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濃霧の失踪事件
彼の本質
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時刻は夕方。厚い雲に覆われた山間の国の夕暮れはオレンジに染まらず重苦しく光が無くなるだけだった。重苦しい原因は主にこっちなのだけど。
溜息をつきながら目の前の壁を再度見る。
そこにあったのは引っ掻き跡でも剣の跡でも無く、小さな穴。まるで弾痕のような、何かが打ち込まれた跡だった。
「なんか……植物系の魔物でいましたよね。種子を飛ばしてくる奴」
「ああ、いたな。寄生して成長するから一発でも当たれば厄介な奴だ。だが生息域はもっと南の森の中だな」
さっきからこんな感じで、もはやクイズみたいになっている。
子供達と別れてからいくつか事件のあった場所を巡りここが最後の場所なのだけど、泣きたくなるほどに共通点が無い。
「ここでいなくなったのは……確か娼婦だったか。見た目と腕はいいが手癖が悪いって噂があったな」
「客の私物を盗むとかですか? そんな噂が出るくらいだったら客が取れなくて致命的なんじゃ」
「いや、手を出したのは客の私物じゃ無くて身寄りの無いガキだ。軽く手なずけて懐いたところを奴隷商に売り飛ばして儲けてやがった。ま、客の野郎共には関係ない話だからな」
「なんか……聞けば聞くほどこの国、その……」
「あ? ここがクソの肥だめってことは見りゃわかんだ。遠慮すんな。……まあ、これでも大分マシになった方だがな」
なんとかオブラートに包もうとしたが、直球で言われてしまった。しかしそう言うガルシオは、どこか遠い目をしているように見えた。
「……チッ。テメェが遅ぇから無駄に時間食ったな。おら、俺は野暮用済ませるからお前はギルドに戻ってろ」
「え、いやでも……」
「心配しなくてもこの国でテメェに勝てる奴なんざろくにいねぇよ。手を出して来る奴はいるだろうが」
愉快そうに笑うガルシオ。
……いやそうじゃなくて。
「私、ここからギルドまでの道分からないんですけど」
地図も無しに一度だけ通った道を帰れると思わないで欲しい。
振り返ったガルシオの顔は、これ以上無いほど嫌そうな表情だった。
***
「おやガルシオ、久しぶりだね。そちらのお嬢さんは?」
あの後。とても渋い顔になったガルシオは何も言わずそのまま歩き出し、着いてくるなとも言われなかったのでそのまま後をついて行った。道中露店でかなりの量の果物を買い込み二つの袋を抱えるとまた歩き、やがて辿り着いたのはやや外れにある古そうな教会だった。
そして出迎えてくれたのは神父さん。四十代くらいの穏やかそうな顔立ちの人だった。
「ギルドの野暮用でな。邪魔するぞ。……あ、そいつはお前が思いもしない化物だから気をつけな」
去り際とんでもないことをいって愉快そうに一人中に入るガルシオ。そのまま奥の扉に入って見えなくなった。
「化物……随分と可愛らしい化物もいたものだ」
「あー、えっと、アルガーンという国のギルド所属の冒険者のアリアです。化物では……無いと思います」
いやまあ否定しきれないけど。
「これはこれは、礼儀正しい子だ。私はキルト。ここの教会で神父をしている者です。外は寒かったでしょう。中も……それほど暖かくは無いですが、風がない分いくらかマシです。さあ、お入りください」
どうもどうも。
俺は頭を下げ中に入る。確かに暖かくは無いが、体感ではそれでも暖かくなったと感じられた。
「しかしこんな可愛い冒険者さんとは驚きです。しかもガルシオと一緒にいるということは、中々お強いのですか?」
「まあ、多分それなりに」
自分で言うのは恥ずかしいが、流石にそんなことないとは言えないだろう。
「キルトさんはガルシオさんとお知り合いなんですか?」
「おや、分かりましたか。この教会は小さいですが孤児院も兼ねていまして、実はガルシオも昔ここにいたことがあるんです」
「そうなんですか?」
「ええ。まあ孤児院といってもアリアさんが思うような立派な者ではありません。
もうご存じかもしれませんが、この国は貧困にあえぎ、孤児も多くいます。中にはあまり褒められた方法では無くとも生き抜く子もいますが、当然そうで無い子も。そういった子達にできる限り食事と寝床を提供し、自らの手で生きるための手伝いをしてる場所です。……あ、勿論褒められる方法のですよ」
