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第57話
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石塔の前に立ったはいいがシドは何をするでもなくただ見上げている。そんな男の腕にハイファは抱えた花束を押し付けるように渡した。花束は敢えて薄紙をピンク、リボンはイエローという明るく可愛いパステル調にして貰ってあった。
「ちゃんと生きてるって報告しなきゃだめだよ」
「志都の腕だけって言ったろ。あとは空っぽ、それこそ意味なんかねぇ気がしてな」
「貴方こそ意味がないって思うなら、どうして来たのサ?」
「それは……でも意味がねぇって思ってきたから、ずっと来なかったんだぜ?」
「でもここに来る気になったってことは、何か意味が発生したんでしょ」
あっさり言われシドは返事もなく黙りこくる。その背をハイファの言葉が押した。
「いいから、ほら。逃げてないで家族に報告する。ちゃんと生きてるんだって。刑事になって人を助けたりしてるって。サイキ持ちに勝つくらい強くなったんだって」
「……今なら……今なら、志都を助けられるのか、俺は?」
「それくらい強くなったかも知れないね。それにやっぱりここにはちゃんと意味があるんだよ。みんなの遺伝子はここにあって、こんなに強くなったんだから」
と、ハイファはシドの左胸を指で突く。
「プラスアルファがねぇと生きられねぇくらい弱くなったっつー報告みてぇだぜ」
「天邪鬼なんだから。違うよ、自分以外も抱える強さを持てたんだよ、貴方はね」
「そうだな、そういうもんかな」
呟くと同時にシドは初めて心の中で、今は亡き家族に語りかけた。
(父さん、母さん。志尾兄さん、志都。それと名前も忘れちまった叔父さんたち。俺は生きている。大切にしたい奴まで手に入れて……見守ってくれよな、俺たちを)
花束を石塔の前に置くと煙草を咥えて火を点け、それを暫し石塔に供えた。
風に飛ばされそうで供えた煙草を早々に取り上げ再び咥える。紫煙が強風に根こそぎ攫われてゆく。北半球中緯度の一月の風は切るように冷たい。
あっという間に燃え尽きた煙草を吸い殻パックに突っ込むとコートも着ていないハイファの細い身を案じて踵を返した。
タクシーに向かう途中ハイファが振り向く。
「あのサ、『お嫁さんができました』って、きちんと報告してくれた?」
ゲホゴホと咳き込みながらシドはハイファの背に蹴りを入れた。
「ああっ、これプレスサーヴィスに出したばっかりなのに!」
上衣を脱いでパタパタ払うハイファのワイシャツ姿は細身だけに本気で寒風に攫われて行ってしまいそうで、シドは溜息をつくと自分のジャケットを脱ぎ、薄い肩から羽織らせると細い躰を抱き締めた。笑みを含んだハイファの声が躰を通して伝わる。
「ねえ、こういうシーンに付きものの何か忘れてない?」
「忘れてねぇよ」
シドはハイファと唇を重ねた。優しく、徐々に激しく舌を絡めて吸い上げ、歯列の裏まで探って翻弄する。舌先を甘噛みしながら手探りでハイファのタイを緩めた。
「んんっ、んぅ……はぁんっ!」
絡め合った舌を離し口を解放すると器用に片手でワイシャツのボタンをひとつ、ふたつと外して鎖骨をなぞるように舐め上げ歯を立てる。
耳許に吐息混じりの囁きを熱く吹き込むと唇へと戻り、思うさま蹂躙している途中でハイファが音を上げてシドの肩に縋り付きようやく身を支えた。とうに制服の上着など手放している。
「シド、貴方って本当に才能あるよ」
「人を下半身男みたいに言うなよ」
「えーっ、僕はそれ、付き合う上で重要なファクタと思うけどなあ。何で過去の彼女たちと別れちゃったのサ? 七人も八人もいたのに。ミッチェルにキャッスル――」
「おいこら、古傷を抉るなって! けど人間それだけじゃねぇだろ」
「それでも。ねえ、何で何で?」
「ったく。親友じゃなかったからかもな。お前との噂は別にしても『わたしと仕事、どっちが大事?』的な発言されたらどうしろってんだ、いったい?」
「ああ、貴方にそれは致命的かもねえ」
納得して頷くハイファに拾った上着を持たせ、シドは風で乱れた明るい金髪を撫でた。そしてリハビリ要らずとはいえ、病み上がりで酷使してしまった身を両腕で抱え上げる。それはいわゆるお姫様抱っこで、さすがにハイファは少々の抵抗をした。
「ちょ、幾らなんでも僕、これでも男だよ?」
「じゃあ降ろすか?」
「……ヤダ」
少し照れたように笑ったハイファはシドの首に両腕を巻き付け、胸に顔を埋める。
そうしてシドは胸で息づく温かなハイファを運んでやりながら、しなやかだがあまりに細い肢体を思い出し、今も腕に感じていた。
「背はあるクセに軽いな、お前。もう少し肉つけろよ、小骨が当たって痛いぞ」
「小骨って……自分の恋人を天然のサンマみたいに言わないでくれる?」
「や、マジでさ、体重かけたら骨が折れそう、ぶっ壊しそうで怖いんだって」
「努力したいんだけど体質みたいでね。シド、これ返すから着てて。風邪引くよ」
抱っこから降ろしてやるとハイファが対衝撃ジャケットを突き出した。
「お前こそ病み上がりで風邪引くぞ」
「前も言ったけど風邪引かないよ、僕は。他星系巡るから免疫チップ埋めてるもん」
