鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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4巻

4-2

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「フェレースには話してなかったか……すまぬ、驚かせたようだな。先の魔獣騒動で多くの者が解決に尽力してくれたのだが、中でもここにいる四人とリリスが、騒動の元凶であった魔獣を討ち滅ぼしてくれたのだ。だがその際、常軌じょうきいっした出来事が起きていたため、竜賜代表領主のめいによって緘口令かんこうれいが敷かれたのだ。街に住む者はもちろん、ギルド職員も一部を除き、真相は知らされてはいない。だからこそ、真相を知りながら緘口令かんこうれいを敷くよう命じた者の一人として、頭を下げずにはいられなかったのだよ」

 そう自分の行動を説明する延李に、俺は苦笑し頭をいた。

「いや、なりゆきでそうなっただけのことだから。それに、昨日スミス爺さんたちに、街も諸々もろもろに対応するために動いていたと聞いている。そのことを考えると、たまたま増援が来るまでの時間かせぎができたってだけのことだろ。それに俺は途中で気を失ってしまったんだ、ギルドの総支配人に殊更ことさらお礼の言葉を言われるものではないだろう?」

 みんなを代表するように言うと、延李はおかしなものを見るような怪訝けげんな表情を浮かべた。だが、麗華とフウの顔を見て――

「そ、そうだったな。いや、しかし貴重な時間をかせいでくれたことに変わりはない、そのことに感謝するのだ」

 と、なんだか、あわてて何かを誤魔化しているような言葉を口にすると、続けて、

「それから、リリスについてだが、フェレースからも聞いたかもしれんが、彼女は長期の休暇を取っておって、ギルドに来ておらんのだよ」

 と言う。その言葉に合わせて、フェレースも肯定こうていするようにうなずいていた。

「随分と急な話だったんですね。一応、俺と紫慧はリリスと同じ宿に泊まっているんですが、宿の方でもそんな話は聞きませんでしたよ?」

 俺がさらに質問すると、延李は少しだけ困ったような表情を浮かべ、わずかに考えるようなそぶりを見せた。

「う~む。まあ、ともに死地をいくぐってきた者たちにまで隠しておくのは得策ではないか……。だがこれから話す内容は、この場限りのこととして、決して口外しないでいただきたい! 実は、リリスはダークエルフ氏族が住むさと――豊樹の郷フルフトバールバウムを治める氏族長の娘御むすめごなのだよ。事情があり、本人の希望で身分を隠し、翼竜街ギルドの一職員として働いてもらっていたのだ。だが先日、内密に氏族長殿からの使者が訪れてな、『火急の用件が発生』ということで、郷里である豊樹の郷へその密使と帰郷することになったのだ」
「そうですか、実家から帰ってこいって言われ、しかも付添いまで来たのなら仕方ないでしょうね」

 俺がサラっと返すと、延李は意外そうな顔をした。

「なんだ? 驚かんのか? ダークエルフ氏族の族長の娘御むすめごといえば、我ら竜人族りゅうじんぞくで言うところの麗華様と同格の姫君になるのだぞ?」

 そんな延李に、麗華がすまなそうな表情で口を開く。

「おじさま。その……そのことなんですが、アルディリア以外はもうみんな知っています。わたくしが、魔獣討伐の折に、リリスと幼馴染おさななじみだと話してしまったので……」

 その言葉に、延李は体から力が抜けてしまったように深々と椅子に体をゆだねると、

「なんだ、知っておったのか……」

 とつぶやいた。リリスの身分については、延李の中で『極秘』事項となっていたのだろうが、『アーウィン家のはねっ返り』と『耀家のお転婆てんば娘』に、見事に思惑をつぶされていたらしい。
 もっとも、二人にそれを要求したところで無駄になると思い至らなかった延李が悪いと、俺は思うんだが……。そんなことを考えながら麗華の方を見れば、少し不機嫌になった彼女ににらみつけられ、あわてて視線を外すように顔をそむけた。
 森でもそうだが、どうもこの辺のことを考えると、麗華たちににらみつけられている気がする。もしかして、顔に出ているのだろうか?

