お狐さまの凶恋

絵馬堂双子

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25、正体 その2

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 白樹からバトンを受け取って、瑛麻が話した。

「あんたが引きこもった原因がその顔なら、超能力を使えるようになったのもその顔のおかげね。
 最初は、小学校、中学校時代、不登校のあなたを心配して家を訪問してくる関係者たちに、とにかく会いたくない、という強い思いからでしょうね。
 家を訪ねた学校関係者たちはけっきょく、現状維持で様子を見よう、ということであなたを放置しておくことに決めた。あなたのことを諦めて、見捨てた、とも思えるけれど、それはあなたが望んだことだった。とにかく放っておいてくれ、というのがあなたの強い願いだったから。
 訪ねてくる者が次々、あなたの願い通り帰っていってくれるので、あなたはだんだん自分の能力に気づいていった。

 自分には人の心を思ったようにする力がある。
 それをより具体化して、人の感覚を操れるようになった。……簡単に言えば、俺を見るな!、ってことね。あなたは人の目から感覚的に姿を消す、透明人間になることが出来るようになった。
 感覚を操って、人を催眠状態にして、行動を命令出来るようになった。
 人ばかりじゃなく、物を動かすことが出来るようになった。鍵を回すくらいだけどね。

 みんな、その顔ゆえの必要性から得た能力よ。
 姿を消せるようになって、外出することが出来るようになった。けれど、
 姿を消せるのはあくまで人の目からだけで、例えばコンビニの監視カメラなんかにはそのまま写ってしまう。あなたが外出するのは主に夜中だった。徘徊老人なんかに出会えたらラッキー。お得意の催眠術で、お金を渡してお弁当なんかを買ってきてもらう。お礼に家まで送ってあげるから、ま、善行ね。
 けれどそうそう徘徊老人にも出会えないから、特に母親が死んでから、お腹がすいてどうしようもない時には、ご近所のお宅に、鍵を回す念動力で、こっそりお邪魔して、大騒ぎにならない程度の食料、たまに美味しそうな誘惑に勝てずに子どものプリンなんかも、失敬していた。月1回、保険のおばさんの手みやげ程度じゃあね、何日も持ちやしないわ。
 泥棒だけど、どうしても必要に駆られてのことで、あなたは積極的な悪人ではない。
 ここまでで我慢していれば、今回の一連の事件も起きなかったんだろうけどね。ま、それじゃあずっと引きこもり生活を続けることになるけど。
 そうそう、あなたが最初に目覚めた、人の心を思ったようにする能力。一番使用したのは、あなたのお母さんに対してじゃない? ま、いいけど。

 この段階まではいわゆる超能力。けれど、
 あなたにはいわゆる霊能力もあった。
 この町に越してきたのは偶然だった。お母さんは、誰もあなたのことを知らない場所へ引っ越したいけれど、全く知らない土地に引っ越すのも不安だった。あちこち不動産情報を当たって、大きな息子と一緒だからある程度広い家がいいし、そこで手頃な価格で見つけたのがあの中古住宅だった。
 ここに引っ越してきたのは、たまたまだけど、たまたまじゃなかったかもしれない。何故なら、この町には稲荷神社が多かったから。よりにもよって、あなたの顔そっくりの、狐の神様の神社よ。
 更に、なんと家の裏にも、安っぽいけど、稲荷神社がある。
 これは運命、天命だと、お母さんは思ったかもしれない。今は隠れて住まなければならない境遇だけれど、いずれ起こる何か大きな災いの折に特別の使命を果たす運命を授けられたのだ、とね。
 あなたが、そう思ったのかしらね?

 あなた、安倍晴明の伝説を知ってるでしょう?
 現代の映画やマンガにもなってる、平安の都のスーパー陰陽師。
 安倍晴明には母親が狐っていう伝説があるわよね。稲荷の狐が化身した女性、葛の葉と、人間の男性との異種交配で生まれた子、っていうね。
 あなたは自分を安倍晴明の生まれ変わりだと考えた。
 そういう顔だし、ずっと引きこもってるから、そんなこと妄想しちゃうのねー。
 安倍晴明ばりに、超能力は使える。でも、
 安倍晴明っていえば、なんと言っても式神よね? 屋敷で式神の鬼をお手伝い代わりに使ってたっていうもんね。