冗談めかした笑みを浮かべるキルト神父。なるほど、これは子供達に親しまれるだろう。
「そういえば来る途中ガルシオさんが果物をいっぱい買っていたんですけど」
「ああ。彼はここを出て暫く立ちますが、たまにこうして食事を届けてくれるんです。それに心ばかり……というには心苦しいほどの寄付も。それにしてもたくさんの果物ですか。たまには栄養のことも考えて欲しいですね」
苦笑を浮かべるキルト神父の顔は、まるで息子の事を思う父の様にも思えた。
というかガルシオ、そんなことしてたのか。
俺の意外そうな顔に気づいたのか、キルト神父は軽く身を屈め声を潜めた。
「あの子、見た目も言葉遣いも……あと行動も荒っぽいので誤解されやすいんですが」
「それは全部荒っぽくないですか?」
「ハハッ、否定できないですね。まあ、そんな彼ですがただ不器用なだけで本当は心優しい子なのです。ほら」
いくつか扉を通って、最後の扉を薄く開けたキルト神父に促されそのから覗く。
「ガル兄俺もっと食べたい!」
「私もー!」
「テメェ等この後晩飯だろうが! ちょっとだちょっと!」
子供達に囲まれせがまれながら怒鳴るガルシオ。その手にはナイフとさっき買った赤い果物が握られていた。
ともすれば危なそうだが、ナイフを持つ手は子供達からは届かない首から下には決して下ろさないし、よく見れば切り分けた果物も子供に合わせて大きさを調整してあるように見える。加えてあの人気。良くも悪くも子供は純粋で、たまにドキリとするくらい本質を見抜いてくるが、この光景はそういうことなのだろう。
そう思って今までのことを振り返ると、もしかしたらアレはガルシオなりの気遣いだったのだろうかという場面が思い浮かんだが、もしそうならとんでもない不器用さだ。
そう思うと可笑しくて笑みを浮かべていると、急に扉が開かれ咄嗟のことでバランスを崩しそのまま仰向けで転んでしまった。
「おうガキ。覗き見とは良い度胸じゃねえか」
不機嫌そうな顔と声音で見下ろすガルシオ。その手にはキラリとナイフが掲げられている。
「あ、あはは……ムグッ!」
キルト神父の話をどこまで信用していいかと一瞬思ったが、口に押し込まれた果物がほどよい大きさに切り分けられたものだったのが答えと言うことで大丈夫だろう。
溜息をつきながら目の前の壁を再度見る。
そこにあったのは引っ掻き跡でも剣の跡でも無く、小さな穴。まるで弾痕のような、何かが打ち込まれた跡だった。
「なんか……植物系の魔物でいましたよね。種子を飛ばしてくる奴」
「ああ、いたな。寄生して成長するから一発でも当たれば厄介な奴だ。だが生息域はもっと南の森の中だな」
さっきからこんな感じで、もはやクイズみたいになっている。
子供達と別れてからいくつか事件のあった場所を巡りここが最後の場所なのだけど、泣きたくなるほどに共通点が無い。
「ここでいなくなったのは……確か娼婦だったか。見た目と腕はいいが手癖が悪いって噂があったな」
「客の私物を盗むとかですか? そんな噂が出るくらいだったら客が取れなくて致命的なんじゃ」
「いや、手を出したのは客の私物じゃ無くて身寄りの無いガキだ。軽く手なずけて懐いたところを奴隷商に売り飛ばして儲けてやがった。ま、客の野郎共には関係ない話だからな」
「なんか……聞けば聞くほどこの国、その……」
「あ? ここがクソの肥だめってことは見りゃわかんだ。遠慮すんな。……まあ、これでも大分マシになった方だがな」
なんとかオブラートに包もうとしたが、直球で言われてしまった。しかしそう言うガルシオは、どこか遠い目をしているように見えた。
「……チッ。テメェが遅ぇから無駄に時間食ったな。おら、俺は野暮用済ませるからお前はギルドに戻ってろ」
「え、いやでも……」
「心配しなくてもこの国でテメェに勝てる奴なんざろくにいねぇよ。手を出して来る奴はいるだろうが」
愉快そうに笑うガルシオ。
……いやそうじゃなくて。
「私、ここからギルドまでの道分からないんですけど」
地図も無しに一度だけ通った道を帰れると思わないで欲しい。
振り返ったガルシオの顔は、これ以上無いほど嫌そうな表情だった。
***
「おやガルシオ、久しぶりだね。そちらのお嬢さんは?」
