暗香浮動 第二章

澪汰

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瞳にただ真実を隠して、

瞳にただ真実を隠して、#04

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◇◆◇


 ルイスから薬を受け取ってから数日。
 未だに弥彦は、薬を使えずにいた。使いたいのは山々だったが、もうすぐ大きな公演が控えている。それが終われば、今度は千景が主演の公演。今まで、千景の事や余計な事を考えなくて済むと歌舞伎に打ち込んできた。けれど今回ばかりは、それが少しばかり恨めしい。


「…………」

 ようやく薬を使える時が来た。二人の出る全公演が終わり、ようやく迎えた休日。そして好都合な事に、もうすぐ千景の発情期。

「……飲むなら今、か」

 この薬を飲んだ後の事は、分からないままだ。最悪、死ぬ事だってあるかもしれない。そうしたら京家はどうなる? そんな事を考えたりもした。薬を飲むのを止めようと思った事も勿論あった。けれど、少しでも可能性があるのなら、飲んでしまいたいという思いも同時に強かった。雨月や蛍の事を知る前だったら、きっと飲むのを止めていただろう。けれど、幸せそうなアイツらを見ていたら途端に自分が惨めに思えた。

(俺だって……幸せになってみたい)

 諦めていた。千景との関係を割り切って、どっかの令嬢と結婚して、跡取りを作って、京家を次の代に繋いでいかなければならない。それが弥彦にとっての全てだった。もう何年も千景への思いは、肌を触れさせていた事で生まれた紛い物であり、彼への同情心なのだ、と自分自身に言い聞かせてきた。親父ももう年だ。最近親父は『次はお前が、京家を背負うのだ』と、口癖のように言う。周りの使用人の態度だって、そうだ。正直、まだ俺には重たすぎて、投げ捨てたくなる時もある。けれど、そうもいかない。もう、それが分からないほど子供でもない。

「……ごめんな」

 口をついて出た謝罪の言葉と共に、部屋に戻った弥彦は薬を一気に飲み干す。何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。千景に対してなのか、京家に対してのものなのか――。

「……っ!!」

 血液の流れに沿って、ものすごい勢いで全身に薬が回る感覚。薬が心臓に辿りついたと分かる、心臓を鷲掴みにされたような、一瞬息も出来なくなる程の痛み。

「……かっ、はぁ……っ」

 崩れ落ちそうになる身体を何とか持ちこたえ、息が吸える様になると、ゆっくりと呼吸を整える。

「…………」

 大分落ち着いてきた。手を閉じたり開いたり、少し部屋の中を歩き回ったりしてみるが、特に変わった事はないように思う。

(……成功した、のか?)


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