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第3章
ヘルタイガーとホーリーハウンド
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サイレン族が暮らす港町ぺスカ。
猫も多く住み着いているその町で、暗黒騎士ザニバルと巫女マヒメは行方不明の虎猫キトを探して家探しをしていた。
だが偽ザニバルに襲撃されて警戒していたサイレン族の若者たちは、ザニバルとマヒメを敵の一味とみなす。そして二人へと銛を投擲した。
「ザニバルの手下め、くらえ!」
サイレン族は常日頃から銛で漁をしている。その上、視覚だけでなく優れた聴覚によって風も読む。この距離では絶対に外さない。
ザニバルはいつもの魔装をまとっておらず、きゃしゃな少女姿だ。薄手の黒いワンピースを着て、頭には獣耳が揺れている。
若者を追ってきていた虎猫キトの目前で、ザニバルの薄い胸に銛が当たった。
キトは目を見開く。なんてことだろう。
ザニバルの背中に、腹に、腕に、銛が当たっていくのを見るしかない。
若者は歓声を上げて、キトは憤怒する。なんて愚かなのだ。
ザニバルの身体に当たった銛の全てが地面に落ちる。一本たりとも刺さってはいない。
よく見ればザニバルの肩には小さな道化師人形のようなものが乗っている。小悪魔バランが実体化していた。銛はこのバランが払いのけたのだ。
バランは不満げに、
「言ったじゃないのさ。魔装を着ないのは危ないって」
自分に飛んできた銛を稲妻で受け止めていたマヒメも同様に、
「そうよ。ここには敵がいるんだから」
ザニバルは頬を膨らませる。
「魔装を着てたら狭いところを探せないもん。キトは隙間が好きなんだもん」
そしてサイレン族の若者たちを暗黒の瞳でにらみつける。
「お姉ちゃんが言ってたよ。やるならやられる覚悟をしてなきゃダメだって」
若者たちは確実に命中したはずの銛が刺さっていないことに唖然としている。
「なぜ……!?」
ぺスカ町から出たことがないサイレン族の若者たちには、事態を理解できるだけの知識が乏しい。
だが狙った少女がひどく怒っていることは分かった。彼らの腰が引ける。
マヒメが困った顔をして、
「この人たち、町の人でしょ。誤解があっただけじゃないの」
ザニバルにとりなそうとする。
「当たったら死んでたもん。許せないもん」
ザニバルは若者たちを殺意の視線で射すくめる。
若者たちは恐怖に足がすくむ。ザニバルの見た目は弱々しい少女なのに、なぜか途轍もなく恐ろしい。
「後悔しながら死ぬといいもん」
「あ、悪魔……!」
キトは若者たちの愚かさに怒る。よりによってザニバルを攻撃するだなんて。死んでも仕方のない行為だ。でもサイレン族には一飯の恩義がある。
若者たちを始末してやろうと無慈悲な表情で近づくザニバルの前に、キトは飛び出した。
ザニバルは目をぱちくりして喜色満面になる。
「キト! ここにいたんだ!」
しかしキトはザニバルの前に立ちふさがる。
「どうしたのキト?」
ザニバルは戸惑いながら、しゃがんでキトに手を伸ばそうとする。
キトは短く威嚇の鳴き声を上げる。
ザニバルの表情が曇る。
「……やっぱり怒ってるの? 重いザニバルを乗せて、さんざん雷蛇なんかを追いかけさせたから」
「雷蛇なんかとはひどいわね」
マヒメは渋い顔をする。
キトはぽかんとする。ヘルタイガーは賢いからザニバルの言葉はよくわかる。でも意味が掴めない。ザニバルは何を言ってるのだろう。
ザニバルはキトの前に膝をついて、
「ごめんねキト。でも、もう大丈夫だから! ベンダ号に乗るからキトを疲れたりさせないよ!」
懸命に謝ってくる。
キトは悲しい気分になった。やっぱりザニバルはキトをもう要らないのだ。キトに乗って出かけたりはしたくないのだ。
ザニバルが改めて手を伸ばしてくる。キトはぷいと顔を背ける。ザニバルの目頭に涙があふれてくる。
「そんなに怒ってるの……?」
