不自由ない檻

志賀雅基

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そのとき必要だった物

第8話

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 あまり早くホームに駆け付けても流行りの『事故現場写真』を撮ってSNSで炎上するような奴と思われたくない。でも電車には乗らなければならず、階段を上り切ったら遭遇してしまった。
 まだ早朝でブルーシートを最優先にはしなかったのか。

 彼女が着用していたのは制服で、血に塗れ、引き裂かれていても僕と同じ高校の女子生徒の制服だと分かった。
 貧血気味で気付かなかったが、おそらく電車は警笛を鳴らしつつ通過する筈だったのだろう。予想通りにこの駅には止まらない回送電車だったからだ。

 オーバーランせずよくホームで止まれたものだが、スカートの切れ端だけで女性だと判別がつくだけの有り様になった彼女はブルーシートを掛けられ、システマチックに警察や消防レスキューや駅員さんたちに運ばれ、残りも処理されていった。

 電車も暫し止まって様子見である。そこで声を掛けられた。

「悪いけど、こんな時間に一緒にいて、彼女だったの?」
「えっ? 知りません」
「じゃあ、それは彼女と喧嘩したんじゃないんだ?」

 指摘されて顔に殴られた跡があったのを思い出し、確かめるのを忘れていたけれど『彼女と喧嘩した』程度の見た目で済んでいるのも知る。訊いてきた私服警察官らしき中年男に対し、誰でもするだろう言い訳をした。

「彼女って、この事故の人ですよね? なら一緒にいたんじゃないです。僕はさっきそこの階段を上がってきて……事故があった時は地下道でこれ飲んでましたから」
「ふうん、そうなんだ?」
「あ、すみません。地下道にこれのキャップについてた金具、捨てちゃって。見て貰えば分かります」
「そうか。いや、何も疑ってる訳じゃないから」

 何がアリバイになるか分からないものだ。空ボトルを振ると警察官らしきその中年男は自然な動きで僕から空ボトルを受け取り、ゴミ箱に捨ててくれた。

「じゃあ、全然知らない人だったんだね?」
「あのう、制服が……僕と同じ高校の女子の制服でした」

 途端に場違いにも晴れやかな表情になった中年の警察官らしき男が振り向き、

「おおーい、オロクの学校が割れたぞーっ!」

 などと勢い込んで叫んだが、直後にやってきた年下の部下と思しき男が手帳に書きつけた『飛び込み自殺者』の学校だけでなく氏名・年齢・学校でのクラスから所属クラブ名まで読み上げて中年警察官は僅かに萎れたように見えた。

 でも僕はもっと複雑な気分だった。
 こんな朝っぱらから電車に飛び込み自殺した女生徒は『必修・読書クラブ』の女部長だったからである。  
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