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第1章
暗黒騎士
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人類の帝国と魔族の王国が戦争に突入してから十年。
人類が強大な魔族に立ち向かうことができたのは、ひとえに一人の勇者がいたからだった。
魔女の大将軍を倒せたのも勇者の力あってこそだ。その勝利をきっかけに和平交渉が始まり、とうとう戦争は終わった。
しかし長い戦争で帝国は荒廃しきっていた。
神聖ウルスラ帝国の宮廷で、戦争終結の論功行賞が行われている。
広間の玉座には老帝が座り、その周囲には大臣や将軍たち重臣が居並ぶ。
彼らの表情は暗い。莫大な戦費をかけて帝国から挑んだこの戦争で得られたものはなく、事実上の敗戦だったからだ。
かつて宮廷を飾っていた絢爛豪華な調度類は戦費調達のために売り飛ばされて絨毯まで剥がされている。
第一の武勲を立てた勇者、暗黒騎士デス・ザニバルの名前が呼ばれる。
広間は静まり返る。
その中を、ブーツの甲高い音を鳴り響かせてデス・ザニバルが入場してくる。
一歩一歩、重々しい歩みだ。
デス・ザニバルの巨躯は圧倒的な存在感だった。
刺々しい黒づくめの鎧で全身を鎧い、大きな双角が生えた黒兜を被っている。
鎧は何層もの装甲が重なり合っている。ザニバルの動きに応じて装甲が複雑な機械のようにスライドし、内側の装甲が覗く。まるで機械仕掛けの人形であるかのようだ。
歩くザニバルの後ろには黒い瘴気がマントのようにたなびいている。瘴気は黒い鎧兜から生じていた。まるで炎の燃えるような音がする。
ザニバルは剣などの武器を提げてはいない。だが重なる装甲の合間からは刺々しい刃のような角が突き出ている。全身が装甲にして武器の魔装なのだ。
ザニバルの姿はあまりにも猛々しく禍々しい。まるでこの宮廷が血と闇に彩られた地獄の戦場と化したかのようだ。
凶暴な戦いぶりのザニバルは敵からも味方からも暗黒騎士と呼ばれて恐れられている。
「暗黒騎士…… デス・ザニバル殿……」
白髪の老帝から震え声で呼ばれ、ザニバルは玉座の前に立つ。ひざまずくのが礼儀なのだが、ザニバルの無礼なふるまいに大臣たちは目をふせる。
将軍の一人が眉をひそめて注意しかけた。だがザニバルから目を向けられた途端に口をつぐむ。兜から覗くザニバルの赤く燃える目が悪魔のように恐ろしかったからだ。
「ザニバル殿…… これまで貴殿はよく戦ってくれた…… 領地を奪われずにすんだのも貴殿のおかげだ…… おかげで和平にこぎつけることができた……」
ザニバルは顎を上げて傲岸不遜な態度で聞く。
「なれば、そろそろ戦いを一休みしてもよかろう……?」
老帝の言葉を聞いて、ザニバルの眼が赤く光る。ザニバルのまとう魔装の隙間から瘴気が黒い炎のように噴き出る。
地の底から響くような低い声でザニバルは告げる。
「和平なんて認めないもん。俺は血に飢えているんだもん!」
初めてザニバルの物言いを聞いて、大臣のある者は困惑し、またある者は思わず吹き出す。
ザニバルの手から黒い瘴気が伸びて、大臣の笑っている口に押し込まれた。呼吸できなくなって大臣は悶絶し、その場に転がる。
大臣たちの顔が恐怖に引きつる。
ザニバルの話し方を聞いたことがある将軍たちは顔を強張らせながら、決して笑うなと目配せしあう。知っていても思わず笑ってしまうのがザニバルの恐ろしいところだった。
老帝は無理に優しそうな表情を浮かべて、
「永遠に戦わないとは言っておらぬ…… しかし軍もザニバル殿もしばらく休むべきであろう……」
「俺は今すぐにでも戦いに行けるもん」
兜のバイザーから覗くザニバルの眼が赤く不気味に輝く。
大臣が額に冷や汗を垂らしながらザニバルに説明する。
「連合王国との和平の条件で、暗黒騎士デス・ザニバルが軍務から退くことを求められているのです」
ザニバルがその大臣に手を伸ばす。手から噴き出した瘴気で大臣は吹き飛ばされて壁に張り付けになった。
皆は息をのむ。
「……帝国のために聞いてはくれまいか。もはや帝国に戦う力は残っていないのだ……」
老帝が勇気を振り絞るように言う。
「ふざけてるよ。なんのためにここまで血を流してきたの?」
怒りに満ちたザニバルの魔装各部から暗黒の瘴気が噴き上がる。天井に吊るされた燭台が揺れてぶつかり合う。
重臣たちは恐怖の叫び声を漏らす。
「ここまで戦い抜いたザニバル殿には忸怩たる思いがあろう。しかし民のためなのだ。何卒、何卒、剣を収めてはくれまいか……」
老帝が深々と頭を下げて、重臣たちも平伏する。
「……つまんない。いいもん、もう辞めちゃうんだもん!」