そうしている間に若者たちは地べたを這いずって逃げようとしていた。そこに突然の叫びが上がり、彼らのの動きを止める。
町中の猫たちが警戒の叫びを上げている。
白く大きな狼の群れが町の通りになだれ込んできた。ホーリーハウンドだ。
狼たちは顎を開いて赤い舌を垂らし、あえぐような呼吸音を発しながらサイレン族の若者とザニバルたちを取り囲んでいく。
町の通りに大音声が響き渡る。
「がはははは! ザニバル様のお出ましだ!」
狼の群れに護衛された偽ザニバルが通りをやってくる。
サイレン族の若者たちを見て、偽ザニバルは舌なめずりをする。
「うほ、こいつは大漁だぜえ」
たホーリーハウンドは優に二十頭を超える大群だ。引き連れた偽ザニバルは自信満々な様子をしている。その顔には前回キトからやられたひっかき傷がまだ生々しい。
「お前ら、とっくに滅んだはずのシレナっつう魔族だってな。ラミロに売りつけてやる。珍しい魔族だ、さぞや高く売れるだろうぜ」
偽ザニバルはサイレン族の若者たちを眺め回して下卑た笑い声をあげる。
マヒメはその様子に肩をすくめる。
「この町で暴れているって通報があったザニバルね。想像以上にひどい偽者だわ」
キトは偽ザニバルを見据える。こいつはキトの獲物だ。
侮辱だ。こんな偽者が存在するだなんて許されない。ザニバルの目前から一刻も早く消し去らないと。
キトに気付いた偽ザニバルは、
「おい! 俺をあの虎猫から守れ!」
狼たちに指示を出す。狼たちは指示に従ってたちまち偽ザニバルの守りを固める。
「どうだ、こいつらは俺の言うことならなんでも聞くぞ!」
偽ザニバルは威張りながら、自分の首に巻かれた白銀の首輪を撫でる。同様の首輪が狼たちの首にも輝いている。首輪を介して命令が送られる仕組みなのだろう。
「お前たち大丈夫か!」
「ザニバルめ! 町に手は出させないぞ!」
洞窟から大人たちがどやどやと駆けつけてきた。銛やこん棒を手にして、若者たちを囲み守る。
大人たちは狼の多さに目を剥く。
「だから洞窟から出るなと言ったのに」
「隠れていてもいつか見つかるよ!」
大人と若者はまた言い争いを始めかける。
「黙りなさい!」
マヒメが叫ぶ。サイレンたちはマヒメを見やる。
大人の一人がマヒメに、
「あんたは?」
「通報を受けてきた勇者係のマヒメ。今は争っている場合ではないでしょう!」
マヒメは自分の杖を構える。
数頭の狼が皆を囲んでいる。狼は顎を開いて鋭い牙を覗かせ、低く唸っている。今にも襲いかかってきそうだ。
「しかし町はその勇者に襲われているのだぞ」
「あれは偽者です!」
「では本物はどこなんだ?」
そう問われてマヒメは口ごもる。
「それは……」
その本物ザニバルはキトを追い掛け回していた。
「ねえ、待ってよキト!」
キトはザニバルの手を避けながら、狼の護衛を抜けて偽ザニバルを襲おうと狙う。そこに後ろからザニバルが追ってくる。
今は止めてほしいとザニバルに吠えるのだが聞いてもらえない。
キトは狼の護衛に飛び込んだ。次々に襲い来る狼の牙を小さな虎猫の身体でかいくぐる。
偽ザニバルは狼の守りに囲まれながらも、迫るキトから必死に逃げ惑う。
「貴様ら! 俺をもっとしっかり守らんか! ぎゃっ!」
間近まで迫ったキトの爪を狼が背中で受ける。狼の背中から光の粒が噴き出す。
狼たちも全力で働いているが、小さなキトの素早い動きには追随しきれていなかった。キトは狼の足を抜け、胴を壁に使って跳ね返り、背の上をぽんぽんと跳ぶ。そのたびにキトは爪を走らせて狼たちを切り裂いていく。
傷を負った狼、即ちホーリーハウンドの身体からは血の代わりに光の粒が流れ出ている。ホーリーハウンドたちは魔法によって仮初に造られた生命だからだ。聖系属性のホーリーハウンドは傷つけられると魔法構造が壊れて聖系魔力に分解される。
キトの進路に狼たちが集まって壁を作った。避けると見せかけて、キトは高く跳ぶ。それを追ってきたザニバルも狼の鼻づらを蹴っ飛ばして跳ぶ。
ザニバルの伸ばした手がキトの尻尾に触れかける。キトはくるりと半回転してかわす。キトとザニバルの目が合う。
