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濃霧の失踪事件
真実と終わり
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ドラグニールに出された条件は二つ。
イシュワッドに人的被害を出さない。イシュワッドに物的被害を出さない。
要はグリワモールの対処以外に余計なことは何もするな、ということだった。
「まあ当然と言えば当然というか、ある種普通の事ではあるんだけど……守れそうか?」
──貴様は我をなんだと思っている。
「ヤバい竜」
──……いや間違ってはおらんのだが。
ギルドの屋上、というか屋根の上で星空を眺めながら寒い夜風に吹かれていた。
「んで、流石に俺には方法教えてくれよ。じゃないとどうしようも無いし」
──ふむ、どう言ったものかな。
珍しく言い淀む様子に借り物のコートに顔を埋めて待っていると、ややあって続きが来た。
──まず奴の居場所に関してだが、転移魔法の目印を貴様に付けていたと言っていたろう。それを利用し逆探知を仕掛ける。先程奴に気づかれない無い程度に試してみたが問題なく出来そうだ。
「お前なんだかんだ俺の中で自由にしてるよな。じゃあ実際に対峙したときの対処は? あの反転のあれ」
──ああ、あれな。まあ貴様も察しておろうがアレが最も厄介だ。してその対処法だが……。
また暫く沈黙。
──まず、我が肉体の主導権を握り戦闘する。
「おっともうちょっと不味い方法だな。少なくともユリーンに知られたら次こそ胃に穴が空くな。で、あの反転の対処は?」
──……まあ、アレだ。貴様には我の得ている魔法やスキルを一通り教えてはいるが、それでも全てでは無い。その中に使えるものが、ある。うむ。
「……なあ、ドラグちゃんよ」
──……なんだ。
「言わないと言えないは、別物だぞ」
──……貴様も言うようになったではないか。褒めてやろう。
「…………」
──いや、付け入る隙があるのは確かだ。見ていたところ奴のアレには穴があった。とは言っても事前に考えていけるほど情報もないからな。貴様の中から見ているだけでは分からないものもある。
「だから実際に表に出て、ねぇ」
呟いて、小さく溜息を吐く。
──どうした。確かに言葉だけでは不安材料もあろうが、実のところそれほど問題はない方法だぞ。
「や、そうかも知れないけどさ。いつも肝心なところはお前任せだなって」
──何を言う。貴様は十分ようくやっていると思うぞ。
「珍しく普通に褒めるじゃん」
──だが今回やこれまでにも貴様では手が届かない事もあった。当然だ。貴様は事実として強大な力を有している。だがそれは一つずつ勝ち得たものでは無く一度に与えられたものだ。時間としても一年も経っていない。使いこなせぬのも当然の事実。であればそれを導くのは我の役目でもあろう。
「親か教師みたいなこと言うじゃん。ほんと珍しいな」
──……親、か。なに、少し懐かしい気分になっただけだ。ほれ、逆探知完了したぞ。恐らく気取られてはいないが……少し厄介ではないか?
厄介? 何がと問おうとする前にドラグニールからある場所のイメージが送られる。
「ここって……偶然とか間違いってことは」
──期待するだけ無駄だろう。この距離なら貴様の翼の方が早い。急げ。
「了解!」
装擬の焔を発動し炎翼を作ると、夜空へ向かって飛翔した。
***
暗い室内。男は古い木製の椅子に腰掛けるとぼうっと物思いに耽った。
昔は、それこそ自分が子どもの時など、この国に将来なんてものがあると思っていなかった。腐敗した世界で暴力が支配した国に未来などあろう筈も無く、自分にもそんなものがあるとは思えなかった。
変わったのはそれから暫く。戦争が始まったからだ。隣国の帝国が領地拡大を目的とした侵略活動が活発になり、それに対抗するためにこちらは周辺国と手を取り連合軍としてこれに対抗した。それによって他国と交流を持たなかったこの国の負の側面が露わになり、各国の援助もあり多少改善された。
暴力と腐敗の国が戦争によって改善したのだから皮肉な話だ。
戦争も一旦の落ち着きを見せ、現在は事実上の休戦状態となっている。しかしこの国は以前のように戻ることはなかった。各国で設立されたギルドという連合組織。雇用口や治安改善の一助も担っている事もあり、他国に比べればまだまだだが、それでも確実にこの国もかつてからは考えられないほどいい方向へと向かっている。
