暗黒騎士の大逆転

モト

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第3章

終わりと始まり

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 騒ぎが終わったと見て取ったサイレン族の大人たちは、ぺスカの崩壊した町並みを見て頭を抱えた。

「ここまで壊されるとはなあ…… ひどいもんだ」
 大半の家が倒壊して、もはや瓦礫ばかりだ。

「あ! まだ帰らないでよ!」
 町を後にして帰ろうとしていた暗黒騎士ザニバルは、巫女マヒメから呼び止められた。

「もうやることないもん」
 そういうザニバルにはホーリータイガーのキトが寄り添っている。
 もともとザニバルはキトを探しに来たのだ。
 キトはマヒメから治療術をかけてもらって、かなり回復している。

「ゴニから勇者係の仕事を頼まれてたでしょ!」
 マヒメから言われて、しばらくザニバルは考え込む。

「ええっと…… 偽者を…… 退治するんだっけ…… だったら、ほら、もうやっつけたもん。帰ろうよ」
 ザニバルが指さした先には、偽ザニバルが砂浜に倒れている。

「後始末までやるのが仕事よ!」
 マヒメは叱りつける。その場をそっと逃げ出そうとしている神聖騎士ミレーラにも目をやった。

 マヒメの足元に稲光が発生。マヒメは砂浜を滑るように移動してたちまちミレーラの前にまでやってくる。
「神聖騎士、あんた張本人でしょうが。きちんと元に戻していきなさい。ったく、逃避のマヒメから逃げられるなんて思わないでよ」

「田舎巫女の分際で偉そうに」
 つぶやいたミレーラだが、
「散らかしたらねえ、自分で片付けるんだよ」
 ザニバルから言われて、
「御命令とあれば!」
 嬉しそうに返事する。

 さっきまで大泣きしていたミレーラは目を赤く泣きはらしている。それでも明るそうに町並みを確認してから、
「ううん、ここまで壊れたらもう無理ですね。建て直すのはあきらめて、引っ越しましょう」
 平然と言う。

「ふざけるな! ここが俺たちの町なんだ!」
「俺たちサイレンが安全に住める場所なんて他にあるか!」
「洞窟も壊されて、正体のシレナも見られてしまって、ここだってもう安全じゃないぞ!」
「責任を取れ、責任を!」
 サイレン族たちが怒鳴る。
 彼らは怒り、そしてこれからの生活を恐れている。

「そう言われましても」
 ミレーラはすがるようにザニバルを見る。

 ザニバルは兜の奥の赤い眼を瞬かせ、ため息をついて、
「早く片付けて帰るんだもん。まず瓦礫を片付けてよ、ミレーラ」
「はい!」

 ミレーラはキトから返してもらった杖を振るってホーリーハウンドを召喚。家の瓦礫を砂浜に運ばせていく。
 サイレン族やマヒメ、ミレーラ、キト、ザニバルも運ぶ。
 猫たちはそれを見守っている。

 皆が汗をかいて働き、一通り運ぶだけ運んで町に空き地ができた。

「みんな、どいてて」
 ザニバルの魔装から暗黒の瘴気が噴出し始める。もともと瘴気に包まれていた町がさらに闇へと沈んでいく。

 ザニバルは精神集中して瘴気を操る。
 瘴気はやがて黒銀の柱や壁に実体化を始めた。豪華な家とはいかないが、住むには困らなそうな小屋が黒銀によって形成されていく。

 しばらく時間が過ぎた。
「ふう……」
 ザニバルは集中を解き、瘴気の噴出を止める。

 通りには黒銀の家々が作り上げられていた。
 黒い瘴気に包まれた黒銀の町並みだ。

「おおお……!」
 サイレン族たちが感嘆の声を上げる。

 瘴気のせいで視界は著しく悪いが、聴覚で世界を捉えるサイレン族には大した不便もなさそうだ。

「この闇はすばらしい! これなら若者たちを外の者に見られることもない!」
「若者たちを洞窟に隠さずにすみます!」
「ワダツミノキミ様、ありがたや」
「ああ、ありがたや、ありがたや」
 サイレン族たちは感謝の祈りを

 まだ半魚人のような姿に変異できないサイレン族の若者たちも、安心して町を歩く。
「俺たち、もう洞窟に閉じこもってなくていいんだ!」
「昼間から出歩けるなんて夢のようだ!」

