暗黒騎士の大逆転

モト

文字の大きさ
62 / 64
第4章

放課後

しおりを挟む
 暗黒騎士ザニバルは同級生のパトリシアを教室から無理やり連れ回したあげく、温泉で一泊してからようやく彼女の家まで送り届けた。

 パトリシアの父はここナヴァリア州パリエ郡の大地主にして領主の血族であるエルフィリオ・パリエ・ナヴァス。その家は城塞であり、私兵を抱えている。

 今、ザニバルたちはエルフィリオの剣兵に包囲され、城壁上の弓兵から狙いをつけられていた。

 剣兵に守られたエルフィリオは居丈高な態度だ。その傍らに侍る若い男は出入り商人のラミロ。かつてザニバルの手で芒星城から追い払われたことがある。

 ラミロはザニバルをにらみつける。
 ザニバルは平然とした様子でホーリータイガーにまたがり、前には焦った様子のパトリシアを乗せている。

「エルフィリオ様、こやつは確かに黒騎士です! 乗っている虎の色は違っておりますが、この黒い鎧姿は忘れもしません! 我々の暗黒騎士を使い物にならなくした憎い偽物です!」
 ラミロはザニバルに人差し指を突きつけて叫ぶ。

 エルフィリオは鼻で笑う。
「馬鹿者め。お前の言う黒騎士こそは本物の暗黒騎士、お前が雇っていたのが真っ赤な偽物だ。暗黒騎士の副官がこのザニバル殿の元に馳せ参じたという情報をつかんでいないのか」

「は、はあ。申し訳ございません!」
 ラミロはひざまずかんばかりだ。

「まあいい。名にしおう暗黒騎士ザニバルだ、者ども、しっかり狙えよ!」
 エルフィリオの号令に弓兵は弓を引き絞り、剣兵は剣を構えなおす。

 パトリシアは慌てる。無断外泊を厳しく責められ折檻されることは覚悟していた。だが父がザニバルに兵を向けるとまでは考えていなかった。

「お父様ごめんなさい! 遅くなったのは私がお芝居の話を聞きたいとせがんだからなのですわ! 私が全部悪いのです!」
 パトリシアは身を乗り出して必死な形相で訴えかける。

「お前は黙っていなさい」
 父エルフィリオは娘を一顧だにせず、冷たく言い放つ。
「ザニバル殿。娘にしでかしたことの責任は取っていただこう」

「授業のための勉強をしていただけですわ!」
 パトリシアが叫ぶ。

「寝床で夜のお勉強をがんばりなさったんですかい」
 剣兵たちが下卑た笑い声をあげる。

「夜は一緒に寝ただけだもん」
 ザニバルが言うとさらに剣兵たちは下品な言葉でからかって笑い、パトリシアは真っ赤になる。

 エルフィリオはそれ見たことかという顔で、
「ふふふふ、どう落とし前をつけていただけるのかな」

「ねえ…… どうして怖がってないの……?」
 ザニバルが静かに言う。

 かみ合わない会話にエルフィリオは眉根を寄せて、
「ごまかさずに答えたらどうだ」

 ザニバルのまとう魔装が多重装甲を開き、暗黒の瘴気を噴き出し始める。
「矢や剣が当たればパティは死んじゃうんだよ? この世でなによりも大切なものは家族なんだっていつもお姉ちゃんは言ってたよ。お父さんは家族のお城なんだよ。なのにどうして大切な家族に武器を向けるの?」

 エルフィリオは呆れるように笑った。
「娘は大切な父のために尽くすものだ。不肖の娘ではあるが、父のために命を捧げるならば褒めてやってもよかろう」

 ザニバルの魔装が震える。
「怖いよ。そんなのお父さんじゃないよ……」

 ザニバルのがっしりした両腕がパトリシアに回される。
 パトリシアがその両腕に触れると恐怖の震えが伝わってくる。パトリシア自身は父からの恐怖を感じていない。父からの扱いが辛くて悲しくて、だからとうとう心と気持ちを切り離してしまった。気持ちを他人事のように眺めることで耐えてきたのだ。

