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第1章
領主の少女
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高く跳躍したヘルタイガーは、ひとっ跳びで関所の石塀を越えて庭に降り立つ。
関所の庭では、身分の高そうな少女を兵士たちが取り囲んでいた。
少女は白い絹の乗馬服を着て、華やかな赤いリボン付き帽子を被っている。帽子からはカールした豊かな金髪が覗いている。
兵士たちは貧相な鎧を付けて剣を提げ、下卑た笑いを浮かべている。
「おどきなさい! 私は一刻も早く帰らねばならないのです!」
少女は叫ぶが、男たちは聞く耳を持たない。
「お嬢ちゃんのせいで、俺たちはこんな時間に起こされたんだぜ。少し遊んでくれてもいいだろ」
兵士は手に持った酒瓶からラッパ飲みした。どの兵士も酔っているようだ。
少女は懐から短剣を取り出した。
眼には涙を溜めているが、勇気を振り絞るように短剣を兵士たちに向けて構える。
「私はアニス・ナヴァス。一族の誇りにかけて、雑兵になど屈しません。かかってきなさい!」
「つまらねえ手間をかけさせやがる」
兵士たちは苛立った様子で剣を抜いた。
「つまんないのはあんたたち」
地獄の底から響くような暗黒騎士ザニバルの声だ。
悪魔の化身が兵士たちの前に歩み出る。
「ああ?」
兵士たちは怪訝そうな顔をした。
「なにもんだ、てめえ!」
兵士が突きつけてきた剣をザニバルは指二本で摘まむ。兵士は剣を振り回そうとするが、びくともしない。
「ふざけんな!」
他の兵士が斬りかかってきたところに、ザニバルは指二本で剣ごと兵士を振り回してぶつける。悲鳴を上げて兵士たちは転がる。
ザニバルは慨嘆する。
「あ~あ、やっぱり弱くて馬鹿で美味しくないよ」
ザニバルの低い声と話し方のギャップが激しい。
「なんだこいつ? ふざけやがって!」
兵士の一人がまた斬りかかってくる。
ザニバルは長いブーツで兵士を蹴った。
兵士は宙を飛んで石塀を越えた。
長い悲鳴を残して消える。
ザニバルは大きく息を吸ってみて、
「こんな不味い恐怖でも、ないよりはましかあ」
深くため息をつく。兜の面頬から黒い瘴気が音を立てて漏れる。
兵士たちは酔いが醒めたようだった。
「てめえ、あの向こうは崖だぞ……! よくも!」
目を血走らせてザニバルをにらむ。
「さあ、怖がってね」
ザニバルは言い放った。
兵士の一人は剣を投げつけようとして、動けなくなる。ヘルタイガーの大きな顎に頭から腹まで飲み込まれたのだ。
兵士は声にならない叫びを上げるもそのまま丸飲みされる。
ザニバルは兵士の剣を籠手で受け止めた。剣は折れて兵士自身の頭に刺さる。兵士は目に映るものが信じられないという顔をしてくずおれる。
残る兵士たちは恐慌状態になった。
意味不明の叫びを上げて逃げ出そうとする。
彼らの逃げ先には黒い沼があった。気が付かずに踏み込んで、絶叫しながらずぶずぶと沈んでしまう。
ザニバルは兵士を残らず片付けた。
庭には兵士たちが転がって、もう死ぬとか底なし沼だなどと呻いている。先ほどまでの戦いは全て黒い瘴気が生み出した幻覚だった。彼らは瘴気が生み出した悪夢に沈んでいるのだ。
「殺すのなんて簡単だけど、それじゃ恐怖を搾り取れないもんね」
ザニバルはつぶやく。
ザニバルは残った少女に眼をやる。
少女からは強い恐怖の匂い。それはそうだろう。恐ろしい暗黒騎士を前にしているのだ。
さあ、どう料理するのが美味しいか。