「そうじゃ! リリスから、驍廣殿と紫慧紗殿、それにアルディリアに伝言を預かっておったのだ!!」

 突然声を上げる延李に、俺は思考を中断して視線を向けると、椅子に座り直した彼がふところから紙片を取り出した。

「ええとぉ……リリスからの伝言は――
『驍廣。急遽きゅうきょさとへ戻ることになったけれど、すぐに戻るつもりだから、戻ったら今度は私の弓を一張り作ってね♪ それから、紫慧! アルディリアには注意するのよ、彼女結構本気みたいだから。アルディリア、物には順番というものがあるんですからね、その辺はきちんとわきまえるようにしなさいね! それじゃ、もし私が街に帰る前にさとの近くに来ることがあったら、ぜひ寄ってちょうだい。そのときは歓迎するわ♪』
 ――だそうだ。……はぁ~」

 紙片に書かれてあった文を読み上げた延李は、脱力し深く溜息ためいきをついた。
『なぜに溜息ためいき?』と疑問を持ったが、俺の隣に座る紫慧はリリスの伝言を聞いて力強くうなずきつつこぶしを握り、一方のアルディリアは不敵な笑みを浮かべていた。
 そんな俺たちの様子を見て、こめかみを押さえながら渋面じゅうめんを浮かべるレアン。彼とは対照的に、麗華は何が面白いのかニコニコとしつつ、俺たちの顔を順繰りに見ていた。その笑顔は、いつもの悪戯いたずらを思いついたときのような……俺としては嫌な予感がする笑顔だった。
 ――この後、結局リリスは翼竜街に戻らず、俺たちはリリスの父親が治めるダークエルフ氏族のさと、豊樹のさとに向かうことになる。そして、豊樹のさとだけでなく、周辺一帯をるがす大騒動の渦中かちゅうへと飛び込んでいくのだが、まさかそんなことになると思う者はこのとき誰一人いなかった。


「まったく、騒動を収めてくれたかと思えば、また一騒動ありそうだ。リリスめ、余計なことをしおって……」

 挨拶あいさつを済ませて、スミスおうの鍛冶場へと急ぐ驍廣たちの姿を見送りながら、延李は困り顔でつぶやく。

「まあ、若いんですから色々あるんじゃないですか。それを優しく見守るのも、私たち大人の度量というものでしょ♪」

 隣に寄りうように立つフェレースは、楽しそうに彼に笑いかける。

「面白がっていては困る! 若いからこその暴走というものもあるだろう、その辺のことを上手く図るのが『フェレース』のもう一つの重要な職務なのだからね。楽しんでいないでしっかりと頼むよ」

 笑いかけられて満更まんざらでもない様子で表情をゆるめる延李だが、いましめるような言葉を口にし、さらに、

「しかし、普段のあの語尾を伸ばしたしゃべりは何とかならないか?」

 と言う。すると――

「あら、あのしゃべり方だと職員皆さんが親しみを持ってくれるので、私としてはアリだと思っているのですが?」
「しかし、君の歳であのしゃべり方は……すっ、すまん。今の言葉は忘れてくれ、副支配人!」

 自分が不用意に発した言葉に、フェレースが殺気を漂わせたのを見て、延李は平謝りに謝る。
 数多くの職員が働く翼竜街ギルドの中で、様々な業務に精通し、皆にしたわれるフェレース。
 翼竜街ギルドのおねえさん的存在であり、職員の悩みや隠し事を知る彼女ではあるが、反対に彼女のことをよく知る職員は少ない。その最たるものが、彼女の戸籍上の姓だろう。
 彼女の姓は『翔』。フェレース・翔・カッツェと言う。
『カッツェ』は彼女の両親から継いだもので、『翔』は彼女の伴侶はんりょである『』の姓だった。
 そう、フェレースは延李の細君であり、翼竜街ギルドを夫とともに支える女傑じょけつ(影の実力者)。
 日頃の間延まのびした話し方と容姿で若く見られることが多い彼女だが、実は延李とは同い年で、幼馴染おさななじみでもある。
 フェレースの両親は、先の天竜賜国てんりゅうしこく代表領主の館に使える侍従じじゅうであり、延李の父親は竜賜の近衛軍このえぐんにおり、代表領主の護衛を務めていた。その縁で幼い頃に知り合った二人は、成人すると竜賜で結婚し、当時領主となったばかりの安劉アンルを助けて欲しいという、代表領主であった安劉の祖父の願いに従い、翼竜街にやって来た。当時は、二人のことを知る者がおらず、夫である延李の手助けをしようと、フェレースもギルドの一職員になった。
 さすがに延李の妻が同僚と知ったら、職員は色眼鏡でフェレースを見るだろう。中には不埒ふらちなことを考えて近付いてくるやからがいないとも限らない。ゆえに延李は『妻は病弱で邸宅からは出られない体だ』という噂を流して、フェレースを守ることにした。
 そのためフェレースは、自分が延李の妻であることを名乗れずに、ズルズルと時を重ねてしまい、現在いまに至る。だが結果として、ギルドで起きる職員たちのめ事を一職員という立場から解決できるようになり、ギルド業務を円滑えんかつに進めることに大きく貢献こうけんしている。