寒さに震える手に息を吐きこすり合わせる。しかし男の顔は穏やかだった。
孤児の人数も年々減ってきている。巣立って行く子も順調に自分たちの人生を歩んでいる。ギルドや近所の人達の援助もあって、贅沢はさせてあげあられないが保護した子ども達には十分な暮らしを与えてあげられてる。
これ以上を望むのは、それこそ贅沢だろう。
とはいえ、日課となった見回りは辞めることはないだろう。
まだ寒さに震える子どもがいるかも知れない。迷える人がいるかも知れない。彼らを救うのが、神父としての私の責務だ。
見回りに行こうと立ち上がったとき、一人の男が教会に入ってきた。
「よお、おっさん。いまから見回りか?」
入ってきたのはガラの悪い銀髪の男。しかし彼が見た目通りの人物ではない事を男はしっかりと分かっていた。
「やあガルシオ。こんな夜更けに珍しいね」
ガルシオ。男の──キルトの運営する孤児院で最初に保護された少年。当時は手の付けられない悪ガキとして有名で、ごろつきや兵士に囲まれても物ともしない、悪ガキという名称は生やさしい少年だった。店の食べ物を盗み、喧嘩に明け暮れ、しかしその実、彼は優しい少年だった。
盗んだ食べ物は同じ孤児の弱った子達に全て与え、彼らを守る為に戦っているだけだった。やっていることは褒められた事ではないが、やろうとしている事は、到底否定できなかった。
「ギルドの仕事が長引いたんだよ。つかもう見回りなんざ辞めとけって。いい加減歳考えろ、危ねぇだろうが」
「はは、こればっかりはもう癖みたいなものだからね。大丈夫、あまり危ないところには行かないさ」
「……テメェも知ってんだろうが、最近の失踪事件。ありゃあ思ったより厄介だ。人目につくところなら安全って訳でもねぇんだよ」
「うん。でも、君がその事件の解決しようと頑張っているんだろう? なら大丈夫さ」
優しく微笑み肩を叩くキルト。ガルシオはやりづらそうに表情を曇らせる。
「だから、それが厄介だっつってんだよ。頼むから暫く大人しくしてくれ!」
「そう言われても……いや、君がそこまでいうのなら、今はその通りにしておこうかな」
必死に頼み込むガルシオ。その表情に、かつて路地裏で出逢ったときの少年の姿が重なりキルトは静かに頷いた。
「そうか、じゃあ──」
「あー、それはちょっと、困りますネェ」
安堵の表情を浮かべ、しかし直ぐにそれは硬直する。
背後から聞こえたその声。聞き間違えるはずもないその声音。背後まで来て初めて気づいたその気配。
ガルシオはキルトを庇うように振り返り、その人物を睨み付ける。
「テメェ……なんでここにいやがる……!」
「なんでって、説明する必要もなく分かっているのでしょう?」
昼に戦った時とは姿は違う。黒のスーツに紫の蝶マスク。偽る気のない、本来のグリワモールがそこにいた。
「私は貴方達の追う犯人に興味があり、ここに辿り着いた。それだけが答えデスヨ」
「……黙れ」
「ガ、ガルシオ、これは、彼は一体……」
「黙れ!」
そうしても最後まで拭えなかったその疑念。あるはずがない。そう考えてもあり得るはずのない可能性。だからこそ、最悪の可能性としてどうしても残り続けた。
眼前に突きつけられたそのあり得ない可能性に、彼はただ声を荒げる。
「……フム、やはり自覚症状は無しですカ。では仕方ありませんね」
溜息をついて、パンと手を叩く。何の変哲もない、何も起こらないその行動にガルシオは眉をひそめると、突然背後から苦しむうめき声が聞こえた。
「っ、おっさん!」
頭を抑え苦しむキルト。ガルシオが何度呼びかけても答える余裕はないようだった。
「一度では足りませんでしたか。それではもう一度……おや?」
再び叩こうとした両手の間を、炎弾が流れ落ちた。
グリワモールが視線を着弾点から頭上に移したとき、白い光が自身に向けて落下してきた。
「流石にちょっと不味いデスね!」
直ぐさま頭上にシールドを生成し、急降下してきたアリアと不知火の一撃を受け止めた。
「ガルシオさん、こいつはこっちで引き受けます! そっちは任せました!」
翼に回していた炎の一部を尻尾のようにしシールドを回り込みグリワモールを巻き掴むと、再び空へと飛翔していった。
「今の、あのガキか……? いや、それよりもこっちだ。おいおっさん、しっかりしろ!」
依然苦しそうにうめき声を上げるキルト。しかし不意にその声は止み、ゆっくりと立ち上がった。しかしその気配は明らかに先程までとは違っていた。