「私はナヴァリア領主、アニス・ナヴァスですわ」
少女が名乗りを上げると、ふいに彼女から恐怖の匂いが消えた。
ザニバルは兜の奥で眉をひそめる。ザニバルを前に恐怖を抱かない少女がいるというのか。
「助けていただいて感謝しますわ」
そう言って深々と礼をするアニスの手は震えている。そうだ、怖くない訳がない。だのに恐怖を匂わせないとはどうしたことか。
ザニバルはアニスに興味を抱いた。
アニスはカールした金髪を揺らして顔を上げた。まっすぐにザニバルの兜を見てくる。
「私、一刻も早くナヴァリアに帰らねばならないのです。もしあなたもナヴァリアに向かうのでしたら護衛をお願いできませんか。もちろん、相応のお礼は差し上げますわ」
護衛はさておき、ザニバルの行き先は確かにナヴァリアだ。この奇妙な少女をもう少し観察してみたい。
「いいよ。ついていってあげる」
ザニバルの地獄の底から響くような声とかわいい話し方のギャップに、アニスはきょとんとする。だが礼儀作法を鍛えられているのか笑ったりはしない。
優雅に一礼してから、
「急ぎますわ。私のナヴァリアがあの悪魔のような奴、暗黒騎士デス・ザニバルに狙われているのです。早く知らせないと」
ザニバルの赤い眼が困惑に瞬く。
「ザニバルは卑怯者と聞きます。途中で狙われるかもしれません。油断しないでくださいな」
アニスは厳しい顔で言う。
「俺、卑怯じゃないし、油断なんてしないもん」
少なくともザニバルから襲われる可能性はありえない。
ザニバルの言葉のニュアンスにアニスは気が付かなかったようだった。
「頼もしいですわ!」
アニスは馬小屋から白馬を引き出してくる。手には松明を掲げている。
ナヴァリア州への門をザニバルが開く。
アニスの白馬が飛び出し、ヘルタイガーにまたがったザニバルが続く。
兵士たちの恐怖をたっぷりと喰らって力を補充したザニバルの魔装が解けることはしばらくなさそうだった。
こうしてザニバルからアニスを守るザニバルの旅が始まった。
関所の庭では、身分の高そうな少女を兵士たちが取り囲んでいた。
少女は白い絹の乗馬服を着て、華やかな赤いリボン付き帽子を被っている。帽子からはカールした豊かな金髪が覗いている。
兵士たちは貧相な鎧を付けて剣を提げ、下卑た笑いを浮かべている。
「おどきなさい! 私は一刻も早く帰らねばならないのです!」
少女は叫ぶが、男たちは聞く耳を持たない。
「お嬢ちゃんのせいで、俺たちはこんな時間に起こされたんだぜ。少し遊んでくれてもいいだろ」
兵士は手に持った酒瓶からラッパ飲みした。どの兵士も酔っているようだ。
少女は懐から短剣を取り出した。
眼には涙を溜めているが、勇気を振り絞るように短剣を兵士たちに向けて構える。
「私はアニス・ナヴァス。一族の誇りにかけて、雑兵になど屈しません。かかってきなさい!」
「つまらねえ手間をかけさせやがる」
兵士たちは苛立った様子で剣を抜いた。
「つまんないのはあんたたち」
地獄の底から響くような暗黒騎士ザニバルの声だ。
悪魔の化身が兵士たちの前に歩み出る。
「ああ?」
兵士たちは怪訝そうな顔をした。
「なにもんだ、てめえ!」
兵士が突きつけてきた剣をザニバルは指二本で摘まむ。兵士は剣を振り回そうとするが、びくともしない。
「ふざけんな!」
他の兵士が斬りかかってきたところに、ザニバルは指二本で剣ごと兵士を振り回してぶつける。悲鳴を上げて兵士たちは転がる。
ザニバルは慨嘆する。
「あ~あ、やっぱり弱くて馬鹿で美味しくないよ」
ザニバルの低い声と話し方のギャップが激しい。
