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17、花見
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都から半月ほど遅れて、サドでも桜が咲き出しました。
館の庭からでも見えると言うのを、まあまあ、となだめすかして、姫はばあやを花見に連れ出しました。
ばあやを歩かせるわけにはいかないので、姫も久しぶりに牛車に乗りました。
桜は山の斜面にもちらほら咲いてますし、村の田畑の脇にも咲いています。
いつも館に残ってあれこれ仕事をしている朱丸が、今日は案内のため、いっしょに来ています。
牛車に乗るのは姫とばあやだけで、朱丸、満十郎、小春、それにもう一人、小春が姫さま付きになっているので、館の仕事にやとったアキと言う女房もいっしょに、皆は歩きです。
村の外れの道をゆるゆると、山のきわに沿って進んでいくと、また軽く山道を登っていって、
「ここですだ」
と朱丸の合図で牛車が止まり、牛が引き棒から外され、前の横棒を降ろし、前すだれを開いて、姫が降り、ばあやが降りてきました。
この期に及んでも気の乗らないようにうつむいていたばあやでしたが、ふと、明るい色に顔を上げますと、
「おお…」
と、思わず声を上げました。
日当りのいい開けた広場に、一本の大きな桜の木が、それはそれは見事に、薄紅色の花をいっぱいに咲かせていました。
立ち尽くし、言葉を失って見上げるばあやの瞳に、涙が浮かび、つう、と、頬を伝い落ちました。
「さあさ、こっちに来てたもれ」
姫はばあやの手を取って、大木の根元に連れて行きました。
下から見ると、大きく枝が張り出して、いっぱいに咲いた花に日の光が通って、そうすると、薄紅色が幾重にも重なって、透けるような白からだんだん紅色が濃くなって、影絵のような美しさです。
「ほんに、ほんに、なんとも美しい」
ばあやは嬉しそうに微笑みながら、はらはらと、涙を流し続けました。
「ところでのう、ばあやよ」
姫がばあやの顔色をうかがいながら言いました。
「せっかく喜んでいるところを怒らせてしまうかもしれぬが……」
横道に控えていた村人たちが、盆と銚子、小太鼓と笛をたずさえて、しずしずと、出てきました。
縁台が運ばれ、座布団を敷いて、姫とばあやに座ってもらいました。
盆にさかずきと菓子の器を載せて出され、銚子で甘酒が注がれました。
「里の者らが舞を見せてくれるそうじゃ。まあ、楽しんでたもれ」
「はあ…」
ばあやは、心中では、このまま花をながめていたいのだがなあ、と思っていたでしょうが、姫のせっかくの心づくしをむげにしては悪いと、付き合いました。
笛が鳴り、トン、トン、と小太鼓が打たれ、娘たちが、手をひらりひらりと、舞を始めました。
ばあやは甘酒を飲む手を止めて、じっと見入りました。
田舎のことですから都の華麗な舞には比べるべくもありませんが、なかなかどうして、桜の可憐さを心得た、美しい舞でした。
笛と太鼓の演奏も、ゆったりして、はらはらと舞い落ちる花びらと重なります。
ばあやは舞の邪魔にならないよう、そっと姫に聞きました。
「これは姫さまがお教えなさったのでしょう」
「ばれたか」
姫はいたずらっぽく笑いました。
「ばあやに楽しんでもらいとうて、里の皆様に頼んだのじゃ。なかなか上手いものであろう? ここの者たちはなかなかよい筋をしておる」
「そうでありますな」
舞が終わると、ばあやは、
「見事なものでした。ありがとう」
と村人たちにお礼を言いました。
その後、姫も寺から運ばれて来ていた琴を演奏し、笛と太鼓と共演して、ばあやと村人たちを楽しませました。
日差しの温かいうちをたっぷり楽しんで、帰り道、牛車の中でばあやは姫に言いました。