「被検体〇〇八。実験を開始します」
機械的な低い声音が、暗い室内に木霊した。
イシュワッドに人的被害を出さない。イシュワッドに物的被害を出さない。
要はグリワモールの対処以外に余計なことは何もするな、ということだった。
「まあ当然と言えば当然というか、ある種普通の事ではあるんだけど……守れそうか?」
──貴様は我をなんだと思っている。
「ヤバい竜」
──……いや間違ってはおらんのだが。
ギルドの屋上、というか屋根の上で星空を眺めながら寒い夜風に吹かれていた。
「んで、流石に俺には方法教えてくれよ。じゃないとどうしようも無いし」
──ふむ、どう言ったものかな。
珍しく言い淀む様子に借り物のコートに顔を埋めて待っていると、ややあって続きが来た。
──まず奴の居場所に関してだが、転移魔法の目印を貴様に付けていたと言っていたろう。それを利用し逆探知を仕掛ける。先程奴に気づかれない無い程度に試してみたが問題なく出来そうだ。
「お前なんだかんだ俺の中で自由にしてるよな。じゃあ実際に対峙したときの対処は? あの反転のあれ」
──ああ、あれな。まあ貴様も察しておろうがアレが最も厄介だ。してその対処法だが……。
また暫く沈黙。
──まず、我が肉体の主導権を握り戦闘する。
「おっともうちょっと不味い方法だな。少なくともユリーンに知られたら次こそ胃に穴が空くな。で、あの反転の対処は?」
──……まあ、アレだ。貴様には我の得ている魔法やスキルを一通り教えてはいるが、それでも全てでは無い。その中に使えるものが、ある。うむ。
「……なあ、ドラグちゃんよ」
──……なんだ。
「言わないと言えないは、別物だぞ」
──……貴様も言うようになったではないか。褒めてやろう。
「…………」
──いや、付け入る隙があるのは確かだ。見ていたところ奴のアレには穴があった。とは言っても事前に考えていけるほど情報もないからな。貴様の中から見ているだけでは分からないものもある。
「だから実際に表に出て、ねぇ」
呟いて、小さく溜息を吐く。
──どうした。確かに言葉だけでは不安材料もあろうが、実のところそれほど問題はない方法だぞ。
「や、そうかも知れないけどさ。いつも肝心なところはお前任せだなって」
──何を言う。貴様は十分ようくやっていると思うぞ。
「珍しく普通に褒めるじゃん」
──だが今回やこれまでにも貴様では手が届かない事もあった。当然だ。貴様は事実として強大な力を有している。だがそれは一つずつ勝ち得たものでは無く一度に与えられたものだ。時間としても一年も経っていない。使いこなせぬのも当然の事実。であればそれを導くのは我の役目でもあろう。
「親か教師みたいなこと言うじゃん。ほんと珍しいな」
──……親、か。なに、少し懐かしい気分になっただけだ。ほれ、逆探知完了したぞ。恐らく気取られてはいないが……少し厄介ではないか?
厄介? 何がと問おうとする前にドラグニールからある場所のイメージが送られる。
「ここって……偶然とか間違いってことは」
──期待するだけ無駄だろう。この距離なら貴様の翼の方が早い。急げ。
「了解!」
装擬の焔を発動し炎翼を作ると、夜空へ向かって飛翔した。
***
暗い室内。男は古い木製の椅子に腰掛けるとぼうっと物思いに耽った。
昔は、それこそ自分が子どもの時など、この国に将来なんてものがあると思っていなかった。腐敗した世界で暴力が支配した国に未来などあろう筈も無く、自分にもそんなものがあるとは思えなかった。
変わったのはそれから暫く。戦争が始まったからだ。隣国の帝国が領地拡大を目的とした侵略活動が活発になり、それに対抗するためにこちらは周辺国と手を取り連合軍としてこれに対抗した。それによって他国と交流を持たなかったこの国の負の側面が露わになり、各国の援助もあり多少改善された。
暴力と腐敗の国が戦争によって改善したのだから皮肉な話だ。
戦争も一旦の落ち着きを見せ、現在は事実上の休戦状態となっている。しかしこの国は以前のように戻ることはなかった。各国で設立されたギルドという連合組織。雇用口や治安改善の一助も担っている事もあり、他国に比べればまだまだだが、それでも確実にこの国もかつてからは考えられないほどいい方向へと向かっている。
寒さに震える手に息を吐きこすり合わせる。しかし男の顔は穏やかだった。