「なんだこいつ? ふざけやがって!」
兵士の一人がまた斬りかかってくる。
ザニバルは長いブーツで兵士を蹴った。
兵士は宙を飛んで石塀を越えた。
長い悲鳴を残して消える。
ザニバルは大きく息を吸ってみて、
「こんな不味い恐怖でも、ないよりはましかあ」
深くため息をつく。兜の面頬から黒い瘴気が音を立てて漏れる。
兵士たちは酔いが醒めたようだった。
「てめえ、あの向こうは崖だぞ……! よくも!」
目を血走らせてザニバルをにらむ。
「さあ、怖がってね」
ザニバルは言い放った。
兵士の一人は剣を投げつけようとして、動けなくなる。ヘルタイガーの大きな顎に頭から腹まで飲み込まれたのだ。
兵士は声にならない叫びを上げるもそのまま丸飲みされる。
ザニバルは兵士の剣を籠手で受け止めた。剣は折れて兵士自身の頭に刺さる。兵士は目に映るものが信じられないという顔をしてくずおれる。
残る兵士たちは恐慌状態になった。
意味不明の叫びを上げて逃げ出そうとする。
彼らの逃げ先には黒い沼があった。気が付かずに踏み込んで、絶叫しながらずぶずぶと沈んでしまう。
ザニバルは兵士を残らず片付けた。
庭には兵士たちが転がって、もう死ぬとか底なし沼だなどと呻いている。先ほどまでの戦いは全て黒い瘴気が生み出した幻覚だった。彼らは瘴気が生み出した悪夢に沈んでいるのだ。
「殺すのなんて簡単だけど、それじゃ恐怖を搾り取れないもんね」
ザニバルはつぶやく。
ザニバルは残った少女に眼をやる。
少女からは強い恐怖の匂い。それはそうだろう。恐ろしい暗黒騎士を前にしているのだ。
さあ、どう料理するのが美味しいか。
「私はナヴァリア領主、アニス・ナヴァスですわ」
少女が名乗りを上げると、ふいに彼女から恐怖の匂いが消えた。
ザニバルは兜の奥で眉をひそめる。ザニバルを前に恐怖を抱かない少女がいるというのか。
「助けていただいて感謝しますわ」
そう言って深々と礼をするアニスの手は震えている。そうだ、怖くない訳がない。だのに恐怖を匂わせないとはどうしたことか。
ザニバルはアニスに興味を抱いた。
アニスはカールした金髪を揺らして顔を上げた。まっすぐにザニバルの兜を見てくる。
「私、一刻も早くナヴァリアに帰らねばならないのです。もしあなたもナヴァリアに向かうのでしたら護衛をお願いできませんか。もちろん、相応のお礼は差し上げますわ」
護衛はさておき、ザニバルの行き先は確かにナヴァリアだ。この奇妙な少女をもう少し観察してみたい。
「いいよ。ついていってあげる」
ザニバルの地獄の底から響くような声とかわいい話し方のギャップに、アニスはきょとんとする。だが礼儀作法を鍛えられているのか笑ったりはしない。
優雅に一礼してから、
「急ぎますわ。私のナヴァリアがあの悪魔のような奴、暗黒騎士デス・ザニバルに狙われているのです。早く知らせないと」
ザニバルの赤い眼が困惑に瞬く。
「ザニバルは卑怯者と聞きます。途中で狙われるかもしれません。油断しないでくださいな」
アニスは厳しい顔で言う。
「俺、卑怯じゃないし、油断なんてしないもん」
少なくともザニバルから襲われる可能性はありえない。
ザニバルの言葉のニュアンスにアニスは気が付かなかったようだった。
「頼もしいですわ!」
アニスは馬小屋から白馬を引き出してくる。手には松明を掲げている。
ナヴァリア州への門をザニバルが開く。
アニスの白馬が飛び出し、ヘルタイガーにまたがったザニバルが続く。
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