぶりを上げる努力もしたらどうだ?立ち寄る街で、ガッカリする声が結構あるんだからよ。」
クスクスと、馬鹿にした口調で、女魔法使いが聖女に悪意をぶつける。
それに便乗するように、拳士が軽口を叩くフリで、聖女の心を抉る。
そして、剣士も、勇者も庇いはしない。
飛びかかりそうになる想いを、溢れ出そうになる殺気を、必死に押さえ込む。
無言のまま、聖女は、虐げられるパーティーへと戻っていく。
ちらりと見た後ろ姿は、儚げで、今にも消え去りそうに小さかった。
***
胸糞悪い奴らが去った後、聖女からもらったポーションで傷を癒した我は、急ぎ魔王様の元に戻り、此度の一件を報告する。
聖女から問われた質問についても告げ、その上での推察を伝えた。
そして、その推察が当たったあかつきには、一つの望みを叶えて欲しいと懇願した。
そんな我の様子に、魔王様は爆笑し、他の四天王達を呆れさせた。
「分かった。お主はどんなに武功をあげても、何も望みはしなかったからなぁ。もし、お主が言うようなことが起これば、その時は全力で望みを叶えてやろうぞ。」
くつくつと笑いながら告げる魔王様に、他の四天王達は諦めたように苦笑した。
死霊王からは「・・・そんな結末はないと思うが、せいぜい頑張れ。」と。
竜王からは「その時には、大事にしてやれ。」と。
妖魔王からは、「自城は、綺麗にしておきなさいよっ。」と、ケツを蹴られた。解せぬ。
***
魔王城の庭での最終決戦。
魔王様からは、我々四天王の手出しは無用とのお達しがあり、影から様子を伺うだけとなった。
やはり、討伐パーティーは聖女の回復頼みのゴリ押し戦法だ。
時々、回復のタイミングを外してしまう事があるが、それは全てパーティーメンバーのイレギュラーな動きによる物だ。
にも関わらず、奴等はそれを全て聖女のせいにする。
奴等全てをなぎ倒してしまいたい衝動が生まれるのを、必死に抑え込む。
噛み締めた唇から、血の味が滲む。
此処で我が出てしまっては、聖女の決意を踏みにじる事になるから。
魔王様の体力は削られ、最後の一撃を喰らうと倒れてしまうだろうところまで来た。
魔王様も、討伐パーティーも満身創痍。
「聖女!勇者を回復だ!!」
拳士が聖女へ向かって叫んだ。
回復した勇者が一撃を放てば、確実に魔王様は倒れるだろう。
死霊王が、我の背後に立つ。
我の推察が間違いであり、魔王様が倒された場合は、我の命を持って償うと。そう言う約束だった。
聖女が魔力を練り上げ、特大の回復魔法を放つ。
拳士の、女魔法使いの、剣士の。
そして、勇者の嬉々とした表情。
勝ちを確信したその顔が、一気に歪んだ。
何が起きたのか、理解できなかったのだろう。
「ふはっ!ふははははははぁっ!!!」
魔王様の身体を、特大の回復魔法が包み込んでいた。
凄まじい勢いで傷が癒えていく。
バチン!と、音が響いた。
見ると、女魔法使いが聖女を引っぱたいていた。
「何してんのよ!馬鹿じゃないの!?」
「ここまでグズだとは・・・聖女が聞いて呆れるっ!」
勇者までもが、聖女を見下す視線を向けた。
「早くっ勇者を回復しろ!ボケぇ!!」
拳士が叫んだ所に、魔王様の剣圧が飛んだ。
なす術なく、拳士が吹っ飛ばされる。
「きゃぁ!ちょっと聖女っ!早く回復を!」
「・・・もう無理だよ。MP空っぽ、ポーションも無いし。誰も回復できないもん。」
「ふざっけんな!」
「・・・ふふ、もうこれで、この世界は魔王に滅ぼされる未来一択だね。あははははっ!ざまぁみろっ!!」
あはは、と楽しげに笑いながら涙を流す聖女の姿は、異様だった。
それに被せるように、魔王様の笑い声が響く。
「ふははははははっ!獣王!賭けはお主の勝ちだ!好きにするが良い!!」
魔王様のその言葉を聞き、勇者は、裏切ったのか!と、聖女に斬りかかった。
ガキン!
無意識的に聖女の前に飛び出した我の手甲に、勇者の剣が当たる。
怒りに任せるがまま、剣を薙ぎ、勇者の横面をぶん殴った。
振り返ると、聖女が黒曜石のような瞳を潤ませたまま、見開いて、こちらを見ていた。
「きみは・・・」
「・・・なぁ、聖女殿。祖国と切り離され、この様な馬鹿どもに虐げられてもなお、矜恃を捨てず、抗うその姿勢。貴女の魂の強さと美しさに、我は魅了されてしまったのだ。どうか我と一緒になってはくれまいか?」
聖女の前に跪き、我を癒してくれた、その白くて細い小さな手を取り、指先に口付ける。
見上げると、ぽふん、と音が出るほどに顔を赤らめた可愛らしい少女がそこにいた。
・・・脈アリ、と、とっても良いだろうか?
