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第82話・正装未経験だがスーツは便利だよな。砂漠に行かないカーリマン
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応えながら実際かなりシドは凹んでいた。もしものときにスポッタの真似事でもできるかと思ったのだが、自分でもここまでとは予想もしていなかったのである。
しかしそんなことはおくびにも出さずキャノピを通して前方を注視した。
据えられた茶色いモノはセレモニーのための献花台だろう。献花台より手前にカーキ色が二列に並んでいた。一足先に着いた近衛がカールを出迎えるらしい。碧いBELはまだシドには視認できず、何となく雪原の遙か向こうを眺め渡す。
雪が盛り上がっているような場所は、懲罰中隊でゲリラがアタックを掛けてきた針葉樹の森だと思われた。もしかしたらあそこからゲリラは王の戴冠式を見守っているのかも知れない、などと考えて独り苦笑いする。今どきゲリラだってTVくらい視る筈だ。
「なあ、ハイファ。あそこはどのくらい離れてるんだ?」
「あそこ? ああ、森は……三キロ弱だね。並みの得物ならとても狙えないよ」
「並みじゃねぇ得物って何だ?」
「重戦コイルの装甲をぶち破るアンチ・マテリアル・ライフルならいけるかも。でも対物ライフルなんて目立つブツを敵が手に入れるのはまず無理だからね」
「なるほど。おっ、専用機がランディングしたみてぇだな」
碧い中型BELが接地しタラップドアを降ろしている。まずは近衛が一人降りた。腰から引き抜いた何かを顔の前で掲げる。たぶんライリー団長が剣を捧げる敬礼をしているのだ。
そして濃緑色の服を着たカールが姿を現し、タラップを降りて雪の中に立つ。
「わあ、カールってば戴冠式まで軍の制服だよ。それにコートも着てないし」
「元中隊長っつーのを前面に押し出したセレモニーだからな」
「雪に散ったみんなに敬意を捧げるってことかあ。でも外はマイナス十二度だよ?」
「俺たちより寒さには慣れてるさ」
二列に並んだ近衛たちの間を歩いたカールは、献花台より随分手前に控えていたコートの二人の前で挙手敬礼をした。コートの一人は貴族の中でも最年長である侯爵、もう一人は王冠を載せた台を捧げ持つ侍従というのは、二人も話を聞いて知っている。
メディアの人間が数名近づき彼らをカメラで撮っていた。おごそかな式を邪魔しないようにリポーターはかなり離れて実況しているようである。
楽団が演奏するでもない、風の音が支配する荒涼とした雪原での戴冠式は静かに進み、制帽を脱いだ新王が王冠を頭に頂いたのをシドは滲んでかすむ視界に映した。
場は元中隊長が『死んだ仲間に王冠を脱いで礼を捧げるセレモニー』へと移る。
「何事もなく終わればいいんだがな」
「結構吹雪いてきたし、大丈夫じゃないのかな」
遠目にカールが侍従から花束らしきものを渡されるのを眺めつつ、二人は安堵しかけていた。この状況で街から精確にカールを狙うのは至難の業である。
カールが献花台に歩み寄った。王冠を外して献花台に置く。身を折って敬礼。
手にした白百合らしい花束を献花台に捧げた、その遙か向こうで眩い光が閃いた。
「ハイファ、ビームライフルだ!」
過敏な目を灼かれ、思わず目を瞑りながらシドは叫ぶ。ビスナの町で自分たちはビームライフルにBELを墜とされた。ミハイル=トムスキーとエーベル=シュミットがそれを使用する可能性に考え及ばなかった自分を責めている場合ではない。
だがやれることも限られている、自分たちの銃では敵に届かないのだ。
「向こうの森だ、すぐに追って――」
「今更僕らが追っても間に合わないよ。上空にもBELは待機してるんだし」
冷静にハイファが言いコンソールに頬杖をついた。その目は献花台のカールへと向けられている。シドもパイロットシートに座り直した。外では怒号とリポーターの喋り声、次々に軍のBELが飛び立つ物音が交錯している。それに混じってカールの声がしていた。