 俺たちは、ギルドからまっすぐスミス爺さんの鍛冶場に向かうため、路地を曲がった途端、鍛冶場の方から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
 鍛冶場に近付くと、多くの冒険者や討伐者が集まっていた。彼らは口々に罵声ばせいを張り上げていたが、その罵声ばせいは群衆の向こう側に見える小山のような賢猪けんししサビオハバリーの背中に向けられていた。

「すまないが、この騒ぎは一体なんなんだ?」

 俺は、群衆の一番外側で、あきれ顔で様子をうかがっている竜人族の男に話しかけた。

「うん? なにね、これまでは流行はやりの鋳造ちゅうぞう武具を使っていたやつらが多かったのは知ってるだろ? だけど魔獣騒動のときに、魔獣との戦いの中で、鋳造ちゅうぞう武具はいくらも使わない内に折れたり曲がったりしてしまって、使い物にならなかったんだよ。それで、新たに武具を買い求めようとしたんだけど、鋳造ちゅうぞう武具を製造販売していた店が、突然店を閉めて行方をくらましてしまってね。そんなときに、翼竜街にも魔獣が大挙して迫っているって情報が届けられてね。それで、武具を失った討伐者や冒険者がギルドに押しかけて大変な騒ぎになったんだけど、スミスおう鍛造たんぞうの武具を大量に持ってきてくれて、魔獣騒動の間だけって条件で貸与してくれたんだよ。おかげで、多くの者が翼竜街を守るために力をふるうことができた。それで、そのときに振るった鍛造たんぞう武具と鋳造ちゅうぞう武具とのあまりの性能の違いに驚いて、スミスおうの鍛えた鍛造たんぞう武具を求めようとする者が増えたんだ。だけど、昨日まで鍛冶場が閉まっていてね。以前鍛冶場を閉めるなんて噂もあったから、もうスミスおうが鍛えた武具は手に入らないかもしれないって言われはじめていたんだ。それでも武具欲しさに日参している者までいたんだよ。で、今日になって鍛冶場の扉が開いたというんで来てみたら、見ての通り、扉をふさぐようにして賢猪けんしし様が寝ておられてねぇ……」

 と、竜人族の男は、困ったような顔で教えてくれた。よく見ると、寝ているサビオを困り顔で眺めている者やサビオを起こそうと声を上げる者たちが集まっていた。そんな中、一際ひときわ大きな声でサビオを怒鳴どなりつけている者が……
 そいつは少年のような風貌ふうぼうで、どう見ても戦いを生業なりわいにしているようには見えず、どこかの街からやって来た者なんだろうか、旅仕度をしていた。

「コラ~! いい加減この場を開けろ、この馬鹿猪がぁ! 遠路はるばるやって来たというのに、さっさとここをどいてスミスおうに会わせろ~!!」

 声を張り上げるだけでなく、サビオの腹を蹴ったりしているのだが、サビオにとってはに刺されたほどのことでもないようで、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
 そんな様子に、俺は紫慧しえたちとともに、鍛冶場の前に集まった人混みをき分けてその若者とサビオのところに行く。

