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スローモーション ──両想いになるまでの奇跡
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茹だる様な暑さにうんざりしながら校門を潜り、やっとの思いで昇降口に辿り着くと、じりじりと照り付ける日差しから解放されてほんの少し安堵する。
ああ、着いてしまった…。
それも束の間に、学校に着いてしまった事実に困惑してしまう。自らの足で辿り着いたと言うのに。
こんな心情になっているのは、夏休み中に毎日ぐーたらしていた自宅のソファが恋しいからではない。
リュックから取り出したタオルで汗を拭い、水分補給にお茶をボトルの半分くらいを一気に飲む。一息ついたところで、諦めて下駄箱に歩みを進めて下足から上履きに履き替える。
「蓮、おはよう」
そう声を掛けられて身体が固まった。相手には伝わらないくらいほんの一瞬だったと思う。嫌だ嫌だと思うほど引き寄せてしまうものだな。今一番会いたくなかった相手にゆっくりと目線をできるだけ合わせて返答する。
「おはよう、佐伯」
佐伯だなんて苗字で呼ぶのは久しぶりだ。ぎこちなさ満点だっただろう。しかし、振られた身としては線引きをしたいところだ。まさか今まで通り名前で呼ぶほど自分は人間ができていない。昨日までこの瞬間をイメージトレーニングしていたんだ。だから、用意していたセリフをそのまま言っただけ。そう、台本通りに会話をすれば問題ないんだ。
「ーーあ、課題ちゃんと終わった?」
「昨日なんとか終わらせたよ。今度の小テストの対策もばっちり」
振られたショックでモチベーションが駄々下がりで通常の倍以上の時間が掛かったというのは秘密だ。
佐伯が上履きに履き替えるのを待ち、一緒に教室へと向かう。本当は今すぐに駆け出したい気持ちを抑えて、必死に自然体を装う。もしそんな事をしようものなら、振られた事を明らかに引きずっているように見えるし、今後の学校生活が息苦しくなる事は明白だ。
台本通りに会話をすればなんてことはなかった。下駄箱から教室まで上手く会話できていたと思う。佐伯も何事も無かったかの様に振る舞ってくれて心が救われた。
これで良いんだ。これを望んでいた。一時でも好きだった相手と気まずくなるのは嬉しくはない。それに、ここからあと半年以上も同じ教室で苦楽を共にしなくてはいけないのだから、良好な関係でいるに越したことはない。
それを夏の間に脅かそうとしていたのは己なのだけれど。
「蓮、一緒に帰ろう」
始業式と担任の短い挨拶を終えて下校になり、荷物を整えていた所で佐伯にそう声を掛けられた。
明らかに狼狽えた顔で固まってしまった。こんな展開は台本にはない。だってこの後は、この後は…なんだっけ?
「ご、ごめん、無理」
精一杯の返事だった。短くそれだけ言うと、リュックを掴んで走り出した。廊下を駆け抜けて、階段を足がもつれそうになりながら降りて行く。心臓がバクバクと暴れる音が全身に響いて、身体を震わせているのがわかる。視界が揺れて、自分がどこに向かっているのか訳も分からず、気が付いたら上履きのまま中庭に出ていた。太陽が照りつける中、佐伯に強く抱きしめられて青い空を見ていた。
「蓮!蓮...!お願い、逃げないで」
苦しくなるほどぎゅうっと抱かれて、あまりの衝撃で緊張しているせいなのか、湿気を孕んだ強い日差しのせいなのか、全身から滝の様な汗が出る。
「…どうして」
何とか絞り出した声は少し上擦っていた。
「あの時、蓮に告白された時、まさか蓮から言ってもらえると思ってなくて驚いたんだ。俺が上手く返事出来なかったから、蓮は振られたと思っちゃったんでしょ?」
何だ?何を言っているんだ?佐伯の言葉を脳が処理できていない。この状況を理解するのに必死で、半ばパニックになってしまう。暑さと酸欠で意識が遠のき始める。
すると、佐伯が抱擁を緩めて、今度は側頭部を手で支えてこちらの瞳を覗き込んでくる。綺麗な二重、まっすぐな瞳に釘付けになる。
「俺は、蓮の事が好きだよ。」
多分、本当に一瞬、時が止まったと思う。
全ての音が消えて、風が駆け抜けた気がした。
「今朝、蓮に挨拶した時。佐伯って呼ばれて苦しくなったよ。蓮が遠くに行っちゃう感じがして、とても嫌だった。…ちゃんと伝わってる?」
「…うん、大丈夫。ちゃんと伝わってるよ、晴。」
宥める様に晴の手に手を重ねて、ゆっくりと応えると、晴は肩の強張りを解いて、ほっとした様に柔らかい笑顔を浮かべた。
夏休み前と同じ様に、二人は肩を並べて学校の最寄り駅へと向かう。ジリジリと焼ける様な日差しを浴びて、背中に汗が伝うのを感じながら、言葉もなくただ歩く。