 皆が歓喜している中、砂浜に転がっていた偽ザニバルがもぞもぞと動き出した。意識を取り戻したのだ。

 偽ザニバルは起き上がってあたりを見回し、
「なんだ、こいつはいったいどうなってやがる?」

 偽ザニバルの覚醒を目ざとく見つけたマヒメは、サイレン族と共にすばやく取り囲む。
「私から逃げられると思ったら大間違いよ。にしても、どうしたものかしら。私たちはここの秘密を話したりしないけど、この男はそうもいかないでしょうね」

「ふむ、どう始末したものかな」
 サイレン族たちは手に持つ銛を煌めかせる。

「ひいい! お助け!」
 偽ザニバルがわめく。

 サイレン族たちは少し相談してから、
「逃げられないようにしようかねえ」
 数人が偽ザニバルに手を押し付けた。魔法術式だ。手から魔力が流し込まれる。偽ザニバルは悲鳴を上げる。

 サイレン族たちによる術式が終わると、そこには彼らと同じ半魚人のような姿に変異した偽ザニバルがいた。
 偽ザニバルは自分の手を見て、水かきが生えていることに長い悲鳴を上げる。

「ここは瘴気でいっぱいになったからなあ、術はそうそう解けねえぞ。覚悟するんだな」
「俺たちの仲間に入れてやったんだ。感謝しろ」
「お前も今日からは漁の仕事をやるんだぞ」
「ここから逃げてもサイレンからはもう逃げられねえぞ」
 サイレン族たちは口々に言った後、大声で笑った。
 偽ザニバルは震えて縮こまる。

 こうしてぺスカの町の偽ザニバル騒ぎは決着したのだった。


 今度こそ帰り支度をザニバルたちは始める。

 ザニバルの木馬、ベンダ号は街はずれに置いてあった。
 ザニバル、キト、マヒメの一行はそこにやってくる。

 ザニバルは木馬にまたがろうとしかけて、キトのもの言いたげな視線に気付いた。
 ザニバルは首をかしげてしばらく考え、ようやく思い至ったようだった。どうしてキトが戻ってこなかったのかを。
 ザニバルがキトではなくベンダ号に乗ってしまったからだ。

 ザニバルはおろおろして、
「ごめんね、本当にごめんね、キト。また乗せてくれる?」
 そんなザニバルの籠手をキトはぺろぺろと舐める。   
 ザニバルはキトをぎゅっと抱きしめてから、ベンダ号を眺めた。

「これはキトにあげる」
 ザニバルはベンダ号を本来の姿であるアルテムの杖に戻し、キトに渡そうとする。

「ちょ、ちょっと、それは大事な神宝なのよ!」
 マヒメは慌てるが、
「もらったものは好きに使っていいもん」
 ザニバルはキトにアルテムの杖を渡した。

 キトは顎に杖を咥えてから、どうしたものかと途方に暮れた様子だ。

「キト、使いやすくしてあげるね」
 ザニバルが杖に触れると、杖は形を変えていく。キトの頭、胴体、四肢を覆い、全身を守る黒い鎧兜と化した。

「おそろいだよ!」
 ザニバルが言うと、キトは嬉しそうに頭をすりつけてくる。キトの兜とザニバルの鎧がぶつかって、がちゃがちゃと音を立てる。キトはごろごろと鳴く。

「ああ、神宝が猫のものに…… 捨てられるよりはいいか……」
 マヒメがうめく。

 そこにミレーラがやってきた。どこかにつないであったのか、白馬に乗っている。
「さあ、帰りましょう。ザニバル様」

 マヒメが眉をひそめる。
「ちょっと、あなた。帰るってどこによ」
「もちろんナヴァリア州都ですよ。私はザニバル様の捕虜になったんです。そう報告します」
「まるっきり嘘じゃないのよ!」

 見送りのサイレン族たちが集まってくる。猫たちも一緒だ。
「ありがとうございました、暗黒騎士ザニバル様」
「ワダツミノキミ様、オオワダツミ様、ぺスカはあなた様の力で救われました」
「これからは逃げ隠れてばかりではなく、ワダツミ様と力を合わせて街を守っていきます」
 サイレン族たちは深々と礼をする。

「今度は美味しい魚を食べに来るね。猫たちも一緒だよ」
 ザニバルの言葉に、サイレン族たちは歓声を上げる。
「とびきりの魚を用意して、待っております!」
 猫たちも鳴き声を上げる。 

 アーマータイガーと化したキトに、ザニバルは颯爽とまたがる。
「お家に帰ろう! キト!」
 キトは力強く咆哮した。
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