「ちょっと良いかな。サ~ビ~オ~! 起きろぉ~!」

 サビオの肩に飛び乗って耳を引っ張りながら、雷が落ちたような大声で怒鳴どなりつけると、さすがのサビオも目を覚まして飛び起きた。

「なっ、なんじゃ! 何が起きた!! ……驍廣たけひろではないか、驚かすでないわ」

 サビオは、耳をつかんでいる俺を確認し、大声でたたき起こされたことに不満を口にする。

「『驚かすでないわ』じゃないぞ! 周りを見てみろよ、この人だかりを。昨日の月乃輪亭に続き、今日は鍛冶場の前で騒ぎを起こすなんて、もう森に戻ったらどうだ?」

 あきれて俺が発した言葉に、サビオは耳をパタパタと動かして、

「驍廣~、つれないことを言うな。わしはお主のことを心配して『街』に滞在しておるのだぞ、それなのにその言い草はなかろう……」

 目に涙をめて抗議をするサビオの姿に、俺は苦笑しつつ手を伸ばして眉間みけんいてやる。すると、嬉しそうに鼻を上に向けて、もっとけと甘えるような仕草すら見せた。

「いつまでじゃれているつもりですか? いい加減、そこをどいてください。僕は鍛冶師のスミスおうに話があって、はるばる翼竜街にやって来たのです。それなのに、おうの鍛冶場の入り口をふさがれて、本当にいい迷惑です!!」

 さっきまでサビオをどかそうと騒いでいた少年(ドワーフ氏族のようだ)が、俺とサビオをにらみつけている。俺は、少年の剣幕に、いそいそとサビオから降りて道をゆずろうとしたが、サビオはその場を動かず、少年を見据えた。

「そうじゃったか、それはご苦労なことじゃ。じゃが、お主をこの中に入れることはできぬな」

 おだやかな口調ながら、サビオの言い放った言葉に、少年の顔は真っ赤になる。

「何を言うんだこのケダモノは! だいたいなぜお前のようなケダモノに、スミスおうの鍛冶場への入場を拒否されなきゃいけないんだ!! 僕はこれでも、甲竜街にその人在りとたたえられる鍛冶師の重鎮じゅうちんダッハート・ヴェヒター様のお言いつけで、はるばる翼竜街までやって来たんだ! ダッハート様は、スミスおうの鍛冶の師匠ししょうに当たる御方だぞ。その師匠ししょうの言いつけでやって来た僕を鍛冶場に入れないなんて、そんなことをスミスおうが言うはずが……」
「まったく、何を人の家の前でゴチャゴチャ言っておるのだ!」

 固く閉じられていた鍛冶場の扉が開き、それまでまくし立てていた少年を怒鳴どなりつけるようにして、スミス爺さんが姿を現した。

「スミス爺さん!」

 俺の声に、怒鳴どなりつけられて固まっていた少年は反応し、俺が声を掛けた方へと目を向けた。ちょうどその位置は爺さんの腰あたりで、そのまま上へと視線を上げていき、少年をジロリと見下ろす爺さんの一つ目と目があった途端――

「ひぃ~」

 軽い悲鳴のような声を上げて、その場に座り込んでしまった。
 その様子に、俺は苦笑しながらいつものように挨拶あいさつをする。

「爺さん、おはよう! 言いつけを守って、麗華レイカやレアン、それにギルドの方々に挨拶あいさつをしてきたぞ。そのお陰で余分なモンまで付いてきたけどな」

 スミス爺さんは麗華たちを見て、

「ふん! お前たちも来たか、お前たちならば別にかまわんじゃろう、さあ中に入れ!!」

 と俺たちを招き入れると、再びサビオに向き直り、

「サビオ殿、申し訳ないがもうしばらく誰も入らぬように、見張っていてくれぬか。よろしくお願いいたす」

 と、扉を閉めてしまった。

「おい! 爺さん、良いのか? 爺さんの師匠ししょうの使いだって奴が来てたが?」
「だからなおのことじゃ! 今、鍛冶場に入られたら、炉の中に火精霊サラマンダーがいないことが分かってしまうじゃろ。炉の中でさなぎになっておった火精霊サラマンダー焔鳥フェニックスとなってお前さんのもとへ飛んでいったのじゃが、それからというもの、何度炉に火を入れようとしても、火が燃え出さぬのじゃよ。長年鍛冶仕事をしてきたが、炉に火が入らぬなどといった事態になったことは、経験はおろか、たことも聞いたこともなくて、途方に暮れておったのじゃ。そう言えば、焔鳥フェニックスはどうしたのじゃ? まさか、お主のところにたどり着かなかったのではあるまいなあ」