互いにこの沈黙を心地いいと感じて、視界の角に見える相手の存在に安堵し、この上ない幸せな関係であることを噛み締めていた。
― end ―
ああ、着いてしまった…。
それも束の間に、学校に着いてしまった事実に困惑してしまう。自らの足で辿り着いたと言うのに。
こんな心情になっているのは、夏休み中に毎日ぐーたらしていた自宅のソファが恋しいからではない。
リュックから取り出したタオルで汗を拭い、水分補給にお茶をボトルの半分くらいを一気に飲む。一息ついたところで、諦めて下駄箱に歩みを進めて下足から上履きに履き替える。
「蓮、おはよう」
そう声を掛けられて身体が固まった。相手には伝わらないくらいほんの一瞬だったと思う。嫌だ嫌だと思うほど引き寄せてしまうものだな。今一番会いたくなかった相手にゆっくりと目線をできるだけ合わせて返答する。
「おはよう、佐伯」
佐伯だなんて苗字で呼ぶのは久しぶりだ。ぎこちなさ満点だっただろう。しかし、振られた身としては線引きをしたいところだ。まさか今まで通り名前で呼ぶほど自分は人間ができていない。昨日までこの瞬間をイメージトレーニングしていたんだ。だから、用意していたセリフをそのまま言っただけ。そう、台本通りに会話をすれば問題ないんだ。
「ーーあ、課題ちゃんと終わった?」
「昨日なんとか終わらせたよ。今度の小テストの対策もばっちり」
振られたショックでモチベーションが駄々下がりで通常の倍以上の時間が掛かったというのは秘密だ。
佐伯が上履きに履き替えるのを待ち、一緒に教室へと向かう。本当は今すぐに駆け出したい気持ちを抑えて、必死に自然体を装う。もしそんな事をしようものなら、振られた事を明らかに引きずっているように見えるし、今後の学校生活が息苦しくなる事は明白だ。
台本通りに会話をすればなんてことはなかった。下駄箱から教室まで上手く会話できていたと思う。佐伯も何事も無かったかの様に振る舞ってくれて心が救われた。
これで良いんだ。これを望んでいた。一時でも好きだった相手と気まずくなるのは嬉しくはない。それに、ここからあと半年以上も同じ教室で苦楽を共にしなくてはいけないのだから、良好な関係でいるに越したことはない。
それを夏の間に脅かそうとしていたのは己なのだけれど。
「蓮、一緒に帰ろう」
始業式と担任の短い挨拶を終えて下校になり、荷物を整えていた所で佐伯にそう声を掛けられた。
明らかに狼狽えた顔で固まってしまった。こんな展開は台本にはない。だってこの後は、この後は…なんだっけ?
「ご、ごめん、無理」
精一杯の返事だった。短くそれだけ言うと、リュックを掴んで走り出した。廊下を駆け抜けて、階段を足がもつれそうになりながら降りて行く。心臓がバクバクと暴れる音が全身に響いて、身体を震わせているのがわかる。視界が揺れて、自分がどこに向かっているのか訳も分からず、気が付いたら上履きのまま中庭に出ていた。太陽が照りつける中、佐伯に強く抱きしめられて青い空を見ていた。
「蓮!蓮...!お願い、逃げないで」
苦しくなるほどぎゅうっと抱かれて、あまりの衝撃で緊張しているせいなのか、湿気を孕んだ強い日差しのせいなのか、全身から滝の様な汗が出る。
「…どうして」
何とか絞り出した声は少し上擦っていた。
「あの時、蓮に告白された時、まさか蓮から言ってもらえると思ってなくて驚いたんだ。俺が上手く返事出来なかったから、蓮は振られたと思っちゃったんでしょ?」
何だ?何を言っているんだ?佐伯の言葉を脳が処理できていない。この状況を理解するのに必死で、半ばパニックになってしまう。暑さと酸欠で意識が遠のき始める。
すると、佐伯が抱擁を緩めて、今度は側頭部を手で支えてこちらの瞳を覗き込んでくる。綺麗な二重、まっすぐな瞳に釘付けになる。
「俺は、蓮の事が好きだよ。」
多分、本当に一瞬、時が止まったと思う。
全ての音が消えて、風が駆け抜けた気がした。
「今朝、蓮に挨拶した時。佐伯って呼ばれて苦しくなったよ。蓮が遠くに行っちゃう感じがして、とても嫌だった。…ちゃんと伝わってる?」
「…うん、大丈夫。ちゃんと伝わってるよ、晴。」
宥める様に晴の手に手を重ねて、ゆっくりと応えると、晴は肩の強張りを解いて、ほっとした様に柔らかい笑顔を浮かべた。
夏休み前と同じ様に、二人は肩を並べて学校の最寄り駅へと向かう。ジリジリと焼ける様な日差しを浴びて、背中に汗が伝うのを感じながら、言葉もなくただ歩く。
互いにこの沈黙を心地いいと感じて、視界の角に見える相手の存在に安堵し、この上ない幸せな関係であることを噛み締めていた。
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