命題の裏

狐火

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命題の裏

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 友達が授業をすっぽかした俺をからかった。普段授業中に寝ていたりするから、だらしない奴だとでも思っているんだろうな。
 俺は授業があるとわかっていたら行ったさ。まぁ、まめに手帳をつけない上に、土曜に授業があるとは知らず、のこのこ映画を見に行ってたのは悪かった。
 女友達と見に行ったんだよ。あの同じ授業をとってる可愛い子に誘われてさ。第一俺は彼女に興味はなかったけれど。彼女、留学生だろ?日本の映画館の勝手がわからないから一緒にいってくれって言われたら断れないよ。

 まぁ、そんなことはどうでも良い。俺は、そのからかってきた友達が俺のことを良く思っていないように感じるんだ。顔がひきつってるし、笑顔が少ない。俺がなにかしたんだろうか。
 必死になってその友達の機嫌を取ったよ。自分を卑下してまでさ。惨めでも仕方なかったんだよ。俺のモットーは、「人は好きにならなきゃ好いてくれない。」だからな。
 授業が始まって、その友達の横で真剣にメモを取るのさ。大講義室は静かで、先生の声しか聞こえない。
 そんな時、さっきまで我慢できていた惨めさが、俺の足元から一気に這い上がってくるんだ。
 身体の末端から血が引いていくように感じる。そのかわり、胃がじわじわと染みる。自分が本当に小さくて、肩身の狭い、落ちこぼれに思える。 部屋の空調はふんわりと暖かく、丁度良いはずなのに、皮膚の表面が収縮して粟立った。昼飯前の胃は空っぽで吐くものなどないが、吐きそうだ。さっきから胃に滞り、染みているのはただの胃液だろうか。そのまま俺の体まで溶かしてはくれないか。そうやって内側から温かい液体に変えて俺という存在を無くしてはくれないか。
 粟立つ腕にそっと手のひらを当てると俺の体温がわかる。嫌な熱さだ。空っぽでひねくれているくせに、まだ体が熱くなるまでいろいろ考えている。そうして、一人前にうちひしがれている。悲劇の主人公でないことはわかってるのに。いっそ境遇がもっと悪けりゃ、人のせいにだってできたんだ。
 と、思ったところで自分に望みを捨てきれず、心のどこかで「俺のせいじゃない。周りはまだ俺の本当の心を知らないだけだ。あともう2年もすりゃあわかるさ。」なんて思ってるんだ。心底この気持ちが憎たらしい。
 
 話は換わるけど。お前は人をすぐに好きになるし、人にも好かれるから、きっと俺の代わりなんてすぐできる。こんなこと言いたかないさ。お前だって今ならそんなこと言わないでって顔をしかめるだろうよ。
 でも、お前を見るたびに……お前の声を聞くたびに思うんだ。お前には天賦の才能があるのに、なんで俺を信じきって他を見ないんだろうって。その記憶力の良さや社交性や優しさはお前の哀しい境遇を塗り替えられる力を持っているのに。
 お前はすぐに「死にたい」というね。俺はお前が自身の才能を殺してしまうことなんて絶対に許さない。どうせだったら俺にくれれば良いんだ。要らないんだったらくれれば良い。逆にその才能さえ遺してくれれば、いつでもお前に「もういいよ」って声をかけてやれるよ。

 お前と俺は一つの魂を分けたように正反対かつ同じで……。話や好みはピッタリ合うのに、お互いのない部分はしっかり補っているんだ。二人で居ればすごく気持ちが楽なんだよ。不思議な話だ。でもな、この関係は魂をすり減らしているんじゃないかって、ときどき不安になるよ。こういうのを共依存っていうのかもな。
 今、俺は大学に通えているけど、お前は通えていない。厳しい境遇が毎日ごっそりとお前の心を削っていく。もう見たくないな、お前の絶望した顔は。もう聞きたくないよ、お前の電話口で泣きじゃくっている声を。
 俺が守ってやりたい。守れるものならもう守ってるよ。支えになってやりたいよ。
 でもそれを宣誓する勇気が俺には無いんだ。ひどい奴だろ。もういっそ離れてくれれば、俺も惨めな気持ちにならなくて済むんだ……。お願いだからもう俺を見棄てて他の良い奴に笑わせてもらえよ。
 見棄てるのは俺じゃなくてお前なんだよ。

 ……すまない、感情的になってしまったかも。
 えぇと、なんの話をしていたかな。俺は鳥頭だから、すぐ忘れてしまうんだ。
 とにかく、お前は俺の大切な人だよ。それをわかっていてほしいんだ。いつもは表に出てこない俺の気持ちをどうぞわかってくれ。離れてほしいんじゃあないんだ。きっと、ずっと一緒に居たいだけなんだよ。

 本当にひっくり返ってたら……。もっと自信が持てたかも知れない。

 生まれ持ったものって変えられないのよ。それがもどかしく感じて……。いいえ、わかってるんです。これでいいの。こんな気持ち今まで知らなかった。ただ貴方には感謝してる。そして本当に大切に思っているのよ。これからも離れないで。
 私は直接貴方を掴んでいられないんです。でも貴方が私を掴んでおいてくれたら、一緒に居られるんです。どうか離さないでね。どんなに息苦しくったって私、大丈夫ですから。

 どんなに願ったって現実は変わらないんです。別に絶望とかじゃないの。私はもうこのままでいい。女のままで生きていく覚悟ができたの。貴方が男なら、私女がいいわ。貴方が女である私の存在を生きる源と思ってくれるなら、女であれて嬉しいわ。
 ただ男のように語ってみたかっただけなの。どうぞわかって、許してね。
 私は私なの。性別なんてきっと魂にはないでしょう?そう思っておくことにするわ。

 こんな辛い思いしなくていいように、早く私のもう半分オレを消し去って……。
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