 俺と一緒にいると思っていたエンの姿がないことを心配するように、スミス爺さんがそう言った途端、天井の空気口から緋色ひいろの物体が飛び込んできて、フワリと俺の肩に舞い降りた。

「スミスお爺様、ご無沙汰ぶさたしておりました。無事、我が主とめぐり合うことができ、今はこのように幸せな毎日を過ごしております」

 エンが発した言葉に、スミス爺さんは一つ目を大きく見開いたかと思うと、嬉しそうに細めながら、

「おお、そうかそうか、今はその姿でしたう主のもとにおるのか、良かったのぉ安堵あんどしたわい」

 と、何度もうなずき、エンの無事を喜んでいた。

「さて、エン殿のことはひとまず置いて、先程も言ったように、今この鍛冶場の炉では火が燃えぬのじゃが、どうしたものか……」

 火精霊サラマンダー焔鳥フェニックスへと羽化する瞬間を目にしていたため、スミス爺さんは特にエンについて触れることもなく、問題の炉をにらみ、腕を組んで考え込んだ。

「スミスお爺様、重ね重ね申し訳ありません。わらわがこの場所から抜け出してしまったせいで、この炉では火が燃え上がらず、大変なご迷惑をお掛けいたしました。わらわはいっこうに構わなかったのですが、火精霊サラマンダーたちが変に気を使い、わらわがいた場所だから近付いてはならぬとでも思っていたのでしょう。今すぐ火精霊サラマンダーたちにこの炉に来て良いと許可を与えますので……」

 エンはそう言うと、俺の肩から離れて鍛冶場の炉の前に行き、緋色ひいろ熊鷹くまたかから、炎をまとったおおとりの姿に変じる。そして、翼を大きく広げて、高らかに一声鳴くと、それに合わせるかのように、火種のなかった炉に勢い良く火が立ちあがった。
 その火の中に、ユラユラとれる影が。目をらしてよく見ると、小さいものの、背に翼を生やした竜――炎の精霊である火竜ファイヤードレイクが、嬉しそうに炉の前で翼を広げるエンに対して深々と頭を下げていた。

「これで大丈夫です。今後は火精霊サラマンダーに代わって、この炎精霊ファイヤードレイクが炉の住人となります。スミスお爺様はもちろん、この鍛冶場が使われ続ける限り、炉から火が絶えることはないでしょう。ご迷惑をお掛けした罪滅ぼしというわけではございませんが、これからもお仕事にお励みください。ですが、我が主である驍廣様がこの場で鍛冶仕事を行うときには、炎精霊ファイヤードレイクに代わってわらわが火の番人となりますので、その辺はご承知くださいませ」

 話し終えたエンは、炎のおおとりから緋色ひいろ熊鷹くまたかへと姿を戻し、再び俺の肩の上へと舞い上がるのだった。
 その様子に一同茫然ぼうぜんとしていたが、俺の頭の上で寝ていたフウが目を覚まして伸びをした際に発した「フニャ~~~~ァ」という鳴き声で、正気に戻った。

「……言った通りだったじゃろうが、この場に余人よじんを入れなくて正解じゃったわい」

 顔を引きらせながらつぶやいた爺さんの一言に、鍛冶場の中にいた者全員が、お互いに確認しあうように何度もうなずいた。
 エンにその力の片鱗へんりんを見せつけられて驚きざわつく俺たち(フウ以外)だったが、爺さんがれてくれお茶を飲んでいる内に徐々に冷静さを取り戻した。その後、ここに来るまでに、耀家邸とギルドであったことをスミス爺さんに話した。
 しばらくして、扉の外では再びスミス爺さんを呼ぶ声が響いてきた。放っておいたら、ついには声とともに扉を強くたたき出し、ゆっくり話ができる状況ではなくなってきた。

「まったく……分かった、分かった。今扉を開けるから静かにせい!」

 爺さんが扉を開けると、タイミング悪く(良く?)扉をたたいていた腕が、爺さんの鳩尾みぞおちにものの見事に当たった。爺さんは予想外の一撃に悶絶もんぜつし、扉の前で崩れ落ちる。


