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第4章
放課後
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暗黒騎士ザニバルは同級生のパトリシアを教室から無理やり連れ回したあげく、温泉で一泊してからようやく彼女の家まで送り届けた。
パトリシアの父はここナヴァリア州パリエ郡の大地主にして領主の血族であるエルフィリオ・パリエ・ナヴァス。その家は城塞であり、私兵を抱えている。
今、ザニバルたちはエルフィリオの剣兵に包囲され、城壁上の弓兵から狙いをつけられていた。
剣兵に守られたエルフィリオは居丈高な態度だ。その傍らに侍る若い男は出入り商人のラミロ。かつてザニバルの手で芒星城から追い払われたことがある。
ラミロはザニバルをにらみつける。
ザニバルは平然とした様子でホーリータイガーにまたがり、前には焦った様子のパトリシアを乗せている。
「エルフィリオ様、こやつは確かに黒騎士です! 乗っている虎の色は違っておりますが、この黒い鎧姿は忘れもしません! 我々の暗黒騎士を使い物にならなくした憎い偽物です!」
ラミロはザニバルに人差し指を突きつけて叫ぶ。
エルフィリオは鼻で笑う。
「馬鹿者め。お前の言う黒騎士こそは本物の暗黒騎士、お前が雇っていたのが真っ赤な偽物だ。暗黒騎士の副官がこのザニバル殿の元に馳せ参じたという情報をつかんでいないのか」
「は、はあ。申し訳ございません!」
ラミロはひざまずかんばかりだ。
「まあいい。名にしおう暗黒騎士ザニバルだ、者ども、しっかり狙えよ!」
エルフィリオの号令に弓兵は弓を引き絞り、剣兵は剣を構えなおす。
パトリシアは慌てる。無断外泊を厳しく責められ折檻されることは覚悟していた。だが父がザニバルに兵を向けるとまでは考えていなかった。
「お父様ごめんなさい! 遅くなったのは私がお芝居の話を聞きたいとせがんだからなのですわ! 私が全部悪いのです!」
パトリシアは身を乗り出して必死な形相で訴えかける。
「お前は黙っていなさい」
父エルフィリオは娘を一顧だにせず、冷たく言い放つ。
「ザニバル殿。娘にしでかしたことの責任は取っていただこう」
「授業のための勉強をしていただけですわ!」
パトリシアが叫ぶ。
「寝床で夜のお勉強をがんばりなさったんですかい」
剣兵たちが下卑た笑い声をあげる。
「夜は一緒に寝ただけだもん」
ザニバルが言うとさらに剣兵たちは下品な言葉でからかって笑い、パトリシアは真っ赤になる。
エルフィリオはそれ見たことかという顔で、
「ふふふふ、どう落とし前をつけていただけるのかな」
「ねえ…… どうして怖がってないの……?」
ザニバルが静かに言う。
かみ合わない会話にエルフィリオは眉根を寄せて、
「ごまかさずに答えたらどうだ」
ザニバルのまとう魔装が多重装甲を開き、暗黒の瘴気を噴き出し始める。
「矢や剣が当たればパティは死んじゃうんだよ? この世でなによりも大切なものは家族なんだっていつもお姉ちゃんは言ってたよ。お父さんは家族のお城なんだよ。なのにどうして大切な家族に武器を向けるの?」
エルフィリオは呆れるように笑った。
「娘は大切な父のために尽くすものだ。不肖の娘ではあるが、父のために命を捧げるならば褒めてやってもよかろう」
ザニバルの魔装が震える。
「怖いよ。そんなのお父さんじゃないよ……」
ザニバルのがっしりした両腕がパトリシアに回される。
パトリシアがその両腕に触れると恐怖の震えが伝わってくる。パトリシア自身は父からの恐怖を感じていない。父からの扱いが辛くて悲しくて、だからとうとう心と気持ちを切り離してしまった。気持ちを他人事のように眺めることで耐えてきたのだ。
だが、言葉にならない気持ちがパトリシアの中にあふれてくる。
パトリシアは思う。ザニバルは、この人は、私のために怖がってくれているのだ。私の死んでしまった気持ちがザニバルの両腕から、鎧から、身体から伝わってくる。
パトリシアの身体も同調するかのように震える。声にならない叫びがこみあげてくる。
ザニバルの魔装が多層装甲を全開にする。噴き出す暗黒の瘴気が周囲を漂い、色濃く満ちていく。
「だったらザニバルが家族になるもん!」
濃密な瘴気が渦巻き、地面へと吸い込まれ始める。
「おっと、魔法は使わせんぞ」
エルフィリオは手の指にたくさんはめている指輪のひとつを触る。
ザニバル一行がいる辺りの地面に、白く輝く文様が浮かび上がる。複雑なパターンが移り変わりながら、生きているかのように文様は広がっていく。