「熱い、痛い……やめてくれ、怖い、ああ――」
泣き叫ぶ声からして怪我をしていても軽傷だろうとシドは思い、様子を訊こうとハイファの横顔を見た。ハイファはじっとカールの方を眺めたのち、頭を振って溜息をつく。
「ビームは一射が薙いだのみ。それもこの雪で荷電粒子は大幅に減衰してた。たぶんスタンレーザーくらいの威力しかなかった筈だよ。カールも頭を掠められただけで、殆ど無傷だし」
「それにしちゃ、えらく派手なリアクションじゃねぇか?」
「確かにね。カールらしくもない」
キャノピ越しにハイファは再びカールを見つめた。近衛に囲まれ王室専用機のタラップドアを這うようにして昇りながら、まだ新王は泣き叫んでいる。
「怖い、嫌だ……王なんかになるんじゃなかった!」
その一部始終をメディアのカメラが追い、全ランシーナ星系ネットで流していた。
◇◇◇◇
ドレッタの街に帰って病院に連行されたシドは再手術を受け、三十一時間半の絶対安静を言い渡された。屋敷に戻って用を足すとき以外ベッドから降りることもハイファから禁じられ、仕方なくTVの音声を聞きながら、眠ったり欠伸したりを繰り返している。
だが戴冠式の翌日十五時頃までが限界で、起き出し煙草を吸うことがやっと許された。そうして何度聞いても馬鹿馬鹿しいような、うろたえ泣き叫ぶカールの声ばかり垂れ流すホロTVを消す。収穫はカールが本当に無傷で金髪が少し焦げただけという事実のみだった。
「いったい何なのかな、アレ?」
「デモンストレーションってヤツじゃねぇのか?」
「何のための、何に対する意思表示?」
「さあな。天才の考えることは俺には分からん」
「あっ、また誤魔化す気?」
ケチだの何だの騒がれたがシドはぷかぷかと煙草を吸うのみである。
昨日のビーム狙撃犯は捕まっていなかった。針葉樹林から飛び立ったBELを上空待機の軍が総力を挙げて追い、捕まえたのはよかったが乗っていたのは小金で雇われたチンピラ二人組だったのである。その間にトムスキーとシュミットはコイルか徒歩で街に逃れたらしい。
針葉樹林を捜索したがビームライフルが一丁残されていただけだった。
勿論惑星警察が街中を捜したが、そのとき敵はBELで街を出たあとらしかった。
「ふあーあ。いい加減に帰りてぇな」
「だったらシド、貴方もいい加減に思うところを洗いざらい吐いてよね」
「別に何も思っちゃいねぇんだって。情報量はお前と同じだぞ?」
「それは……あ、カールから発振だ。【今晩二十三時からの夜会に参加されたし】だってサ」
「夜会って何なんだよ?」
またも面倒なコトが降り掛かってきたぞと思いながらハイファに訊く。
「TVで言ってたじゃない、戴冠したお披露目の夜会を開催するって。政府の重鎮から街の人の希望者まで呼んで、殆ど王宮を開放する大イヴェントだとか何とか」
「んで、また盛装するとか言うんじゃねぇだろうな?」
「言うんだよ。王から直々の招待だもん、断る訳にもいかないし。服は病院に置きっ放しだったのを昨日、回収してきてあるから困らないしね」
「チッ、マジでまたアレを着るのかよ。勘弁してくれって」
うんざりと溜息をつく傍でハイファは嬉しそうに、いそいそとクローゼットの衣装を点検しだした。それが終わると遅い昼食を摂りに食堂に降りる。
メリンダとサイラス執事に目を心配され、恐縮しながらも旺盛な食欲でカレーを二杯も食べてしまう、病院に向かってサド眼科医に検査して貰った。
「綺麗に治っています。今度無理をされたら麻酔なしで眼球をほじくり出して――」
慌てて二人は退散だ。シドは久しぶりにクリアな視界を愉しみつつ屋敷に戻った。
だらだらと過ごし、二十一時に軽食を摂ってからリフレッシャを浴び、夜会の準備に取り掛かる。スタンダードなタキシードの内懐に執銃してハイファはシドを着せ替え始めた。
ホワイトのドレスシャツにブラックのタイをウインザーノットで締めさせ、真珠のピンで留める。スラックスとベストを着せ執銃させて、フロックコートくらいの長さがあるジャケットを羽織らせ、艶やかな黒髪を櫛で梳いて出来上がりだ。
「うわあ、やっぱり格好いい! 惚れ直しちゃうよ」