孤児の人数も年々減ってきている。巣立って行く子も順調に自分たちの人生を歩んでいる。ギルドや近所の人達の援助もあって、贅沢はさせてあげあられないが保護した子ども達には十分な暮らしを与えてあげられてる。
これ以上を望むのは、それこそ贅沢だろう。
とはいえ、日課となった見回りは辞めることはないだろう。
まだ寒さに震える子どもがいるかも知れない。迷える人がいるかも知れない。彼らを救うのが、神父としての私の責務だ。
見回りに行こうと立ち上がったとき、一人の男が教会に入ってきた。
「よお、おっさん。いまから見回りか?」
入ってきたのはガラの悪い銀髪の男。しかし彼が見た目通りの人物ではない事を男はしっかりと分かっていた。
「やあガルシオ。こんな夜更けに珍しいね」
ガルシオ。男の──キルトの運営する孤児院で最初に保護された少年。当時は手の付けられない悪ガキとして有名で、ごろつきや兵士に囲まれても物ともしない、悪ガキという名称は生やさしい少年だった。店の食べ物を盗み、喧嘩に明け暮れ、しかしその実、彼は優しい少年だった。
盗んだ食べ物は同じ孤児の弱った子達に全て与え、彼らを守る為に戦っているだけだった。やっていることは褒められた事ではないが、やろうとしている事は、到底否定できなかった。
「ギルドの仕事が長引いたんだよ。つかもう見回りなんざ辞めとけって。いい加減歳考えろ、危ねぇだろうが」
「はは、こればっかりはもう癖みたいなものだからね。大丈夫、あまり危ないところには行かないさ」
「……テメェも知ってんだろうが、最近の失踪事件。ありゃあ思ったより厄介だ。人目につくところなら安全って訳でもねぇんだよ」
「うん。でも、君がその事件の解決しようと頑張っているんだろう? なら大丈夫さ」
優しく微笑み肩を叩くキルト。ガルシオはやりづらそうに表情を曇らせる。
「だから、それが厄介だっつってんだよ。頼むから暫く大人しくしてくれ!」
「そう言われても……いや、君がそこまでいうのなら、今はその通りにしておこうかな」
必死に頼み込むガルシオ。その表情に、かつて路地裏で出逢ったときの少年の姿が重なりキルトは静かに頷いた。
「そうか、じゃあ──」
「あー、それはちょっと、困りますネェ」
安堵の表情を浮かべ、しかし直ぐにそれは硬直する。
背後から聞こえたその声。聞き間違えるはずもないその声音。背後まで来て初めて気づいたその気配。
ガルシオはキルトを庇うように振り返り、その人物を睨み付ける。
「テメェ……なんでここにいやがる……!」
「なんでって、説明する必要もなく分かっているのでしょう?」
昼に戦った時とは姿は違う。黒のスーツに紫の蝶マスク。偽る気のない、本来のグリワモールがそこにいた。
「私は貴方達の追う犯人に興味があり、ここに辿り着いた。それだけが答えデスヨ」
「……黙れ」
「ガ、ガルシオ、これは、彼は一体……」
「黙れ!」
そうしても最後まで拭えなかったその疑念。あるはずがない。そう考えてもあり得るはずのない可能性。だからこそ、最悪の可能性としてどうしても残り続けた。
眼前に突きつけられたそのあり得ない可能性に、彼はただ声を荒げる。
「……フム、やはり自覚症状は無しですカ。では仕方ありませんね」
溜息をついて、パンと手を叩く。何の変哲もない、何も起こらないその行動にガルシオは眉をひそめると、突然背後から苦しむうめき声が聞こえた。
「っ、おっさん!」
頭を抑え苦しむキルト。ガルシオが何度呼びかけても答える余裕はないようだった。
「一度では足りませんでしたか。それではもう一度……おや?」
再び叩こうとした両手の間を、炎弾が流れ落ちた。
グリワモールが視線を着弾点から頭上に移したとき、白い光が自身に向けて落下してきた。
「流石にちょっと不味いデスね!」
直ぐさま頭上にシールドを生成し、急降下してきたアリアと不知火の一撃を受け止めた。
「ガルシオさん、こいつはこっちで引き受けます! そっちは任せました!」
翼に回していた炎の一部を尻尾のようにしシールドを回り込みグリワモールを巻き掴むと、再び空へと飛翔していった。
「今の、あのガキか……? いや、それよりもこっちだ。おいおっさん、しっかりしろ!」
依然苦しそうにうめき声を上げるキルト。しかし不意にその声は止み、ゆっくりと立ち上がった。しかしその気配は明らかに先程までとは違っていた。
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