鼻をすするような音がして、ザニバルの面頬から黒い瘴気が噴き出る。
皆がほっとしかけたとき、ザニバルは叫んだ。
「俺、一人で戦争できるもん!」
空気が凍りつく。
「軍資金ちょうだい、大負けに負けて百万金貨でいいよ」
ザニバルは重臣たちをゆっくりと眺めまわした。
財務大臣が真っ蒼になって、
「国庫には金貨どころか借金しかないのです。百万金貨など到底支払えません」
ザニバルはおもむろに腕を振り上げ、そして瞬時に振り下ろした。
籠手の鋭く黒い指先が鈍く輝く。
届いていないはずの玉座に五条の傷が走る。
老帝は取り乱して、
「そう、そうじゃ、金の代わりに姫をめとらぬか」
「姫なんか要らないよ。戦えないし、遊んでもつまらないもん」
「で、では、姫が嫌なら、朕をめとってはどうじゃ。皇帝になることができるのじゃぞ」
「陛下、暗黒騎士に国を任せたらすぐに滅んでしまいますぞ!」
「またすぐ戦争になってしまいます!」
老帝の錯乱した言葉にたまげた重臣たちが口々に抗議の叫びを上げる。
「貧乏皇帝なんて、頼まれたって嫌だもん」
ザニバルが言い捨てる。
いろんな意味で寒い空気に、居並ぶ重臣たちは居たたまれなくなった。
将軍の一人がザニバルに声をかける。
「ザニバル殿。お気持ちは分かります。ですが、帝国には本当にもう資金がないのです。どうしてもということならば、この身体を差し上げます。奴隷にでもお使いください」
「うざ! 奴隷なんてうざいだけだよ」
ザニバルの魔装から噴き上がる暗黒の瘴気はより激しくなる。大広間の窓は震え、割れ始める。破片が大広間に散らばる。
そこで別の大臣が両手を打ち鳴らした。
「暗黒騎士殿。土地ならばいかがでございます。地主になれば領地からの収入を得られますぞ」
どよめきが起こる。老帝は頷き、他の大臣たちもそれに習う。
大臣はひざまずいてザニバルに巻物を手渡す。帝国の地図だ。
ザニバルは地図に目を通す。
大臣は地図の中でも大きな州を指さした。
「このナヴァリア州などいかがかと。豊かな緑と美しい海に恵まれた土地でございます」
「へえ?」
ザニバルは興味を持ったようだった。
「帝国と王国の国境に接していて、魔族との小競り合いが絶えない土地でもございます。暗黒騎士殿の腕を振るうこともかないましょう」
「殺し放題なのかな」
ザニバルは凶暴に笑い、皆はこれからナヴァリア州で起きることを想像した。
だが誰も止めようとはしなかった。ナヴァリア州は帝国のために犠牲となるのだ。
暗黒騎士の業績を称える歓呼の中、ザニバルは老帝から土地の目録を賜った。
こうして暗黒騎士ザニバルは神聖ウルスラ帝国の軍務を降ろされ、領地のナヴァリア州へと出立することになった。
人類が強大な魔族に立ち向かうことができたのは、ひとえに一人の勇者がいたからだった。
魔女の大将軍を倒せたのも勇者の力あってこそだ。その勝利をきっかけに和平交渉が始まり、とうとう戦争は終わった。
しかし長い戦争で帝国は荒廃しきっていた。
神聖ウルスラ帝国の宮廷で、戦争終結の論功行賞が行われている。
広間の玉座には老帝が座り、その周囲には大臣や将軍たち重臣が居並ぶ。
彼らの表情は暗い。莫大な戦費をかけて帝国から挑んだこの戦争で得られたものはなく、事実上の敗戦だったからだ。
かつて宮廷を飾っていた絢爛豪華な調度類は戦費調達のために売り飛ばされて絨毯まで剥がされている。
第一の武勲を立てた勇者、暗黒騎士デス・ザニバルの名前が呼ばれる。
広間は静まり返る。
その中を、ブーツの甲高い音を鳴り響かせてデス・ザニバルが入場してくる。
一歩一歩、重々しい歩みだ。
デス・ザニバルの巨躯は圧倒的な存在感だった。
刺々しい黒づくめの鎧で全身を鎧い、大きな双角が生えた黒兜を被っている。
鎧は何層もの装甲が重なり合っている。ザニバルの動きに応じて装甲が複雑な機械のようにスライドし、内側の装甲が覗く。まるで機械仕掛けの人形であるかのようだ。
歩くザニバルの後ろには黒い瘴気がマントのようにたなびいている。瘴気は黒い鎧兜から生じていた。まるで炎の燃えるような音がする。
ザニバルは剣などの武器を提げてはいない。だが重なる装甲の合間からは刺々しい刃のような角が突き出ている。全身が装甲にして武器の魔装なのだ。
ザニバルの姿はあまりにも猛々しく禍々しい。まるでこの宮廷が血と闇に彩られた地獄の戦場と化したかのようだ。
凶暴な戦いぶりのザニバルは敵からも味方からも暗黒騎士と呼ばれて恐れられている。
「暗黒騎士…… デス・ザニバル殿……」
白髪の老帝から震え声で呼ばれ、ザニバルは玉座の前に立つ。ひざまずくのが礼儀なのだが、ザニバルの無礼なふるまいに大臣たちは目をふせる。