文様から生じる結界がザニバル一行を何重にも包み込む。
ラミロが自慢顔になる。
「うふふふ、対魔族戦闘用に帝国軍が開発した最新の魔法結界です。対象の魔力によって駆動しますから、魔力が強ければ強いほど結界も強化されて対象を封じ込めるのです。裏の伝手で仕入れてきたとっておきの逸品です!」
エルフィリオも満足そうな顔だ。
「我が領地を守るには十二分に備えねばならんからな。何者であろうと侵入はさせんのだ。ナヴァリア州を戦場にしたあげく自らも戦死した愚かな先代領主とは違う」
魔法結界に縛られて、魔法生物であるホーリータイガーのキトがうめく。
パトリシアも感電したようなぴりぴりした痛みを皮膚に感じて顔をゆがめる。
「許さないもん! ザニバルはパティのお城になるもん!」
ザニバルは兜の奥の赤い眼を燃え上がらせる。
とがった鱗のような形の漆黒鋼板が地面から突き出した。高さは人の数倍だ。剣兵のすぐ傍に鋼板が続々と突き出してきて、剣兵たちは慌てふためき後退する。だが追いかけるように鋼板が出現して剣兵たちを閉じ込めていく。
鋼板はザニバル一行を取り囲むように地面から生えていき、魔法結界の文様を切り裂く。文様は光の粒となって霧散する。
城壁上の弓兵たちは闇雲にザニバル一行に向けて矢を放つが鋼板に阻まれて全く届かない。それどころか彼らにも鋼板が迫ってくる。城壁よりも高い。
ザニバルはキトがまとっている漆黒の装甲を本来の姿である杖に戻した。さらに杖を塔へと変化させる。
鋼板に囲まれた中心に、高い漆黒の塔がそびえたつ。エルフィリオの城砦よりもはるかに高い。弓兵たちは絶望的な表情で塔を見上げる。
「結界が無効? そんな馬鹿な、帝国軍の折り紙付きなのですよ! 魔力を完全に奪いつくして結界に転換してしまうはずなのに!」
ラミロが目を剥いて叫ぶ。彼の周りにも次々に鋼板が生えてきて、ラミロは身動きが取れなくなる。
「魔法なんか知らないもん」
ザニバルはつぶやく。
魔装に宿る悪魔バランがほくそ笑んで、
<旧来の魔法術式理論ごときが最新の悪魔に通用するものかい>
「ぬおお!」
エルフィリオも鋼板に包囲された。鋼板の生え方はだんだんと内側に近づいてくる。いずれエルフィリオを貫いてしまうだろう。このままでは兵士も城砦もすべてが鋼板に埋め尽くされて微塵となる。
「今日からはここがパティのお家だよ」
修羅場の中、塔の前、ザニバルは和やかな様子でパトリシアに告げる。ホーリータイガーも優しく鳴く。
途轍もない有様に呆然と立ち尽くしていたパトリシアは懸命に言葉を探す。
パトリシアの父はここナヴァリア州パリエ郡の大地主にして領主の血族であるエルフィリオ・パリエ・ナヴァス。その家は城塞であり、私兵を抱えている。
今、ザニバルたちはエルフィリオの剣兵に包囲され、城壁上の弓兵から狙いをつけられていた。
剣兵に守られたエルフィリオは居丈高な態度だ。その傍らに侍る若い男は出入り商人のラミロ。かつてザニバルの手で芒星城から追い払われたことがある。
ラミロはザニバルをにらみつける。
ザニバルは平然とした様子でホーリータイガーにまたがり、前には焦った様子のパトリシアを乗せている。
「エルフィリオ様、こやつは確かに黒騎士です! 乗っている虎の色は違っておりますが、この黒い鎧姿は忘れもしません! 我々の暗黒騎士を使い物にならなくした憎い偽物です!」
ラミロはザニバルに人差し指を突きつけて叫ぶ。
エルフィリオは鼻で笑う。
「馬鹿者め。お前の言う黒騎士こそは本物の暗黒騎士、お前が雇っていたのが真っ赤な偽物だ。暗黒騎士の副官がこのザニバル殿の元に馳せ参じたという情報をつかんでいないのか」
「は、はあ。申し訳ございません!」
ラミロはひざまずかんばかりだ。
「まあいい。名にしおう暗黒騎士ザニバルだ、者ども、しっかり狙えよ!」
エルフィリオの号令に弓兵は弓を引き絞り、剣兵は剣を構えなおす。
パトリシアは慌てる。無断外泊を厳しく責められ折檻されることは覚悟していた。だが父がザニバルに兵を向けるとまでは考えていなかった。
「お父様ごめんなさい! 遅くなったのは私がお芝居の話を聞きたいとせがんだからなのですわ! 私が全部悪いのです!」
パトリシアは身を乗り出して必死な形相で訴えかける。
「お前は黙っていなさい」
父エルフィリオは娘を一顧だにせず、冷たく言い放つ。
「ザニバル殿。娘にしでかしたことの責任は取っていただこう」
「授業のための勉強をしていただけですわ!」
パトリシアが叫ぶ。
「寝床で夜のお勉強をがんばりなさったんですかい」
剣兵たちが下卑た笑い声をあげる。
「夜は一緒に寝ただけだもん」