 だが、言葉にならない気持ちがパトリシアの中にあふれてくる。
 パトリシアは思う。ザニバルは、この人は、私のために怖がってくれているのだ。私の死んでしまった気持ちがザニバルの両腕から、鎧から、身体から伝わってくる。
 パトリシアの身体も同調するかのように震える。声にならない叫びがこみあげてくる。

 ザニバルの魔装が多層装甲を全開にする。噴き出す暗黒の瘴気が周囲を漂い、色濃く満ちていく。
「だったらザニバルが家族になるもん!」
 濃密な瘴気が渦巻き、地面へと吸い込まれ始める。

「おっと、魔法は使わせんぞ」
 エルフィリオは手の指にたくさんはめている指輪のひとつを触る。
 ザニバル一行がいる辺りの地面に、白く輝く文様が浮かび上がる。複雑なパターンが移り変わりながら、生きているかのように文様は広がっていく。
 文様から生じる結界がザニバル一行を何重にも包み込む。

 ラミロが自慢顔になる。
「うふふふ、対魔族戦闘用に帝国軍が開発した最新の魔法結界です。対象の魔力によって駆動しますから、魔力が強ければ強いほど結界も強化されて対象を封じ込めるのです。裏の伝手で仕入れてきたとっておきの逸品です!」

 エルフィリオも満足そうな顔だ。
「我が領地を守るには十二分に備えねばならんからな。何者であろうと侵入はさせんのだ。ナヴァリア州を戦場にしたあげく自らも戦死した愚かな先代領主とは違う」

 魔法結界に縛られて、魔法生物であるホーリータイガーのキトがうめく。
 パトリシアも感電したようなぴりぴりした痛みを皮膚に感じて顔をゆがめる。

「許さないもん! ザニバルはパティのお城になるもん!」
 ザニバルは兜の奥の赤い眼を燃え上がらせる。
 
 とがった鱗のような形の漆黒鋼板が地面から突き出した。高さは人の数倍だ。剣兵のすぐ傍に鋼板が続々と突き出してきて、剣兵たちは慌てふためき後退する。だが追いかけるように鋼板が出現して剣兵たちを閉じ込めていく。

 鋼板はザニバル一行を取り囲むように地面から生えていき、魔法結界の文様を切り裂く。文様は光の粒となって霧散する。

 城壁上の弓兵たちは闇雲にザニバル一行に向けて矢を放つが鋼板に阻まれて全く届かない。それどころか彼らにも鋼板が迫ってくる。城壁よりも高い。

 ザニバルはキトがまとっている漆黒の装甲を本来の姿である杖に戻した。さらに杖を塔へと変化させる。
 鋼板に囲まれた中心に、高い漆黒の塔がそびえたつ。エルフィリオの城砦よりもはるかに高い。弓兵たちは絶望的な表情で塔を見上げる。

「結界が無効? そんな馬鹿な、帝国軍の折り紙付きなのですよ! 魔力を完全に奪いつくして結界に転換してしまうはずなのに!」
 ラミロが目を剥いて叫ぶ。彼の周りにも次々に鋼板が生えてきて、ラミロは身動きが取れなくなる。

「魔法なんか知らないもん」
 ザニバルはつぶやく。

 魔装に宿る悪魔バランがほくそ笑んで、
<旧来の魔法術式理論ごときが最新の悪魔に通用するものかい>

「ぬおお!」
 エルフィリオも鋼板に包囲された。鋼板の生え方はだんだんと内側に近づいてくる。いずれエルフィリオを貫いてしまうだろう。このままでは兵士も城砦もすべてが鋼板に埋め尽くされて微塵となる。

「今日からはここがパティのお家だよ」
 修羅場の中、塔の前、ザニバルは和やかな様子でパトリシアに告げる。ホーリータイガーも優しく鳴く。

 途轍もない有様に呆然と立ち尽くしていたパトリシアは懸命に言葉を探す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...