楽園の方舟~楽園1~

志賀雅基

文字の大きさ
59 / 62

第57話

しおりを挟む
 石塔の前に立ったはいいがシドは何をするでもなくただ見上げている。そんな男の腕にハイファは抱えた花束を押し付けるように渡した。花束は敢えて薄紙をピンク、リボンはイエローという明るく可愛いパステル調にして貰ってあった。

「ちゃんと生きてるって報告しなきゃだめだよ」
「志都の腕だけって言ったろ。あとは空っぽ、それこそ意味なんかねぇ気がしてな」
「貴方こそ意味がないって思うなら、どうして来たのサ?」
「それは……でも意味がねぇって思ってきたから、ずっと来なかったんだぜ?」
「でもここに来る気になったってことは、何か意味が発生したんでしょ」

 あっさり言われシドは返事もなく黙りこくる。その背をハイファの言葉が押した。

「いいから、ほら。逃げてないで家族に報告する。ちゃんと生きてるんだって。刑事になって人を助けたりしてるって。サイキ持ちに勝つくらい強くなったんだって」
「……今なら……今なら、志都を助けられるのか、俺は?」
「それくらい強くなったかも知れないね。それにやっぱりここにはちゃんと意味があるんだよ。みんなの遺伝子はここにあって、こんなに強くなったんだから」

 と、ハイファはシドの左胸を指で突く。

「プラスアルファがねぇと生きられねぇくらい弱くなったっつー報告みてぇだぜ」
「天邪鬼なんだから。違うよ、自分以外も抱える強さを持てたんだよ、貴方はね」
「そうだな、そういうもんかな」

 呟くと同時にシドは初めて心の中で、今は亡き家族に語りかけた。

(父さん、母さん。志尾しお兄さん、志都。それと名前も忘れちまった叔父さんたち。俺は生きている。大切にしたい奴まで手に入れて……見守ってくれよな、俺たちを)

 花束を石塔の前に置くと煙草を咥えて火を点け、それを暫し石塔に供えた。
 風に飛ばされそうで供えた煙草を早々に取り上げ再び咥える。紫煙が強風に根こそぎ攫われてゆく。北半球中緯度の一月の風は切るように冷たい。
 あっという間に燃え尽きた煙草を吸い殻パックに突っ込むとコートも着ていないハイファの細い身を案じて踵を返した。

 タクシーに向かう途中ハイファが振り向く。

「あのサ、『お嫁さんができました』って、きちんと報告してくれた?」

 ゲホゴホと咳き込みながらシドはハイファの背に蹴りを入れた。

「ああっ、これプレスサーヴィスに出したばっかりなのに!」

 上衣を脱いでパタパタ払うハイファのワイシャツ姿は細身だけに本気で寒風に攫われて行ってしまいそうで、シドは溜息をつくと自分のジャケットを脱ぎ、薄い肩から羽織らせると細い躰を抱き締めた。笑みを含んだハイファの声が躰を通して伝わる。

「ねえ、こういうシーンに付きものの何か忘れてない?」
「忘れてねぇよ」

 シドはハイファと唇を重ねた。優しく、徐々に激しく舌を絡めて吸い上げ、歯列の裏まで探って翻弄する。舌先を甘噛みしながら手探りでハイファのタイを緩めた。

「んんっ、んぅ……はぁんっ!」

 絡め合った舌を離し口を解放すると器用に片手でワイシャツのボタンをひとつ、ふたつと外して鎖骨をなぞるように舐め上げ歯を立てる。
 耳許に吐息混じりの囁きを熱く吹き込むと唇へと戻り、思うさま蹂躙している途中でハイファが音を上げてシドの肩に縋り付きようやく身を支えた。とうに制服の上着など手放している。

「シド、貴方って本当に才能あるよ」
「人を下半身男みたいに言うなよ」
「えーっ、僕はそれ、付き合う上で重要なファクタと思うけどなあ。何で過去の彼女たちと別れちゃったのサ? 七人も八人もいたのに。ミッチェルにキャッスル――」

「おいこら、古傷を抉るなって! けど人間それだけじゃねぇだろ」
「それでも。ねえ、何で何で?」

「ったく。親友じゃなかったからかもな。お前との噂は別にしても『わたしと仕事、どっちが大事?』的な発言されたらどうしろってんだ、いったい?」
「ああ、貴方にそれは致命的かもねえ」

 納得して頷くハイファに拾った上着を持たせ、シドは風で乱れた明るい金髪を撫でた。そしてリハビリ要らずとはいえ、病み上がりで酷使してしまった身を両腕で抱え上げる。それはいわゆるお姫様抱っこで、さすがにハイファは少々の抵抗をした。

「ちょ、幾らなんでも僕、これでも男だよ?」
「じゃあ降ろすか?」
「……ヤダ」

 少し照れたように笑ったハイファはシドの首に両腕を巻き付け、胸に顔を埋める。
 そうしてシドは胸で息づく温かなハイファを運んでやりながら、しなやかだがあまりに細い肢体を思い出し、今も腕に感じていた。

「背はあるクセに軽いな、お前。もう少し肉つけろよ、小骨が当たって痛いぞ」
「小骨って……自分の恋人を天然のサンマみたいに言わないでくれる?」
「や、マジでさ、体重かけたら骨が折れそう、ぶっ壊しそうで怖いんだって」
「努力したいんだけど体質みたいでね。シド、これ返すから着てて。風邪引くよ」

 抱っこから降ろしてやるとハイファが対衝撃ジャケットを突き出した。

「お前こそ病み上がりで風邪引くぞ」
「前も言ったけど風邪引かないよ、僕は。他星系巡るから免疫チップ埋めてるもん」

 その言葉に二人は現実に引き戻される。
 もうハイファは刑事ではない、明日からは宇宙を駆け巡るスパイ稼業に戻るのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...