「ここの暮らしも悪いものではないのかも知れませぬな」
姫は嬉しそうに微笑みました。
館の庭からでも見えると言うのを、まあまあ、となだめすかして、姫はばあやを花見に連れ出しました。
ばあやを歩かせるわけにはいかないので、姫も久しぶりに牛車に乗りました。
桜は山の斜面にもちらほら咲いてますし、村の田畑の脇にも咲いています。
いつも館に残ってあれこれ仕事をしている朱丸が、今日は案内のため、いっしょに来ています。
牛車に乗るのは姫とばあやだけで、朱丸、満十郎、小春、それにもう一人、小春が姫さま付きになっているので、館の仕事にやとったアキと言う女房もいっしょに、皆は歩きです。
村の外れの道をゆるゆると、山のきわに沿って進んでいくと、また軽く山道を登っていって、
「ここですだ」
と朱丸の合図で牛車が止まり、牛が引き棒から外され、前の横棒を降ろし、前すだれを開いて、姫が降り、ばあやが降りてきました。
この期に及んでも気の乗らないようにうつむいていたばあやでしたが、ふと、明るい色に顔を上げますと、
「おお…」
と、思わず声を上げました。
日当りのいい開けた広場に、一本の大きな桜の木が、それはそれは見事に、薄紅色の花をいっぱいに咲かせていました。
立ち尽くし、言葉を失って見上げるばあやの瞳に、涙が浮かび、つう、と、頬を伝い落ちました。
「さあさ、こっちに来てたもれ」
姫はばあやの手を取って、大木の根元に連れて行きました。
下から見ると、大きく枝が張り出して、いっぱいに咲いた花に日の光が通って、そうすると、薄紅色が幾重にも重なって、透けるような白からだんだん紅色が濃くなって、影絵のような美しさです。
「ほんに、ほんに、なんとも美しい」
ばあやは嬉しそうに微笑みながら、はらはらと、涙を流し続けました。
「ところでのう、ばあやよ」
姫がばあやの顔色をうかがいながら言いました。
「せっかく喜んでいるところを怒らせてしまうかもしれぬが……」
横道に控えていた村人たちが、盆と銚子、小太鼓と笛をたずさえて、しずしずと、出てきました。
縁台が運ばれ、座布団を敷いて、姫とばあやに座ってもらいました。
盆にさかずきと菓子の器を載せて出され、銚子で甘酒が注がれました。
「里の者らが舞を見せてくれるそうじゃ。まあ、楽しんでたもれ」
「はあ…」
ばあやは、心中では、このまま花をながめていたいのだがなあ、と思っていたでしょうが、姫のせっかくの心づくしをむげにしては悪いと、付き合いました。
笛が鳴り、トン、トン、と小太鼓が打たれ、娘たちが、手をひらりひらりと、舞を始めました。
ばあやは甘酒を飲む手を止めて、じっと見入りました。
田舎のことですから都の華麗な舞には比べるべくもありませんが、なかなかどうして、桜の可憐さを心得た、美しい舞でした。
笛と太鼓の演奏も、ゆったりして、はらはらと舞い落ちる花びらと重なります。
ばあやは舞の邪魔にならないよう、そっと姫に聞きました。
「これは姫さまがお教えなさったのでしょう」
「ばれたか」
姫はいたずらっぽく笑いました。
「ばあやに楽しんでもらいとうて、里の皆様に頼んだのじゃ。なかなか上手いものであろう? ここの者たちはなかなかよい筋をしておる」
「そうでありますな」
舞が終わると、ばあやは、
「見事なものでした。ありがとう」
と村人たちにお礼を言いました。
その後、姫も寺から運ばれて来ていた琴を演奏し、笛と太鼓と共演して、ばあやと村人たちを楽しませました。
日差しの温かいうちをたっぷり楽しんで、帰り道、牛車の中でばあやは姫に言いました。
「ここの暮らしも悪いものではないのかも知れませぬな」
姫は嬉しそうに微笑みました。
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