ザニバルが言うとさらに剣兵たちは下品な言葉でからかって笑い、パトリシアは真っ赤になる。
エルフィリオはそれ見たことかという顔で、
「ふふふふ、どう落とし前をつけていただけるのかな」
「ねえ…… どうして怖がってないの……?」
ザニバルが静かに言う。
かみ合わない会話にエルフィリオは眉根を寄せて、
「ごまかさずに答えたらどうだ」
ザニバルのまとう魔装が多重装甲を開き、暗黒の瘴気を噴き出し始める。
「矢や剣が当たればパティは死んじゃうんだよ? この世でなによりも大切なものは家族なんだっていつもお姉ちゃんは言ってたよ。お父さんは家族のお城なんだよ。なのにどうして大切な家族に武器を向けるの?」
エルフィリオは呆れるように笑った。
「娘は大切な父のために尽くすものだ。不肖の娘ではあるが、父のために命を捧げるならば褒めてやってもよかろう」
ザニバルの魔装が震える。
「怖いよ。そんなのお父さんじゃないよ……」
ザニバルのがっしりした両腕がパトリシアに回される。
パトリシアがその両腕に触れると恐怖の震えが伝わってくる。パトリシア自身は父からの恐怖を感じていない。父からの扱いが辛くて悲しくて、だからとうとう心と気持ちを切り離してしまった。気持ちを他人事のように眺めることで耐えてきたのだ。
だが、言葉にならない気持ちがパトリシアの中にあふれてくる。
パトリシアは思う。ザニバルは、この人は、私のために怖がってくれているのだ。私の死んでしまった気持ちがザニバルの両腕から、鎧から、身体から伝わってくる。
パトリシアの身体も同調するかのように震える。声にならない叫びがこみあげてくる。
ザニバルの魔装が多層装甲を全開にする。噴き出す暗黒の瘴気が周囲を漂い、色濃く満ちていく。
「だったらザニバルが家族になるもん!」
濃密な瘴気が渦巻き、地面へと吸い込まれ始める。
「おっと、魔法は使わせんぞ」
エルフィリオは手の指にたくさんはめている指輪のひとつを触る。
ザニバル一行がいる辺りの地面に、白く輝く文様が浮かび上がる。複雑なパターンが移り変わりながら、生きているかのように文様は広がっていく。
文様から生じる結界がザニバル一行を何重にも包み込む。
ラミロが自慢顔になる。
「うふふふ、対魔族戦闘用に帝国軍が開発した最新の魔法結界です。対象の魔力によって駆動しますから、魔力が強ければ強いほど結界も強化されて対象を封じ込めるのです。裏の伝手で仕入れてきたとっておきの逸品です!」
エルフィリオも満足そうな顔だ。
「我が領地を守るには十二分に備えねばならんからな。何者であろうと侵入はさせんのだ。ナヴァリア州を戦場にしたあげく自らも戦死した愚かな先代領主とは違う」
魔法結界に縛られて、魔法生物であるホーリータイガーのキトがうめく。
パトリシアも感電したようなぴりぴりした痛みを皮膚に感じて顔をゆがめる。
「許さないもん! ザニバルはパティのお城になるもん!」
ザニバルは兜の奥の赤い眼を燃え上がらせる。
とがった鱗のような形の漆黒鋼板が地面から突き出した。高さは人の数倍だ。剣兵のすぐ傍に鋼板が続々と突き出してきて、剣兵たちは慌てふためき後退する。だが追いかけるように鋼板が出現して剣兵たちを閉じ込めていく。
鋼板はザニバル一行を取り囲むように地面から生えていき、魔法結界の文様を切り裂く。文様は光の粒となって霧散する。
城壁上の弓兵たちは闇雲にザニバル一行に向けて矢を放つが鋼板に阻まれて全く届かない。それどころか彼らにも鋼板が迫ってくる。城壁よりも高い。
ザニバルはキトがまとっている漆黒の装甲を本来の姿である杖に戻した。さらに杖を塔へと変化させる。
鋼板に囲まれた中心に、高い漆黒の塔がそびえたつ。エルフィリオの城砦よりもはるかに高い。弓兵たちは絶望的な表情で塔を見上げる。
「結界が無効? そんな馬鹿な、帝国軍の折り紙付きなのですよ! 魔力を完全に奪いつくして結界に転換してしまうはずなのに!」
ラミロが目を剥いて叫ぶ。彼の周りにも次々に鋼板が生えてきて、ラミロは身動きが取れなくなる。
「魔法なんか知らないもん」
ザニバルはつぶやく。
魔装に宿る悪魔バランがほくそ笑んで、
<旧来の魔法術式理論ごときが最新の悪魔に通用するものかい>
「ぬおお!」
エルフィリオも鋼板に包囲された。鋼板の生え方はだんだんと内側に近づいてくる。いずれエルフィリオを貫いてしまうだろう。このままでは兵士も城砦もすべてが鋼板に埋め尽くされて微塵となる。
「今日からはここがパティのお家だよ」
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