 あなたも自分の式神が欲しくなった。
 おあつらえなのが、家の裏に住み着いていた。
 あの神社がどういった由来の物かは不明。作りがあれだからね、やっぱり個人が日曜大工で作った、趣味の神社だったんじゃないかなあ?
 あの神社には、神様はいなかった。少なくとも、稲荷大明神はね。
 けれど、仮にもお稲荷様なんだから、形だけでも近所の人が掃除をしたりとかお世話してもよさそうなものよね? やってたのは虫の発生を予防する為の草刈くらいみたい。
 大切にされないどころか、むしろ嫌われてたんじゃないかな?事情を知ってる老人なんかにはね。
 稲荷神社には神道系の倉稲魂尊うがのみたまのみことを奉ったものと、仏教系の荼枳尼天だきにてんを奉ったものがあって、密教の神、荼枳尼天を奉ったものには怖い噂話が多い。それが本当かどうかは分からないけれど、信じる人にとっては、真実なんでしょう。
 つまり、あの神社は、そういう神社だった、可能性もある。ま、明治の頃の話だろうからね、真相は分かんないけど。
 とにかく、わたしの見るところ、あそこには神の力は痕跡も残っていない。
 代わりに、有象無象うぞうむぞうの低級霊ども……安い浮遊霊とか犬猫の動物霊とかがたむろする、溜まり場になっていた。通路の入り組んだ奥にある狭い空間で、居心地が良かったんでしょうね。
 そういう所にたむろして、ぐだぐだ過ごしているうち、彼らも妄想するようになった、
 ああ……、神様になりたいなあ……
 とね。

 彼らのそんな願望に、あなたがチャンスをあげた。
 自分の能力に自信を持つようになっていたあなたは、人通りの少ない近所ではあるけれど、昼間の散歩も楽しむようになっていた。
 たいていの相手なら、感覚の盲点に入り込んで、姿を消すことが出来た。
 ただし、あなたには弱点があった。
 タイプの女の子には胸がときめいちゃって、術が解けちゃうこと。
 あんたはつかさちゃんにもろに姿を見られてしまった。
 でも、好きな女の子にはちょっかい出したくなるのも男の子のさが。特にあんたには、どうせ俺なんか、っていういじけた根性が染み付いてるから。
 あんたはつかさちゃんをあの神社に誘導して、願いを言わせた。
 その願いを、あそこにたむろしている低級霊のグループに叶えさせて、彼らをあそこの神様にしてやろうと考えた。
 でも失敗。
 最初から心がけが間違っていたわけでもないんだろうけど、しょせんは社会の落伍者と畜生どもの集団、願いを叶える方法が悪霊の手口になってしまった。
 恋のライバル、伊集院咲良の乳液に入り込んで腐敗させ、彼女の肌を、意中の男の子が思いっきり退いちゃうように、汚くしてやった。
 短期間で彼女の悪い噂が立って、クラスメートたちの態度がおかしくなったのも、つかさちゃんに憑いて行った連中の仕業。この連中は、余計なアドバイスをした文音ちゃんを、つかさちゃんの生き霊という姿で、階段から突き落として懲らしめてやった。
 でもね、彼らも、悪いことをしている、という感覚じゃないのよ。あくまで、つかさちゃんの願いを叶えてやろうと、張り切ってのことだったのよ。でも、ま、
 当然、依頼主であるつかさちゃんには大目玉よね。あったりまえなんだけど、それが分からないのが低級霊どもの悲しさでね。
 叱られて、嫌われて、すっかり腐ってしまった。
 追い討ちをかけるように、ねぐらの神社が取り壊されてしまった。
 土地の持ち主に霊能者がアドバイスしてってことだけど、わたしじゃないからね? 偶然よ、偶然。でもね、
 それも偶然とも言い切れないのよね。因果は巡る、ってね。霊的な出来事は時空を超えて伝播でんぱするものなのよ。きっと、
 本物のお稲荷様の怒りを買っちゃったんでしょうね。

 ねぐらを失って浮遊の身となった低級霊グループ。
 キツネ、として彼らを神に祭り上げてやろうとしたあなたは、そんな彼らを見捨てられなかった。
 彼らの、自分たちを追い払った神たちに対する仕返しに、手を貸すことにした。
 それは自分自身、つかさちゃんに拒絶されて、嫌われた、落ち込んだ気分を解消する為でもあった。……結ばれないと思っても、好きな子に嫌われるのは、やっぱりショックなのよねえ。
 式神として彼らを使役するのも、晴明フリークとして気持ちよかった。
 狐火を見せて、催眠術にかけて、神社で目覚めさせる、っていう悪戯いたずらはもちろんあなたと式神たちの仕業。
 その程度の嫌がらせで満足してれば、まだよかったのにねえ。
 神社の神様たちが何も言ってこないものだから、あなたたちは行動をエスカレートさせた。
 それが、みなとぴあの集団狐踊り及び人体発火事件。
 これはさすがにやり過ぎだった。
 神様は相変わらずなんの反応も見せなかったけれど、他所よそから、変な連中に目を付けられることになった。
 白樹さんが雇った探偵と、黒尽くめの連中よ」
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