「ん、そうか。なら着た甲斐があるってもんだぜ。で、お前は狙撃銃どうすんだ?」
「勿論、持ってくよ。夜会場まで持ち込めるかどうかは分かんないけど」
しかしそんなことはおくびにも出さずキャノピを通して前方を注視した。
据えられた茶色いモノはセレモニーのための献花台だろう。献花台より手前にカーキ色が二列に並んでいた。一足先に着いた近衛がカールを出迎えるらしい。碧いBELはまだシドには視認できず、何となく雪原の遙か向こうを眺め渡す。
雪が盛り上がっているような場所は、懲罰中隊でゲリラがアタックを掛けてきた針葉樹の森だと思われた。もしかしたらあそこからゲリラは王の戴冠式を見守っているのかも知れない、などと考えて独り苦笑いする。今どきゲリラだってTVくらい視る筈だ。
「なあ、ハイファ。あそこはどのくらい離れてるんだ?」
「あそこ? ああ、森は……三キロ弱だね。並みの得物ならとても狙えないよ」
「並みじゃねぇ得物って何だ?」
「重戦コイルの装甲をぶち破るアンチ・マテリアル・ライフルならいけるかも。でも対物ライフルなんて目立つブツを敵が手に入れるのはまず無理だからね」
「なるほど。おっ、専用機がランディングしたみてぇだな」
碧い中型BELが接地しタラップドアを降ろしている。まずは近衛が一人降りた。腰から引き抜いた何かを顔の前で掲げる。たぶんライリー団長が剣を捧げる敬礼をしているのだ。
そして濃緑色の服を着たカールが姿を現し、タラップを降りて雪の中に立つ。
「わあ、カールってば戴冠式まで軍の制服だよ。それにコートも着てないし」
「元中隊長っつーのを前面に押し出したセレモニーだからな」
「雪に散ったみんなに敬意を捧げるってことかあ。でも外はマイナス十二度だよ?」
「俺たちより寒さには慣れてるさ」
二列に並んだ近衛たちの間を歩いたカールは、献花台より随分手前に控えていたコートの二人の前で挙手敬礼をした。コートの一人は貴族の中でも最年長である侯爵、もう一人は王冠を載せた台を捧げ持つ侍従というのは、二人も話を聞いて知っている。
メディアの人間が数名近づき彼らをカメラで撮っていた。おごそかな式を邪魔しないようにリポーターはかなり離れて実況しているようである。
楽団が演奏するでもない、風の音が支配する荒涼とした雪原での戴冠式は静かに進み、制帽を脱いだ新王が王冠を頭に頂いたのをシドは滲んでかすむ視界に映した。
場は元中隊長が『死んだ仲間に王冠を脱いで礼を捧げるセレモニー』へと移る。
「何事もなく終わればいいんだがな」
「結構吹雪いてきたし、大丈夫じゃないのかな」
遠目にカールが侍従から花束らしきものを渡されるのを眺めつつ、二人は安堵しかけていた。この状況で街から精確にカールを狙うのは至難の業である。
カールが献花台に歩み寄った。王冠を外して献花台に置く。身を折って敬礼。
手にした白百合らしい花束を献花台に捧げた、その遙か向こうで眩い光が閃いた。
「ハイファ、ビームライフルだ!」
過敏な目を灼かれ、思わず目を瞑りながらシドは叫ぶ。ビスナの町で自分たちはビームライフルにBELを墜とされた。ミハイル=トムスキーとエーベル=シュミットがそれを使用する可能性に考え及ばなかった自分を責めている場合ではない。
だがやれることも限られている、自分たちの銃では敵に届かないのだ。
「向こうの森だ、すぐに追って――」
「今更僕らが追っても間に合わないよ。上空にもBELは待機してるんだし」
冷静にハイファが言いコンソールに頬杖をついた。その目は献花台のカールへと向けられている。シドもパイロットシートに座り直した。外では怒号とリポーターの喋り声、次々に軍のBELが飛び立つ物音が交錯している。それに混じってカールの声がしていた。
「熱い、痛い……やめてくれ、怖い、ああ――」
泣き叫ぶ声からして怪我をしていても軽傷だろうとシドは思い、様子を訊こうとハイファの横顔を見た。ハイファはじっとカールの方を眺めたのち、頭を振って溜息をつく。
「ビームは一射が薙いだのみ。それもこの雪で荷電粒子は大幅に減衰してた。たぶんスタンレーザーくらいの威力しかなかった筈だよ。カールも頭を掠められただけで、殆ど無傷だし」