あの後。とても渋い顔になったガルシオは何も言わずそのまま歩き出し、着いてくるなとも言われなかったのでそのまま後をついて行った。道中露店でかなりの量の果物を買い込み二つの袋を抱えるとまた歩き、やがて辿り着いたのはやや外れにある古そうな教会だった。
そして出迎えてくれたのは神父さん。四十代くらいの穏やかそうな顔立ちの人だった。
「ギルドの野暮用でな。邪魔するぞ。……あ、そいつはお前が思いもしない化物だから気をつけな」
去り際とんでもないことをいって愉快そうに一人中に入るガルシオ。そのまま奥の扉に入って見えなくなった。
「化物……随分と可愛らしい化物もいたものだ」
「あー、えっと、アルガーンという国のギルド所属の冒険者のアリアです。化物では……無いと思います」
いやまあ否定しきれないけど。
「これはこれは、礼儀正しい子だ。私はキルト。ここの教会で神父をしている者です。外は寒かったでしょう。中も……それほど暖かくは無いですが、風がない分いくらかマシです。さあ、お入りください」
どうもどうも。
俺は頭を下げ中に入る。確かに暖かくは無いが、体感ではそれでも暖かくなったと感じられた。
「しかしこんな可愛い冒険者さんとは驚きです。しかもガルシオと一緒にいるということは、中々お強いのですか?」
「まあ、多分それなりに」
自分で言うのは恥ずかしいが、流石にそんなことないとは言えないだろう。
「キルトさんはガルシオさんとお知り合いなんですか?」
「おや、分かりましたか。この教会は小さいですが孤児院も兼ねていまして、実はガルシオも昔ここにいたことがあるんです」
「そうなんですか?」
「ええ。まあ孤児院といってもアリアさんが思うような立派な者ではありません。
もうご存じかもしれませんが、この国は貧困にあえぎ、孤児も多くいます。中にはあまり褒められた方法では無くとも生き抜く子もいますが、当然そうで無い子も。そういった子達にできる限り食事と寝床を提供し、自らの手で生きるための手伝いをしてる場所です。……あ、勿論褒められる方法のですよ」
冗談めかした笑みを浮かべるキルト神父。なるほど、これは子供達に親しまれるだろう。
「そういえば来る途中ガルシオさんが果物をいっぱい買っていたんですけど」
「ああ。彼はここを出て暫く立ちますが、たまにこうして食事を届けてくれるんです。それに心ばかり……というには心苦しいほどの寄付も。それにしてもたくさんの果物ですか。たまには栄養のことも考えて欲しいですね」
苦笑を浮かべるキルト神父の顔は、まるで息子の事を思う父の様にも思えた。
というかガルシオ、そんなことしてたのか。
俺の意外そうな顔に気づいたのか、キルト神父は軽く身を屈め声を潜めた。
「あの子、見た目も言葉遣いも……あと行動も荒っぽいので誤解されやすいんですが」
「それは全部荒っぽくないですか?」
「ハハッ、否定できないですね。まあ、そんな彼ですがただ不器用なだけで本当は心優しい子なのです。ほら」
いくつか扉を通って、最後の扉を薄く開けたキルト神父に促されそのから覗く。
「ガル兄俺もっと食べたい!」
「私もー!」
「テメェ等この後晩飯だろうが! ちょっとだちょっと!」
子供達に囲まれせがまれながら怒鳴るガルシオ。その手にはナイフとさっき買った赤い果物が握られていた。
ともすれば危なそうだが、ナイフを持つ手は子供達からは届かない首から下には決して下ろさないし、よく見れば切り分けた果物も子供に合わせて大きさを調整してあるように見える。加えてあの人気。良くも悪くも子供は純粋で、たまにドキリとするくらい本質を見抜いてくるが、この光景はそういうことなのだろう。
そう思って今までのことを振り返ると、もしかしたらアレはガルシオなりの気遣いだったのだろうかという場面が思い浮かんだが、もしそうならとんでもない不器用さだ。
そう思うと可笑しくて笑みを浮かべていると、急に扉が開かれ咄嗟のことでバランスを崩しそのまま仰向けで転んでしまった。
「おうガキ。覗き見とは良い度胸じゃねえか」
不機嫌そうな顔と声音で見下ろすガルシオ。その手にはキラリとナイフが掲げられている。
「あ、あはは……ムグッ!」
キルト神父の話をどこまで信用していいかと一瞬思ったが、口に押し込まれた果物がほどよい大きさに切り分けられたものだったのが答えと言うことで大丈夫だろう。
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