ポロポロと黒曜石の瞳から、水晶の様な水滴が流れ落ちる。
「どうか泣かないでくれ・・・貴女が泣いていると、胸が苦しくなる。虐げられても、人々を癒し続け。我にまで癒しを与えてくれた。あの魔法はとても暖かかったのだ。心が凪いで清々しかった・・・貴女が隣にいてくれるだけで、我は何者にも勝てる気がする。貴女だけを愛すると誓うから、どうか我と共に歩んでほしい。」
ポロポロと水晶の滴を溢したまま、聖女はコクリと頷いた。
あまりの嬉しさに、我は聖女を抱き抱え、雄叫びを上げた。
その様子を見た死霊王は驚き固まり、竜王は苦笑い。
妖魔王は、涙を流しながらバシバシと竜王の背中を叩いていた。
「あいわかった。人族に無理矢理召喚され、虐げられ、それでもなお、魔族にその身を渡して世界を守ろうとする、聖女の献身をもって、我々魔族は人族の土地に侵攻しないとしよう。今の国境から互いの領土は不可侵だ。攻め込んでくるなら容赦はせぬが、互いの領分を侵さぬのであれば、我々は人族とは戦はせぬよ。」
「なっ!ふざっけんな!」
勇者が声を荒げた。
「あーっはっはっは!ふざけるな、だと?巫山戯ているのは、人族、貴様等の方だろうが。これだけ聖属性の扱いに長けた聖女を、貴様等の好みの顔でないと言うだけで虐げていたのだろう?そんな聖女要らないだろうから、我々が貰い受けるまでだ。それに、聖女自身が、我が四天王である獣王と共に在ることを望んだのだ。何の文句がある。」
ぎろり、と、魔王様は勇者達を見回した。
「謀るなよ、人族。貴様等の一国が勝手に召喚したのだろう聖女は、その身をもって我々魔族の怒りを鎮めた。その献身に感謝こそすれ、裏切り者等とのたまうのは筋違いも良い所だ。・・・さぁ、勇者共、今の我はとても気分が良い。貴様等の国まで送り返してやろう!」
そう宣言した魔王様によって、一瞬にして勇者共の姿は掻き消えた。
「さて、獣王。お主は番を迎え入れる準備に移ると良い。暫くは休んで、自城で過ごすと良いぞ。」
「は。有り難きお言葉。」
「・・・つがい、って?」
横抱きにした聖女が、真っ赤な顔で、アワアワと慌てている。
「つがい、ってね?魔族、とりわけ獣人の中で、花嫁をさすのよん。おめでと。ドレスは可愛いの手配してあげるわねん♪」
「はな、よめ?」
妖魔王のふざけた物言いに、聖女が益々顔を赤らめ、両手で顔を覆い隠してしまう。
「聖女殿、不服だろうか?我では頼りないか?」
顔を覗き込むと、指の間から、ちらりと黒曜石の瞳が覗き、またぎゅ、と瞑られてしまった。
でも、ぶんぶんと首を横に振る様子に、嫌われては居ないのだろうと安心した。
***
その後、魔王様から、人族の各国に、今回の一件について通達があった。
『一人の聖女の献身により、魔族は今の国境から人族の国には侵攻しない』と。
そのなかで聖女が討伐パーティーに虐げられていたこと。出向く先々で、馬鹿にされていたことをあげつらい、『祖国から切り離し、拉致をしたも同然の聖女に対する人族の所業は、後世に語り継ぐべき愚かな物語だ』と話した。
それにも関わらず、聖女はその身をもって魔族の怒りを鎮めたと。
その献身をもって、魔族は聖女の願いを叶えるとした。
そして今後、召喚などと言う愚かな方法で聖女を呼んだことが分かった場合には、魔族の総力を持って、人族を滅ぼすと宣言された。
*
郷愁にふける聖女殿のため、他の四天王達の力も借り、帰る術も探した。
しかし、八方手を尽くしてもどうしても見つからず、困り果てていた所、聖女殿自身から『もういいよ。』と止められてしまった。
『こんなにも、獣王様や魔族のみんなが親身になってくれたことが嬉しい。元の世界に帰れないのは寂しいけれど、私がここに居ても良いのなら、私はここで生きていきたい。』
しっかりとそう言った彼女の瞳には、もう迷いは映っていなかった。
そうして、我と聖女殿は祝言を上げ、名実共に夫婦となった。
その後、今回の聖女を召喚した国は、人族の中でも爪弾きにあったらしく。しかもあの勇者はあの国の王太子であったためか、どんどんと衰退の一途を辿ったらしい。
我、獣王の領土と隣り合う人族の国は、元々聖女に好意的であったらしく、討伐パーティーで寄った時も、良くしてもらったと聖女が話していたため、我はその国との国交を開始した。
互いの違いを理解し、共存共栄を考えようと、新たな一歩を踏み出した所だ。
聖女殿がこの領土に現れてから、花々が咲き乱れ、穀物の収穫は伸び、民が飢えることなく過ごせる様になった。
そして、魔族領全体から、殺伐とした空気が無くなっていった。
「聖女殿、我は貴女が居てくれて幸せだ。」
「・・・私も、獣王様の側に居ることができて、幸せ、です。」
我が愛の言葉を囁くたびに、真っ赤になりながらも一生懸命に答えてくれる、この愛い奥方を、これからも全力で守って愛でていこうと思う。
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