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わくらば編

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 試験明けということもあって、教室はだらけきった空気に包まれ、数人を除いてはみんなお喋りをしたり、集まったりしていた。担当教官の久良木きゅうらぎが見たら怒り狂うことだろう。

 火は教科書を読むふりをして、じっと流川の方を見やる。彼は机の上に座り、その周りを囲むように数人の男子が椅子を持ち寄って群がっていた。

 彼は得意げにカッターナイフをペンのように回している。刃を繰り出しているため失敗すればけがをするのに、その緊張感さえも楽しんでいるようだった。

 おれも普通の人間やったら、あんなふうに輪の中に入れたんかな…。

 羨ましかった。

 火にはとうてい、見知らぬ人間とすぐに打ち解けることなどできないからだ。
 祓除学校でだってそうだ、みんなとはもう一年以上の付き合いになるのに、名前くらいしか知らない。

 何が好きとか、休日は何をしているとか、佐賀と福岡どちらの出身かなど、ほとんど知らない。
 無論、他の生徒も火についてあまり知らないだろう。彼が勉強熱心で妖狐の血を引いていることくらいしか。

 物心がついた時から、半異人だからと周りからは距離を取られていたものの、本人にはあまり混血であるという実感はなかった。

 容姿はほとんど人間と同じだし、漫画の登場人物みたいな分かりやすい狐の耳も尻尾もない。何かとんでもない妖力があるわけでもない。

 せいぜい身体機能が普通よりも優れているくらいで、それも運動神経がいいで片付けられるレベルだ。よって特筆すべき特徴はない。

 しかし、いくら実感がなくても、火は確かに妖狐の血を引き継いでいた。
 その瞳は普通の人間ではありえない緋の色なのだ。瑪瑙のような深みのある赤で、とても不思議な色をしている。

 小学生の頃近所のもぐら打ちに参加した時、「これは人間の行事だから、火は本当は来たらいけないんだよ」と上級生に言われた記憶がよみがえった。

 今となってはよくもまあそんな些細なことでくよくよできるものだなと思うが、当時の自分は人間扱いされなかったことに大変な打撃を受けたらしく、家に逃げ帰って母に泣きついたことがある。

 本当、ろくでもないことばかり思い出してしまう。
 ばかみたいだ。

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【もぐら打ち】
 九州地方に伝わる風習で、子供達が一軒一軒近所を回って、棒でどんどんと玄関先の床を鳴らし、お礼にお金をもらう(だいたい五百円から千円まで)。そのお金でお菓子を買って、子供達に配る。地域によってばらつきはある。
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