将軍の一人が眉をひそめて注意しかけた。だがザニバルから目を向けられた途端に口をつぐむ。兜から覗くザニバルの赤く燃える目が悪魔のように恐ろしかったからだ。
「ザニバル殿…… これまで貴殿はよく戦ってくれた…… 領地を奪われずにすんだのも貴殿のおかげだ…… おかげで和平にこぎつけることができた……」
ザニバルは顎を上げて傲岸不遜な態度で聞く。
「なれば、そろそろ戦いを一休みしてもよかろう……?」
老帝の言葉を聞いて、ザニバルの眼が赤く光る。ザニバルのまとう魔装の隙間から瘴気が黒い炎のように噴き出る。
地の底から響くような低い声でザニバルは告げる。
「和平なんて認めないもん。俺は血に飢えているんだもん!」
初めてザニバルの物言いを聞いて、大臣のある者は困惑し、またある者は思わず吹き出す。
ザニバルの手から黒い瘴気が伸びて、大臣の笑っている口に押し込まれた。呼吸できなくなって大臣は悶絶し、その場に転がる。
大臣たちの顔が恐怖に引きつる。
ザニバルの話し方を聞いたことがある将軍たちは顔を強張らせながら、決して笑うなと目配せしあう。知っていても思わず笑ってしまうのがザニバルの恐ろしいところだった。
老帝は無理に優しそうな表情を浮かべて、
「永遠に戦わないとは言っておらぬ…… しかし軍もザニバル殿もしばらく休むべきであろう……」
「俺は今すぐにでも戦いに行けるもん」
兜のバイザーから覗くザニバルの眼が赤く不気味に輝く。
大臣が額に冷や汗を垂らしながらザニバルに説明する。
「連合王国との和平の条件で、暗黒騎士デス・ザニバルが軍務から退くことを求められているのです」
ザニバルがその大臣に手を伸ばす。手から噴き出した瘴気で大臣は吹き飛ばされて壁に張り付けになった。
皆は息をのむ。
「……帝国のために聞いてはくれまいか。もはや帝国に戦う力は残っていないのだ……」
老帝が勇気を振り絞るように言う。
「ふざけてるよ。なんのためにここまで血を流してきたの?」
怒りに満ちたザニバルの魔装各部から暗黒の瘴気が噴き上がる。天井に吊るされた燭台が揺れてぶつかり合う。
重臣たちは恐怖の叫び声を漏らす。
「ここまで戦い抜いたザニバル殿には忸怩たる思いがあろう。しかし民のためなのだ。何卒、何卒、剣を収めてはくれまいか……」
老帝が深々と頭を下げて、重臣たちも平伏する。
「……つまんない。いいもん、もう辞めちゃうんだもん!」
鼻をすするような音がして、ザニバルの面頬から黒い瘴気が噴き出る。
皆がほっとしかけたとき、ザニバルは叫んだ。
「俺、一人で戦争できるもん!」
空気が凍りつく。
「軍資金ちょうだい、大負けに負けて百万金貨でいいよ」
ザニバルは重臣たちをゆっくりと眺めまわした。
財務大臣が真っ蒼になって、
「国庫には金貨どころか借金しかないのです。百万金貨など到底支払えません」
ザニバルはおもむろに腕を振り上げ、そして瞬時に振り下ろした。
籠手の鋭く黒い指先が鈍く輝く。
届いていないはずの玉座に五条の傷が走る。
老帝は取り乱して、
「そう、そうじゃ、金の代わりに姫をめとらぬか」
「姫なんか要らないよ。戦えないし、遊んでもつまらないもん」
「で、では、姫が嫌なら、朕をめとってはどうじゃ。皇帝になることができるのじゃぞ」
「陛下、暗黒騎士に国を任せたらすぐに滅んでしまいますぞ!」
「またすぐ戦争になってしまいます!」
老帝の錯乱した言葉にたまげた重臣たちが口々に抗議の叫びを上げる。
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そこで別の大臣が両手を打ち鳴らした。
「暗黒騎士殿。土地ならばいかがでございます。地主になれば領地からの収入を得られますぞ」
どよめきが起こる。老帝は頷き、他の大臣たちもそれに習う。
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大臣は地図の中でも大きな州を指さした。
「このナヴァリア州などいかがかと。豊かな緑と美しい海に恵まれた土地でございます」
「へえ?」
ザニバルは興味を持ったようだった。
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「殺し放題なのかな」
ザニバルは凶暴に笑い、皆はこれからナヴァリア州で起きることを想像した。
だが誰も止めようとはしなかった。ナヴァリア州は帝国のために犠牲となるのだ。
暗黒騎士の業績を称える歓呼の中、ザニバルは老帝から土地の目録を賜った。
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