「キト! 帰ろうよ!」
ザニバルはキト以外が目に入っていない。
キトはザニバルの気持ちがどうにも分からない。要らなくなった自分をどうして追っかけてくるのだろう。
キトは急降下して偽ザニバルを頭上から襲う。
狼が偽ザニバルに体当たりしてキトの狙いをずらす。
キトの鋭い爪が偽ザニバルの兜をぱかりと割る。
当たりどころが悪ければ割れていたのは自分の頭だと偽ザニバルは震えあがる。
落ちていくザニバルは下に偽ザニバルの頭を見つけた。勢いよく蹴りつけるように偽ザニバルの頭上へと降りる。激しい衝撃が偽ザニバルを見舞う。
「ぐふ」
偽ザニバルは泡を吹いてぐらりと倒れた。
ザニバルは地面に降り立つ。
命令者を失ってホーリーハウンドの動きが停まる。
倒れた偽ザニバルにキトは歩み寄って様子を確認する。もう動きそうにない。
とどめだとキトは爪を伸ばして偽ザニバルの首を刎ねようとし、ザニバルはキトをその胸に抱こうと手を伸ばしたときだった。
「あ~あ、ほんと使えない」
声を通りに響かせながら女が通りに現れる。
ぴっちりした白銀の制服が豊かな身体の線を強調している。その身体を見せつけるようにくねらせて踊るように歩いてくる。
アトポシス神聖騎士団の神聖騎士ミレーラ・ガゼットだ。
「みぎゃっ!」
ザニバルはミレーラを見るや口を曲げて隠れようとする。
キトは警戒して爪をミレーラに向ける。よく知っている面倒な相手だ。
ミレーラは大げさに眺め回し、
「せっかくホーリーハウンドを使わせてあげたのに」
ザニバルとキトをねめつけて、
「やってきたのはチビ猫娘とチビ猫」
マヒメにも目をやり、
「似非神社の似非巫女」
大げさに肩を落としてため息をつき、
「肝心のザニバル様がいらっしゃらないだなんて」
己を両腕でかきい抱いてみせる。
「誰が似非巫女ですって!」
マヒメが怒り出したのをミレーラは気にも留めない。
「偽者、せめてもう少し働きなさい」
ミレーラが命ずるや、偽ザニバルは操り人形のようにぎくしゃくと立ち上がった。首輪が妖しく輝いている。目は虚ろだ。
「ザニバル様をお呼びするにはまだまだ騒ぎが足りません。この町を破壊しつくし、奪いし尽すのです!」
ミレーラは高々と宣言する。
猫も多く住み着いているその町で、暗黒騎士ザニバルと巫女マヒメは行方不明の虎猫キトを探して家探しをしていた。
だが偽ザニバルに襲撃されて警戒していたサイレン族の若者たちは、ザニバルとマヒメを敵の一味とみなす。そして二人へと銛を投擲した。
「ザニバルの手下め、くらえ!」
サイレン族は常日頃から銛で漁をしている。その上、視覚だけでなく優れた聴覚によって風も読む。この距離では絶対に外さない。
ザニバルはいつもの魔装をまとっておらず、きゃしゃな少女姿だ。薄手の黒いワンピースを着て、頭には獣耳が揺れている。
若者を追ってきていた虎猫キトの目前で、ザニバルの薄い胸に銛が当たった。
キトは目を見開く。なんてことだろう。
ザニバルの背中に、腹に、腕に、銛が当たっていくのを見るしかない。
若者は歓声を上げて、キトは憤怒する。なんて愚かなのだ。
ザニバルの身体に当たった銛の全てが地面に落ちる。一本たりとも刺さってはいない。
よく見ればザニバルの肩には小さな道化師人形のようなものが乗っている。小悪魔バランが実体化していた。銛はこのバランが払いのけたのだ。
バランは不満げに、
「言ったじゃないのさ。魔装を着ないのは危ないって」
自分に飛んできた銛を稲妻で受け止めていたマヒメも同様に、
「そうよ。ここには敵がいるんだから」
ザニバルは頬を膨らませる。
「魔装を着てたら狭いところを探せないもん。キトは隙間が好きなんだもん」
そしてサイレン族の若者たちを暗黒の瞳でにらみつける。
「お姉ちゃんが言ってたよ。やるならやられる覚悟をしてなきゃダメだって」
若者たちは確実に命中したはずの銛が刺さっていないことに唖然としている。
「なぜ……!?」
ぺスカ町から出たことがないサイレン族の若者たちには、事態を理解できるだけの知識が乏しい。