その言葉に二人は現実に引き戻される。
もうハイファは刑事ではない、明日からは宇宙を駆け巡るスパイ稼業に戻るのだ。
「ちゃんと生きてるって報告しなきゃだめだよ」
「志都の腕だけって言ったろ。あとは空っぽ、それこそ意味なんかねぇ気がしてな」
「貴方こそ意味がないって思うなら、どうして来たのサ?」
「それは……でも意味がねぇって思ってきたから、ずっと来なかったんだぜ?」
「でもここに来る気になったってことは、何か意味が発生したんでしょ」
あっさり言われシドは返事もなく黙りこくる。その背をハイファの言葉が押した。
「いいから、ほら。逃げてないで家族に報告する。ちゃんと生きてるんだって。刑事になって人を助けたりしてるって。サイキ持ちに勝つくらい強くなったんだって」
「……今なら……今なら、志都を助けられるのか、俺は?」
「それくらい強くなったかも知れないね。それにやっぱりここにはちゃんと意味があるんだよ。みんなの遺伝子はここにあって、こんなに強くなったんだから」
と、ハイファはシドの左胸を指で突く。
「プラスアルファがねぇと生きられねぇくらい弱くなったっつー報告みてぇだぜ」
「天邪鬼なんだから。違うよ、自分以外も抱える強さを持てたんだよ、貴方はね」
「そうだな、そういうもんかな」
呟くと同時にシドは初めて心の中で、今は亡き家族に語りかけた。
(父さん、母さん。志尾兄さん、志都。それと名前も忘れちまった叔父さんたち。俺は生きている。大切にしたい奴まで手に入れて……見守ってくれよな、俺たちを)
花束を石塔の前に置くと煙草を咥えて火を点け、それを暫し石塔に供えた。
風に飛ばされそうで供えた煙草を早々に取り上げ再び咥える。紫煙が強風に根こそぎ攫われてゆく。北半球中緯度の一月の風は切るように冷たい。
あっという間に燃え尽きた煙草を吸い殻パックに突っ込むとコートも着ていないハイファの細い身を案じて踵を返した。
タクシーに向かう途中ハイファが振り向く。
「あのサ、『お嫁さんができました』って、きちんと報告してくれた?」
ゲホゴホと咳き込みながらシドはハイファの背に蹴りを入れた。
「ああっ、これプレスサーヴィスに出したばっかりなのに!」
上衣を脱いでパタパタ払うハイファのワイシャツ姿は細身だけに本気で寒風に攫われて行ってしまいそうで、シドは溜息をつくと自分のジャケットを脱ぎ、薄い肩から羽織らせると細い躰を抱き締めた。笑みを含んだハイファの声が躰を通して伝わる。
「ねえ、こういうシーンに付きものの何か忘れてない?」
「忘れてねぇよ」
シドはハイファと唇を重ねた。優しく、徐々に激しく舌を絡めて吸い上げ、歯列の裏まで探って翻弄する。舌先を甘噛みしながら手探りでハイファのタイを緩めた。
「んんっ、んぅ……はぁんっ!」
絡め合った舌を離し口を解放すると器用に片手でワイシャツのボタンをひとつ、ふたつと外して鎖骨をなぞるように舐め上げ歯を立てる。
耳許に吐息混じりの囁きを熱く吹き込むと唇へと戻り、思うさま蹂躙している途中でハイファが音を上げてシドの肩に縋り付きようやく身を支えた。とうに制服の上着など手放している。
「シド、貴方って本当に才能あるよ」
「人を下半身男みたいに言うなよ」
「えーっ、僕はそれ、付き合う上で重要なファクタと思うけどなあ。何で過去の彼女たちと別れちゃったのサ? 七人も八人もいたのに。ミッチェルにキャッスル――」
「おいこら、古傷を抉るなって! けど人間それだけじゃねぇだろ」
「それでも。ねえ、何で何で?」
「ったく。親友じゃなかったからかもな。お前との噂は別にしても『わたしと仕事、どっちが大事?』的な発言されたらどうしろってんだ、いったい?」
「ああ、貴方にそれは致命的かもねえ」
納得して頷くハイファに拾った上着を持たせ、シドは風で乱れた明るい金髪を撫でた。そしてリハビリ要らずとはいえ、病み上がりで酷使してしまった身を両腕で抱え上げる。それはいわゆるお姫様抱っこで、さすがにハイファは少々の抵抗をした。
「ちょ、幾らなんでも僕、これでも男だよ?」
「じゃあ降ろすか?」
「……ヤダ」
少し照れたように笑ったハイファはシドの首に両腕を巻き付け、胸に顔を埋める。
そうしてシドは胸で息づく温かなハイファを運んでやりながら、しなやかだがあまりに細い肢体を思い出し、今も腕に感じていた。
「背はあるクセに軽いな、お前。もう少し肉つけろよ、小骨が当たって痛いぞ」
「小骨って……自分の恋人を天然のサンマみたいに言わないでくれる?」
「や、マジでさ、体重かけたら骨が折れそう、ぶっ壊しそうで怖いんだって」
「努力したいんだけど体質みたいでね。シド、これ返すから着てて。風邪引くよ」
抱っこから降ろしてやるとハイファが対衝撃ジャケットを突き出した。
「お前こそ病み上がりで風邪引くぞ」
「前も言ったけど風邪引かないよ、僕は。他星系巡るから免疫チップ埋めてるもん」
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もうハイファは刑事ではない、明日からは宇宙を駆け巡るスパイ稼業に戻るのだ。
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