「それにしちゃ、えらく派手なリアクションじゃねぇか?」
「確かにね。カールらしくもない」
キャノピ越しにハイファは再びカールを見つめた。近衛に囲まれ王室専用機のタラップドアを這うようにして昇りながら、まだ新王は泣き叫んでいる。
「怖い、嫌だ……王なんかになるんじゃなかった!」
その一部始終をメディアのカメラが追い、全ランシーナ星系ネットで流していた。
◇◇◇◇
ドレッタの街に帰って病院に連行されたシドは再手術を受け、三十一時間半の絶対安静を言い渡された。屋敷に戻って用を足すとき以外ベッドから降りることもハイファから禁じられ、仕方なくTVの音声を聞きながら、眠ったり欠伸したりを繰り返している。
だが戴冠式の翌日十五時頃までが限界で、起き出し煙草を吸うことがやっと許された。そうして何度聞いても馬鹿馬鹿しいような、うろたえ泣き叫ぶカールの声ばかり垂れ流すホロTVを消す。収穫はカールが本当に無傷で金髪が少し焦げただけという事実のみだった。
「いったい何なのかな、アレ?」
「デモンストレーションってヤツじゃねぇのか?」
「何のための、何に対する意思表示?」
「さあな。天才の考えることは俺には分からん」
「あっ、また誤魔化す気?」
ケチだの何だの騒がれたがシドはぷかぷかと煙草を吸うのみである。
昨日のビーム狙撃犯は捕まっていなかった。針葉樹林から飛び立ったBELを上空待機の軍が総力を挙げて追い、捕まえたのはよかったが乗っていたのは小金で雇われたチンピラ二人組だったのである。その間にトムスキーとシュミットはコイルか徒歩で街に逃れたらしい。
針葉樹林を捜索したがビームライフルが一丁残されていただけだった。
勿論惑星警察が街中を捜したが、そのとき敵はBELで街を出たあとらしかった。
「ふあーあ。いい加減に帰りてぇな」
「だったらシド、貴方もいい加減に思うところを洗いざらい吐いてよね」
「別に何も思っちゃいねぇんだって。情報量はお前と同じだぞ?」
「それは……あ、カールから発振だ。【今晩二十三時からの夜会に参加されたし】だってサ」
「夜会って何なんだよ?」
またも面倒なコトが降り掛かってきたぞと思いながらハイファに訊く。
「TVで言ってたじゃない、戴冠したお披露目の夜会を開催するって。政府の重鎮から街の人の希望者まで呼んで、殆ど王宮を開放する大イヴェントだとか何とか」
「んで、また盛装するとか言うんじゃねぇだろうな?」
「言うんだよ。王から直々の招待だもん、断る訳にもいかないし。服は病院に置きっ放しだったのを昨日、回収してきてあるから困らないしね」
「チッ、マジでまたアレを着るのかよ。勘弁してくれって」
うんざりと溜息をつく傍でハイファは嬉しそうに、いそいそとクローゼットの衣装を点検しだした。それが終わると遅い昼食を摂りに食堂に降りる。
メリンダとサイラス執事に目を心配され、恐縮しながらも旺盛な食欲でカレーを二杯も食べてしまう、病院に向かってサド眼科医に検査して貰った。
「綺麗に治っています。今度無理をされたら麻酔なしで眼球をほじくり出して――」
慌てて二人は退散だ。シドは久しぶりにクリアな視界を愉しみつつ屋敷に戻った。
だらだらと過ごし、二十一時に軽食を摂ってからリフレッシャを浴び、夜会の準備に取り掛かる。スタンダードなタキシードの内懐に執銃してハイファはシドを着せ替え始めた。
ホワイトのドレスシャツにブラックのタイをウインザーノットで締めさせ、真珠のピンで留める。スラックスとベストを着せ執銃させて、フロックコートくらいの長さがあるジャケットを羽織らせ、艶やかな黒髪を櫛で梳いて出来上がりだ。
「うわあ、やっぱり格好いい! 惚れ直しちゃうよ」
「ん、そうか。なら着た甲斐があるってもんだぜ。で、お前は狙撃銃どうすんだ?」
「勿論、持ってくよ。夜会場まで持ち込めるかどうかは分かんないけど」
応援ありがとうございます!
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