だが狙った少女がひどく怒っていることは分かった。彼らの腰が引ける。
マヒメが困った顔をして、
「この人たち、町の人でしょ。誤解があっただけじゃないの」
ザニバルにとりなそうとする。
「当たったら死んでたもん。許せないもん」
ザニバルは若者たちを殺意の視線で射すくめる。
若者たちは恐怖に足がすくむ。ザニバルの見た目は弱々しい少女なのに、なぜか途轍もなく恐ろしい。
「後悔しながら死ぬといいもん」
「あ、悪魔……!」
キトは若者たちの愚かさに怒る。よりによってザニバルを攻撃するだなんて。死んでも仕方のない行為だ。でもサイレン族には一飯の恩義がある。
若者たちを始末してやろうと無慈悲な表情で近づくザニバルの前に、キトは飛び出した。
ザニバルは目をぱちくりして喜色満面になる。
「キト! ここにいたんだ!」
しかしキトはザニバルの前に立ちふさがる。
「どうしたのキト?」
ザニバルは戸惑いながら、しゃがんでキトに手を伸ばそうとする。
キトは短く威嚇の鳴き声を上げる。
ザニバルの表情が曇る。
「……やっぱり怒ってるの? 重いザニバルを乗せて、さんざん雷蛇なんかを追いかけさせたから」
「雷蛇なんかとはひどいわね」
マヒメは渋い顔をする。
キトはぽかんとする。ヘルタイガーは賢いからザニバルの言葉はよくわかる。でも意味が掴めない。ザニバルは何を言ってるのだろう。
ザニバルはキトの前に膝をついて、
「ごめんねキト。でも、もう大丈夫だから! ベンダ号に乗るからキトを疲れたりさせないよ!」
懸命に謝ってくる。
キトは悲しい気分になった。やっぱりザニバルはキトをもう要らないのだ。キトに乗って出かけたりはしたくないのだ。
ザニバルが改めて手を伸ばしてくる。キトはぷいと顔を背ける。ザニバルの目頭に涙があふれてくる。
「そんなに怒ってるの……?」
そうしている間に若者たちは地べたを這いずって逃げようとしていた。そこに突然の叫びが上がり、彼らのの動きを止める。
町中の猫たちが警戒の叫びを上げている。
白く大きな狼の群れが町の通りになだれ込んできた。ホーリーハウンドだ。
狼たちは顎を開いて赤い舌を垂らし、あえぐような呼吸音を発しながらサイレン族の若者とザニバルたちを取り囲んでいく。
町の通りに大音声が響き渡る。
「がはははは! ザニバル様のお出ましだ!」
狼の群れに護衛された偽ザニバルが通りをやってくる。
サイレン族の若者たちを見て、偽ザニバルは舌なめずりをする。
「うほ、こいつは大漁だぜえ」
たホーリーハウンドは優に二十頭を超える大群だ。引き連れた偽ザニバルは自信満々な様子をしている。その顔には前回キトからやられたひっかき傷がまだ生々しい。
「お前ら、とっくに滅んだはずのシレナっつう魔族だってな。ラミロに売りつけてやる。珍しい魔族だ、さぞや高く売れるだろうぜ」
偽ザニバルはサイレン族の若者たちを眺め回して下卑た笑い声をあげる。
マヒメはその様子に肩をすくめる。
「この町で暴れているって通報があったザニバルね。想像以上にひどい偽者だわ」
キトは偽ザニバルを見据える。こいつはキトの獲物だ。
侮辱だ。こんな偽者が存在するだなんて許されない。ザニバルの目前から一刻も早く消し去らないと。
キトに気付いた偽ザニバルは、
「おい! 俺をあの虎猫から守れ!」
狼たちに指示を出す。狼たちは指示に従ってたちまち偽ザニバルの守りを固める。
「どうだ、こいつらは俺の言うことならなんでも聞くぞ!」
偽ザニバルは威張りながら、自分の首に巻かれた白銀の首輪を撫でる。同様の首輪が狼たちの首にも輝いている。首輪を介して命令が送られる仕組みなのだろう。
「お前たち大丈夫か!」
「ザニバルめ! 町に手は出させないぞ!」
洞窟から大人たちがどやどやと駆けつけてきた。銛やこん棒を手にして、若者たちを囲み守る。
大人たちは狼の多さに目を剥く。
「だから洞窟から出るなと言ったのに」
「隠れていてもいつか見つかるよ!」
大人と若者はまた言い争いを始めかける。
「黙りなさい!」
マヒメが叫ぶ。サイレンたちはマヒメを見やる。
大人の一人がマヒメに、