 スミス爺さんをたたいた張本人の少年は、突然目の前で倒れた爺さんをポカンと眺めていた。

「爺さん!! 紫慧、爺さんの手当てを、早く!」

 俺はすぐに爺さんのもとに駆け寄ると、紫慧に治癒術ちゆじゅつを掛けるように指示し、その少年を取り押さえようとにらみつけた――が、既に少年は鍛冶場の前に集まっていた討伐者や冒険者たちによって取り押さえられ、彼ののどもとには、レアンの風鼬フェンユウとアルディリアがふところから取り出した投小剣スローイングダガーが突きつけられていた。
 やがて意識を取り戻した爺さんが、討伐者や冒険者たちによって簀巻すまきにされ、今まさに衛兵のところに連れていかれようとしていた少年を、自分のもとに連れてくるように言ったため、少年は簀巻すまきのまま、爺さんの前に引き出された。

「お主、なんのうらみがあっていきなり鳩尾みぞおちに打撃を入れたのじゃ。返答次第によっては助けてやらぬこともないが?」

 少年は、簀巻すまきにされた体を芋虫いもむしのように動かし、すがりつくような表情を浮かべ、

「事故だったのです! いくら声を上げても返事がなかったので、声を上げるのと一緒に扉をたたいていたら、いきなり扉が開いて、勢いのついた腕が止まらずに……申し訳ありませんでした!!」

 泣きそうな顔で謝罪の言葉を口にする少年に、スミス爺さんはあきれ顔になる。

「それで、たまたま急所に当たったと……それにしては……扉をたたいていたという割には、強烈な一撃だったが? 老いたりとはいえ、これでもわしの体はかなり頑強がんきょうな方じゃ、その体に悶絶もんぜつものの一撃を入れるとは……お主、歳を重ねているとは思えぬ容姿なれど、実は相当に武芸のたしなみがある討伐者か冒険者なのかのぉ?」
「いえ、武芸などは何も……ただ鍛冶師として毎日つちを振るっていましたから、それなりに腕力はあるかもしれません」
「ほ~ぉ、鍛冶師のぉ。一体どこの鍛冶場かな?」

 そう爺さんがたずねると、少年は簀巻すまき状態ながらも、パッと顔を上げて胸を張った。

「甲竜街のダッハート工房です。ダッハート・ヴェヒターの弟子で、テルミーズ・アミードと申します。すみませんが、僕のふところ師匠ししょうダッハートからの手紙がありますので、どうか目を通してください!!」

 テルミーズの言葉に爺さんが手を伸ばそうとすると、脇にひかえていたレアンとアルディリアがその手を制し、少年をひとにらみしてから、後ろにひかえていた討伐者たちに目で合図する。すると、一人の男がテルミーズのふところを探り、中から一通の封筒を取り出して、アルディリアに渡した。
 アルディリアは、その封筒をかして見たりするなどして調べて、

「とりあえず問題はないようです。どうぞ……」

 と、爺さんに渡す。そんな様子に、爺さんは苦笑しながら封筒を開け、中から一枚の紙を取り出した。
 その紙には『この者の名、テルミーズ・アミード。よろしく頼む!』とだけ書いてあった。

「は~っはっはっはっはっ、なんとも師匠ししょうらしい! テルミーズとやら、ここに『頼む』とあるが、どういうことじゃ?」

 爺さんは、豪快に笑い声を上げたかと思うと、単眼をギョロリとテルミーズに向ける。テルミーズはその迫力に、表情を引きらせた。

「はっ、はい。先日、工房で師匠ししょうから――
『お前もわしのもとだけにおらず、時には他の鍛冶師がどのような仕事をしているか見てみることも大切じゃのぉ……。そうじゃ、翼竜街のスミスのところにでも行ってみるか? 彼奴あやつは最近、己の年齢を理由に鍛冶場を閉めるなんぞと手紙を寄こしおった。お前、行って、師匠ししょうよりも若い奴が鍛冶場を閉めようとするなど百年早い、とわしが言っておったと伝え、ついでにしばらく彼奴あやつのもとで修業してくるとよい。お前のような、これから鍛冶師になろうとする若者が近くにいれば、歳だのなんだのといった戯言たわごとなど言ってはおられなくなるじゃろう。が~はっはっはっは!』
 ――と、言われまして……その……よろしくお願いします!」

 簀巻すまきにされたままの姿で、地面に額をこすりつけるテルミーズに、爺さんは大きな溜息ためいきをつき、周りで見守る者たちも苦笑するしかなかった。


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