「あんたは?」
「通報を受けてきた勇者係のマヒメ。今は争っている場合ではないでしょう!」
マヒメは自分の杖を構える。
数頭の狼が皆を囲んでいる。狼は顎を開いて鋭い牙を覗かせ、低く唸っている。今にも襲いかかってきそうだ。
「しかし町はその勇者に襲われているのだぞ」
「あれは偽者です!」
「では本物はどこなんだ?」
そう問われてマヒメは口ごもる。
「それは……」
その本物ザニバルはキトを追い掛け回していた。
「ねえ、待ってよキト!」
キトはザニバルの手を避けながら、狼の護衛を抜けて偽ザニバルを襲おうと狙う。そこに後ろからザニバルが追ってくる。
今は止めてほしいとザニバルに吠えるのだが聞いてもらえない。
キトは狼の護衛に飛び込んだ。次々に襲い来る狼の牙を小さな虎猫の身体でかいくぐる。
偽ザニバルは狼の守りに囲まれながらも、迫るキトから必死に逃げ惑う。
「貴様ら! 俺をもっとしっかり守らんか! ぎゃっ!」
間近まで迫ったキトの爪を狼が背中で受ける。狼の背中から光の粒が噴き出す。
狼たちも全力で働いているが、小さなキトの素早い動きには追随しきれていなかった。キトは狼の足を抜け、胴を壁に使って跳ね返り、背の上をぽんぽんと跳ぶ。そのたびにキトは爪を走らせて狼たちを切り裂いていく。
傷を負った狼、即ちホーリーハウンドの身体からは血の代わりに光の粒が流れ出ている。ホーリーハウンドたちは魔法によって仮初に造られた生命だからだ。聖系属性のホーリーハウンドは傷つけられると魔法構造が壊れて聖系魔力に分解される。
キトの進路に狼たちが集まって壁を作った。避けると見せかけて、キトは高く跳ぶ。それを追ってきたザニバルも狼の鼻づらを蹴っ飛ばして跳ぶ。
ザニバルの伸ばした手がキトの尻尾に触れかける。キトはくるりと半回転してかわす。キトとザニバルの目が合う。
「キト! 帰ろうよ!」
ザニバルはキト以外が目に入っていない。
キトはザニバルの気持ちがどうにも分からない。要らなくなった自分をどうして追っかけてくるのだろう。
キトは急降下して偽ザニバルを頭上から襲う。
狼が偽ザニバルに体当たりしてキトの狙いをずらす。
キトの鋭い爪が偽ザニバルの兜をぱかりと割る。
当たりどころが悪ければ割れていたのは自分の頭だと偽ザニバルは震えあがる。
落ちていくザニバルは下に偽ザニバルの頭を見つけた。勢いよく蹴りつけるように偽ザニバルの頭上へと降りる。激しい衝撃が偽ザニバルを見舞う。
「ぐふ」
偽ザニバルは泡を吹いてぐらりと倒れた。
ザニバルは地面に降り立つ。
命令者を失ってホーリーハウンドの動きが停まる。
倒れた偽ザニバルにキトは歩み寄って様子を確認する。もう動きそうにない。
とどめだとキトは爪を伸ばして偽ザニバルの首を刎ねようとし、ザニバルはキトをその胸に抱こうと手を伸ばしたときだった。
「あ~あ、ほんと使えない」
声を通りに響かせながら女が通りに現れる。
ぴっちりした白銀の制服が豊かな身体の線を強調している。その身体を見せつけるようにくねらせて踊るように歩いてくる。
アトポシス神聖騎士団の神聖騎士ミレーラ・ガゼットだ。
「みぎゃっ!」
ザニバルはミレーラを見るや口を曲げて隠れようとする。
キトは警戒して爪をミレーラに向ける。よく知っている面倒な相手だ。
ミレーラは大げさに眺め回し、
「せっかくホーリーハウンドを使わせてあげたのに」
ザニバルとキトをねめつけて、
「やってきたのはチビ猫娘とチビ猫」
マヒメにも目をやり、
「似非神社の似非巫女」
大げさに肩を落としてため息をつき、
「肝心のザニバル様がいらっしゃらないだなんて」
己を両腕でかきい抱いてみせる。
「誰が似非巫女ですって!」
マヒメが怒り出したのをミレーラは気にも留めない。
「偽者、せめてもう少し働きなさい」
ミレーラが命ずるや、偽ザニバルは操り人形のようにぎくしゃくと立ち上がった。首輪が妖しく輝いている。目は虚ろだ。
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